自動車×ビッグデータ、自動運転領域を含めた活用事例まとめ(深掘り!自動運転×データ 第32回)

ダイナミックマップを始め、道路整備や気象情報への活用も



日々膨大な量のデータを生成する自動運転やMaaS(Mobility as a Service)においては、自然発生的に大量のデータが蓄積され、ビッグデータが誕生する。IoTの浸透とともにさまざまな事象がデジタル化・データ化されるのだ。

こうした各種ビッグデータは、自動運転の構築をはじめモビリティ業界においてどのように活用されるのか。自動運転を中心に業界全体におけるビッグデータの活用事例をまとめてみた。

■センサー画像で自動運転システムの精度向上

自動運転分野における最大のビッグデータは、カメラやLiDARなどのセンサーが取得した画像データだ。自動運転システムは、センサーの視界に映し出された車両や歩行者、電柱、建物、道路標識、車線などを逐次識別しなければならず、こうした識別能力を高めるために膨大な数の画像データを必要とする。

センサーが映し出した物体を識別するためにAI(人工知能)が活用されるが、その物体が何なのかを識別する精度を向上させるためには、膨大な数の学習データが必要となる。

例えば「犬」を識別する場合、小型犬から大型犬までさまざまな犬種を学習させるほか、猫やタヌキなどを区別するための特徴なども学ばせる必要がある。さまざまな角度から移し出した画像や体の一部、挙動に至るまで、あらゆるデータを総合的に判断して正確に犬を識別するためには、材料となるデータは多ければ多いほど良いのだ。

自動運転を開発する各社が公道実証を通して大量の画像を収集しているのは、このためだ。イスラエルMobileye(モービルアイ)は、走行車両の画像データをクラウドに集積し、高精度マップを作製するREM(Road Experience Management)を開発・導入し、自社製品を搭載した車両から多くのデータを収集する取り組みを進めている。

近年では、世界全体の自動運転開発を加速するため、自社の自動運転車両で収集したLiDARやカメラ画像などのデータを無料公開する動きも出始めている。これまでに、米グーグル系Waymo(ウェイモ)や米Lyft(リフト)、トヨタの米国法人、独Audi(アウディ)などが公開している。

将来的には、こうしたデータをビッグデータとして販売するビジネスが確立する可能性もありそうだ。

【参考】Waymoの取り組みについては「グーグル系ウェイモ、自動運転走行のデータセットを開放」も参照。

ダイナミックマップの作製

高精度3次元地図やダイナミックマップの作製にも、車両に搭載されたセンサー画像が用いられる。わかりやすい例は、三菱電機の「三菱モービルマッピングシステム(MMS)」だ。

MMSは、車両天板に3台のGPSアンテナ、IMU、カメラ、レーザースキャナーを一体化したユニットを装備し、GPS可視区間で道路面と道路周辺の3次元空間を絶対精度10センチ以内、相対精度1センチ以内の高精度で計測するシステムだ。

前後左右に配置したカメラで全周囲360度を撮影できるほか、計4台まで配置できるLiDARで一度に高密度なレーザー点群を取得することが可能という。このほか、前述したモービルアイのREMもマップ作りに活用される。

ダイナミックマップはもとより、高精度3次元地図も定期的な更新を必要とするため、継続的なデータの収集が必須となる。また、幹線道路以外の市町村道も含めたマップを完成するには、気の遠くなるマッピング作業も必要となる。

トヨタ系自動運転開発企業TRI-AD(トヨタ・リサーチ・インスティテュート・アドバンスト・デベロップメント)は2020年3月、同社のオープンなソフトウェアプラットフォーム「AMP(Automated Mapping Platform/自動地図生成プラットフォーム)」を用いて、車両センサーで収集した画像などのデータから道路上の変化した箇所を検出することで、高精度マップの効率的な更新を可能にする技術の実証を行うことを発表している。

こうした更新技術をはじめ、モービルアイのREMのように走行車両から広くデータを収集することが可能なシステムの開発なども今後大きく進展しそうだ。

【参考】TRI-ADの取り組みについては「トヨタTRI-AD、効率的な自動運転用HDマップの更新に向けて実証実験」も参照。

ADASの進化に活用

ビッグデータは、近年ニュースで取り沙汰されることが多くなったペダルの踏み間違いによる事故の抑止にも活用できるようだ。トヨタは2020年2月、ビッグデータを活用したペダル踏み間違い時の「急アクセル時加速抑制機能」を開発し、同年夏に導入開始すると発表した。

実際の踏み間違い事故発生時に、アクセルペダルが全開で踏まれた状況を分析し、踏まれ方の特徴をコネクテッドカーから得られたビッグデータと照合することで、異常なアクセル操作状況を特定して割り出し、障害物がなくても加速を抑制する設定とした。

今後しばらく市場の主力となる手動運転車においては、ADASの一層の進化が求められる。技術的な進化はもちろん、データを収集・解析して機能の向上を図る取り組みもさらに進化しそうだ。

■テレマティクス保険への活用

コネクテッド機能を生かし、綿密な走行距離や運転特性を加味して料金を算定するテレマティクス保険も、今後ビッグデータの活用とともにシェアを伸ばしそうだ。

運転速度やハンドリング、ブレーキなど運転挙動をもとに保険料を算定するテレマティクス保険は、ドライバーの運転をスコアリングすることから始まる。現在は比較対象が少ないため独自基準をもとにスコアリングや料金算定が行われているが、車載通信機を搭載したコネクテッドカーの市場投入とともにテレマティクス保険市場も大きく膨れ上がり、商品の差別化が進んでいくものと思われる。

こうした差別化の際にビッグデータが活用されるほか、ドライバーに安全運転を促す面でもスコアリングシステムが進化し、事故を起こしやすい状況や運転特性などを細かく分類し、アドバイスや注意喚起を行うシステムなどが登場しそうだ。

自動運転対応の保険も2020年秋に提供開始される見込みで、テレマティクス保険の進化はまだまだ終わらない。

【参考】自動運転対応保険については「自動運転中は保険料無料!あいおい、国内初の保険を10月から提供」も参照。

■MaaSへの活用

MaaS分野もデータの宝庫で、ビッグデータの活用が必須となる領域だ。

鉄道やバス、タクシーなどさまざまなモビリティを結び付け、統合を図っていくMaaSにおいては、各エリアにおける人の移動データを集積してビッグデータ化し、分析することが必須となるほか、個別のモビリティがそれぞれどのような日時や曜日、ルートでどのような稼働状況にあるかをすべてデータ化し、エリア内でどのような位置付けになっているかを明確にしていく必要がある。

モビリティを運用する各社は、当然ながらこれまでは自社の運用実績を上げることを重視していたが、MaaSにおいてはエリア内における移動の全体最適化を図ることを前提に取り組まなければならない。一人勝ちではなく、地域全体で運用実績を高めていかなければ効用の最大化は図れず、継続性が生まれないからだ。

そのためには、エリア内の情報を一手に集約してビッグデータ化し、分析する必要が生じる。エリア内の移動全般を最大限効果的かつ効率的に運用するためには、ビッグデータが必須となるのだ。

また、こうした交通関連のデータを他の分野にも活用し、異分野と結び付けていく取り組みも重要となる。観光や不動産、小売り、医療など、さまざまな地域特性と移動を結び付けてこそMaaSの真価が発揮されるのだ。

■気象情報への活用

全国各地を走行中の車両は、リアルタイムの気象情報を集めることもできる。カメラ画像などで路面の状況をはじめとした降雨や降雪状況を走行中の各車両から収集することで、緻密なリアルタイム天気マップを作製することも可能だ。

トヨタは2019年11月、ワイパーの稼働状況と気象データから道路及びその周辺の状況を把握するための実証実験を気象情報大手のウェザーニューズとともに開始した。

ウェザーニューズが持つ気象データとトヨタのコネクテッドカーから得られる車両データを活用し、気象観測・予測の精度向上やドライバーの安全向上を目指す共同研究の一環で、コネクテッドカーのワイパー稼働状況をマップに可視化し、気象データと照らし合わせるなど検証を進めていくとしている。

近年の自動車は降雨状況などを感知するセンサーが搭載され、ワイパーを自動制御する車種も増加している。こうした機能をデータ化し、有効活用を図っていく取り組みだ。

■道路整備への活用

道路上を走行する車両のプローブ情報を収集・分析することで、インフラ整備をより効果的・効率的に行うことも可能となっている。

トヨタは2018年8月、愛知県豊田市とコネクテッドカーから得られるビッグデータを道路の保守点検に生かす技術に関わる実証実験を開始した。

実証では、車両の急ハンドルや急ブレーキといった挙動情報から算出した道路劣化の指標値と実際の路面状態との整合性をより広域の一般道で検証する。コネクテッドカーから取得した交通情報プローブや車両挙動データなどの車両データを「モビリティサービス・プラットフォーム(MSPF)」上で抽出・ビッグデータ分析を行い、道路劣化情報として提供するとともに実態との相関を分析するとしている。

また、トヨタ・モビリティ基金などが2019年7月に岡山県赤磐市で道路維持管理の新たな手法を考える協議会を設立し、コネクテッドカーを活用した道路の維持管理に関する実証実験を開始することを発表している。

コネクテッドカーやドライブレコーダーなど異なる情報の組み合わせによる路面異常、危険個所の検知の迅速化をはじめ、倒木や標識不具合など、検知が可能となる危険状態の対象拡大に取り組むとしている。

自動運転やMaaS分野を中心に自治体と自動車メーカーなどの連携が進んでいるが、こうした道路の維持管理においても協力関係の構築が進んでいる。

■道路の信頼性評価への活用

ビッグデータから対象区間を通過する車両の挙動傾向を分析することで、車線減少による危険挙動の分析など道路の走行信頼性を把握することも可能だ。

例えば、車線減少により慢性的な渋滞が発生している区間において、各車両のブレーキやハンドル制御といった車両の挙動の影響をより精密に分析したり、冬季間の積雪による信頼性低下度合いなどを分析したりすることができる。

原因を突き止めることで、渋滞の抑止や緩和、事故軽減を図ることにもつながるため、今後この分野でも利用促進が望まれるところだ。

■【まとめ】自動運転や道路交通、MaaSデータ群の有効活用を

大量に生み出されたデータは、記録・保管するだけでは「データの固まり」でしかない。有効活用の道を探って初めて価値が生まれるのだ。

車載センサーのデータのように利用目的が明確なデータはもちろん、日々の道路交通社会から自然に生成されるデータなどは、まだまだ活用の道が開かれているものと思われる。そしてこれらのデータを保存する車載ストレージの重要性も非常に高い。

自動運転をはじめ、IoT化が進むこれからの時代はビッグデータの時代でもある。従来のデータベースでは管理や分析が困難なデータ群があちこちで誕生するが、こういったデータにこそ活路を見いだし、新しい発想や着眼点で新規ビジネスの道を開拓していきたいものだ。

【参考】Western Digitalでは車載システム開発におけるストレージ選定のために、Western Digital製のフラッシュストレージを検証用に提供するプログラムを実施中だ。詳しくは「こちら」から確認できる。この機会に試してみるのも1つの選択肢だろう。

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>>特集第6回:自動運転の安全安心の鍵は「乗員のリアルタイムデータ」にあり

>>特集第7回:【対談】車載ストレージ、タクシーのデータビジネス下支え!

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>>特集第11回:改ざん阻止!自動運転業界がブロックチェーン導入を歓迎すべき理由

>>特集第12回:自動運転時代はクラウドサービス企業の成長期

>>特集第13回:自動運転、画像データ解析の主力企業は?

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>>特集第15回:日本、自動運転レベル4はいつから?ODD拡大ではデータの網羅性も鍵

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>>自動運転白書第1弾:自動運転領域に参入している日本企業など一覧

>>特集第23回:自動運転に必須の3Dマップ、どんなデータが集積されている?

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>>自動運転白書第2弾:自動運転関連の実証実験等に参加している日本企業一覧

>>特集第25回:自動運転、企業の垣根を越えて共有させるべきデータ群は?

>>自動運転白書第3弾:自動運転業界における国内の主要人物一覧

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