開発が急速に進展する自動運転分野。早ければ2020年ごろにもAI(人工知能)が全ての運転操作を担う自動運転レベル4(高度運転自動化)以上の車両が登場することになりそうだ。
その実現には、車載センサーやAIの高度化はもちろんのこと、自車位置を正確に認識し、交通状況に応じた予測運転を行うための情報インフラが必要となる。その一つとして現在開発が進められているのが、高精度3次元地図に交通情報などを付加した「ダイナミックマップ」だ。
従来の地図情報と何が違うのか。また、自動運転においてどのような役割を果たすのかなど、今回はダイナミックマップを徹底解剖してみる。
記事の目次
■ダイナミックマップとは?
官民ITS構想・ロードマップ2016では、ダイナミックマップについて「道路及びその周辺に係る自車両の位置が車線レベルで特定できる高精度三次元地理空間情報(基盤的地図情報)及び、その上に自動走行などをサポートするために必要な各種の付加的地図情報(例えば、速度制限など静的情報に加え、事故・工事情報など動的情報を含めた交通規制情報など)を載せたもの」と定義している。
高精度3次元地図に車両やさまざまな交通情報を付加したデータベース的マップで、情報の更新頻度に応じて静的情報、準(准)静的情報、準(准)動的情報、動的情報の4層に分類した情報が統合されている。刻々と状況が変わる道路情報をリアルタイムで活用することが可能なデジタルインフラやデータベースとなる。
■ダイナミックマップの構成要素
高精度3次元地図
従来の平面的な地図情報に対し、各車線やガードレール、道路標識、横断歩道などさまざまな情報をより正確な位置で記録した空間的な地図。HDマップとも言い、ダイナミックマップの基盤となる部分である。
自車位置の特定に用いられている従来のGPSによる測位情報は、測位不能なケースや誤差が数十メートルに及ぶケースなどがあるが、自動運転において多大な誤差は大きな事故を招く一因となる。
そこで、2018年11月にサービスが開始される準天頂衛星システム「みちびき」の高精度測位サービスを活用することで、自車位置の誤差を数センチメートル級まで抑えることが可能になるが、これと同時に地図情報も限りなく誤差の少ない高精度なものとなる必要があり、さらに自動運転で必要とされるさまざまな情報を付加することで、より精度の高い自動運転が可能となる。
高精度3次元地図はカメラ、レーザースキャナーなどの3次元計測器、GPSなどの衛星測位機器などで構成されるMMS(Mobile Mapping System)という計測システムを用いて構築される。このシステムを搭載した車両を走行させることで、道路の形状といった路面情報や、車線情報、標識などの道路の周辺環境を、効率的に3次元データとして取得することが可能となる。
立体的な3次元データは、高速道路とその高架下の一般道の識別や立体交差の識別などのために、高さの情報を含む周辺環境のデータを取得することが可能で、これも自動運転には欠かせない情報となる。
【参考】みちびきについては「国産衛星みちびき、自動運転の誤差を10cm以下に 2018年11月に活用スタート|自動運転ラボ」も参照。
静的情報
道路や道路上の構造物、車線情報、路面情報、恒久的な規制情報など、1カ月以内の更新頻度が求められる情報。いわばダイナミックマップのベースとなる地図情報。
準静的情報(准静的情報)
道路工事やイベントなどによる交通規制情報、広域気象情報、渋滞予測など、1時間以内での更新頻度が求められる情報。
準動的情報(准動的情報)
観測時点における実際の渋滞状況や一時的な走行規制、落下物や故障者など一時的な走行障害状況、実際の事故状態、狭域気象情報など、1分以内での更新頻度が求められる情報。
動的情報
移動体間で発信・交換される情報や信号現示情報、交差点内歩行者・自転車情報、交差点直進車情報など、1秒単位での更新頻度が求められる情報。
協調領域と競争領域
高精度3次元地図データを活用する上で、協調・競争領域を設けることにより、地図情報を効率的に提供することが可能となる。自動車会社などが共通して利用する地図データを協調領域として提供し、各社はそこに独自情報を追加するなど加工して付加価値をつけることで、新たな商品やサービスを生み出すことが可能になる。
■ダイナミックマップの必要性
ダイナミックマップの高精度3次元地図と、全球測位衛星システム(GNSS)や車載センサーから得られるデータを照らし合わせることで、自車位置と周辺環境の把握をより正確に行うことができる。また、ダイナミックマップの動的情報をもとに、周辺車両などの挙動を推測することで、見通しの悪い交差点などのセンサーの死角を補い、高い安全性を確保することも可能となる。
ADAS(先進運転支援システム)を搭載する自動運転レベル2(部分運転自動化)においては、車両はカメラなどの車載センサーをもとに車両単体で周辺環境認識を行っているが、半自動運転となる自動運転レベル3(条件付き運転自動化)や完全自動運転車となる自動運転レベル4以上の車両においては、車両単体ではなく各種インフラと協調することでその信頼性を高める必要があり、ダイナミックマップは情報インフラとしてその役割を果たすことになる。
■ダイナミックマップセンターに求められる機能
ダイナミックマップは一度完成すれば永遠に使えるものではなく、随時更新し管理する必要がある。そのため、ダイナミックマップの運用にはデータを取り扱うセンターのような組織が必要で、以下の機能が求められる。
MMS計測データ入力機能
走行しながら建物や道路の形状、標識、ガードレール、マンホールなどの3次元位置情報を取得する移動式高精度3次元計測システムMMSを搭載した車両からデータを取得し、入力・保存する。
生成機能
MMS計測データから高精度3次元地図を作成する。また、公共情報やプローブ情報から、準静的情報・準動的情報を生成する。
データベース管理機能
データベースに高精度3次元地図や準静的情報、準動的情報を登録・変更・削除する。
高精度3次元地図配信機能
提供用の高精度3次元地図ファイルを作成し配信する。
差分検出・更新判定機能
MMS計測データや公的情報、プローブ情報から高精度3次元地図の差分や更新カ所を検出する。
公共情報入力機能
公共機関から道路交通情報などの公共情報を入力・収集する。
セキュリティ機能
ユーザー認証、データの暗号化、通信の暗号化など機能を実現する。
品質管理機能
高精度3次元地図や準静的情報、準動的情報の品質確認、管理を行う。
■ダイナミックマップをめぐる国際的な動き
自動車は輸出入により国境をまたいで走行するが、各国で提供される地図情報に整合性や一定の規格がないと、ダイナミックマップの機能は大きく損なわれることになる。
このため、ダイナミックマップの国際標準化を目指す動きとして、日本は ISO(国際標準化機構)に規格案を提案するなど標準化活動を主導している。また、欧州の地図用標準データベースフォーマットのコンソーシアムとの連携を推進する動きなどもあるようだ。
■ダイナミックマップの自動運転以外への応用
ダイナミックマップは自動運転に特化する形で研究開発が進められているが、競争領域でさまざまな情報を付加することで応用範囲が広がり、将来的には自動運転分野以外への展開も検討されているようだ。
歩道や階段、段差など歩行に関する情報を付加することで、歩行者や車いす向けの精密なナビゲーションサービスの提供を行ったり、建物や交通量、歩行者の情報、土地の高低差、河川の情報などさまざまな情報を付加することで、防災に役立つ進化したハザードマップを製作したりすることなども可能になる。
ビッグデータやAIなどを活用することにより、3次元の空間データの応用範囲は限りなく広がっていきそうだ。
■ダイナミックマップの開発状況
内閣府が主導する戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)の「自動走行システム」分野において重要課題の一つに位置付けられており、官民総出で開発を推し進めている。
ダイナミックマップの高精度3次元地図は、2017年度に国内の主要高速道路1.4万キロが整備され、2018年度には全国の高速道路3万キロが整備される予定となっている。ダイナミックマップの試作データは自動走行システムの大規模実証実験で用いられており、走行検証も開始されている。
現在の成果目標としては、2020年に自動車専用道路での高度な自動走行システム実現に向け、ダイナミックマップデータの紐付けや配信機能の実現、また一般道路での自動走行システムを実現する上で必要となるダイナミックマップの仕様整合と整備体制の構築を掲げている。
2018年度は、大規模実証実験においてダイナミックマップの実用化に向けた検証を行うこととし、データの生成・更新・配信システムの検証 ・配信データの提供に係るダイナミックマップデータ紐付け・配信機能や通信に係る他の施策との連携により、地図情報の更新や配信がタイムリーにできるかを検証する。
また、車線ごとの交通情報や信号情報、交通流情報など、既存の準静的・準動的・動的情報配信に向け、紐付けに必要となる仕様を関係機関などと検討し策定する。また、大規模実証実験と連携し、事業化に向けてダイナミックマップの高精度3D地図整備・更新コスト低減を目指し、自動図化・差分更新技術を検討するほか、ダイナミックマップデータに係るサービスプラットフォームについて、試作したサービスモデルの実証を行う。
【参考】高精度3次元地図の構築については「高速道の全データは3D地図化する メーカー共同出資DMP社、自動運転実現への重責|自動運転ラボ」も参照。
■ダイナミックマップを開発する企業・団体
ダイナミックマップ基盤株式会社:ダイナミックマップ構築の中核をなす事業会社
SIPでダイナミックマップの仕様などを検討してきた「ダイナミックマップ構築検討コンソーシアム」の6社と自動車メーカーらが共同出資のもと設立した事業会社。
全国の自動車専用道路に係るダイナミックマップ協調領域と高精度3次元地図データの生成・維持・提供、インフラ維持管理や防災・減災など高精度3次元地図データを用いた多用途向けビジネスの展開、海外向けビジネスの展開、一般道整備に向けたビジネスの展開などを担っている。
出資企業には、産業革新機構、三菱電機、ゼンリン、パスコ、アイサンテクノロジー、インクリメント・ピー、トヨタマップマスター、いすゞ自動車、スズキ、SUBARU、ダイハツ工業、トヨタ自動車、日産自動車、日野自動車、本田技研工業、マツダ、三菱自動車工業の17社が名を連ねている(2018年4月時点)。
三菱電機:測位技術やマッピング技術生かし多方面で開発進める
AIと三菱モービルマッピングシステム(Mobile Mapping System:以下 MMS)の技術を活用し、高精度3次元地図を効率的に作成・更新できる「自動図化技術」と「差分抽出技術」を開発し、地図メーカーなどに対して、高速道路用高精度3次元地図向けの「自動図化・差分抽出ソフトウェア」を販売している。
SIPにおいては、アイサンテクノロジー、インクリメント・ピー、ゼンリン、トヨタマップマスター、パスコとともに「ダイナミックマップの試作・整備及びセンター機能や更新手法などの確立」及び「大規模実証実験の実施・管理」を受託している。
静的高精度3D地図データの仕様・精度の検証、準静的・準動的データの生成・更新・配信システムの検証及び、動的情報と車載機に 配信されたダイナミックマップデータとの車載機上での紐付けの検証を行い、ダイナミックマップの実用化に向けた最終仕様の確認・合意、ダイナミックマップの国際標準化、デファクト化の推進、ダイナミックマップ活用に関する研究開発・アプリケーション開発の促進を行っている。
【参考】三菱電機の取り組みについては「抜群の相性…自動運転の羅針盤「3D地図」と三菱電機の位置特定技術|自動運転ラボ」も参照。
パイオニア(インクリメント・ピー):世界規模のデジタルマップ構築へ HERE社と提携
SIPにおいて、走行する車両のセンサーから収集される交通情報「プローブ情報」を共用していくための課題などの検証や、プローブ情報共用に必要なデータセットフォーマットやAPIなどの検証・評価を行っている。
また、子会社のインクリメント・ピーもSIPにおいて「ダイナミックマップの試作・整備及びセンター機能や更新手法等の確立」「大規模実証実験の実施・管理」を担っており、静的高精度3D地図データの仕様・精度の検証、準静的・準動的データの生成・更新・配信システムの検証及び、動的情報と車載機に配信されたダイナミックマップデータとの車載機上での紐付けの検証を行っている。
また、オランダの位置情報サービス大手HERE Technologies(ヒア・テクノロジーズ)が推進しているグローバルデジタルマップの構築に向け、インクリメント・ピーは中国のデジタル地図サービス大手NavInfo社、韓国の通信事業大手SK Telecom社とともに「OneMap Alliance」を結成し、地域の制約を受けることなく各市場で同一の地図情報を自動運転などで利用できるようにする取り組みにも着手している。
【参考】OneMap Allianceについては「自動運転マップ、年内に世界100万kmカバー オランダ地図大手HERE社|自動運転ラボ」も参照。
ゼンリン:地図情報大手 高精度地図データ提供やプラットフォームの検証
KDDI、富士通とともに、ダイナミックマップ生成に必須となる大容量データの情報収集と、自動運転車へのマップ配信技術の実証実験を行っている。
ゼンリンは、動的情報との連携や差分更新を可能とする高精度地図データの提供および提供プラットフォーム「ZGM Auto」の検証を行い、KDDIは一定間隔で生成される車載カメラやセンサーのデータを確実かつ効率的にアップロードするための車載通信モジュールとネットワークの検証など、富士通はコネクテッドカーから得られるプローブデータなど大量の動的情報を収集し、高精度地図と動的情報の紐付けや車両へのリアルタイムデータ配信などを行うMobility IoT基盤のダイナミックマップ管理機能の提供を行っている。
また、SIPにおいては、三菱電機やアイサンテクノロジーらとともに「ダイナミックマップの試作・整備及びセンター機能や更新手法などの確立」及び、「大規模実証実験の実施・管理」を受託している。
NTTドコモ:ダイナミックマップの通信技術確立へ
総務省から「高度地図データベースの高効率なリアルタイム更新・配信技術の確立」事業をパスコとともに受託。エッジコンピューティングの技術を用いて、ダイナミックマップのサーバーを携帯電話のネットワークに分散して配置することで、リアルタイムに変化する渋滞情報や事故情報などを含む非常に大容量なマップ情報を、地域ごとに分割した低容量のマップ情報として配信するモバイルエッジコンピューティング環境を構築するなど、ネットワークに与える負荷を低減する技術を検証するなどし、効率的な配信技術の開発を目指している。
HERE:欧州最大手、世界の道路を広域的に地図化
HEREはダイナミックマップ開発における欧州最大手で本社をオランダに置き、フィンランドの携帯会社「ノキア」の地図部門として事業を拡大してきた。
現在はドイツの自動車メーカーであるBMWとダイムラー、アウディの傘下にあり、自動運転向けの地図開発に注力している。地図の製品名としては「HD Live Map」で、自動運転業界のデファクトスタンダードとなることを目指している。
2018年内に世界の道路100万キロをカバーする計画が発表されており、これまで対象領域ではなかった日本や中国を含ませることも示唆している。同社は各国で走行する自動車に専用センサーを搭載し、随時地図データを更新するなどしている。
【参考】関連記事としては「自動運転マップ、年内に世界100万kmカバー オランダ地図大手HERE社」も参照。
オランダの地図作成最大手と日中韓の企業が提携 自動運転マップ、年内に世界100万kmカバー オランダ地図大手HERE社 https://t.co/f99Fviv7jh @jidountenlabさんから
— 自動運転ラボ (@jidountenlab) May 24, 2018
■スマート社会を支える産業基盤に
ダイナミックマップは従来の地図情報とは異なる情報インフラであり、データベースとしての機能を持つ。また、ダイナミックマップのデータと自動運転車に搭載されているセンサーが得た情報を照らし合わせることでより正確で安全な走行が実現する。
今後、開発が進むとともに国際標準化や他分野への応用も進むと思われ、次世代のスマート社会を支える産業基盤の一つとして、新たな価値の創出に大きな期待が寄せられそうだ。
【参考】自動運転車の定義や仕組みについては「自動運転車とは? 定義や仕組み、必要な技術やセンサーをゼロからまとめて解説|自動運転ラボ」も参照。
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— 自動運転ラボ (@jidountenlab) September 17, 2018