自動車ビッグデータの活用に取り組む「AECC」とは?(深掘り!自動運転×データ 第29回)

コネクテッド社会の新たな通信インフラなど構築へ



自動車のコネクテッド化が進む中、将来課題に対応するため日本企業を中心に結成された業界横断団体AECC(Automotive Edge Computing Consortium/オートモーティブ・エッジ・コンピューティング・コンソーシアム)の活動が活発化しているようだ。

2020年5月には、データストレージ開発大手の米ウエスタンデジタルもメンバーに加わり、関連業種の厚みがいっそう増した。

AECCとはどのような組織なのか。その活動内容に触れていく。

■AECCとは?

コネクテッドカーの実現に向け必要となる基盤づくりに向け設立された共同事業体で、インテル、エリクソン、デンソー、トヨタ自動車、トヨタIT開発センター、NTT、NTTドコモが創設メンバーとなって2017年8月に活動をスタート。AT&T、KDDI、住友電工が加わり、翌2018年2月に正式に業務を開始した。

会長兼社長には、トヨタコネクティッドカンパニーITS・コネクティッド統括部主査を務める村田賢一氏が就任している。

自動車メーカーをはじめ、情報技術、電気通信、クラウドコンピューティングの各セクターで実績のある企業が集まり、今後のビッグデータの爆発的拡大をサポートするために必要となるオープンかつグローバルなネットワークやコンピューティングインフラストラクチャーの構築、標準化などの面で連携していくこととしている。

具体的には、エッジネットワークアーキテクチャとコンピューティングインフラストラクチャの進化を推進し、よりスマートで効率的なコネクテッドカーの未来において大量のデータサービスをサポートし、ビッグデータのメリットを最大限に活用することでインテリジェントな運転や安全性の向上、効率性の向上、信頼性の向上を目指していく。

2025年までにほぼ全ての新車がコネクテッド化され、自動車市場に新しいサービスとビジネスモデルをもたらすとともに、必要となるデータ量も2018年比で約1000~1万倍になると予想しており、高速インターネットアクセスをはじめ、AI(人工知能)、高精度地図の作成と配信、インテリジェントドライブに向けたビッグデータ分析などが必要になる。

そこで、コネクテッドカーの要件やソリューションを特定し、車両とクラウド間のビッグデータと通信のシームレスで安全な転送をサポートし、技術ソリューションを標準化団体と共有することで、エコシステム全体の成長を加速するコネクテッドカーのベストプラクティスと新しいユースケースの開発を促進していくこととしている。

■会員企業は?

2020年8月現在、会員には上記のほかシスコ、デル、サムソン、EQUINIX、富士通、グーグルクラウド、伊藤忠テクノソリューションズ、NetApp、JUNIPER NETWORKS、マイクロソフト、オラクル、PreferredNetworks、SiliconMotion、Volterra、NTTコミュニケーションズ、NTTデータの各社が名を連ねている。

2020年5月には、ストレージ開発大手のウエスタンデジタルも加わった。高度なストレージ技術は、膨大なデータを扱う上で必須の通信インフラとなる。

コンソーシアムへの参加に際し、同社Devices&Platformsグループでシニアバイスプレジデントを務めるYusuf Jamal氏は「コネクテッドカーサービスは、自動運転や高精細地図データなどの膨大なデータの格納、配信処理を効率的に行わなければならない。AECCメンバーの一員として、データ処理やネットワークインフラの効率的な運用方法について協力していく」と抱負を語っている。

■データ通信が抱える課題は?

英情報プロバイダーのHISによると、2025年頃に走行するコネクテッドカーは20億台近くに上る可能性があり、コネクテッドカーとクラウド間でやり取りされるデータ量は、1カ月あたり10エクサバイトに達するという。エクサバイトはギガバイト、テラバイト、ペタバイトに次ぐデータ量の単位で、1エクサバイトは1ギガバイトの約10億倍に相当する。

この膨大なデータを扱うためには、分散リソースとトポロジー対応ストレージ容量をサポートするためのネットワーク、コンピューティングインフラストラクチャの新しいアーキテクチャが必要になるとしている。

現在のコネクテッドカーは台数がまだ少なく、1台当たりの通信データ量も低いが、今後急速に拡大する過程において、エッジ側で生成されるデータ量がクラウドコンピューティングや通信インフラストラクチャのリソースを圧倒することになる。

全ての車両がコネクテッド化されると、大量のデータストリームを複数のネットワークノードを介して中央分析フレームワークに送り返す方法となり、これらのデータは世界中の複数の場所から同時に送信されることになるという。

多くのアプリケーションは、コネクテッドカーにおけるデータ計算と分析をエッジ側に配置することが重要で、この設計により、ローカルでより効率的で迅速な意思決定が可能になると同時に、分析のために適切なデータを中央の場所に送信できるようになるという。

こうしたシステムの構築・標準化を図る団体がAECCだ。

■AECCが果たす役割は?

AECCは、次世代モバイルネットワークを効果的に活用し、車両プラットフォームとエッジコンピューティング、コネクティビティ、ネットワーキング、コンピューティングソリューションを統合するために必要な自動車の技術的およびビジネス上の重要な問題に対処するため、以下の3つの活動を推進していく方針を打ち出している。

  • ワイヤレス接続、分散コンピューティング、エッジコンピューティング、クラウドアーキテクチャなどの車両テクノロジー要件に関する主要な技術的および規制上の問題への対処
  • ロードマップを定義し、新しいユースケースや技術要件、実装戦略を策定
  • 標準化および規制機関に推奨事項とソリューションを提供する

自動車のバリューチェーンの将来のニーズに新しい技術と標準が確実に適合するよう、エッジコンピューティングとより効率的なネットワーク設計を使用することで、自動車とクラウドの間で合理的な方法で自動車のビッグデータに対応するためのネットワーク容量を増やすため、要件の定義や新しいモバイルデバイスのユースケース開発を支援するとともに、分散型レイヤードコンピューティングアプローチのベストプラクティスの開発を促進するとしている。

ユースケースでは、高精度マップの作成や配布、インテリジェントな運転、リモート診断メンテナンスなどを例に挙げており、将来的にはドローンやロボット、その他モビリティなど新しいモバイルデバイスに拡大していく方針としている。

■これまでの活動の成果

AECCは2019年、主に以下の4点に焦点を合わせ、議論や活動を進めてきたようだ。

  • 自動車のビッグデータのネットワーキングとコンピューティングに特に重点を置き、特定の自動車の使用事例と要件を定義
  • ネットワークの進化を含め、技術開発から市場導入までのロードマップ戦略を策定
  • 標準化とオープンソースソフトウェア開発に関連するコミュニティを特定し、成功事例を用いたユースケースと要件の入力でサポート
  • 通信帯域幅、計算能力、ストレージ容量などリソース利用における効率の問題に対処

これまでに、2019年1月にユースケースや要件をまとめたドキュメント、2020年1月に一般原則とビジョンをまとめたホワイトペーパー、同年5月に高精度マップアプリケーションの動作に関してまとめたホワイトペーパー、同年7月にエッジコンピューティングによるトラフィック分散について触れたテクニカルペーパーをそれぞれ発表している。

【参考】ホワイトペーパーやテクニカルペーパーは「Publications and Use Cases – Automotive Edge Computing Consortium」からダウンロードすることが可能だ。

■ホワイトペーパーの作成

一般原則とビジョンを示すホワイトペーパーでは、コネクテッドカーのエコシステム固有のニーズを満たすように設計された車両テクノロジーの採用と統合に向けたオープンスタンダードアプローチの概要を説明している。

膨大なデータ処理とトラフィックの問題の解決策として、「ローカライズされたネットワークでの分散コンピューティング」を挙げ、特定エリアで限られた数のコネクテッドカーをカバーするローカルネットワークの構築により、膨大なデータトラフィックを領域ごとに適切な量に分割することができ、分散コンピューティングの導入により計算の集中を軽減するとしている。

また、ローカルデータ統合プラットフォームにより、関連情報を特定の領域に絞り込むことでデータを統合し、迅速な処理を可能にすることで接続されている各車両にリアルタイムで送信できるようにする。ローカライズされたネットワーク上の分散コンピューティングを実現するための重要なテクノロジーとしてエッジコンピューティングを挙げている。

自動運転においては、データ量が非常に多いためネットワークリソースとコンピューティングリソースの両方に大きな負荷がかかるとし、エッジサーバーがクラウドに向かう途中でデータを前処理することで送信されるデータ量を削減することができるという。

■【まとめ】統一した通信システム・規格化に向けより多くの企業参加を

携帯電話やスマートフォンにおいても、災害時や大型イベント時などに通話やデータの送受信がつながりにくくなるのは周知の事実だろう。これは、サーバーや基地局が全ての携帯端末の同時利用を前提とした作りになっていないからだ。

一方、コネクテッドカーは常時通信しながら走行することを前提としており、常にデータを送受信する。自動運転機能が実装されれば、データ通信量は飛躍的に跳ね上がる。このコネクテッドカーの社会実装が本格化すれば、サーバーなどの通信インフラがパンクすることは想像に難くなく、こうした問題の早期解決に向け活動しているのがAECCだ。

エッジコンピューティングの導入など、効率的な通信システム・インフラの構築・標準化を図ることで問題解決の道を探っており、今後導入が本格化する5Gなど高速大容量の移動通信システムの活用や、AI技術によって膨大なデータを効果的かつ効率的に有効活用する仕組みなど、研究開発の裾野は広く深い。

各国でこうした規格・方式にばらつきが生じると、開発・導入コストの増加や各メーカーのグローバル戦略の足かせとなるのは間違いない。次世代モビリティの社会実装が促進されるよう、より多くのグローバル企業の参加・協同が望まれる領域だ。

>>特集目次

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>>特集第4回:【対談】自動運転実現の鍵は「車載ストレージ」の進化にあり!

>>特集第5回:自動運転車と「情報銀行」の意外な関係性

>>特集第6回:自動運転の安全安心の鍵は「乗員のリアルタイムデータ」にあり

>>特集第7回:【対談】車載ストレージ、タクシーのデータビジネス下支え!

>>特集第8回:自動運転、車載機器の最重要5パーツをピックアップ!

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>>特集第10回:自動運転車、ハッカーからどう守る?

>>特集第11回:改ざん阻止!自動運転業界がブロックチェーン導入を歓迎すべき理由

>>特集第12回:自動運転時代はクラウドサービス企業の成長期

>>特集第13回:自動運転、画像データ解析の主力企業は?

>>特集第14回:自動運転、音声データ解析の主力企業は?

>>特集第15回:日本、自動運転レベル4はいつから?ODD拡大ではデータの網羅性も鍵

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>>特集第21回:自動運転車、AIの「性格」も選べるように?人の運転データを学習

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>>自動運転白書第1弾:自動運転領域に参入している日本企業など一覧

>>特集第23回:自動運転に必須の3Dマップ、どんなデータが集積されている?

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>>自動運転白書第2弾:自動運転関連の実証実験等に参加している日本企業一覧

>>特集第25回:自動運転、企業の垣根を越えて共有させるべきデータ群は?

>>自動運転白書第3弾:自動運転業界における国内の主要人物一覧

>>特集第26回:コロナで早期実現!?自動運転宅配サービスに必要なデータは?

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>>特集第28回:自動運転と「データ通信」の実証実験、過去の事例まとめ

>>特集第29回:自動車ビッグデータの活用に取り組む「AECC」とは?

>>特集第30回:「次世代タイヤ」から得られるデータとは?

>>特集第31回:自動運転におけるデータ処理は「クラウド側」「エッジ側」の2パターン

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>>特集第46回:ドライブレコーダーが収集してきたデータ、今後収集するデータ

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