【対談】2020年代は「タクシー×データ」で革新が起きる!ウエスタンデジタル×みんなのタクシー(深掘り!自動運転×データ 第22回)

新たに「データ収集車」という役割、コンテンツ配信も



タクシーが「移動サービス」であることは誰もが知るところだ。ただそのタクシーが新たな役割を担うようになる。「データ収集車」という役割だ。さらに最近では、タクシーが新たな「広告媒体」としても注目が集まっており、タクシービジネスはいま大きく変わろうとしている。

こうした領域で新規事業に挑戦しているのが、タクシー配車アプリ「S.RIDE(エスライド)」を展開しているみんなのタクシー社だ。今回は「タクシー×データ」という視点で行った対談の模様をお届けする。

今回ご登場頂くのは、自動車に関連するデータの保存に欠かせない車載ストレージを販売する米半導体メモリー大手ウエスタンデジタルのラッセル・ルーベン氏(車載用ストレージ部門マーケティングディレクター)と、みんなのタクシーの代表取締役社長である西浦賢治氏の両人だ。

【ウエスタンデジタル/ラッセル・ルーベン氏プロフィール】ウエスタンデジタルのオートモーティブ向け組み込みストレージを統括する製品マーケティングディレクター。日本のみならずワールドワイドの自動車市場に注力した製品開発と展開、およびGTM戦略の責任者。

【みんなのタクシー/西浦賢治社長プロフィール】にしうら・けんじ 1970年10月24日生まれ、和歌山県出身。慶應義塾大学総合政策学部卒。2002年2月にソニー株式会社入社。コーポレート戦略部ゼネラルマネジャー、経営企画管理部コーポレート戦略グループゼネラルマネジャーなどを歴任し、2018年5月から現職。(2018年9月からソニー株式会社AIロボティクスビジネスグループMT事業室統括部長を兼務)

■みんなのタクシーとウエスタンデジタルが取り組んでいること

自動運転ラボ 本日はよろしくお願いいたします。早速ですが、お互いの事業における取り組みについてご紹介いただけますでしょうか。

西浦氏 みんなのタクシーは2018年5月に、東京都内のタクシー会社5社とソニー、そしてソニーの子会社であるソニーペイメントサービスで、まず準備会社として立ち上がりました。その後、9月に事業会社に移行し、2019年4月からタクシー配車アプリ「S.RIDE(エスライド)」のサービスを開始しました。

2019年12月までの実績で申し上げますと、1日当たりの配車件数は当初の約30倍まで伸びており、堅調に拡大しています。現在は東京だけで1万台規模のネットワークを有しており、今後、全国の主要都市に面展開をしていきたいと考えています。ちなみに今年3月からは名古屋地域でもサービス提供をスタートさせています。また、タクシー相乗りマッチングアプリとの連携も開始しており、より多くの方がS.RIDEを利用しやすい環境を整えていきたいと思います。

ルーベン氏 ウエスタンデジタルは2002年から車載用ハードディスクの生産をスタートし、2015年からは車載用フラッシュストレージも販売していています。ナビゲーション用のマップデータを保存する需要が時代とともに増え、近年では自動運転関連のニーズが増えています。

自動運転化やコネクテッド化により、1台の車両に必要なストレージの容量は2022年には1TB(テラバイト)をも超えると言われています。こうした未来の状況に対応するべく、今後も車載向けストレージの開発に注力していく方針です。

■ソニーがタクシー事業に乗り出した理由とは?

ルーベン氏 ソニーはなぜ畑違いのタクシー事業に乗り出したのでしょうか?何に有望性を感じたのか、一番の理由を教えてください。

西浦氏 その理由の一つとしては、将来の自動運転時代を見越してのことです。

ソニーは「CES 2020」(編集:米ラスベガスで1月に開催された世界最大の技術見本市)で自動運転コンセプトカーとして「Vision-S」を発表しました。将来的には自社のセンシング技術などを自動運転の領域で活かそうと考えていますが、そのためには「走行データ」が不可欠です。走行データはAI(人工知能)の学習データとして使え、自動運転車のための技術や機能の向上に非常に重要です。

こうした視点で、走行データを入手するための「箱」として、みんなのタクシーは設立されました。東京のタクシーは1日250〜300キロを走行しており、みんなのタクシーがネットワークを有する1万台のタクシーは日々膨大な量のデータを生成してくれます。

対談に臨むみんなのタクシーの西浦社長=撮影:自動運転ラボ

西浦氏 同時に、タクシー業界ではIT技術の導入がまだこれからといった側面があり、経営の効率化や売り上げ拡大の面で貢献していければとも考えています。それらが形になったものがAI需要予測であり、車内でのコンテンツ配信事業です。

■外部環境と内部環境を走行データやセンシングデータで把握

ルーベン氏 具体的にはどのようなデータを取得しているのですか?

西浦氏 タクシー走行中は走行データとセンシングデータで外部環境と内部環境の把握をします。たとえば外部環境に関して言えば、新たな建物や道ができている、あったものが無くなっている、道路が陥没している、雨が降ってきた、などです。

AI需要予測では過去の乗降データも使いますが、こうした外部環境に関する最新データも活用し、どこに行けばお客様を確実に拾えるかを示してくれるように設計されています。AI需要予測によってタクシー運転手としての経歴が浅い方でもお客様を多く拾え、電車の遅延で需要が見込まれる場合でもすぐに対応が可能です。またAI需要予測に関して付け加えますと、単発的なイベントなどによる「特需」の発生や長時間の乗車となりそうなエリアも予測し、ドライバーさんに情報を提供しています。

また内部環境としては、ドライバーさんの目が開いているか、よそ見していないか、なども把握することで、注意喚起などに結びつけることもできます。

ルーベン氏 配車アプリや車内でのコンテンツ配信事業についても詳しく教えてください。

西浦氏 配車アプリや車内コンテンツについてですが、タクシーに乗る際には「呼ぶ」「移動」「降りる(お金を支払う)」の3つのフェーズがあります。「呼ぶ」ことと「降りる」ことに関して言えば、ユーザーにとっての使いやすさを重視しており、配車アプリをシンプルなUIやUXにすることに力を注いでいます。

一方で「移動」の時間はお客様がいかに楽しめるかが重要で、移動中に閲覧できるコンテンツとして、現在は後部座席向けの車載タブレットにおいて広告やコンテンツを流しています。ちなみに後部座席向けの車載タブレットの広告枠は、広告枠を販売し始めてから2019年9月以降、満稿状態が続いており、多くの企業様に関心を持って頂いております。

ルーベン氏 コンテンツの配信では、タクシーに乗っている時間が限られているため、短い時間で見終わることができるコンテンツがメインですか?

西浦氏 そうしたコンテンツがメインとなっていきますが、新たな可能性も模索しています。たとえば、東京都内ですと乗車時間が大体15分前後という短い時間になることが多いので、長編映画を一気に見るのは難しいですよね。ただパーソナライゼーションの一環で、乗った瞬間に前回見た映画の続きが見られるといったサービスなどもあれば面白いと感じています。続きが見たいから前回と同じタクシーを配車しようなど、こうしたユーザーに選んでもらう工夫も不可欠だと感じています。

よりパーソナライゼーションを進めていく上で、快適な温度や好きな音楽、心地いい香りなど、その個人にとって心地よい空間づくりを乗った瞬間に提供できるようにもしていきたいです。ソニーとしては得意な分野なので、自信はあります。

ルーベン氏 タクシーの車中広告では映画の宣伝などもありますよね。単に宣伝でおわるのではなく、車内なら割引で映画のチケットが買えるようなサービスもあったらいいなと思います。今後はユーザーが見るだけの広告ではなく、ワンアクションによって何か得をする広告コンテンツもあれば良さそうですね。

■自動運転関連のデータは多岐にわたり、「容量」「信頼性」が両方求められる

西浦氏 御社が販売している自動運転向けストレージは、実際にどのようなデータの保存のために各社が活用しているのですか?

ルーベン氏 自動運転車が走行するにはさまざまなデータが必要です。たとえば「自動運転の目」とも呼ばれるLiDARやカメラなどによるセンシングデータをはじめ、位置情報やマップデータ、乗った人に関するデータ、ハッキングを防ぐためのセキュリティに関するデータ、事故を起こした際に責任の所在を明確にするドラレコ的な役割を果たすデータ、障害物情報を後方車両に通信するためのデータなど、多岐にわたります。こうしたデータを保存するために活用されています。

そして機能が高度化すればそれだけデータ量も増えます。つまり、車載ストレージには容量も求められてきます。弊社は2019年5月に新製品の車載用ストレージ「Western Digital Automotive iNAND AT EM132 EFD(iNAND AT EM132)」を発表しました。車載用e.MMCフラッシュストレージとしては256GBの大容量に初めて対応した製品です。

対談に臨むラッセル・ルーベン氏=撮影:自動運転ラボ

ルーベン氏 「e.MMC」は自動車向けの車載ストレージとしては最も採用されている規格で、NANDフラッシュメモリと制御回路で構成されています。自動運転システムに適した規格として、今後主流となっていくことが見込まれています。構造を「2D NAND」から「3D NAND」に変更したことで、信頼性も大きく向上させています。

そして「大容量」はもちろんですが、耐久性が高く、かつ安全性に富むストレージの開発もウエスタンデジタルの使命だと考えています。特に自動運転車では「データ」が安全走行を担保するために非常に重要な役割を果たします。そのため、ストレージの温度や残り寿命などを車内のインフォテインメントパネルなどに表示させる「ヘルスステータスモニタリング」機能も導入しています。製品の寿命が近づいたり、動作の異常が検知されたりすると、アラートされる仕組みも実装しています。

西浦氏 自動運転車で何かトラブルが生じると、人の命に関わりますしね。容量が多いに越したことはないですが、自動運転車にとってストレージの信頼性もとても重要な要素ですよね。

■タクシー車内はコンテンツ向けストレージに良い環境

西浦氏 先ほどコンテンツについて少しお話させていただきましたが、「走行」のためのストレージだけでなく、「コンテンツ」のためのストレージ開発にも取り組まれていますか?

ルーベン氏 取り組んでおります。たとえば飛行機の座席についている液晶画面にも我々のストレージが搭載されていますし、もちろんスマートフォンやタブレットにも使われています。

タクシーの後部座席に取り付けるタブレット用のストレージに関しては、実は我々にとってはそこまで過酷な環境ではありません。タクシーの営業車両は普通の車に比べてエンジンがかかっている時間が長いことから、冷暖房で室温が安定しているためです。普通の自動車ですと、たとえば海外では砂漠のど真ん中で2〜3カ月間放って置かれるということもざらです。

そうした過酷な環境下でも耐えられるような製品の開発に取り組んでいるため、コンテンツ用の車載ストレージとしては十分に信頼を置いていただけると思います。

■データに関するレギュレーション作りが急務

ルーベン氏 最後に、車両側で保存するデータとクラウド側から取得するデータの種類をそれぞれ教えてください。

西浦氏 10秒単位、1分単位など差はありますが、走行や動態データはクラウドです。S.RIDEではネット決済の仕組みはソニーペイメントサービスが担っていますが、金額データはクラウドに送信しています。一方でネット決済ではなく現金払いのデータはエッジ側(機器側)に保存されます。そのデータはタクシーが帰庫したら、SDなどに移します。

全ての情報をクラウドに送信するのが理想ですが、通信料やサーバー容量の問題があり、く、必要な情報だけを切り取ってクラウドに送信していきたいのが本音です。しかし現状はエッジ側に残す情報とクラウドに上げる情報とをどう切り分けるのか、その基準をはっきりとさせる必要があると思います。

ルーベン氏 おっしゃる通りですよね。我々ストレージを供給する側にとっても、はっきりとした線引きがなされることを希望しています。データに関するレギュレーションを定めることは急務ですね。ウエスタンデジタルもこうした基準作りをリードできるよう、今後力を入れて取り組んでいく必要があると考えています。

自動運転ラボ 本日はありがとうございました!

■【取材を終えて】車載ストレージの重要性、今まで以上に

移動手段として認識されているタクシーが「データ収集装置」としての新たな役割を担い、そして新たなメディア媒体としての顔も持つようになっている。そうした意味で、今まで以上にデータを保存する車載ストレージの重要性が増している。

サービサーとしてみんなのタクシーが新規ビジネスに取り組み、ウエスタンデジタルはそうしたサービスを支える影の立役者だ。両社の取り組みに今後も注目していきたい。

>>特集目次

>>【特別対談】「大容量×信頼性」、車載業界屈指の半導体メーカーが見据える自動運転の未来

>>特集第1回:自動運転車のデータ生成「1日767TB」説 そのワケは?

>>特集第2回:桜前線も計測!"データ収集装置"としての自動運転車の有望性

>>特集第3回:自動運転車の最先端ストレージに求められる8つの性能

>>特集第4回:【対談】自動運転実現の鍵は「車載ストレージ」の進化にあり!

>>特集第5回:自動運転車と「情報銀行」の意外な関係性

>>特集第6回:自動運転の安全安心の鍵は「乗員のリアルタイムデータ」にあり

>>特集第7回:【対談】車載ストレージ、タクシーのデータビジネス下支え!

>>特集第8回:自動運転、車載機器の最重要5パーツをピックアップ!

>>特集第9回:AI自動運転用地図データ、どこまで作製は進んでいる?

>>特集第10回:自動運転車、ハッカーからどう守る?

>>特集第11回:改ざん阻止!自動運転業界がブロックチェーン導入を歓迎すべき理由

>>特集第12回:自動運転時代はクラウドサービス企業の成長期

>>特集第13回:自動運転、画像データ解析の主力企業は?

>>特集第14回:自動運転、音声データ解析の主力企業は?

>>特集第15回:日本、自動運転レベル4はいつから?ODD拡大ではデータの網羅性も鍵

>>特集第16回:日本、自動運転タクシーはいつ実現?リアルタイムデータ解析で安全走行

>>特集第17回:【対談】自動運転、ODM企業向け「リファレンス」の確立が鍵

>>特集第18回:パートナーとしての自動運転車 様々な「データ」を教えてくれる?

>>特集第19回:自動運転車の各活用方法とデータ解析による進化の方向性

>>特集第20回:自律航行ドローン、安全飛行のために検知すべきデータや技術は?

>>特集第21回:自動運転車、AIの「性格」も選べるように?人の運転データを学習

>>特集第22回:【対談】2020年代は「タクシー×データ」で革新が起きる!

>>自動運転白書第1弾:自動運転領域に参入している日本企業など一覧

>>特集第23回:自動運転に必須の3Dマップ、どんなデータが集積されている?

>>特集第24回:解禁されたレベル3、自動運行装置の作動データの保存ルールは?

>>自動運転白書第2弾:自動運転関連の実証実験等に参加している日本企業一覧

>>特集第25回:自動運転、企業の垣根を越えて共有させるべきデータ群は?

>>自動運転白書第3弾:自動運転業界における国内の主要人物一覧

>>特集第26回:コロナで早期実現!?自動運転宅配サービスに必要なデータは?

>>特集第27回:自動運転業界、「データセット公開」に乗り出す企業たち

>>特集第28回:自動運転と「データ通信」の実証実験、過去の事例まとめ

>>特集第29回:自動車ビッグデータの活用に取り組む「AECC」とは?

>>特集第30回:「次世代タイヤ」から得られるデータとは?

>>特集第31回:自動運転におけるデータ処理は「クラウド側」「エッジ側」の2パターン

>>特集第32回:自動車×ビッグデータ、自動運転領域を含めた活用事例まとめ

>>特集第33回:自動運転の「脳」には、車両周辺はどうデータ化されて見えている?

>>特集第34回:自動バレーパーキングの仕組みや、やり取りされるデータは?

>>特集第35回:検証用に車載用フラッシュストレージを提供!Western Digitalがキャンペーンプログラム

>>特集第36回:自動運転、「心臓部」であるストレージに信頼性・堅牢性が必要な理由は?

>>特集第37回:自動運転レベル3の「罠」、解決の鍵はドラレコにあり?

>>特集第38回:自動運転時代、ドラレコが進化!求められる性能は?

>>特集第39回:e.MMCとは?車載ストレージ関連知識

>>特集第40回:AEC-Q100とは?車載ストレージ関連知識

>>特集第41回:自動運転で使う高精度3D地図データ、その作製方法は?

>>特集第42回:ADASで必要とされるデータは?車載ストレージ選びも鍵

>>特集第43回:V2X通信でやり取りされるデータの種類は?

>>特集第44回:未来のメータークラスターはこう変わる!

>>特集第45回:自動運転の実証実験で活用されるデータ通信規格「ローカル5G」とは?

>>特集第46回:ドライブレコーダーが収集してきたデータ、今後収集するデータ

>>自動運転バス×データを考える BOLDLYとWestern Digitalが対談

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