「次世代タイヤ」から得られるデータとは?(深掘り!自動運転×データ 第30回)

路面状況やタイヤの摩耗、グリップ力などをデータ化



CASE(コネクテッド、自動運転、シェアリング・サービス、電動化)の波が押し寄せ、100年に1度の変革の時代を迎えたモビリティ業界。この変革の波は自動車を支えるタイヤにも押し寄せている。

1つは「エアレスタイヤ」の開発で、100年以上続いた空気入りタイヤの時代がまもなく終焉を迎え、新たなスタンダードが生まれる可能性がある。

そしてもう1つが、「タイヤセンシング」技術の開発だ。自動車において唯一地面と接しているタイヤならではのセンシングにより、さまざまなデータを収集する取り組みが進められている。

特に自動運転分野においては、タイヤの異常を真っ先に検知すべきドライバーが不在のため、こうしたセンシング技術を活用して事故を未然に防がなければならない。

各社が足並みを揃えるかのように開発を加速させるタイヤセンシング技術では、どのような仕組みでどのようなデータが収集されているのか。タイヤメーカー各社の取り組みを解説していこう。

■ブリヂストン:「CAIS」

タイヤ製造最大手のブリヂストンは2011年、「CAIS(カイズ)」コンセプトに基づき、自動車が走行する際に路面と唯一接しているタイヤによる路面状態判定技術を開発したと発表した。

CAISは「Contact Area Information Sensing」の頭文字をとったもので、タイヤの接地面の情報を収集、解析し、タイヤに新たな価値を提供する将来技術の総称としている。タイヤのトレッド内側に装着した加速度センサーによってトレッドの振動を検出し、その情報を無線で車載解析装置へ送信する仕組みで、タイヤ内に装着された独自の発電装置を用いて駆動する。

車載解析装置に送信された振動はリアルタイムで解析され、乾燥、半湿、湿潤、シャーベット、積雪、圧雪、凍結といった7つの路面状態などを判定する。

2015年には、このセンシング技術について世界で初めて実用化に成功したと発表している。

また、タイヤに設置したセンサーがタイヤの空気圧・温度情報を計測し、クラウドを通じて車両管理者らと情報を共有する運送事業者向けのモニタリングシステム「Tirematics」も欧州やアジアなどですでに実用化されている。

国内では、中型自動運転バスの公道実証実験事業を行う神姫バスの車両にトライアル導入することを2020年7月に発表した。ドライバー・乗務員が乗車しない自動運転において、タイヤに関するトラブルを未然に防止する観点から実証実験をサポートするもので、実証実験を通じて日本市場における顧客価値検証や国内のトラック・バス事業者へのサービス品質についても検討していくこととしている。

■グッドイヤー:「AERO」

米タイヤメーカー大手のグッドイヤーは2016年、自動運転向けの次世代コンセプトタイヤとして「Goodyear Eagle-360」と「Goodyear IntelliGrip」を公開した。

Eagle-360は、埋め込まれたセンサーが車両制御システムや周りの車両に対して路面状況や気象状況を伝達するコネクテッド機能を備えるほか、空気圧・トレッド監視システムがタイヤの摩耗状態を管理する。クラウドに収集したデータを他の車両と共有する点が特徴的だ。

IntelliGripは、先進センサー技術と専用設計のトレッドによって、路面状況や気象状況を感知する。このデータをもとに車載システムが状況に合わせてスピードを調整するなど、ADASや自動運転をサポートするという。

2018年には、インテリジェントタイヤのプロトタイプを発表している。タイヤ、センサー、クラウドベースのアルゴリズムを含む情報システムで、シェアサービスを手掛けるフリート・オペレーターなどに導入することでタイヤメンテナンスにかかるコストや手間を削減できるとしている。

2019年のジュネーブ国際モーターショーでは、空飛ぶ自動車用に設計した最新のコンセプトタイヤ「AERO」を発表した。光ファイバーセンサーを使用し、路面状況やタイヤの磨耗、タイヤ自体の構造健全性をモニターするオプティカルセンシング技術や、タイヤのセンサーから受け取る情報と車両間および車両とインフラ間で伝達される情報を組み合わせるAIプロセッサーを搭載しているという。

【参考】グッドイヤーの取り組みについては「タイヤにもAI搭載!? 凸凹が自動変形 自動運転向けに米グッドイヤー」も参照。

■TOYO TIRES:タイヤグリップ力を可視化

トーヨータイヤは2020年2月、AIやデジタル技術を活用し、「タイヤ力」を見える化するタイヤセンシング技術コンセプトを発表した。

タイヤそのものを情報取得デバイスとして活用することで、新たな付加価値を創造するという構想のもと、タイヤが果たすべき性能(グリップ力)の限界値を導き出すセンシング技術を構築し、これを可視化することでタイヤの状況をイメージしやすくしている。

タイヤのパフォーマンスは、タイヤに装着したセンサーから検知した空気圧や温度、路面判別、荷重、摩耗、異常といった各種情報を入力し、データ分析やAIを用いた「タイヤ力推定モデル」によって「タイヤ力」として出力される。

可視化のイメージは、タイヤの限界値を示す円の中にリアルタイムのグリップ力が点で表示される仕組みで、滑りやすい環境では円が小さくなり、グリップ力を示す点が円の外に出やすくなる。点はアクセルやステアリング操作に合わせて円の中を移動し、円の中心付近に点が位置していればグリップ力を発揮している状態で、円を越えそうになるとグリップ力が失われ滑りやすくなっている状態を表す。

タイヤのグリップ力を可視化することで、積雪時などさまざまな状況下におけるドライバーの判断をサポートし、安全に結び付けていく狙いだ。

【参考】TOYO TIRESの取り組みについては「自動運転見据えた「タイヤセンシング」最前線!TOYO TIREの取り組みは?」も参照。

■コンチネンタル:「Conti C.A.R.E.」

独自動車部品・タイヤメーカー大手のコンチネンタルは2017年、タイヤに内蔵されたセンサーでトレッドの深さと温度を測定し、タイヤの損傷をドライバーに警告する導電性ゴムによるデータ伝送技術「ContiSense(コンチ・センス)」を発表した。

ゴムベースのセンサーがタイヤのトレッドの深さと温度を常時監視し、測定値が既定値から上下した際に直ちににドライバーへ警告を発する。将来的には、独立して利用できるセンサーを追加し、温度や積雪の有無など路面に関する情報をタイヤが感じ取ることも可能になるという。

また、2019年のフランクフルトモーターショーや東京モーターショーでは、未来のモビリティに向けた新たな技術システム「Conti C.A.R.E. (コンチ・ケア)」を発表した。

Connected(接続)、Autonomous(自律)、Reliable(信頼)、Electrified(電子化)の頭文字をとったもので、ホイールやタイヤ技術のネットワークを緻密に調整し、求められる性能特性の管理を容易にすることで、一般乗用車をはじめ自動運転車においてもタイヤ管理の新たな手段を提供する柔軟なシステムソリューションを構築するとしている。

タイヤ構造内に組み込まれたセンサーがトレッドの溝深さや損傷の可能性、タイヤ温度と空気圧に関するデータなどを生成して継続的に評価し、ContiSenseによってウェブベースの「ContiConnect Live(コンチ・コネクトライブ)」アプリと連動し、モビリティの管理を効率的に行えるようにする。

【参考】コンチネンタルの取り組みについては「コネクテッドなタイヤの未来とは?コンチネンタルタイヤが東京モーターショーで展示」も参照。

■住友ゴム工業:「SENSING CORE」

国内でDUNLOPブランドなどを手掛ける住友ゴム工業は2017年、タイヤセンシング技術「SENSING CORE」の開発を発表した。

タイヤの回転により発生する車輪速信号を解析することによって路面の滑りやすさやタイヤにかかる荷重などの情報を検知する技術で、実用化済みのタイヤ空気圧低下警報装置「DWS(Deflation Warning System)」を進化させる形で開発した。

追加のセンサーを必要とせず、既存の車輪速信号を使ってソフトウェアで検知するため、メンテナンスフリーで低コスト化を図ることができるとしている。

同社はこのほか、タイヤの空気圧を遠隔モニタリングできるシステムを群馬大学と、またタイヤの回転によって発電する技術を関西大学とそれぞれ共同研究・開発するなど、次世代技術の研究も着実に進めているようだ。

【参考】住友ゴム工業の取り組みについては「住友ゴムの「自ら気づく」タイヤ、AI自動運転での活用期待 その名も「SENSING CORE」」も参照。

■横浜ゴム:「YOKOHAMA Intelligent Tire Concept」

横浜ゴムは東京モーターショー2019で、CASEに対応したタイヤのIoT化技術「YOKOHAMA Intelligent Tire Concept」をはじめ、自動運転・無人運転に対応する走行持続性技術「Self Seal Concept Tire」、次世代車向けタイヤノイズ低減技術「Silent Foam面ファスナー Concept Tire」の3つの新技術を発表した。

「YOKOHAMA Intelligent Tire Concept」は、タイヤに取り付けたセンサーから取得するデータをクラウドにつなげ、タイヤと車両、ドライバーの通信端末、ロードサービス、ヨコハマタイヤ系列店などを連携させるタイヤのIoT化のコンセプトとなっている。

また、同イベントにおいて電子機器大手のアルプスアルパインと乗用車用タイヤセンサーについて共同開発を進めていることも公表した。従来のタイヤ空気圧検知に加え、摩耗検知や路面検知、これらのデータをデジタルツールで処理・管理していくソリューションビジネスの展開、タイヤから得られたデータをフィードバックする有効活用策なども視野に研究開発を進めている。

■Pirelli:「Cyber Tyre」

イタリアのタイヤメーカー・ピレリは、タイヤに搭載したセンサーが道路のアスファルトの状況やタイヤの温度、空気圧、摩耗、回転数などさまざまな情報を読み取るインテリジェントタイヤ「Cyber Tyre」の開発を進めている。

2019年11月には、5Gネットワークを介して路面に関するインテリジェントタイヤによって検出された情報を送信する技術を発表した。内部センサーを搭載したCyber Tyreが車両やドライバー、道路インフラ全体と通信することで、将来的にはタイヤモデルや時速、動的負荷に関連するデータを車に提供し、潜在的な危険を把握することで安全性や快適性、パフォーマンスを向上することができるとしている。

■ハンコック:「マインド・リーディング・タイヤ」

韓国最大手のハンコックは、革新的技術で次世代のドライビングを開発する「The Next Driving Lab」プロジェクトにおいて360度回転可能な「ボール・ピン・タイヤ」や道路状況に応じて形状を変える「トランスフォーミング・タイヤ」など斬新なコンセプトを次々と発表している。

2014年には、2番目のプロジェクトとして人間の脳波に反応する「マインド・リーディング・タイヤ」を発表した。あくまでコンセプトモデルだが、車内外にいるドライバーの脳波を感知してタイヤ、ひいては自動車を制御するものとなっている。

日産が研究を重ねる脳波測定による運転支援技術「Brain-to-Vehicle」のように、脳波を運転に活用する研究は水面下で進められている。まだまだ先の将来技術ではあるが、こうした発想をタイヤに持ち込む視点は興味深いところだ。

■【まとめ】データの有効活用方法も進展

各社共タイヤセンシングの方向性はほぼ一緒で、従来のタイヤ空気圧をはじめ、路面状況やタイヤの摩耗具合の把握などが中心となっているようだ。

今後は、LiDARやカメラ画像のようにクラウドにデータを収集し、より多くの走行車両がタイヤから得られた情報を共有するシステム開発や、データの有効活用方法の研究なども進みそうだ。

タイヤセンシングは自動運転に必須の技術へと成長していくことが予想されるが、一般の乗用車においても強力なADASとなる。新たなセンシング技術が身近な存在になる日はそう遠くなさそうだ。

>>特集目次

>>【特別対談】「大容量×信頼性」、車載業界屈指の半導体メーカーが見据える自動運転の未来

>>特集第1回:自動運転車のデータ生成「1日767TB」説 そのワケは?

>>特集第2回:桜前線も計測!"データ収集装置"としての自動運転車の有望性

>>特集第3回:自動運転車の最先端ストレージに求められる8つの性能

>>特集第4回:【対談】自動運転実現の鍵は「車載ストレージ」の進化にあり!

>>特集第5回:自動運転車と「情報銀行」の意外な関係性

>>特集第6回:自動運転の安全安心の鍵は「乗員のリアルタイムデータ」にあり

>>特集第7回:【対談】車載ストレージ、タクシーのデータビジネス下支え!

>>特集第8回:自動運転、車載機器の最重要5パーツをピックアップ!

>>特集第9回:AI自動運転用地図データ、どこまで作製は進んでいる?

>>特集第10回:自動運転車、ハッカーからどう守る?

>>特集第11回:改ざん阻止!自動運転業界がブロックチェーン導入を歓迎すべき理由

>>特集第12回:自動運転時代はクラウドサービス企業の成長期

>>特集第13回:自動運転、画像データ解析の主力企業は?

>>特集第14回:自動運転、音声データ解析の主力企業は?

>>特集第15回:日本、自動運転レベル4はいつから?ODD拡大ではデータの網羅性も鍵

>>特集第16回:日本、自動運転タクシーはいつ実現?リアルタイムデータ解析で安全走行

>>特集第17回:【対談】自動運転、ODM企業向け「リファレンス」の確立が鍵

>>特集第18回:パートナーとしての自動運転車 様々な「データ」を教えてくれる?

>>特集第19回:自動運転車の各活用方法とデータ解析による進化の方向性

>>特集第20回:自律航行ドローン、安全飛行のために検知すべきデータや技術は?

>>特集第21回:自動運転車、AIの「性格」も選べるように?人の運転データを学習

>>特集第22回:【対談】2020年代は「タクシー×データ」で革新が起きる!

>>自動運転白書第1弾:自動運転領域に参入している日本企業など一覧

>>特集第23回:自動運転に必須の3Dマップ、どんなデータが集積されている?

>>特集第24回:解禁されたレベル3、自動運行装置の作動データの保存ルールは?

>>自動運転白書第2弾:自動運転関連の実証実験等に参加している日本企業一覧

>>特集第25回:自動運転、企業の垣根を越えて共有させるべきデータ群は?

>>自動運転白書第3弾:自動運転業界における国内の主要人物一覧

>>特集第26回:コロナで早期実現!?自動運転宅配サービスに必要なデータは?

>>特集第27回:自動運転業界、「データセット公開」に乗り出す企業たち

>>特集第28回:自動運転と「データ通信」の実証実験、過去の事例まとめ

>>特集第29回:自動車ビッグデータの活用に取り組む「AECC」とは?

>>特集第30回:「次世代タイヤ」から得られるデータとは?

>>特集第31回:自動運転におけるデータ処理は「クラウド側」「エッジ側」の2パターン

>>特集第32回:自動車×ビッグデータ、自動運転領域を含めた活用事例まとめ

>>特集第33回:自動運転の「脳」には、車両周辺はどうデータ化されて見えている?

>>特集第34回:自動バレーパーキングの仕組みや、やり取りされるデータは?

>>特集第35回:検証用に車載用フラッシュストレージを提供!Western Digitalがキャンペーンプログラム

>>特集第36回:自動運転、「心臓部」であるストレージに信頼性・堅牢性が必要な理由は?

>>特集第37回:自動運転レベル3の「罠」、解決の鍵はドラレコにあり?

>>特集第38回:自動運転時代、ドラレコが進化!求められる性能は?

>>特集第39回:e.MMCとは?車載ストレージ関連知識

>>特集第40回:AEC-Q100とは?車載ストレージ関連知識

>>特集第41回:自動運転で使う高精度3D地図データ、その作製方法は?

>>特集第42回:ADASで必要とされるデータは?車載ストレージ選びも鍵

>>特集第43回:V2X通信でやり取りされるデータの種類は?

>>特集第44回:未来のメータークラスターはこう変わる!

>>特集第45回:自動運転の実証実験で活用されるデータ通信規格「ローカル5G」とは?

>>特集第46回:ドライブレコーダーが収集してきたデータ、今後収集するデータ

>>自動運転バス×データを考える BOLDLYとWestern Digitalが対談

関連記事