テスラ「自動運転」を中国で諦めた?「支援運転」に改名へ 抱える2.3兆円の訴訟爆弾

改名せざるを得ない状況に



米EV大手Teslaテスラ)が中国で売ってきた「自動運転」が、法廷で問われることになった。北京の裁判所で車両所有者10人が起こした詐欺訴訟の第1回公判が開かれ、その直前にテスラが中国での運転支援機能FSDの呼称を「テスラ支援運転」へと変えていた事実が、争点として浮かび上がっている。


原告が問題にするのは、2019年から2021年にかけて販売されたFSDのパッケージである。請求額は合計で約395万元(日本円で約8,500万円)規模にのぼる。さらにこの中国訴訟は氷山の一角にすぎない。豪州やEUでも同種の集団訴訟が進み、世界全体での潜在賠償額は最大145億ドル、日本円でおよそ2.3兆円に達するとされる。

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■テスラFSDが中国で「支援運転」に改名された意味

テスラが中国で運転支援機能FSDの呼称を変えた。中国の公式サイトは2026年5月下旬、英字の「FSD」表記を全面的に削除し、中文名称を「テスラ支援運転」へと統一した。価格は6万4,000元のまま据え置かれている。

改名の理由は、規制上の分類に名前を合わせるためだとされる。中国の制度では、このシステムはあくまでも米自動車技術会SAEが定める自動運転レベル2の運転支援にあたる。ドライバーは常時、前方を監視し、ハンドルを握って車両を制御する責任を負う。「完全自動運転」という直訳が、その実態と食い違っていたわけだ。

だが、この改名はテスラを守るどころか、むしろ立場を悪くしている。原告側の弁護士は、呼称の変更そのものが、もとの表現が誤解を招くものであったことの実質的な自認だと指摘する。買い手は旧来の「完全自動運転」という名前のもとでFSDを購入し、自動運転が実現すると説明されていた。後から名前を変えても、購入時の説明が消えるわけではない。


名前を後から薄めようとする動きは、改名だけではない。テスラは過去のFSD購入契約に「supervised(監督付き)」の文言を遡って加え、2016年に自社が公開した自動運転ハードウェアに関するブログ記事も削除したと報じられている。改名と契約書の書き換えは、同じ方向を向いた動きだと言える。

【自動運転ラボの視点】
名前を変えれば実態が変わるわけではない。むしろ改名は、過大な宣伝があったことを自ら認める材料になりかねない。テスラFSDの呼称変更は、自動運転を名乗ることの重さを各社に突きつけている。

【参考】関連記事としては「テスラの自動運転機能(FSD)とロボタクシーを徹底解説」も参照。

テスラの自動運転機能(FSD)とロボタクシーを徹底解説


■原告10人が問う「約8,500万円」の公判内容

訴訟を起こしたのは、中国の車両所有者10人で。北京市大興区の人民法院で第1回公判が開かれ、中国メディアは5月29日にこれを報じた。原告は虚偽宣伝と消費者詐欺を理由に、合計で約395万元、邦貨で約8,500万円規模の賠償を求めている。

内訳を見ると、10人のうち9人がFSD機能そのものについて、支払額の返金に加えてその3倍を求める「退一賠三(中国の消費者法における「購入した商品に偽装や詐欺があった場合の罰則規定」を指す言葉)」を主張している。残る1人は、完全自動運転の能力こそが購入の唯一かつ決定的な理由だったとして、車両そのものの退一賠三を求めている。1人あたりの購入額は約5万6,000元、邦貨でおよそ120万円だった。

原告側の主張はこうだ。テスラは、宣伝した完全自動運転の機能が中国当局の承認を得ておらず、その中核機能を実現できないと知りながら、ハードウェアの技術的な限界を隠して誤解を招く宣伝を行い、購入へと誘導した。これは詐欺の要件にあたるという。

これに対しテスラは法廷で請求を否認した。FSDの機能は「すでに実現している」または「部分的に実現している」とし、残りの機能はなお研究開発中だと反論している。金額そのものは大きくない。しかし、もし詐欺が認定されれば、その前例としての重みは賠償額をはるかに上回る。

■なぜ旧型車は「自動運転」から締め出されたのか

この訴訟の根には、ハードウェアの世代差という問題がある。テスラが中国で運転支援ソフトの提供を始めたとき、対応したのは新しいHW4.0を積んだ車だけだった。2019年から2021年に売られた車に多いHW3.0搭載車は、対象から外れた。完全自動運転を期待して大金を払った旧型車の所有者が、その機能から締め出された形である。

販売の場では、テスラの販売員やCEOのイーロン・マスク氏が、完全自動運転は間もなく実現する、価格はこの先上がると説明し、早期の購入を促したと原告は主張する。買い手は、購入すれば無人の自動運転がいずれ手に入ると受け止めたという。

背景には、マスク氏自身の説明の変化がある。同氏は2025年初めの決算会見で、FSDを購入した車に積まれたHW3のコンピューターは、約束した自動運転を実現するには物理的な交換が必要になると認めたとされる。世界で数百万台規模に及ぶ旧型車が、買ったときの約束に届かない。中国の訴訟は、その世界共通の火種が表面化した一例だと言える。

【参考】関連記事としては「テスラ、安全性を「3倍水増し」か?」も参照。

テスラ、安全性を「3倍水増し」か?

■改名は中国だけではない 14か月で2度の呼称変更

今回の改名は、中国で初めてのことではない。テスラは14か月のあいだに2度、中国での呼称を変えている。1度目は2025年3月で、それまでの「FSD智能輔助駕駛」を「Intelligent Assisted Driving(智能輔助駕駛)」へと改めた。2度目が、公判の直前に行われた今回の「テスラ支援運転」への変更である。

1度目の変更は、中国の規制強化に対応したものだった。中国は2025年に入り、運転支援技術の宣伝方法に明確な線を引いた。さらに2026年2月には、工業情報化部と国家市場監督管理総局が、自動運転レベル2の運転支援に「全自動」「自動運転」といった誤解を招く表現を使うことを禁じる内容を、強制力のある標準へと格上げした。2027年からは自動運転レベル2の強制的な国家標準が施行される。改名は、テスラが自ら頭を下げたというより、規制が赤信号を灯した結果だと言える。

では、テスラはなぜ世界各地でFSDという名前を変え続けるのか。海外では完全自動運転という物語が同社の価値を支える柱の一つであり続けてきた。一方で、各国の規制当局はその名前を運転支援の実態に合わせるよう求め、訴訟のリスクも高まっている。名前を変える行為は、宣伝の物語と規制の現実、そして法的責任のあいだで板挟みになっている状況を映している。

■テスラFSDが抱える2.3兆円の訴訟爆弾

中国の訴訟は、世界に広がる火種の一つにすぎない。テスラは20件を超える訴訟を抱え、その潜在的な責任は最大で145億ドル、日本円でおよそ2.3兆円にのぼると試算されている。その多くが、運転支援機能FSDや自動運転支援システムAutopilotの宣伝や事故に関わるものだ。

中国以外でも動きは止まらない。豪州では2025年10月、数千人のテスラ所有者が集団訴訟に加わった。EUではオランダの所有者が立ち上げた共同請求に、6,600人を超える参加者が集まっている。米国でも、2016年後半から2024年半ばまでのFSD広告を対象とする集団訴訟が認定され、カリフォルニア州の行政審判はテスラの虚偽広告を認定し、仲裁人が購入者への返金を命じた事例もある。

中国の訴訟は、請求額こそ約8,500万円規模と小さい。しかし、自動運転を名乗る宣伝に司法がどう線を引くかという前例を作るという意味で、その重みは金額に収まらない。テスラFSDが世界各地で名前を変え続ける行為そのものが、2.3兆円という訴訟爆弾の大きさを物語っている。

記事監修:下山 哲平
(株式会社ストロボ代表取締役社長/自動運転ラボ発行人)

大手デジタルマーケティングエージェンシーのアイレップにて取締役CSO(Chief Solutions Officer)として、SEO・コンテンツマーケティング等の事業開発に従事。JV設立やM&Aによる新規事業開発をリードし、在任時、年商100億から700億規模への急拡大を果たす。2016年、大手企業におけるデジタルトランスフォーメーション支援すべく、株式会社ストロボを設立し、設立5年でグループ6社へと拡大。2018年5月、自動車産業×デジタルトランスフォーメーションの一手として、自動運転領域メディア「自動運転ラボ」を立ち上げ、業界最大級のメディアに成長させる。講演実績も多く、早くもあらゆる自動運転系の技術や企業の最新情報が最も集まる存在に。(登壇情報
【著書】
自動運転&MaaSビジネス参入ガイド
“未来予測”による研究開発テーマ創出の仕方(共著)




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