年々目に見える進化を遂げる自動運転技術。公道走行実証やサービス実証、シミュレーションなどを通じ、地道に課題を克服してクオリティを上げ続けている。
すでに一部で実用化が始まっているが、道路交通の安全を担保する上で現状の自動運転技術に課題や弱点はないのか。この記事では2022年8月時点の情報をもとに、自動運転技術が抱える課題・弱点について解説していく。
記事の目次
■ハッキングの恐れが高まる
独ダイムラー(現メルセデス・ベンツ)とBMWグループのカーシェアサービス「Share Now」の車両が2019年、米国でハッキングされ、100台以上が盗難される事件が発生した。IoT化・コネクテッド化された自動車は、常にハッキングの脅威にさらされることを象徴するかのような事件だ。
自動運転車も多くの場合通信を行い、常時インターネットでつながる存在となる。遠隔監視システムやインフラ協調システム、車車間通信、サーバーとのデータ送受信などさまざまな用途で通信を行い、自動運転システムの精度向上やサービス向上を図るのだ。
IoT化された自動運転車は、多くの利便性を生み出す一方、パソコンなどと同様常にハッキングの脅威にさらされることになる。
万が一自動運転車がハッキングされた場合、その被害はデータの流出などに留まらない。車両を乗っ取り、暴走させることなども可能となり、その被害は人命に直結する。
開発各社はあの手この手で対策を講じサイバーセキュリティの強化を図っているが、攻撃を仕掛ける側も目ざとくウィークポイントを探し、侵入を図ってくる。イタチごっこになりやすいため、弱点克服に向け常に気を配らなければならない領域だ。
【参考】Share Nowのハッキング事件については「悪夢、ついに…カーシェア車両、ハッキングで100台以上盗難 ダイムラーとBMWの「Share Now」」も参照。
悪夢、ついに…カーシェア車両、ハッキングで100台以上盗難 米シカゴ、将来のAI自動運転自動車にもつきまとう不安 https://t.co/jtBIpBMRaO @jidountenlab #カーシェア #ハッキング #盗難
— 自動運転ラボ (@jidountenlab) April 21, 2019
■通信不調の重大性が高まる
ハッキングの項で触れたが、自動運転車は常時通信を行いながら走行する。移動することが前提となる自動運転車においては、5Gをはじめとしたモバイル通信が中心となるが、この通信をいかに高速低遅延で大容量かつ安定的に行うかが重要となる。
万が一通信が途絶えた場合、自動運転車はどうなるか。結論から言うと、多くの場合走行不能に陥るが、ただちに危険を伴う状況には陥らない。レベル4の場合、通信が途絶えた時点でODD(運行設計領域)外となり、車両自ら路肩に停止するなど安全策を講じる。レベル3であれば、ドライバー(オペレーター)が即座に対応できるだろう。
【参考】関連記事としては「自動運転とODD」も参照。
もちろん、路肩などへの停止状況によっては、交通の妨げや二次的事故を招きかねず、迅速なタイプが求められることになる。通信障害は単一の車両に発生するケースと大規模に発生するケースがあり、後者の影響は計り知れない。
類似した事案として、サーバーの不具合などが挙げられる。管理サーバーなどに不具合が発生することで、フリート全体が走行不能に陥るケースもある。
米GM・Cruiseの自動運転車は2022年6月、サーバー障害によって一時約60台が正常な挙動を失い、道路上を占拠した。フォールバックシステムにもエラーが発生し、遠隔オペレーターは車両の位置を特定できず対応に苦慮したようだ。通信障害が発生した際も、このような状況に陥る可能性がある。
自動運転においては、通信システムやサーバー管理システムなどの冗長化も必須となりそうだ。
【参考】関連記事としては「住民唖然!Cruiseの自動運転タクシー、深夜の「道路封鎖」」も参照。
住民唖然!Cruiseの自動運転タクシー、深夜の「道路封鎖」 https://t.co/xtauy7byAs @jidountenlab #Cruise #自動運転タクシー
— 自動運転ラボ (@jidountenlab) July 8, 2022
■製造コストが高くなりやすい
最先端技術が結集した自動運転車は、当然ながら製造コストが高くなりやすい。高性能なセンサー群や高速処理を可能にするコンピュータなどは日進月歩で技術が向上し、最新製品は高価格帯を維持する。
こうした高い製造コストは、当然販売価格やリース・レンタル価格などに反映され、利用者の懐を圧迫する。多くはビジネス用途のため、導入には費用対効果がつきまとう。
また、新たなモビリティ導入においては、新たな運行管理システムの導入なども必要となる。本格的な普及段階を迎えるまでは、こうしたコスト面も自動運転の弱みとなりそうだ。
ただ、中国の百度(Baidu)は、2022年時点で自動運転車の製造コスト1台あたり約500万円を実現したという。レベル4機能などのクオリティが気になるところだが、早くも低価格路線の実現にかじを切っている点は特筆ものだ。
自動運転車の製造・販売価格への注目度は今後大きく高まることは間違いない。普及期を迎える段階でどの水準となるのか、引き続き要注目だ。
【参考】百度の取り組みについては「百度、製造費500万円の自動運転車 無人タクシーで使用」も参照。
百度、製造費500万円の自動運転車 無人タクシーで使用 https://t.co/JAFZKjoVCv @jidountenlab #百度 #自動運転
— 自動運転ラボ (@jidountenlab) July 22, 2022
■AI技術の対応力に課題
自動運転の高度化に欠かせないAI(人工知能)技術が、将来どこまで対応可能なものへと進化していくかは大きな課題だ。
自動運転においてAIは、センサーに移り込んだオブジェクトの認識・解析や、その結果に伴う車両制御判断といった重責を担う。最重要と言って過言ではない開発分野だ。
一般的に、AIの学習には歩行者や他の車両など道路交通を取り巻くさまざまなオブジェクトが写った膨大な数の画像を使用し、正確に認識できるレベルまで学ばせ続ける。この作業を繰り返し行うことで、AIは周囲を走行する車両やトラック、自転車、歩行者、信号機などを即座に認識・検知できるようになる。
では、未知の物体やセンサーが誤検出しやすい物体への対応や、AIを意図的に誤認させるような仕掛けへの対応はできるのか。未知の物体に関しては、正体不明の障害物として取り扱い、そのサイズや場所に応じて回避行動をとれば大体は対応可能だ。
では、透明度の高いガラスのような障害物が道に落ちていた場合、どのような判断を下すのか。LiDARのレーザーは反射し物体を検知する一方、カメラは物体を認識できないかもしれない。センサー間で異なる結果が出た場合の判断基準なども細かく規定していかなければならない。
また、悪意あるいたずらなどにどこまで対応できるかが大きな課題となる。やや古い情報だが、ワシントン大学の研究チームが2017年、道路標識にシールを貼るなどしてセンサー・AIに誤認識させる実験結果について発表している。実験では、「停止」の標識を「速度制限」と認識させることに成功している。
現実問題そうそうあり得ないが、道路上にだまし絵が描かれた場合、AIはどのような判断を下すのか。例えば、大きな岩が道路上に転がっているだまし絵が描かれていた場合、LiDARは認識しない一方、カメラは騙される可能性が高い。AIはカメラの情報を重視し、不安定な制御を行う可能性がある。
道路交通の安全は性善説のもとでは成り立たない。ハッキングなどと同様、悪意のある行為に対しどこまでAIが対応できるかといった観点は、現状のAIが抱える弱点と言えそうだ。
■手動運転への委譲に不安要素も
ホンダ「レジェンド」を皮切りに普及が始まった自動運転レベル3。一定条件下で自動運転を実現し、ODD外から外れる際や作動継続困難と判断した際などにドライバーへ運転交代を要請する(テイクオーバーリクエスト)。
この要請に対し、ドライバーは迅速に応答しなければならないが、自動運転システムから見ればこの権限委譲は不確定要素となる。
ドライバーが反応しなかった場合、システムはリスクを最小限にすべく緊急措置として車両を路肩などに停止させる。この制御は、必ずしもレベル3ではなく、システムによってはレベル2状態で行われるものもある。その際に事故が発生する可能性は思いのほか高い。
ドライバーは意識がないか、あるいは自動運転を妄信している可能性があり、また後続車両などが当該自動運転車の挙動を予測できるか――など考えると、リスクとなり得る要素が山積している。
また、テイクオーバーリクエストに正しくドライバーが反応したとしても、周囲の車両の状況や現在どこを走行しているか――といった情報把握が追い付かない可能性も考えられる。自動運転によって一度運転から切り離されたドライバーの脳が再び運転モードに切り替わり、状況を把握するには若干とはいえ時間を要する。
テイクオーバーリクエストにどれだけの余裕をもたせることができるかなど、まだまだ不安は尽きない。
【参考】レベル3については「自動運転レベル3とは?定義は?ホンダ、トヨタ、日産の動きは?」も参照。
■社会受容性の向上も必要に
自動運転システムそのものの弱点ではないが、社会における自動運転の位置付けも現状課題を抱えている印象が強い。
米国では、Uberの自動運転実証中の事故などを背景に、自動運転車を毛嫌う層が一定数存在する。まちなかを走行する自動運転車に攻撃する事件も実際に発生している。自動運転車の存在を危険なものと認識しているのだろう。
また、自動運転車は制限速度を厳密に守り、場合によっては制限速度未満で安全走行を行う。特に初期の技術においては、きびきびとした運転ではなく慎重すぎる運転になりがちだが、こうした安全運転があおり運転を誘発する可能性も考えられる。
自動運転に対する正しい効用と知識が広く普及し、その位置付けがしっかりと認められるまでは不要な事故・事件に巻き込まれる可能性も否定できないだろう。
【参考】自動運転車への攻撃については「Waymoの自動運転車を狙った犯行?歩行者の襲撃受ける」も参照。
Waymoの自動運転車を狙った犯行?歩行者の襲撃受ける https://t.co/9cJlbdSvWF @jidountenlab #Waymo #自動運転 #事件
— 自動運転ラボ (@jidountenlab) July 16, 2022
■【まとめ】自動運転の安全性追及に終わりはない
さまざまな課題・弱点を抱えている自動運転だが、業界ではその一つひとつの克服に向けた技術開発・努力が続けられている。
道路交通の特性上、自動運転の安全性追及に終わりはなく、技術開発は高みを目指し続けることになりそうだが、自動運転の早期普及と市民権の獲得に向け、さらなるイノベーションに期待したい。
【参考】関連記事としては「自動運転の目的・メリット」も参照。
■関連FAQ
複数ある。「ハッキングの恐れが高まること」「通信不調の重大性が高まること」「製造コストが高くなりやすいこと」「AI技術の対応力の課題」「手動運転への委譲の不安要素」「社会受容性の向上」などだ。これらを克服することで、安全で安心な自動運転技術となっていく。
自動運転車が抱えるウィークポイントを発見し、それらを攻撃されないようにシステムやソフトウェアのアップデートを続ける必要がある。ホワイトハッカーなどを導入し、悪意あるハッカーにハッキングされる前に脆弱性を見つける取り組みなどが重要だ。
通信状況やサーバーに問題が発生しても通信が途絶えないよう、何重かの「セーフティネット」的な取り組みが求められる。自動運転技術が高度化していくにつれ、通信の重要性が増すため、こうした取り組みは必須だ。
当初は自動運転車の製造コストは非常に高いものとなる。搭載するセンサーやパーツがまだ大量生産されていないこともあり、調達コストが高くなることが車体価格に直結するからだ。しかし、ある程度こうしたセンサーやパーツが大量生産されるようになれば、車体価格も低下していくものと思われる。
自動運転AIは「学習」を通じて運転性能を高めていく。もちろん、現実世界の道路での実証実験も不可欠だが、仮想空間、たとえばデジタルツインとした環境で実証実験を行えば、24時間365日、さまざまな道路シーンを試すことができ、自動運転AIの飛躍的な能力向上につながる。
(初稿公開日:2022年8月12日/最終更新日:2022年8月19日)