高度なADAS(先進運転支援システム)の実用化に伴い、社会実装がスタートした高精度3次元地図。2020年4月に解禁された自動運転レベル3や各地で実用実証が本格化する自動運転レベル4において、導入されるケースも相次ぐことが予想される。
この高精度3次元地図の実用化と並行して開発が進められているのがダイナミックマップだ。位置情報に紐付けられた各種データの宝庫として、より膨大な量の情報が付加されたマップデータをリアルタイムで更新し続けるシステムだ。
このダイナミックマップに集積・活用されるデータは一体どのようなものなのか。ダイナミックマップの仕組みとともに解説していこう。
記事の目次
■ダイナミックマップとは?
高精度3次元地図をベースに動的情報をレイヤーしたダイナミックマップ
道路やその周辺に係る自車両の位置を車線レベルで特定できる高精度3次元地図に、周辺車両の情報や交通情報といった道路交通に関するさまざまな情報をリアルタイムで付加したものがダイナミックマップだ。付加情報は、後述する準静的情報、準動的情報、動的情報に区分されており、それぞれが高精度3次元地図の上にレイヤーされていくイメージだ。
自動運転車は搭載したセンサーで周囲の状況を把握し、これらのデータに基づいてAIが判断を下し走行制御する仕組みだが、この一連の動作をダイナミックマップが強力にサポートする。
マップ上にリアルタイムで紐付けされたさまざまな情報と、車両に搭載されたセンサーが検知した情報を突合・照合しながら走行することで、自車位置の正確な特定や障害物情報などのいち早い検知が可能になるほか、予測に基づいた円滑な走行が可能になるのだ。
例えば、車両に搭載されたカメラが検知した標識情報などを、ダイナミックマップ(高精度3次元地図)上の標識情報と突合・照合することで現在車両が走行している位置を正確に特定したり、悪天候時などセンサーが不調な際に補助となるセンシング向けの情報を提供したり、交差点などの情報を事前に提供することで予測に基づいた円滑な走行をサポートするなど、ロケーションの特定や障害物の予測や判定、ルート作成などに役立てることができるのだ。
高精度3次元地図の開発手法
高精度三次元地図の位置精度は、要件定義書において「ダイナミックマップの静的データの精度は、原則として地図情報レベル500相当とする」と規定されている。これは相対精度25センチ以内を満たすことを意味する。
ダイナミックマップ基盤は、複数の衛星信号を受けて安定した位置情報を取得し、位置補正技術を用いて自己位置情報を割り出すとともに、GPSやカメラ、レーザースキャナー、IMUなどで構成されるモービルマッピングシステム(MMS)を搭載した車両で計測を行うことで、センチメートル級の精度を実現している。
取得した画像と3次元レーザー点群から、建物や道路の形状、標識、ガードレール、路面文字、マンホールに至るまで、道路周辺の3次元位置情報を高精度で効率的に取得し、MMSで生成された高精度3次元データから、基盤地図をベクトルデータとして抽出し、路肩縁や区画線、停止線、横断歩道などの実在地物、車線中心線を表現する車線リンクなど、仮想地物もベクトル化していく。
図化工程で整備された地物データの関連付け(構造化処理)と、競争領域において利用しやすいフォーマットへの変換(DMPフォーマット)を行い、高精度3次元地図データが完成する。
ダイナミックマップの実現に向けた取り組み
ダイナミックマップの実現に向け、インフラ情報に関わる各ステークホルダーによる交通情報をダイナミックマップで活用するため、仕様やデータ紐付けといった仕組みの構築のほか、車両プローブ情報によるビッグデータ利活用の仕組みの構築、国際標準化の検討などを進めている。
2019年度には、戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)の事業として、高精度3次元地図のタイムリーな更新に車両プローブ情報を活用する実証などが行われている。
走行履歴データやカメラ画像データなどの車両プローブ情報から道路変化情報を抽出する技術の実証を行うとともに、既存の道路規制情報などの道路交通環境情報と協調的に統合することで高精度3次元地図データの更新に必要となる道路変化情報の網羅性を限りなく高め、データ更新サイクルの短縮や更新コストの低減を図っていくこととしている。
【参考】ダイナミックマップの開発については「【最新版】自動運転向けダイナミックマップの開発企業まとめ 地図データ作製の進捗は?」も参照。
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— 自動運転ラボ (@jidountenlab) January 3, 2020
■動的情報
動的情報は、歩行者や周辺の車両など定位置に留まらず移動するものをはじめ、信号情報など更新サイクルが短い情報を指す。
更新頻度は概ね1秒以内とされており、具体的には各車両などの移動体間で発信・交換される情報や信号現示情報、踏切遮断機情報、交差点内における歩行者・自転車情報、交差点における直進車情報などが想定されている。
例えば、自動運転車などが交差点に近づいた際、リアルタイムの信号情報を送ることで早めの加減速制御が可能になり、スムーズな走行を実現できるほか、交差点付近を移動する自転車や歩行者を随時センサーが感知し、情報を送ることで事故を軽減することも可能になる。
導入初期は、交差点に設置されたカメラなど交通インフラと情報をやり取りするV2I(路車間通信)が主体となりそうだが、技術の進展に伴いV2V(車車間通信)も可能になり、各車両が通信やセンサーで取得した情報を周囲の車両に通信するといったことも可能になりそうだ。
■準動的情報
準動的情報は、現在発生している交通事故情報や渋滞情報、各種交通規制情報など、不定期に刻々と状況が変わる情報を指す。更新頻度は概ね1分以内で、一時的な通行区分規制や落下物や故障車といった走行障害状況、狭域気象情報なども含む。
いつどこで発生するかわからない交通事故や、道路工事における厳密な規制開始や解除情報など、道路交通情報の細かな変化をほぼリアルタイムで提供する。
■準静的情報
準静的情報は、事前に予測や把握することが可能な交通関連情報を指す。更新頻度は概ね1時間以内で、道路工事やイベントなどによる交通規制予定情報や、渋滞予測、広域気象予報などが該当する。
即時性や突発性を伴わない情報が主体のため、例えば工事現場などでアクシデントが発生し、当初予定以外の規制が発生した場合などは準動的情報として新たな情報を流すことになる。
■静的情報
道路そのものや車線情報、道路上の構造物、道路標識、恒久的な規制情報、勾配や曲率、道路上構造物から仮想的に生成される論理的情報など、短期的に変化することがない情報を指す。この静的情報が高精度3次元地図で、更新頻度は概ね1カ月以内とされている。
情報は、標識や道路の区画線、路肩縁などの実在するものから、各車線の中心に仮想的に線を引いた車線リンクなども含む。こうしうた仮想地物データは、自動運転車両のセンサーが届かない先々のデータとしてあらかじめ車両に提供することで、より安全な走行を実現することが可能になる。
■実用例
高精度3次元地図は、すでに全国の高速道路・自動車専用道路2万9205キロのイニシャル整備を完了しており、ハンズオフ運転を可能にした日産のインテリジェント高速道路ルート走行「ProPILOT 2.0」に採用されている。
法的に解禁された自動運転レベル3以降においては、高精度3次元地図も主要技術の一つとなり、導入に弾みがつくことは間違いない。合わせてダイナミックマップ実用化に向けた動きも加速することになるだろう。
ダイナミックマップ導入時は、膨大なデータを送受信し、高速処理する機能も求められる。5Gをはじめとした通信技術や、より高性能なストレージの標準搭載なども必須となりそうだ。
【参考】ProPILOT 2.0については「ゼンリンの3D高精度地図データ、日産の「プロパイロット2.0」が採用」も参照。
■【まとめ】データ取引市場が誕生? AIとデータが自動運転車を制御する時代に
高精度3次元地図からダイナミックマップへ進化を遂げる際、最終的にどのような形で社会実装が進むかは今のところ未定だ。ダイナミックマップを専門としたデータプラットフォーマーが登場し、各種データを取引する市場が誕生する可能性もありそうだ。
いずれにしろ、各自動運転車はこうしたデータを高速通信し、収集・解析する能力を備えなければならない。自動運転車はパソコンのようにデータの固まりと化し、AIが自動でマウスとキーボードを操作するかのように車両を制御する時代がまもなく訪れるのだ。
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