自動運転OS(基本ソフト)で世界トップシェアを誇るティアフォー。オープンソースOS「Autoware(オートウェア)」の開発に取り組みながら2018年には国際業界団体「The Autoware Foundation(オートウェア・ファンデーション)」を立ち上げ、2019年にはトヨタ自動車と東京2020オリンピック・パラリンピック仕様の自動運転バス「e-Palette(イーパレット)」の共同開発を発表し、注目を集めた。シリーズAでは総額120億円以上資金調達も行った。まさに波に乗る日の丸スタートアップだ。
当特集では「自動運転×データ」をテーマに解説記事を連載しているが、自動運転OSはセンサーなどから得られるデータを解析・統合する土台として極めて重要な役割を担っており、このテーマの深掘りには欠かせないトピックスの一つだ。
そこで今回は、自動運転車用のデータ保存用ストレージ製品を扱う米半導体メモリー大手ウエスタンデジタルとティアフォーの対談の模様から、「自動運転×データ」における課題や両社の今後の事業計画などについてお届けする。
ティアフォー側からは創業者兼CTO(最高技術責任者)で東京大学准教授でもある加藤真平氏、ウエスタンデジタル側からは車載用ストレージ部門のマーケティングディレクターであるラッセル・ルーベン氏にご登場いただく。
記事の目次
【ラッセル・ルーベン氏プロフィール】ウエスタンデジタルのオートモーティブ向け組み込みストレージを統括する製品マーケティングディレクター。日本のみならずワールドワイドの自動車市場に注力した製品開発と展開、およびGTM戦略の責任者。
【加藤真平氏プロフィール】かとう・しんぺい 株式会社ティアフォー 創業者兼最高技術責任者(CTO)、The Autoware Foundation代表理事。博士(工学)。1982年、神奈川県生まれ。慶應義塾大学理工学研究科開放環境科学専攻後期博士課程修了。カーネギーメロン大学、カリフォルニア大学の研究員、名古屋大学大学院 情報科学研究科 准教授を経て、現職。専門はオペレーティングシステム、組込みリアルタイムシステム、並列分散システム。
■自動運転OS開発のティアフォー、自動運転用ストレージを製造するウエスタンデジタル
自動運転ラボ 本日は宜しくお願いいたします。最初にお互いに自動運転分野での取り組みをご説明いただけますでしょうか。
加藤氏 私はもともとアメリカのカーネギーメロン大学で自動運転の研究開発に携わりました。「コンピュータ科学」が専門です。帰国後、自動運転OS「Autoware」の開発に取り組み、オープンソースでの技術開発とマネタイズに挑戦しています。
2018年12月には自動運転OSの業界標準を目指す世界初の国際業界団体「The Autoware Foundation」を設立し、Autowareの一層の普及と国内外での自動運転技術の社会実装に取り組んでいます。The Autoware Foundationは現在加盟社が約50社の規模にまで拡大しました。彼らと力を合わせて自動運転システムの「リファレンスデザイン」を作り上げようと思っています。ティアフォーは、わかりやすく言えば自動運転業界における「Red Hat」と「Intel」を足したような存在を目指しています。
【参考】「Red Hat」は米クラウド向けソフトウェア大手として知られる。オープンソースOSのLinuxを商用カスタマイズし、サブスクリプションモデルのビジネスを成功させた。「Intel」は米半導体大手として知られる。CPUコアやマイクロアーキテクチャのリファレンスデザインを確立し、エコシステムモデルのビジネスを成功させた。
ルーベン氏 ウエスタンデジタルは2002年に車載用ハードディスクに参入し、2015年からは車載用フラッシュストレージも開発しています。ナビゲーションや車載インフォテインメントシステム(IVI)の用途だけではなく、最近では自動運転関連の需要もかなり増えています。
自動車が自動運転化すればストレージ容量は爆発的に増加し、その重要度も飛躍的に高くなっていきます。非常に堅牢で信頼性の高い車載用ストレージの開発に、今後一層力を入れていく方針です。
■ティアフォー、ODM企業に「リファレンス」を提示する存在に
ルーベン氏 半年ほど前にティアフォーさんの資金調達のニュース(詳しくは「ティアフォー、自動運転実証エリアを10倍以上に 113億円の使い道は? 加藤真平会長に聞く」を参照)を拝見しました。今後は業界においてどんなポジショニングを目指していますか?
加藤氏 まず、自動運転車の開発は「ODM」(相手先ブランドでの設計・製造)型がカギだと思っています。従来の垂直統合型のピラミッド構造(自動車メーカー、Tier1、Tier2…)ではなく、「リファレンス」と呼ばれる自動運転車の組立説明書や仕様書のようなものがあれば、どのODM企業でも自動運転車を作れるようになります。
今後、自動運転分野でもこのODM型が主流になっていくと考えています。そして、ODM企業にリファレンスを提示する役割を果たすのがThe Autoware Foundationであり、その中でコアに活動しているのがThe Autoware Foundationの生みの親であるティアフォーです。
ODM型を実現するためには自動運転車のリファレンスが必要ですが、OSやセンサー、データなどの要素技術の課題もクリアしないといけません。現在特に課題が顕在化しているデータ系については、リファレンスがまだ定まっていない状況です。
■データの扱いに関するレギュレーション作りも不可欠
ルーベン氏 自動運転OSを動かす環境としての車載ストレージには、どのような性能を求めますか?
加藤氏 自動運転では高精度3次元地図を必要とし、データのログ(記録)も取るので、車載ストレージの容量は多ければ多いほど、ロギングのための書き込み速度も高速であればあるほど有難いです。ただ、どれだけのデータを、どのような保存方法で、どのくらいの精度・頻度で残すかによって必要なデータ量は変わってきます。常時クラウドにデータを送信すればそこまで大きな容量はいらないのですが、超高速通信が可能な「5G」でクラウドにデータを送信すると通信料がとても高くなってしまうのが現実です。
ある程度はエッジ側(車両側)にデータを蓄積し、Wi-Fiが通じる駐車場などに入ったらWi-Fiでデータを飛ばす、という方法もありますが、今後の法整備の状況によってはセンサーデータを常時クラウド側に送信しなければならなくなる可能性もあります。1ミリ秒毎なのか1秒毎でいいのかによってもデータの通信量は大きく変わってきます。
ただ、何のデータを、どこまで、どの程度の精度・頻度で取得して保存するのかという扱い方については、現状レギュレーションが定まっておらず難しいところです。地図やセンサーなどの動的なデータをどう保持すべきかというルールも確立されれば、データ系のリファレンスを設定することが可能になります。現在は、そのデータ系リファレンスのルールを制定すべき段階に来ていると思います。
ルーベン氏 車載ストレージを提供する我々側としても、そこのレギュレーションが定まっていないことはネックです。業界に先駆けてレギュレーションを作成し、標準化させていく動きは必要かなと考えています。
加藤氏 さらに技術的な話になりますが、ストレージがオンボードなのかそうでないのかによって、コネクターはどうすべきか、という課題もあります。車載の場合はクルマの振動で接触不良を起こして外れてしまうというアナログなトラブルも十分考えられます。ソフトウェアだけでなく、基幹となる周辺ハードウェアについても網羅したリファレンス作りが必須です。
■データのセキュリティやプライバシポリシーでも課題
ルーベン氏 Autowareが目指す最終目標を教えて下さい。またそのロードマップの中で、今は何合目ですか?
加藤氏 今はまだ2合目あたりです。東京オリンピック・パラリンピックの選手村でAutowareを搭載した自動運転バス「e-Palette」が走りますが、それが終わってやっと3合目あたりかと思っています。ゴールまでの道のりはまだ長いですが、登っている山は正しいと信じていて、3合目においてもきっとビジネスは成り立つと考えています。自分たちのリファレンスを作り、そのリファレンスに基づいた品質保証ができている状態が、最終目標です。
まず通過点として現在目指している中間ゴールは5合目くらいですね。1位である必要はないですし、1番最初に5合目に到達できれば一定数のシェアを確保できると思っています。そのあとは自分たちに価値を見出してくれるマーケットを自分たちで切り開いていくことになるでしょう。
自動運転ラボ そうすると実質的なゴールに位置付けている5合分の2合目まできているのですね。
加藤氏 そうですね。ただ、まだ苦労していることもあります。データについては、先ほどお話しした扱い方に関するレギュレーションが定まっていない点に加え、セキュリティ面にも課題が残っています。セキュリティについては、実用化に向けてスピード感が求められるのに反し、議論がなされていない状態です。
プライバシーについてもルールが曖昧です。例えば、自動運転車のセンサーは私たちの顔を含むデータも取得するため、「肖像権の侵害」に関する議論も必要となります。
現在の日本の法律では、人の顔が写っているものを一般公開しても、また、それに関してクレームが来たとしても違法にはなりません。ただ、クレームを受けた後にデータを削除せず揉めてしまった場合には、裁判で「負け」になることもあります。
そして、一旦炎上してしまうとその会社の評価は下がってしまうため、企業側はこうした曖昧な部分については保守的にならざるを得ない状況です。そういった背景もネックとなり、対応が遅れています。センサーのデータをパブリッククラウドにあげることや、データを保護せずストレージに保存することなどの是非についても、早期の議論が必要になるでしょう。
■ウエスタンデジタルは「車載側」に注力、リファレンス確立にも貢献
加藤氏 ウエスタンデジタルさんの自動運転向けストレージの開発状況について教えてください。今は車載側とクラウド側、両方開発されているのですか?
ルーベン氏 両方開発していますが、過酷な環境下において即時性が求められる車載側に特にフォーカスしています。弊社が2018年に発表した「iNAND AT EU312」や2019年に発表した「iNAND AT EM132」では、「3D NAND」技術を採用することでストレージの大容量化やデータの書き込み速度の高速化を実現し、車載用途に適したストレージ環境を構築することができます。「3D NAND」技術は自動運転システムで実装されるさまざまなアプリケーションに対応するための鍵となるテクノロジーであると考えています。
加藤氏 今後の開発や販売計画についても教えていただけますか?
ルーベン氏 不具合や故障が許されない自動運転システムの稼働環境を前提に、信頼性の高いストレージ製品を作ることに今後も力を入れていくつもりです。ティアフォーさんが言われていた「リファレンス」という考え方は弊社も重要視しており、データ系のリファレンスデザインの確立のために、弊社が持つ知見や経験で貢献していければと考えております。
加藤氏 ソフトウェアだけでなく、基幹となる周辺ハードウェアについても網羅したリファレンスが必要なので、周辺要素技術の課題を一緒に解決しようと寄り添ってくれる企業があるのはとてもありがたいことです。
自動運転ラボ 本日は対談どうもありがとうございました!
■【取材を終えて】取り組みの加速と課題の顕在化
自動運転技術の社会実装に向け、日本でも世界でも官民による取り組みが加速している。ただ対談でも語られたように、まだ課題があることも確かだ。そんな中、「リファレンス」という概念において特にデータ領域で課題が顕在化しているという点は、非常に興味深かった。
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