IoT時代を迎え、「エッジコンピューティング」に関する注目が飛躍的に高まっている。さまざまなモノがインターネットで繋がり、大量のデータを送受信するための新たなコンピューティングモデルだ。
エッジコンピューティングは、膨大な量のデータを生成し、クラウドで収集・解析する自動運転においても当然注目度を増しており、一部では将来的に必須のシステムとまで言われるようになっている。
自動運転におけるデータ処理に向いているのは、果たしてクラウド側なのか、エッジ側なのか。従来のクラウドコンピューティングとエッジコンピューティングとの違いをはじめ、今後あるべきデータ処理の在り方に触れていこう。
記事の目次
■クラウドとエッジとは?
インターネットの普及時、ソフトウェア(アプリケーション)をはじめとした各種ファイルはおのおののパソコンにインストール・保存して使用するのが一般的だった。しかし、インターネット回線の高速化やタブレット・スマートフォンといったモバイル端末の普及などが進んだ結果、クラウド上にあるソフトウェアなどを、インターネットを介して利用するクラウドコンピューティングがシェアを伸ばすこととなった。
自動運転に特化したものではないが、米アマゾンの「AWS(アマゾンウェブサービス)」や米マイクロソフトの「Azure(アジュール)」などが例に挙げられる。
一方のエッジコンピューティングは、さまざまなモノがインターネットでつながるIoT時代に必須のシステムと言われている。エッジは「端」を意味しており、パソコンやスマートフォンなどの端末側でデータ処理するシステムをエッジコンピューティングという。
では、クラウドコンピューティングとエッジコンピューティングを自動運転にあてはめた場合、それぞれのメリット・デメリットはどのようになるのか。
■自動運転におけるクラウドとエッジ
自動運転車が必要とするデータとは?
自動運転における生成データの代表格は、各種センサーが収集する道路交通情報だ。車両に搭載したカメラやLiDARといった各種センサーが、周囲の車両や歩行者、道路上の構造物などをリアルタイムで判別し、高精度3次元地図・ダイナミックマップと随時突合して位置情報を確かめながら安全な走行を実現する。
また、こうしたデータを一度クラウドに収集してビッグデータ化し、分析・加工した後に高精度3次元地図・ダイナミックマップへの付加情報として各車両へフィードバックすることで、自動運転による交通社会全体の最適化を図ることも可能になる。
自動運転車はこのほか、インフラや周辺車両と随時必要な情報をやり取りするV2I(路車間通信)やV2V(車車間通信)、コネクテッドサービスによる各種データの受発信など、常時大量のデータをやり取りしながら走行するのが基本形となる。
データ通信には低遅延性が強く求められる
ダイナミックマップは、高精度3次元地図をベースに、更新頻度の低い順に静的情報、準静的情報、準動的情報、動的情報の各種情報をレイヤーする形で構成される。静的情報の更新頻度はおおむね1カ月以内が目安とされ、それほど頻繁なデータの送受信を必要としないが、準静的情報は1時間、準動的情報は1分、動的情報は1秒をそれぞれ目安としており、情報を受発信し続けるような状況となる。
こうしたダイナミックマップと、リアルタイムで車載センサーが取得したデータを突合させる工程が必要となるが、ここで課題となるのがデータの遅延だ。自動運転車は1秒間に数メートルから数十メートル移動するため、データの送受信にコンマ数秒の違いが生じるだけで機能の安全性に支障が出かねないのだ。
完全なダイナミックマップを構成するためにはすべての情報・データを1カ所に集約することが理想であることは言うまでもないが、一極集中型のクラウドコンピューティングの場合、通信がさまざまな基地局などを経由する分わずかながら遅延が生じる可能性が高くなる。また、膨大な量のデータを受発信する負荷も相当なものになることが予想される。
【参考】ダイナミックマップについては「【最新版】ダイナミックマップとは? 自動運転とどう関係? 意味や機能は?」も参照。
1台の自動運転車が生み出すデータ量は、米インテルによると1日当たり4テラバイト、米調査会社のGartner(ガートナー)によると、データトラフィック量は年間280ペタバイト(1日当たり767テラバイト)とそれぞれ試算している。
コネクテッド時代を見据えエッジコンピューティングの推進・規格化などを進める業界団体AECC(Automotive Edge Computing Consortium/オートモーティブ・エッジ・コンピューティング・コンソーシアム)は、車両とクラウド間で送信されるデータ量は1カ月当たり100ペタバイト(1日当たり3300テラバイト)と推計している。
それぞれの推計値に大きな差があるものの、途方もないデータを生み出すことは間違いない。2020年代以降、こうした自動運転車両が右肩上がりに増加し続けるほか、一般車両もコネクテッド化が進み、自動運転車ほどではないにしろ多くのデータの送受信を必要とすることになる。
高速大容量・低遅延がウリの第5世代移動通信システム「5G」の商用化が始まったが、データ送受信量が5Gの許容量をあっさりと超える可能性も指摘されているほか、5Gは1つの基地局あたりの通信可能エリアが従来に比べ狭くなるため、広域通信には不向きな面もある。つまり、一極集中型のクラウドコンピューティングに対しては、従来と比べより多く通信を中継する必要が生じる可能性があるのだ。
【参考】自動運転車のデータ量については「自動運転車のデータ生成「1日767TB」説 そのワケは?(深掘り!自動運転×データ 第1回)」も参照。
エッジコンピューティングを解決手段に
大量のデータを可能な限りリアルタイムで取り扱うために注目が高まっているのがエッジコンピューティングだ。エッジコンピューティングには高い処理能力や高性能なストレージなども必要になるが、各種データ処理を自動運転車側で行うことで、クラウド特有の遅延などの課題に直面しないといった強みがある。
【参考】Western Digitalでは車載システム開発におけるストレージ選定のために、Western Digital製のフラッシュストレージを検証用に提供するプログラムを実施中だ。詳しくは「こちら」から確認できる。この機会に試してみるのも1つの選択肢だろう。
例えばダイナミックマップにおける静的情報や準静的情報はエッジを通してから一極集中型のクラウドへ、動的情報などリアルタイム性が求められる情報はエッジでデータ処理する方式を採用することで、必要なデータのみを一極集中型のクラウドへ、迅速な処理が求められるデータはエッジといった使い分けが可能になる。
■エッジAIの開発も加速
エッジコンピューティングの開発・実用化を目指す動きは加速しており、トヨタやNTTらが設立したAECCをはじめ、各社が新たなクラウドシステムの在り方について模索している状況だ。
また、エッジAIの開発もトレンドとなっている。大量のデータをもとに学習を積み重ねるAIは、データが大量に蓄積されるクラウド側に置くことで予測や解析能力を最大限発揮することが可能になるが、データ通信の遅延性などの観点からエッジ側にもAIを置き、クラウドAIで学習させたモデルをエッジAIで活用することでよりスピーディーなデータ処理を可能にする仕組みだ。言わば、AIの機能を効果的に分担させるシステムだ。
米半導体大手のNVIDIAがエッジコンピューティング向けの「NVIDIA EGX プラットフォーム」を提供しているほか、国内では岩手大学発スタートアップのAISing(エイシング)がエッジAI開発に力を入れており、独自開発したAIアルゴリズム「DBT(Deep Binary Tree)」によって、ディープラーニングのような既存のAIアルゴリズムでは不可能だったエッジでの学習や調整のいらない逐次学習を可能にした「AiiR(AI in Real-time)」シリーズなどの開発・提供を行っている。
また、同社は2020年5月、エッジAIにおける市場調査機関「Edge AI Research Center(EARC)」を設立しており、エッジAIに関する情報発信を通じて業界の発展に貢献していくとしている。
【参考】エイシングについては「自動運転車に導入も!エッジAIスタートアップのエイシング、「DBT-HQ」をリリース」も参照。
■【まとめ】自動運転がクラウドサービスの在り方を変える
膨大な量のデータを生成・活用する自動運転において、近い将来エッジコンピューティングの必要性が増すことはほぼ間違いない。桁違いのデータを必要とする自動運転のインパクトは、クラウドサービスの在り方までも変えていくことになりそうだ。
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