自動運転領域、過去の巨額買収まとめ 終わらない技術獲得競争

自動車メーカーからサプライヤー、IT系企業などが買収合戦



有力スタートアップの買収劇が近々自動運転業界を賑わせるかもしれない。米EC大手のAmazonと自動運転開発を手掛けるZooxが、買収に向け水面下で交渉を進めていることが海外メディアで報じられている。実現すれば数千億円レベルの取引になる可能性が高く、他社の動向を含め注目の的となっている。


自動運転業界では、自動車メーカーやサプライヤー、テクノロジー企業らが開発競争のポールポジションを目指し、スタートアップなどへの出資や買収によってシェア拡大や技術の向上を目指す動きが活発だ。

今回は、自動運転分野における買収案件をピックアップし、業界の動向を探っていこう。

■Amazon(※現在買収交渉中):Zoox買収か AWSや宅配ロボット以外の展開も可能に 

自動運転分野において、宅配ロボット「アマゾンスカウト」の開発やクラウド事業「アマゾン・ウェブ・サービス(AWS)」で存在感を発揮しているアマゾン。これまでに、自動運転システムの開発を手掛けるスタートアップ・米Aurora Innovation(オーロラ・イノベーション)などに出資している。

Zooxは自動運転EVの実用化を目指し2014年に設立されたスタートアップで、創業者兼CEOの解任劇があったものの着々と研究開発を進め、カリフォルニア州サンフランシスコやネバダ州ラスベガスで公道実証を行っている。予定では、2020年に公道デモンストレーションを開始し、間もなく商業化も進めるとしていた。


しかし、2020年を迎えると新型コロナウイルスの影響で資金繰りが悪化し、身売りを検討していることが報じられた。身売り先の有力候補がアマゾンで、このほかにも数社が接触しているようだ。

米調査会社CBインサイツが発表した2020年2月時点におけるユニコーン企業のランキングリストによると、Zooxの企業評価額は32億ドル(約3450億円)とされている。

状況を勘案するとこの額を下回る可能性が高そうだが、いずれにしろ数千億レベルとなることが想定され、競合相手次第では値が吊り上がることも考えられる。

また、アマゾンが傘下に収めた場合、宅配ロボットやAWS以外の展開にも大きく視界が広がるため、自動運転分野での新たな戦略に大きな注目が集まりそうだ。


【参考】アマゾンの取り組みについては「自動運転ロボによる宅配…AmazonによるZoox買収交渉の背景」も参照。

■Intel:モービルアイに次いでモービットを買収 自動運転×MaaS戦略実現へ

米半導体大手のインテルは2017年、自動運転向けの半導体やソフトウェア開発を手掛けるイスラエルMobileye(モービルアイ)を推定153億ドル(約1兆7500億円)で買収し、業界を驚かせた。

買収当時モービルアイはADAS分野で大きなシェアを占めており、インテル傘下となった後もシステムオンチップ「EyeQ」シリーズの研究開発を進め、高度な自動運転の実現を目指している。

2020年5月には、イスラエルのMaaSプラットフォーマーの企業・Moovit(モービット)の買収を正式発表した。買収額は約9億ドル(約960億円)で、モービルアイの自動運転技術とMaaSを組み合わせ、ロボタクシーサービスをはじめとした世界展開を図る構えだ。

【参考】インテルの取り組みについては「IntelのMoovit買収、自動運転タクシーの世界展開の布石か!?」も参照。

■NVIDIA:イスラエルのMellanox買収でAI開発やデータセンター推進

米半導体大手のNVIDIAは2019年3月、半導体開発やエンドツーエンドイーサネットソリューションの開発などを手掛けるイスラエルのMellanox Technologies(メラノックス・テクノロジーズ)の買収を発表した。買収は2002年4月に完了し、取引額は70億ドル(約7640億円)となった。

ジェンスン・ファンCEOは「AIとデータサイエンスの利用が拡大する中、AIコンピューティングからネットワーキングまでを網羅したエンドツーエンドのテクノロジーを手に入れ、プロセッサからソフトウェアに至るフルスタックの機能の提供が可能になり、次世代のデータセンターを推進させるための大きなスケールを持つことができる」とコメントし、クラウドからロボティクスに至る分野でAIの活用とデータサイエンスの加速を図っていく狙いだ。

なお、今回の買収は、スタートアップの成長が著しいイスラエルで勢力を拡大する米インテルへの対抗策とする見方もある。自動運転分野で火花を散らす両社の今後の展開は要注目だ。

【参考】NVIDIAの取り組みについては「AI学習速度が18,000倍!NVIDIA、新スパコンで自動運転開発を加速」も参照。

Apple:Drive.ai買収、水面下で方向性を模索か

いまだ自動運転分野における戦略の全貌が明かされない米アップル。事業強化の動きを見せたかと思いきや規模縮小を図る動きを見せるなど、いまいち掴みどころのない状況が続いていたが、2019年6月に自動運転開発を手掛ける米スタートアップのDrive.aiの買収が明らかになり、ついにアップルが本気を出し始めたかに思われた。

Drive.aiはスタンフォード大学のエンジニアらを中心に2015年に設立され、テキサス州で自動運転のパイロットプログラムを実施するなど精力的に実証を進めていた有力企業だ。

買収額は明かされておらず、買収後の取り組みも大部分が水面下で行われている印象だ。米カリフォルニア州車両管理局(DMV)が2019年夏ごろに公表したデータでは、実証実験におけるアップルの登録運転者数が数カ月の間に増加していたという。

しかし、2020年春ごろに公表されたデータでは、アップルの走行実績は7544マイルと前年同期の10分の1ほどに大きく減少していた。

結局掴みどころを見せない状況が続いているが、自動運転システムの直接的な開発ではなく、シミュレーションやクラウドなど別路線の展開を図っている可能性もある。高度な開発力と戦略を持つ同社だけにこのまま撤退するとも思えず、今後の動向に注目が集まるところだ。

【参考】アップルの取り組みについては「資金難に陥ったDrive.ai、資金難でアップルに身売り 自動運転スタートアップ」も参照。

■Aptiv(デルファイ):nuTonomyらスタートアップを次々と吸収

デルファイ時代の2015年8月、自動運転ソフトウェアやシステム開発を手掛ける米カーネギーメロン大学からスピンオフしたOttomatikaを3200万ドル(約35億円)で買収したのを皮切りに、2017年1月にはソフトウェアアップデートを行うOTA技術の開発を進めるMovimentoを4000万ドル(約44億円)、同年10月には自動運転システム開発を手掛けるnuTonomyを4億5000万ドル(約500億円)でそれぞれ買収し、技術力の向上を図っている。

2017年12月にAptivとして組織改編し、公道実証も本格化させており、米配車サービス大手のLyftや韓国のヒュンダイなどとの提携のもと、実用化に向けた取り組みを加速している。

【参考】Aptivの取り組みについては「米Aptivが頭角!自動運転タクシーの有料配車回数、10万回超え」も参照。

■Aurora Innovation:LiDAR開発のBlackmoreを買収

自動運転開発を進める米スタートアップのAurora Innovation(オーロラ・イノベーション)は、自らアマゾンなどから出資を受けつつも、2019年5月にLiDAR(ライダー)開発を手掛けるBlackmore(ブラックモア)の買収計画を発表するなど、自動運転システムの構築に向けた取り組みを加速しているようだ。

同年6月には、フィアット・クライスラー・オートモービルズ(FCA)と商用車の開発に向けたパートナーシップの締結に合意したことを発表しており、表舞台に向けた道を着実に切り拓いている印象だ。

【参考】Aurora Innovationの取り組みについては「自動運転開発の米オーロラ、トヨタ出資のLiDAR企業Blackmoreを買収へ」も参照。

■ルネサスエレクトロニクス:IDTを巨額買収 事業強化へ

国内勢では、半導体大手のルネサスエレクトロニクスが大型買収を行っている。同社は2019年3月、アナログ・ミックスドシグナル製品を提供する米Integrated Device Technology(IDT)の株式を約63億ドル(約6900億円)で取得完了したことを発表した。

ルネサスのマイコン・SoC及びパワーマネジメントICと、IDTのRFや高性能タイミング、メモリインターフェイス、リアルタイム・インターコネクト、オプティカル・インターコネクト、ワイヤレスパワー、スマートセンサーを組み合わせることで、多様な先端技術や組み込みソリューションの提供を可能とし、産業やインフラ、自動車分野で成長著しいデータエコノミー関連のアプリケーションに向け、新たな製品・ソリューションの開発を進めるとしている。

国内勢では珍しい大型買収案件となり、自動運転分野におけるいっそうの活躍に期待が寄せられるところだ。

■フォード:Argo AIを事実上傘下に

米自動車大手のフォードは2016年、機械学習やコンピュータービジョン開発を手掛けるイスラエルのスタートアップ・SAIPSを買収した。2017年2月には、AIシステム開発を手掛ける米スタートアップのArgo AI(アルゴAI)に5年間で10億ドル(約1130億円)を出資する計画を発表し、同社を事実上傘下に収めている。

アルゴAIはその後フォードの自動運転開発の中心的存在に育っており、LiDAR開発を手掛けるスタートアップのPrinceton Lightwaveを買収したほか、2018年6月にフォードと戦略的提携に向けた覚書に調印した独自動車大手のフォルクス・ワーゲングループからも26億ドル(約2800億円)の投資を受け、開発力を強化している。

■GM:Cruise傘下に収め自動運転開発を大幅強化

米自動車大手のGM(ゼネラル・モーターズ)は2016年、自動運転技開発を手掛ける米Cruise Automation(クルーズ・オートメーション)を買収し、自社の自動運転開発部門として傘下に収めた。買収額は公表されていないが、総額5億ドル(約550億円)とも10億ドル(約1100億円)とも言われている。

クルーズはその後、2018年5月にソフトバンク・ビジョン・ファンド(SVF)から総額22億5000万ドル(約2400億円)の出資を受けることが発表されたほか、同年10月にはホンダがGMとクルーズの自動運転開発に参加することも発表され、ホンダから7億5000万ドル(約850億円)と、今後12年に渡る事業資金約20億ドル(約2240億円)の出資を受けることも発表されている。

2020年1月にはハンドルやペダル類のない自動運転車両「Origin(オリジン)」を発表し、自動運転移動サービスの社会実装に向けた取り組みを鮮明にしている。

【参考】GM・クルーズの取り組みについては「GMと子会社クルーズの自動運転戦略を解説&まとめ 実現はいつ?」も参照。

■ダイムラー:モビリティサービス企業を次々と買収 MaaSへの布石へ

自動車メーカーとしていち早くMaaSに着目した独ダイムラーは2014年、配車プラットフォーマーの独MyTaxiを買収し、モビリティサービス事業に本格参入している。以後、2016年に英Hailo、2017年にMyTaxiを通じてギリシャのTaxibeatを買収・統合するなど、次々と事業者を手中に収めた。

ダイムラーは現在、BMWとともにモビリティサービス事業を強化しており、REACH NOW(リーチナウ)など5つの合弁会社を設立してリーディングプロバイダーを目指す動きを加速させている。

【参考】ダイムラーの取り組みについては「欧州の双頭・BMWとダイムラーによる「リーチナウ」の可能性とは?」も参照。

■ダイムラー、BMWグループ、アウディ:高精度3次元地図の開発に向けHERE買収

ダイムラー、BMWグループ、アウディの独自動車メーカー3社は2015年、フィンランドのノキアから地図大手のHERE Technologies(ヒア・テクノロジーズ)を買収している。

自動運転時代を見据えた高精度3次元地図やダイナミックマップの開発に向けた戦略で、ヒアは2018年にパイオニアの子会社・インクリメントPと中国のデジタル地図サービス大手NavInfo、韓国の通信事業大手SK Telecomとともに高精度3次元地図の規格化に向け「OneMap Alliance」を結成するなど、世界展開を進めている。

【参考】HEREの取り組みについては「自動運転マップ、年内に世界100万kmカバー オランダ地図大手HERE社」も参照。

テスラ:DeepScale買収 オートパイロットを強化

独自路線を貫く米EV大手テスラも自動運転分野における買収を行っているようだ。米CNBCは2019年10月、テスラが高度な認識技術を持つスタートアップのDeepScaleを買収したと報じた。

AIを活用した画像認識技術に強みを持っており、テスラの自動運転システム「オートパイロット」に組み込まれる可能性が高い。

テスラはこのほか、2019年2月にバッテリー開発を手掛ける米マックスウェル・テクノロジーズを約2億1800万ドル(約240億円)で買収しているが、自動運転システムにおいては過去、提携関係にあったモービルアイと決別するなど波乱万丈な道を歩んでいる。

独自技術を高め、他社に依存しない開発体制の構築を進めている可能性もありそうだ。

■コンチネンタル:LiDARやセキュリティ開発スタートアップを次々買収

独自動車部品大手のコンチネンタルは、2016年に3DフラッシュLiDAR開発を手掛ける米Advanced Scientific Concepts(ASC)、2017年にネットワーク型ナビゲーション開発などを手掛けるシンガポールのQuantum Inventions、サイバーセキュリティ開発を手がけるイスラエルのArgusをそれぞれ買収している。

自動運転分野において自動車メーカー同様の総合力が求められるティア1サプライヤーとして、どん欲に先端技術の吸収を進めている印象だ。

■ダイナミックマップ基盤:同業米Ushrを買収 世界展開の足掛かりに

高精度3次元地図の開発を進めるダイナミックマップ基盤は2019年2月、同業の米Ushr(アッシャー)を買収すると発表した。

アッシャーは米GM系から出資を受けており、北米の高速道路におけるHDマップデータの整備などを手掛けている。

ダイナミックマップ基盤はこの買収を契機に、高精度地図事業の世界展開を進めていく構えだ。

【参考】ダイナミックマップ基盤の取り組みについては「ダイナミックマップ基盤、同業である米GM出資のUshr社を買収 自動運転など向けの高精度地図を提供」も参照。

■【まとめ】最先端技術求め買収や統合はまだまだ続く

自動運転分野において出資や買収の話題は枚挙に暇がなく、現在も水面下でさまざまな交渉が進められている。さまざまな分野の最先端技術を結集した自動運転開発において、単独一社で「最先端」を維持することはほぼ不可能だからだ。

コアとなる自動運転技術を持つスタートアップの買収は、米国系自動車メーカーのほか半導体企業やテクノロジー企業による大型買収のケースが目立つ。自動車製造技術や半導体技術など自社の武器と組み合わせることで効率的かつ効果的に自動運転車の実用化を進めることができるからだろう。

センサー開発やサイバーセキュリティ技術、通信技術など要素技術も同様で、業界地図が頻繁に更新される状況はまだまだ続きそうだ。

市場の主力が自動車から自動運転車に移り変わり、モビリティサービスが事業の主軸となるころには、自動車メーカー同士の統合や買収もある程度進んでいる可能性が高い。主導権争いをはじめ、引き続き業界の動向に注目していきたい。

記事監修:下山 哲平
(株式会社ストロボ代表取締役社長/自動運転ラボ発行人)

大手デジタルマーケティングエージェンシーのアイレップにて取締役CSO(Chief Solutions Officer)として、SEO・コンテンツマーケティング等の事業開発に従事。JV設立やM&Aによる新規事業開発をリードし、在任時、年商100億から700億規模への急拡大を果たす。2016年、大手企業におけるデジタルトランスフォーメーション支援すべく、株式会社ストロボを設立し、設立5年でグループ6社へと拡大。2018年5月、自動車産業×デジタルトランスフォーメーションの一手として、自動運転領域メディア「自動運転ラボ」を立ち上げ、業界最大級のメディアに成長させる。講演実績も多く、早くもあらゆる自動運転系の技術や企業の最新情報が最も集まる存在に。(登壇情報
【著書】
自動運転&MaaSビジネス参入ガイド
“未来予測”による研究開発テーマ創出の仕方(共著)




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