膨大なデータが生成され、さまざまな用途で活用される自動運転時代。各車両に大容量・高速処理が可能なストレージなどの機器を搭載する必要があるが、必要に応じてデータやソフトウェアを各ユーザーに提供可能なクラウドサービスの活用に注目が集まっている。
現時点では自動運転開発者がクラウドサービスを利用しているが、将来的には自動運転サービスの運用においても有効活用されることに期待が持たれる。
現在提供されている大手クラウドサービスの内容を踏まえながら、自動運転とクラウドの関係を紐解いていこう。
記事の目次
■自動運転実現には「クラウド」が不可欠
クラウドはインターネット上に存在し、各ユーザーがインターネットを介してアクセスすることで、クラウド内のソフトウェアやストレージなどを使用できるサービスを提供している。
従来、データを保存するストレージやソフトウェアなどは端末機器に備え、各端末機器がそれぞれ処理を行っていたが、クラウド上のデータスペースやソフトウェアを利用することによって各端末機器の導入コストを下げることが可能になる。
また、高性能なAI(人工知能)や特殊なプログラムなど、各端末に導入するには高コストなものも効率的に使用できるほか、プラットフォーム化されたクラウドを利用して各ユーザーがデータを共有することなども容易にしている。
自動運転では、各車両に搭載されたカメラなどのセンサーが取得した膨大な量の画像データを収集・分析し、必要に応じて情報を共有する仕組みや、センターからリアルタイムの交通情報などを各自動運転車に送信する仕組みなどが必要になるが、クラウドを活用することによって各自動運転車の負担を軽減しながら効率的なデータ処理を行うことが可能になる。
自動運転の開発段階でもクラウドサービスは有効に機能しており、開発者はクラウド上に用意された専門的な各種ソフトウェアやデータベースなどを効果的に利用し、安価で開発速度を速めることができるようになった。
一台一台がスーパーコンピュータと化す自動運転車を効率よく開発・運用するためには、クラウドサービスの利用が最も適しているのだ。
■Amazon(AWS):自動運転開発を支援するサービス一式を提供
アマゾンの「AWS(アマゾンウェブサービス)」は、ストレージやデータベース、ネットワーク、コンテンツ配信、IoT、機械学習、分析、管理など、多様なサービスを提供している。
自動運転分野では、ADAS(先進運転支援システム)をはじめ自動運転開発や展開を支援するサービス一式を提供しており、AWSによるほぼ無制限のストレージとコンピューティング性能、「Apache MXNet」や「TensorFlow」「PyTorch」などの深層学習フレームワークのサポートにより、アルゴリズムのトレーニングやテストを加速する。
「AWS Greengrass」では、機械学習推論機能を用いてエッジコンピューティングを実行し、車両内でローカルルールやローカルイベントをリアルタイムに処理するだけでなく、データをクラウドに転送するコストを最小限に抑えることもできる。
【参考】AWSについては「米アマゾンのクラウドAWS、自動運転やつながるクルマの開発に貢献」も参照。
■Google(GCP):Cloud TPUで圧倒的なパフォーマンスを提供
自動運転業界をリードするWaymo(ウェイモ)を抱えるグーグルは、「GCP(グーグルクラウドプラットフォーム)」を提供している。
GCPでは、AIワークロード用に「Cloud TPU」をカスタム構築しており、1つのポッドで100ペタフロップス以上のパフォーマンスを発揮するという。ワークロードの種類を問わず可能な限り効率的で安価に実行できる世界クラスのAIインフラストラクチャにより、膨大な計算処理と大量のデータが伴う自動運転の各シミュレーション・モデル検証を効率的に行うことが可能になる。
同社は、クラウドでのモビリティ革命を目指し米GM Cruiseと提携するほか、国内では東京に続き2019年に大阪リージョンの運用を開始している。
■Microsoft(Azure):自動運転ソリューションも豊富に提供
マイクロソフトのクラウドサービス「Azure(アジュール)」には、お気に入りのツールやフレームワークを使ってアプリケーションを自在に構築、デプロイ、管理することができる豊富なサービスが用意されている。
自動運転分野では、自動運転ソリューションとして①データの取り込みとストレージ②ビッグコンピューティングサービス③自動運転プラットフォームのテストと評価④自動運転ソリューションの検証――といった各機能が用意されている。
安全性の高いインフラストラクチャを使用し、車両エンジニアリングのあらゆる側面を効率よく大規模にシミュレートすることが可能で、アジュールのデータ分析ツールや機械学習ツールを使用して既存のシミュレーションを強化することで製品を最適化することができる。
また、GPUなどの高度なハードウェアと、数十億マイルを超える走行をシミュレートした自動運転ソフトウェアを使用し、センサーのパフォーマンスを迅速にテストすることも可能だ。
自動車の技術開発を手掛ける欧州のFEVは、アジュールを使用することで従来のローカルハードウェアで何時間もかかっていたデータ処理が、クラウド内のFEVソフトウェアによって自動的に数分以内に実行することが可能になったという。
また、自動運転シュミレーションシステムを開発しているイスラエルのスタートアップ企業Cognataもアジュールを利用しており、その技術に注目が集まっている。
【参考】Azureについては「Microsoft(マイクロソフト)の自動運転戦略と取り組みまとめ Azureシェア拡大中」も参照。Cognataについては「イスラエル産の自動運転シュミレーション技術、日本で本格提供」も参照。
■IBM(IBM Cloud):拡張知能「ワトソン」自動運転開発を支援
IBMもクラウドサービス「IBM Cloud」を提供しており、特に「Augmented Intelligence(拡張知能)」と称するシステム「Watson(ワトソン)」が好評で、広い分野で導入が進んでいる。
ワトソンは自然言語処理や画像認識、機械学習などに利用可能で、AIモデルの構築とトレーニング、データの準備と分析を行うオールインワンの統合環境を備えた「Watson Studio」をはじめ、デバイスの登録や制御、迅速な可視化、データ・ストレージ向けのクラウド・ホスト・サービスを活用できる「Watson IoT Platform」、機械学習を使用し画像コンテンツのタグ付けや分類、検索が可能な「Watson Visual Recognition」などさまざまなサービスを提供している。
米ローカルモーターズが開発を進める自動運転電動ミニバス「Olli」などもワトソンを利用しているようだ。
【参考】ローカルモーターズについては「米軍に供給した自動運転技術、自動運転シャトルバスOlliが提供受ける」も参照。
■【まとめ】自動運転クラウドサービス全盛へ 将来的にはエッジAIと作業分担も
グーグルやマイクロソフトなどのクラウドを利用して開発された自動運転車は、実用化後も基本的にクラウドサービスを活用して効率的な運用を図っていくことになる。クラウドサービス提供企業にとって、自動運転はビッグビジネスとなるのだ。
その一方で、エッジAI技術にも大きな注目が集まっている。高速処理が必要な場面において、通信速度などを理由にクラウドでは対応できないケースでは、これまでクラウドに任せていた情報処理をエッジ(端末機器)側で担うことで通信遅延のないリアルタイムな処理が可能となる。
完全自動運転の実現に向けては車載ストレージの高性能化ともセットにして考える必要がある。5G通信が何らかの理由で遮断もしくは通信速度が著しく低下したとき、自動運転車はクラウドに頼らずに安全な走行を維持する必要があり、その際には車載ストレージが特に重要な役割を果たす。
いずれにしろ、クラウドなしで各自動運転車が独立して運用されるケースは考えにくい。クラウド業界にはしばらく明るい展望が広がりそうだ。
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