米Waymoが自動運転タクシーを商用化してから約6年が経過する。この間、米国ではアリゾナ州フェニックスなど3地域で同サービスが実現した。中国では、北京や広州、深セン、武漢といった大都市で無人タクシーが実現している。一方、日本では、混在空間となる一般車道ではいまだ実現していないのが現状だ。
米国、中国では着実に進展しているものの、2010年代に各社が計画していたロードマップと比べれば、明らかにその普及は遅れている。市場が拡大し、ビジネスが成立する段階はいつ訪れるのだろうか。
自動運転がなかなか普及しない理由を紐解き、将来展望に迫ってみる。
記事の目次
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■自動運転が普及しない理由
自動運転システムの高度化に苦戦
一番のハードルは、やはり自動運転システムそのものの開発だ。この無人化技術が一定水準に達しないと、いつまでたってもセーフティドライバー付きの実証から進むことはできない。
一般的な自動運転システムは、カメラやLiDARなどの各種センサーによる車両周囲の検知と、それに基づくAIによる判断、その判断に基づく車両の制御で構成される。
カメラなどのセンサーが目の役割を担い、周囲の車両や歩行者、車線、道路標識などのオブジェクトを検知・識別する。これらの情報をもとに車両の周囲の状況をまんべんなく把握し、場合によっては各オブジェクトの動きを予測した上で、どのように走行すれば安全かを脳の役割を担うAIが判断する。そして、その判断に基づき車両に制御命令を下す。この一連の作業を繰り返しながら自動運転車は走行している。
これらのシステムが自動運転のベースであり、基礎中の基礎となる。大げさに言えば、この基礎がしっかりしていれば自動運転レベル5も夢ではなくなる。なぜならば、目で見た視覚情報を脳で判断し、それに基づいて車両を制御する人間の運転と同様だからである。
【参考】自動運転の仕組みについては「自動運転車とは? 定義や仕組み、必要な技術やセンサーをゼロからまとめて解説」も参照。
自動運転技術は天井知らず
ただ、この基礎部分の技術に天井はない。人間のドライバー同様自動運転技術も初心者マークレベルからスタートするが、熟練ドライバーの域に達しても、F1出場に必要なスーパーライセンス所持者の域に達したとしてもそこで終わりではない。
なぜなら、F1ドライバーが事故を起こさないとは限らないためだ。そのため、自動運転開発は実用化後も延々と続くことになる。
基本的にはどこかで線引きして実用化することになるが、この線引きは国や企業によって目安が異なる。初心者マークレベルで実用化する企業もあれば、もう少し経験を積んでから……と考える企業もある。
国の規制や、後述する社会受容性にも左右されるところだが、緩ければ初心者マークレベルで無人化に踏み切る場合もあるだろう。その逆も然りで、無人化ラインを厳しく設定している企業も多い。
そもそも論として、初心者マークレベルの技術を確立するのがまず難しい。初心者は恐る恐る慎重に走行しがちで、イレギュラーな事態に弱いとは言え、特段事故率が高いわけでもない。周囲の配慮もあるが、一定の運転技能で安全を担保しているのだ。
この段階になかなか達することができないからこそ、実用化が進まないのだ。セーフティドライバー同乗のもと行う実証やサービスは、いわば仮免の状態であり、ここから抜け出せない企業が思いのほか多い。
明確に抜け出したと言えるのは、米Waymoや中国Baidu(百度)など、無人サービスを継続的に提供している企業のみだ。また、米Cruiseのように、一度初心者マークで公道に出たものの実力が伴わず、免許がお預け状態となったケースもある。
経験を積まなければ熟練ドライバーにはなれないが、本格的に経験を積むため独り立ちする段階に達することが難しいゆえに、世界全体では自動運転が思うほど普及していないのだ。
横展開にもハードル
では、初心者マークで公道走行に踏み切れば経験値は大幅に増し、運転可能な世界がどんどん広がってく――つまり横展開をスムーズに行うことができるようになるかと言えば、そう簡単に事は進まない。
初めて通る道を堂々と走行できる初心者は少ないはずだ。何度も走行して慣れ親しむまでは油断できず、ドキドキ走行が続く。自動運転車も同様だ。基本的な要素は一緒とは言え、道路ごとの実勢速度や交通量、事故が起こりやすい交差点や歩行者の飛び出しが多い場所、街路樹が邪魔になりがちな場所など、そのエリアの特徴を細かく把握する必要がある。
同じ場所でも、道路環境はその時々で異なる。全く同じ状況というものは基本的にない。そのため、一定レベルの自動運転システムが確立していても、安全性を損なわないよう新たなエリアでは何度も繰り返し実証を行わなければならないのだ。
補完システム・技術の開発にも時間と労力が必要
また、自動運転開発事業者の多くが「目」と「脳」以外のシステムを併用している点も見逃せない。その代表格は高精度3次元地図だ。
走行するエリア内を事前に繰り返し走行してLiDARで3Dスキャン=マッピングし、道路の細かな形状や車線、道路標識など周辺環境をデータ化する。仮想線なども加え、自動運転車の走行を補助するデジタルマップを作成するのだ。
また、日本では磁気マーカーを用いた自動運転システムも目立つ。あらかじめ走行ルートに磁気マーカーを埋め込み、車載磁気センサーでこれを読み取りながら走行することで正確な位置情報を把握するシステムだ。
基本的な自動運転システムが熟練ドライバーレベルに達するにはまだまだ時間を要する。ゆえにこうした補助システムを併用して安全性・確実性を高めるわけだが、こうしたシステムを整備するのも当然時間を要する。さまざまなシステムを併用すればするほど実用化の遅れの一因となる――という点も指摘できそうだ。
【参考】関連記事としては「LiDARセンサーとは何?自動運転やiPhone向けで注目!何ができる?」も参照。
規制が足かせになる場合も
人命に直結する道路交通にはさまざまな規制がかけられているが、未知の技術である自動運転はより厳しい目で見られる。人間に代わってコンピュータが鉄の塊を動かすため、どのようなルール整備が必要か、模索しながら許認可を出している状況だ。
ドライバー不足や交通安全への貢献というポテンシャルから多くの国で公道走行に向けたルールが整備されているが、まだ恐る恐る運用されている印象が強く、審査や許認可の手続きがスムーズとは言えないケースが散見されるようだ。
法整備が進む日本では、レベル4審査に平均約11カ月要していたという。内閣府の資料によると、過去の審査事例に要した期間の平均値で、車両や走行安全性の確認に8カ月、運輸手続きに1カ月、都道府県警察手続きに1.5カ月を要していたという。
こうした遅れは実用化を遅らせるだけでなく、開発事業者の負担増にもつながる。国はこの期間を平均2カ月に短縮すべく取り組むこととしている。
【参考】自動運転の審査については「大幅短縮!自動運転の審査期間、平均11カ月を「2カ月」に ついに国も本腰?」も参照。
社会受容性や協力体制が低ければ開発は停滞
社会受容性の影響も大きい。世論が自動運転に懐疑的であれば、地域の受け入れ態勢や協力体制が消極的になり、実証も実用化も停滞することになる。自動運転に向けた投資も抑制され、開発が滞る可能性も高まる。
サービス実証も、住民の協力がなければ成り立たない。実証に人が集まらなければ実用化の域に達しても人は集まらないと判断し、そのエリアから撤退することも考えられる。
実現性ではなく安全性に疑問を持たれるとより大変だ。万が一事故を起こした際はハチの巣をつついたような騒ぎが起き、走行中止に追い込まれかねない。必然的に実用化のハードルを上げなければならず、実用化の時期はどんどんずれ込んでいく。
安全であることが前提ではあるものの、重箱の隅をつつくように自動運転のミスをあげつらい、それを肥大化させていくのはイノベーションの妨げとなる。叩くべきミスと寛容すべきミスの線引きがシビアになり過ぎないようしっかりと理解を深めてもらわなければならない。
自動運転は発展途上中の技術であることとその効用を共有し、自治体や住民といかに協力体制を築くことができるかは想像以上に重要なのだ。
【参考】自動運転の社会受容性については「自動運転、社会受容性を高めるアプローチ一覧」も参照。
膨大な開発コストも
自動運転開発の足かせは、コスト面に拠るところも大きい。優秀なエンジニアを大勢受け入れ、ハイスペックなコンピュータ類を揃えたうえで、その開発体制を長期間維持しなければならないのだ。
開発・実証期間中は、基本的に収入はないに等しい。実証そのものをビジネス化することも可能だろうが支出のすべてをまかなうことは難しく、自己資金や出資でつないでいかなければならない状況が長く続く。
サービス段階に辿り着いても、直ちに黒字化を果たせるわけではない。ドライバー無人化を成し遂げても、初期においては遠隔監視役などのスタッフが大勢必要で、エンジニアによる開発もまだまだ続く。バックグラウンドの省人化を含め、規模のメリットを創出する段階に達して初めて本格的な黒字化を達成できるのだ。
自動運転分野で先行するのがテクノロジー企業や新興勢であることも黒字化の遅れにつながっているのかもしれない。車両そのものを自ら効率的に生産することができないためだ。
台湾Foxconnが立ち上げたオープンEVプラットフォーム「MIH」のように、一から低コストEV製造を進める動きもあるが、基本的には自動運転開発企業とOEMがタッグを組み、車両を供給してもらう形で自動運転車を世に送り出している。OEM自らが自動運転タクシーなどを量産化する場合と比べれば、やはりコストは大きなものとなる。
巨額資金が動いている自動運転分野でも、こうした開発コストは無視できない。フォードとフォルクスワーゲンから総額36億ドル(約3,900億円)の投資を受けていたArgo AIは、進捗が思わしくなかったとして両社から投資を引き上げられ、一瞬で事業停止に陥った。
株式上場済みのAurora Innovationも一時期資金難が噂されていた。有力新興勢と言えど、資金繰りはやはり大変なようだ。
週に10万回超の有料ライドを実現しているWaymoでも、まだ黒字には達していないものと思われる。拡大局面に伴う投資はまだまだ続いており、どの段階で黒字化を達成するかに注目が集まるところだ。
百度は2025年にも自動運転タクシー事業の黒字化を見込んでいるという。武漢では2024年中に1,000台規模のフリートを構築し、江鈴汽車と共同で開発を進める製造コスト約20万元(約430万円)の自動運転タクシーを導入していく。運用面の無人化・自動化も促進することで、損益分岐点への到達を見込むという。
先頭をひた走る一部の企業が、ようやく黒字化を視野に収められる段階に達したか――というのが現在地で、厳密にはまだ黒字化を達成していない。まだまだ出資や政府の支援策などが必要なフェーズが続くものと思われる。
【参考】Waymoの資金状況については「Googleの自動運転部門、時価総額が「ホンダ級」に!評価額6.8兆円規模」も参照。
【参考】Argo AIについては「自動運転業界、誰も予想してなかった「Argo AI閉鎖」の背景」も参照。
■【まとめ】体力勝負はまだまだ続く
日本の自動運転開発勢では、ティアフォーがまもなく一般車道におけるレベル4を実現するものと思われ、その後の横展開にも期待が寄せられる。ただ、無人サービスがスタートしても、自治体の出資などを含めた総費用が低下するのはまだ先で、体力勝負はまだまだ続いていく可能性が高い。
いつごろ転機が訪れるかは予測しづらいところだが、国の支援やさらなる規制緩和などでしっかりとバックアップし、自動運転社会の早期実現を図ってもらいたいところだ。
【参考】関連記事としては「自動運転とは?分かりやすく言うと?業界をリードする企業は?」も参照。