自動運転業界、誰も予想してなかった「Argo AI閉鎖」の背景

体力問われるスタートアップ、つづく業界再編



Argo AIの創業者であるブライアン・サレスキー氏(左)とピーター・ランダー氏(右)=出典:Argo AIプレスリリース

自動運転開発を手掛ける有力スタートップArgo AIが事業を停止した。出資元のフォードとフォルクスワーゲングループ(VW)がともに投資を引き上げたためだ。業界でも指折りの存在と目されていたArgo AIだが、事実上両社に吸収される形となる。

急とも思われる投資引き上げの背景では、どのような思惑が交差していたのか。顛末を振り返りながら、業界におけるスタートアップとOEMの関係性に迫っていく。


■Argo AI事業停止までの顛末
有力スタートアップとして早くから注目
2019年にVWから出資を受けたArgo AI=出典:Argo AIプレスリリース

Argo AIは2016年、グーグルの自動運転開発に携わっていたブライアン・サレスキー氏らが中心となって設立したスタートアップだ。

その技術力は当初から高い注目を集めていた。設立から数カ月後の2017年2月には、フォードから5年間で総額10億ドル(約1,100億円)の投資を受けている。当時、2021年までに自動運転車を市場投入する目標を掲げていた。

2年後の2019年7月には、VWから計26億ドル(約2,800億円)の出資も発表された。フォードとVWの提携拡大に伴う投資で、両社の自動運転開発をArgo AIが主導する形だ。VWは自動運転開発子会社のAID(Autonomous Intelligent Driving)をArgo AIに統合し、Argo AIの欧州進出を支援している。

2021年7月には、フォードとArgo AIがライドシェア大手Lyftとパートナーシップを結び、2021年末からマイアミを皮切りにLyftの配車プラットフォームに自動運転車の導入を開始し、5年間で少なくとも1,000台の自動運転車を展開する計画を発表した。


2022年までにマイアミとオースティンで自動運転タクシーのサービス実証に着手しているほか、ウォルマートとの提携のもと、マイアミとオースティン、ワシントンの3都市で自動運転配送の実証なども行っているようだ。

開発は順調だった?一方で人員整理も
出典:Argo AIプレスリリース

Argo AIは2022年に入っても通常通り活動を続けている印象で、フォード・VW両社の急な投資撤退は正直なところ驚きを隠せない。2022年4月には米サウスカロライナ州に自動運転開発に向けた新試験施設を設置することなども報じられている。

情報メディア「Analytics Insight」によると、2022年における自動運転関連企業の資金調達ランキングで、Argo AIは36億ドル(約5,300億円)でトップに輝いている。フォード・VWから36億ドルを調達しているほか、金額は不明だがLyftからも出資を受けているようだ。

順調に思われるArgo AIだが、一方で2022年7月に従業員の5~6%に相当する150人を解雇することが報じられている。経営合理化に向けた人員整理で、あくまで憶測だが、この時点でフォード・VWサイドから一定の圧力がかけられていた可能性がありそうだ。


【参考】Argo AIの人員整理については「自動運転新興の米Argo AI、150人解雇 従業員の7〜8%に相当か」も参照。

投資引き上げでフォードは約4,000億円の減損計上

フォードはこの第3四半期、Argo AIが開発中のレベル4から自社開発を進めているレベル2+・レベル3システムに設備投資の優先順位をシフトする決断を下した。

Argo AIは新たな投資家を集めることができなかったため、フォードはArgo AIへの投資について27億ドル(約4,000億円)の現金支出を伴わない税引き前の減損を計上し、その結果、8億2,700万ドル(約1,230億円)の純損失を計上した。

同社は過去、レベル3を飛ばしてレベル4開発を進める意向を示しており、自動運転分野においてはArgo AIの方針と合致していたが、戦略を転換したようだ。

フォードは「レベル2+とレベル3アプリケーションの開発が必要不可欠」とし、「レベル4の将来について楽観的だが、収益性の高い完全な自動運転車を大規模に開発するのはまだ先のことであり、自分たちがその技術を作り出すとは限らない」としている。

VWは約2,800億円の減損計上

一方のVWも第3四半期、Argo AIへの投資撤退を決断し、これに伴い19億ユーロ(約2,800億円)の減損を発生させた。

自動運転ソフトウェア開発を手掛ける子会社Cariadは、サプライヤー大手ボッシュとの提携をベースに、中国市場向けにHorizon Roboticsとの提携を拡大し、自動運転開発を推進していく方針としている。

VWグループのブランド向けにレベル3を開発し、2023年にも実装する予定のほか、レベル4を搭載したEV(電気自動車)「ID.Buzz」で2025年にハンブルグで自動運転サービスを開始する計画としている。

事実上Argo AIの事業は停止されたが、VWは「フォードとの他の全てのコラボレーションは変更されない」としている。フォード、VW間のEV分野などにおけるパートナーシップはそのまま引き継がれるが、自動運転開発における協業の行方は不明だ。

Argo AIのエンジニアを吸収し自社開発を強化?
出典:Argo AIプレスリリース

Argo AIは一定水準の開発を続けていたものと思われ、このタイミングでの投資引き上げは今一釈然としないが、フォード、VWともArgo AIの従業員に対する雇用を確保し、各社で自動運転分野のプロジェクトを発展させていく構えのようだ。

両社とも、結果としてArgo AIのエンジニアを自社に吸収する流れとなったが、実はこれが主目的だった可能性も考えられる。事実上の買収だ。

Argo AIはサードパーティとして自動運転システムをさまざまなOEMに提供していく戦略を掲げており、特定の企業の傘下に収まることを望んでいなかった。フォードから出資を受けた際も、企業として独立の道を選択したのはこのためだ。

一方、フォード側の思惑としては、早期にArgo AIを取り込んで高度な技術を吸収し、フォードの冠のもと自動運転開発・実用化を推し進めたかったのかもしれない。

絶対的ライバルであるゼネラルモーターズ(GM)とCruise陣営がカリフォルニア州で自動運転タクシーサービスに本格着手したのも、こうした思惑に火をつけた可能性がある。

いずれにしろ、フォードとVWが優秀かつ貴重な自動運転開発エンジニアを大量に取り込む結果となったことは事実であり、両社の開発を促進していくことは間違いなさそうだ。

■自動運転業界の動向
繰り広げられる自動運転業界の買収劇

自動運転開発を手掛けるスタートアップの解散や買収・吸収は、今に始まったことではない。過去には、GMによるCruiseの買収をはじめ、AppleによるDrive.aiの買収、AmazonによるZooxの買収、Aptiv(旧デルファイ)によるnuTonomyやOttomatikaの買収、ボッシュによるFiveの買収、MagnaによるOptimus Rideの買収など、有名無名問わず買収劇が繰り広げられている。

渋いところでは、農機大手のクボタが2021年、カナダの現地法人を通じて農業機械・建設機械向けの自動運転ソフトウェア開発を手掛けるAgJunctionを買収している。

開発部門の買収例もある。Aurora Innovationは2020年、米配車サービスUberの自動運転開発部門・子会社ATG(Advanced Technologies Group)の買収を発表した。トヨタグループのウーブン・プラネット・ホールディングスも、Lyftの自動運転開発部門「Level 5」を買収している。

報道レベルでは、2022年2月にVWが中国ファーウェイの自動運転部門を買収する計画が報じられている。Aurora Innovationも同年、Appleなどへの身売りを検討していたことが報じられた。近々では、韓国ヒョンデ(現代)が同国スタートアップ42dotの買収を検討していることも報じられている。

【参考】VWの動向については「自動運転業界、業界再編じわり進む」も参照。

【参考】Aurora Innovationの動向については「自動運転業界のスター技術者、Appleへの「身売り」検討」も参照。

【参考】ヒョンデの動向については「韓国・現代、ベンチャー買収で自動運転事業加速か」も参照。

自動運転開発は体力勝負?

こうした買収の背景には、自動運転開発に要する体力の問題がありそうだ。自動運転開発には巨額の資金が必要となることは言うまでもないが、これが長期化すればするほど負担は積み重なっていく。

グーグルに触発される形で自動運転開発ブームが起こった2010年代は、自動車メーカーやスタートアップなど多くの企業が「2020年に自動運転実現」を目標に掲げ開発を進めていたが、研究開発の深化とともに楽観的な目標は消失し、開発の中長期化が始まった。

OEMや大手サプライヤー、新規参入組のIT大手らは事業継続に向けた体力がある一方、出資頼みで体力のないスタートアップの中には、この開発長期化に耐えられない企業が出始めている。耐えられても、その後の競争で生き抜くビジョンを失うケースもある。そこで資金ショートを起こし評価が下がる前に身売りを検討する――という選択肢が浮かび上がるのだ。

大手サイドとしても、開発力強化に直結する買収や出資のメリットは大きい。持ち前の体力と社会的なネットワーク、信頼性の上に先進的な技術を積み上げることで、激化する同業大手との競争を優位に進めることができるためだ。

■【まとめ】業界再編はまだまだ続く

各社の自動運転技術は実用化域に達し始めたが、業界における再編は今後まだまだ続くことが予想される。

米国・中国を中心に自動運転バスやタクシーなどの実用化が進んでいるものの、サービスインによってすぐに採算がとれるわけではない。数十億~数千億円と投資してきた開発費用は、1,000台や2,000台の自動運転車で回収できるものではないからだ。

現時点で先行している新興勢も安泰ではなく、さらなるビジネスモデルの創出を迫られる。近い将来、体力のあるOEMらが技術・サービス面で追い付いてくるためだ。

新興勢はサービスインに留まることなく、市場シェアを拡大して企業としての価値(体力)を確固たるものとし、常に技術力やサービス力を磨き続け影響力を保持し続けなければならない。その意味では、高い評価を得られる今時期に買収提案に乗るのも1つの戦略と言えそうだ。

【参考】関連記事としては「自動運転業界、「超大手×スタートアップ」の連携加速」も参照。

記事監修:下山 哲平
(株式会社ストロボ代表取締役社長/自動運転ラボ発行人)

大手デジタルマーケティングエージェンシーのアイレップにて取締役CSO(Chief Solutions Officer)として、SEO・コンテンツマーケティング等の事業開発に従事。JV設立やM&Aによる新規事業開発をリードし、在任時、年商100億から700億規模への急拡大を果たす。2016年、大手企業におけるデジタルトランスフォーメーション支援すべく、株式会社ストロボを設立し、設立5年でグループ6社へと拡大。2018年5月、自動車産業×デジタルトランスフォーメーションの一手として、自動運転領域メディア「自動運転ラボ」を立ち上げ、業界最大級のメディアに成長させる。講演実績も多く、早くもあらゆる自動運転系の技術や企業の最新情報が最も集まる存在に。(登壇情報
【著書】
自動運転&MaaSビジネス参入ガイド
“未来予測”による研究開発テーマ創出の仕方(共著)




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