自動運転タクシーをはじめ、サービス分野における導入が本格化のきざしを見せる自動運転技術。物流分野でも、小型の宅配ロボットが海外では実用化域に達しており、法整備などを交えながらまもなく普及段階に突入するものと思われる。
この宅配における自動運転技術の導入により、労働力不足や薄利化に頭を悩ませる配送業者が救われることになるが、効果はそれだけにとどまらず、小売業界にパラダイムシフトをもたらすという見方がある。
小売業の概念を根底から覆す劇的な変化とは何か。そのからくりについて解説してみよう。
記事の目次
■EC市場の進展と配送需要の拡大
経済産業省が日本の電子商取引市場の実態及び日米中3カ国間の越境電子商取引の市場動向について取りまとめた「平成30年度我が国におけるデータ駆動型社会に係る基盤整備(電子商取引に関する市場調査)」によると、2017年の国内B2C-EC(消費者向け電子商取引)市場規模は、前年比8.96%増の18.0兆円に拡大。また、国内のB2B-EC(企業間電子商取引)市場規模も前年比8.1%増の344.2兆円に拡大している。
個人間のC2C-EC市場規模は、平成29年度(2017年度)の同調査において、ネットオークション市場規模1兆1200億円のうち、C2C部分が3569億円を占めている。2018年度調査におけるフリマアプリ市場規模は、前年比32.2%増の6392億円に急増しており、フリマアプリが初めて登場した2012年からわずか6年で5000億円を超える巨大市場が形成されている。
全ての商取引金額(商取引市場規模)に対する電子商取引市場規模の割合「EC化率」は、B2C-ECで6.22%(前年比0.43ポイント増)、B2B-ECで30.2%(前年比0.8ポイント増)と増加傾向にあり、商取引の電子化が引き続き進展している。
このEC市場の伸びによって需要が拡大しているのが宅配サービスだ。国土交通省の調査によると、宅配便取扱個数は2008年度の32.1億個から2017年度には42.5億個へと3割以上増加している。
需要増によるドライバー不足や、B2C、C2C市場の伸びによる小口多頻度化で配送効率は悪化している。さらに、国交省が2017年10月から開始した再配達に関するサンプル調査によると、宅配便の個数のうち約15%が再配達となっており、こうした状況に追い打ちをかけている形だ。
■小口多頻度化による収益構造の悪化
物流の苦境を顕著に物語る事例が、米Amazon.com(アマゾン・ドット・コム)の宅配だ。2000年に日本進出を果たしたアマゾンは急速に規模を増し、EC市場をけん引しているが、規模拡大とともに2010年代には配送料をめぐる問題が表面化した。
国内宅配大手の佐川急便が2013年、アマゾンとの取引をやめたのだ。従来、時間指定などきめ細かなサービスを展開していた日本の宅配業だが、大口取引により低く抑えられた配送料を吸収しきれず、相次ぐ交渉も破断してついに音を上げたのだ。
その後、佐川急便が抜けた穴を補う形となった国内宅配最大手のヤマト運輸も、取扱個数の増加と反比例するかのように利益を圧迫するようになり、運賃交渉が活発化する。独自の配送網整備を並行して進めていたアマゾンだが、宅配において最後の砦とも言える存在のヤマトを完全に切ることはできず、2017年に値上げ交渉に大筋合意した。
小口多頻度化による収益構造の悪化は宅配業において根本的な問題であり、物流を取り巻く労働・経営環境の改革は待ったなしの状況となっているが、その打開策の一つとして大きな注目を集めているのが、自動運転技術を活用した無人宅配ロボットの実用化だ。
■輸送コストを劇的に引き下げる「無人化」
無人化による人件費削減や柔軟で高効率のプラットフォーム開発などにより、輸送コストを劇的に引き下げることが可能になる。
これを裏付けるレポートとして、米国の調査会社アーク・インベストメントが2017年10月に発表した「MaaSレポート」がある。宅配ではなくタクシー事業に関するものだが、レポートでは現在のタクシーと自動運転タクシーに乗ったときに消費者が負担するコストをそれぞれ割り出し、比較している。
レポートによると、米国における現在のタクシーの消費者コストは1マイル(約1.6キロ)当たり3.5ドルだが、自動運転タクシーはその10分の1に当たる1マイル当たり0.35ドルまで下がるという。キロメートル・円換算すると、1キロ当たり約220円が22円になる計算だ。
開発コストやイニシャルコストは無視できないが、これを宅配にあてはめ、輸送コストを10分の1に引き下げることが可能になれば、小口多頻度化に対応できる新たな宅配事業が成立することになる。
【参考】アーク・インベストメントのレポートについては「タクシー運賃、自動運転化で10分の1 2030年に1000兆円市場に 米アーク・インベストメントが予想」も参照。
■将来的に生活必需品などの宅配需要が喚起
また、輸送コストの低下は、小売業に新たなEC化の波をもたらす。これまで、小ロットかつ短納期発注が求められることによりEC市場から敬遠されていた生活必需品などの宅配需要が喚起される可能性が高いのだ。
例えば、身近なスーパーやドラッグストアなどに好みのシャンプーがなく、ECサイトで検索したところ、1000円の商品が見つかったが送料800円が必要な場合、購入を躊躇したり、まとめ買いを検討したりする方は多いと思われる。ましてや、歯ブラシ1本ならばECの利用自体考えないだろう。
しかし、送料が800円ではなく80円だったらどうか。商品代金に対する送料の割合は劇的に低いものとなり、ECを利用する選択肢が増えるのだ。
また、高効率な配送システムの実現により、ECから最も遠い存在である生鮮食品なども対象化する可能性がある。牛乳やパックに切り分けられた肉類、野菜なども、迅速かつ安全に宅配できるとなれば利用者は急増するだろう。
夕食の食材を求め毎日のように通っていたスーパーがEC化する衝撃は、従来の小売業の概念を大きく変えるものになるのだ。
■自動運転車での宅配、実証実験例
ZMPの宅配ロボ「CarriRo Deli」がコンビニ実証
自動運転ベンチャーの株式会社ZMPはローソンと共同で、宅配ロボット「CarriRo Deli」を活用したコンビニ無人配送のサービス実証を2019年1月に慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス内で実施した。
学生ら実験参加者がローソンの弁当や飲み物、スイーツなどをスマートフォンの専用アプリで注文すると、キャンパス内に設置した仮設店舗から計8カ所の指定配達拠点まで「CarriRo Deli」が商品を届けた。
同社は2017年夏にも、宅配すし「銀のさら」を運営するライドオンエクスプレスと私有地内における実証実験を行ったほか、2018年3月には、電通国際情報サービスのオープンイノベーションラボと東京大学暦本研究室が共同開発した遠隔コミュニケーションデバイス「TiCA(チカ)」とCarriRo Deliveryを組み合わせ、オフィス街を自律走行する実証実験なども行っている。
【参考】ZMPの取り組みについては「【インタビュー】コンビニ実証を成功させたZMPの宅配ロボ「CarriRo Deli」、今後の開発計画は? 自動運転技術も搭載」も参照。
ウォルマート:自動運転車を活用した宅配サービス次々と実証
米小売サービス最大手のウォルマートは、米自動車メーカーのフォードなどと共同で、開発中の自動運転車を活用した宅配サービスに関する実証実験を行うことが2018年11月までに明らかにされている。実証実験には食品宅配サービスを手掛ける米スタートアップのポストメイツも参加し、フロリダ州マイアミで行われた。
ウォルマートは2019年1月にも、自動運転配送サービスを手掛ける米スタートアップのudelvと提携し、アリゾナ州フェニックスで商品を宅配する実証実験を行っており、無人宅配の導入に積極的な姿勢を見せている。
【参考】フォードとウォルマートの取り組みについては「米フォードの自動運転車、小売大手ウォルマートの商品宅配 実証実験を実施へ」も参照。udelvについては「丸紅、自動運転配送の米スタートアップudelv社に出資」も参照。
Nuro:クローガー、ドミノ・ピザと、それぞれ宅配実証
自動運転スタートアップの米Nuro(ニューロ)と米スーパーマーケット大手Kroger(クローガー)が2018年8月、自動運転車による宅配サービスのパイロットプロジェクトを開始した。
利用者は、インターネットやスマートフォンのアプリを通じて商品を注文でき、1回700円弱の料金を支払えば自動運転車での配達を依頼できる仕組みだ。
また、ニューロはビザ宅配大手の米ドミノ・ピザとも提携し、2019年内にピザの無人配達事業を米テキサス州ヒューストンで開始することが発表されている。
2019年2月には、ソフトバンクビジョンファンド(SVF)から9.4億ドル(約104億円)の資金調達を行ったことが報じられており、大きな注目を集めている。
【参考】Nuroとクローガーの取り組みについては「元グーグルのエンジニア、AI自動運転車で食料品配達サービス トヨタのプリウスをまず活用 アメリカのスーパー大手クローガーとタッグ」も参照。Nuroとドミノ・ピザの取り組みについては「米Nuroの自動運転モビリティ、2019年内にドミノピザの配達開始へ」も参照。
アマゾン:自社開発の配送ロボット「Amazon Scout」実証へ
日本の宅配業で波紋を広げたECの覇者アマゾンも、配送ロボットの開発を進めており、2019年1月に、「Amazon Scout」の宅配実証実験に着手することを発表している。
車体は、6つの車輪がついた40センチ四方程度の小型タイプで、アマゾンで注文された商品を自動で顧客の元まで届ける。アプリと連動し、配達先に到着するとアマゾン・スカウトの上部にあるカバーが開き、利用者が注文品を取ると自動で閉まる設計という。
【参考】Amazon Scoutについては「米アマゾン、自動運転配達ロボット「スカウト(Scout)」の実証実験スタート」も参照。
京東集団:無人配送ロボットを自社配送ステーションで稼働 楽天との提携も
中国EC大手の京東集団は、自動運転開発を手掛ける中国のスタートアップ「Go Further AI」と共同で無人配送ロボット「超影」を開発し、京東の配送ステーションで稼働させるなど実用化の域まで開発を進めているようだ。
同社はまた、日本のEC大手の楽天株式会社と物流分野で提携することを2019年2月に発表しており、京東が開発した超影やドローンを、楽天が日本国内で構築する無人配送ソリューションに導入する予定となっている。
■自動運転車で移動コンビニ、実証実験例
Robomart:ライセンス提供プロジェクト導入進める
2017年に設立されたロボマート社が店舗型の自動運転無人車両を開発し、無人移動車をライセンスで提供する「Robomartプロジェクト」を進めている。
Robomartは、車内のラックに数々の商品を陳列しており、利用者が専用アプリで呼ぶと、Robomartが無人の自動運転で利用者の家の前までやってくる仕組みだ。
支払いはRobomartに取り付けられたコンピュータビジョンが何を購入したかを判別し、アプリに事前登録した銀行口座で自動決済されるという。
【参考】Robomartについては「米で無人型自動運転コンビニRobomartの実証開始 トヨタやセブンイレブンも展開模索」も参照。
Mobymart:中国内で精力的に試験運用
スウェーデンの企業Wheelysと傘下のHimalafy、及び中国の合肥工業大学が共同で開発を進めている無人コンビニ「Moby Mart」が現在、中国内で精力的に試験運用を進めており、販売にも着手している。
サイズが異なる「Moby Alpha」「Moby Psi」「Moby Xi」の3種類の開発を進めている。Robomartほど自由に移動できるわけではなく、イメージとしては店舗オーナーが好きな場所で販売するために移動可能な車体となっているようだ。
■国内における配送ロボの開発状況
国内では、ZMPの開発と実証が群を抜いている印象だ。自動運転車「Robocar」をはじめ、物流支援ロボット「CarriRo」、宅配・配送ロボット「CarriRo Deli」などをラインナップし、実証と導入を推し進めている。
このほか、2018年5月に設立されたスタートアップHakobotも、三笠製作所の協力など受けながら開発を進めている。2018年11月に実証実験用端末初号機の開発が完了し、同社アドバイザーを務める堀江貴文氏の「ホリエモン祭 in 名古屋」の席でお披露目された。
配送業関係では、ヤマトが株式会社ディー・エヌ・エー(DeNA)と手を組み、次世代物流サービスの開発を目指すプロジェクト「ロボネコヤマト」に2016年に着手している。
日本郵便も2019年1月、ZMPの「CarriRo Deli(キャリロデリ)」とイタリアのe-novia社が開発する「YAPE」を活用し、自動運転による無人搬送の実証実験を福島県の南相馬市と浪江町で実施することを発表している。
熱を帯びる宅配ロボの開発と実証に対し、政府も動き出した。2019年度に自動走行ロボットに関する官民協議会を立ち上げ、道路使用許可の基準策定など公道上での実証実験を円滑にするとともに、ロードマップの策定や社会受容性の向上のために必要な措置、必要なルールの在り方、求められる安全性など、各種措置の検討に着手することとしている。
【参考】ロボネコヤマトについては「ロボネコヤマトが神奈川県藤沢市内を走る 自動運転車両を使った配送実験」も参照。日本郵便の取り組みについては「日本郵便、福島県で自動運転配送ロボの実証実験 ドライバー不足の課題に挑む」も参照。
■海外における配送ロボの開発状況
海外では、米スターシップ・テクノロジーズが先行している。同社は2018年4月から小型の自動運転ロボットによる商品配送をイギリスの都市ミルトン・キーンズで開始しているほか、2019年1月からは米ジョージメイソン大学でもサービスを開始している。
小型タイプではこのほか、中国のスタートアップ企業Neolixが2019年5月、自動運転デリバリーロボットのマス向けの大量生産を開始するという報道が流れている。5年以内に年間販売台数10万台を達成する見込みを立てているといわれており、今後急速に宅配業界などに浸透する可能性もありそうだ。
大型タイプでは、Nuroと京東集団が力を入れている印象が強いが、サイズ的にも自動運転車の開発と共通する点が多く、自動車メーカーをはじめとした各社が今後この分野に力を入れ始めれば、開発競争は一気に加速し、実用化も秒読み段階に入る可能性が高そうだ。
【参考】スターシップ・テクノロジーズの取り組みについては「米スターシップ・テクノロジーズ、イギリスで自動運転ロボットによる商品配送スタート」も参照。
■【まとめ】小型タイプは実用化域に 大型タイプは競争激化の可能性も
小型タイプはすでに実用化のめどが立っている状況で、一定の敷地内などをはじめ、公道においても各国の法整備などが整い次第順次実用化と高性能化が進みそうだ。大型タイプはより高い安全性の確保や長距離航続化、比較的広範な区域を走行するための自動運転技術などが求められるため小型タイプに後れを取っているが、着実に実証や試験導入が進んでいる状況だ。
物販系分野におけるB2C取引のEC化率6.22%という状況は、まだまだ伸びしろが残っている証拠であり、またフリマアプリをはじめとしたC2C市場も驚異的な伸びを見せるなど、小口の宅配需要はまだまだ伸びる見込みだ。
自動運転技術を搭載した宅配ロボがこの小口宅配の課題を解決し、そこから小売業のEC需要が喚起され、物販そのものの在り方が大きく変わっていく。将来的には、進化を遂げる宅配ボックスと連動し、無人で受け取る仕組みも構築されていくものと思われる。
結果として小売店がまちから次々と姿を消し、代わりに物流拠点が乱立するかもしれない。こうした将来予測を否定したくなる感情も理解できるが、自動運転と物流の組み合わせはそれだけのインパクト・パラダイムシフトをもたらす可能性があるということだ。
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大手デジタルマーケティングエージェンシーのアイレップにて取締役CSO(Chief Solutions Officer)として、SEO・コンテンツマーケティング等の事業開発に従事。JV設立やM&Aによる新規事業開発をリードし、在任時、年商100億から700億規模への急拡大を果たす。2016年、大手企業におけるデジタルトランスフォーメーション支援すべく、株式会社ストロボを設立し、設立5年でグループ6社へと拡大。2018年5月、自動車産業×デジタルトランスフォーメーションの一手として、自動運転領域メディア「自動運転ラボ」を立ち上げ、業界最大級のメディアに成長させる。講演実績も多く、早くもあらゆる自動運転系の技術や企業の最新情報が最も集まる存在に。(登壇情報)
【著書】
・自動運転&MaaSビジネス参入ガイド
・“未来予測”による研究開発テーマ創出の仕方(共著)