自動運転社会の実現に必要な9つのこと

道交法改正、交通インフラ整備、国際間ルール作り、社会受容性の醸成……



飛躍的な進化を遂げる自動運転技術。自動運転レベル3(条件付き運転自動化)やレベル4(高度運転自動化)の実現はもう目前に迫っている。一方、自動運転を実現するための社会インフラや法律の整備はどうなっているのか。


レベル3技術を持ちつつも法整備などの遅れにより実力を発揮できない独アウディの「Audi A8」が示す通り、自動運転車両そのものより、それを取り巻く環境の方が遅れ始めているのではないだろうか。

自動運転に直結する技術とは別に必要とされるインフラや法律などを取り上げ、実状に迫ってみる。

■①交通インフラの整備

自動運転の実現に際し、道路交通インフラの整備は必須だ。自動運転車は通常、搭載したカメラなどのセンサーで周囲の状況を把握・認識し、解析したデータを基にAI(人工知能)が加減速などの判断を下して車両を制御する仕組みだ。

ただ、自動運転車による事故を限りなくゼロに近づけるためにはこれだけでは不十分で、自動運転車と協調してより安全性を高める交通インフラを整備する必要がある。


物理的な方法としては、自動運転車専用レーンを設け、一般車両や歩行者などと隔離することで不確実要素を大きく排除することができる。ただ、この方法は自動運転レベル4のように限定領域で自動化される場合のみ有効で、レベル5に対応すべく有効総延長100万キロ以上に及ぶ日本の道路すべてに専用レーンを設けることは事実上不可能だ。高速道路(約9300キロ)、一般国道(約6万6000キロ)に限ったとしても、莫大な予算と時間を要することになるだろう。

そこで開発が進められているのが、路車間通信(V2I:Vehicle-to-roadside-Infrastructure)だ。道路に設置された対応機器と自動車が通信を行うシステムで、信号情報や交通規制情報、歩行者情報などを入手し、必要に応じて運転支援を行う。

見通しの悪い交差点において信号の情報や対向車の存在を事前に知らせたり、渋滞や事故といった前方の交通状況、右折時における直進車両や歩行者の存在なども通知できる。西日や悪天候などで信号機の色を識別しにくい場合など、車載センサーが機能しない場合にも対応できる。

また、GPSや準天頂衛星(QZSS)などの測位システムによる位置情報を補完することも可能で、自車位置の精度を高めることにも活用できる。


磁器ラインマーカーを活用した実証実験なども進められており、GPSなどに頼らず正確なルートを走行できるほか、バスの発着場(バス停)など、より正確な停止位置を求められるケースにも活用できそうだ。

既存のVICS(道路交通情報通信システム)もV2Iに含まれるが、VICSによる通信は一方通行で双方向性がない。路車間の通信に双方向性を持たせることで車両の情報をインフラ側に収集することもでき、ビッグデータとして有効活用することで、混雑緩和をはじめさまざまなメリットを生み出すこともできそうだ。

このほか、既存の道路標識のデザインを一部変更し、センサーが読み取りやすいものに変えるといったことなども考えられる。

■②道路交通法の改正

現行の道路交通法では、第70条 「車両等の運転者は、当該車両等のハンドル、ブレーキその他の装置を確実に操作し…」にみられるようにドライバー(人)による運転を前提としており、無人の自動運転は認められていない。交通事故の際の救護義務を運転者等に課す第72条などを例に挙げると、運転者不在の自動運転車はこれを遵守することができない。公道を走行する際に必要となる運転免許も問題となるだろう。細かい点を挙げればきりがないほど改正すべき点は多々ある。

ただ、ここにきて道路交通法が一歩前進しようとしている。警察庁は2018年12月、道路交通法改正に向けた試案を公表し、パブリックコメントを経て2019年1月召集の第198回通常国会に提出される運びだ。

安倍晋三首相は、第198通常国会の施政方針演説で「段階的に自動運転を解禁する」と明言し、現在の規制や制度について「時代遅れ」と指摘した上で、「交通に関わる規制を全面的に見直す」と強調するなど、自動運転の実現に前向きな姿勢を見せている。

試案では、「自動運転装置」や「運転」の定義に触れ、「自動運転装置を使用して自動車を用いる行為は法上の運転に含まれる」旨を規定する予定という。また、作動状態を確認するために必要となる「作動状態記録装置」の設置義務に言及しているほか、道路交通法第71条遵守事項の中で定められている携帯電話の使用や画像表示用装置の注視などについて、「自動運行装置を使用して自動車を運転する者は、一定の条件を満たさなくなった場合に直ちに適切に対処することができる態勢でいるなどの場合」は適用外とするなど、自動運転レベル3を事実上認める内容が盛り込まれている。

道路交通法の改正の施行目標は2020年とされており、審議が予定通り進めば、同法上は2020年に日本国内で自動運転レベル3が解禁されることになる。

自動運転レベル4に向けた改正についてはまだ目途が立っていないが、官民ITS構想・ロードマップ 2018では、自家用車においては2020年までにレベル2、できればレベル3を実現し、2025年をめどに高速道路におけるレベル4の実現を目指すこととしているほか、移動サービスでは、2020年までに限定地域におけるレベル4の無人自動運転サービスの実現を目指すこととしている。

移動サービスのレベル4が始まる2020年には、現状新たな道路交通法改正は間に合わないものとみられ、道路交通法以外の規制など交えた中で案件ごとに特例として許可していく形になることも予想される。

いずれにしろ、自家用車のレベル4実現が2025年を目途としていることから、それまでに新たな改正に向けた動きが本格化するものと思われる。

■③道路運送車両法の改正

車検や日常的な定期点検整備に関する基準などが盛り込まれた道路運送車両法の一部改正や関係省令の見直しなども必要となりそうだ。

自動運転車の安全性については、技術の進展に応じて新技術に係る保安基準を随時検討する必要があり、すでに走行中の自動運転車の安全性が確保されているかどうかを確認するための評価手法なども求められる。

■④自動運転車の規格策定

自動運転の能力は各種センサーやAIの精度などに依存し、各自動車メーカーが製造する自動運転車の能力には当然ばらつきが生じる。悪質なケースを考えれば、「自称自動運転車」が市場に紛れることも想定される。

このため、自動運転車が市場に出回る前に、センサーやAIの能力、通信機能など、一定の安全性能を担保する評価・検査機関が必要となり、同時に安全性能の水準を測る基準を策定する必要が生じる。

また、開発時点で自動運転の安全性に関する基本的な考え方・基準が定まっていれば、これを目安に開発を促進しやすくなる。

事実上、こういった基準がドライバー(人)の運転免許に相当する「自動運転車の運転免許」のような扱いになるかもしれない。

■⑤国際間のルール策定

世界各国の自動車メーカーが作る自動運転車は、国境をまたいで輸出入される。その際、各国の自動運転に対する法律や規格に大きな差があると、輸出車の開発・製造に多大な負荷がかかり、自動運転の開発そのものの効率性を著しく損なうことになる。想定外の事故の懸念も出てくるだろう。

国際的な道路交通法関連では、ジュネーブ道路交通条約とウィーン道路交通条約が統一規則を定めている。それぞれ自動車の運転には「ドライバーが乗車しコントロールすること」が規定されているが、ウィーン条約は自動運転システムが国際基準に適合している場合などは許容する旨の改正案が2014年に採択されている。

一方、日本が批准するジュネーブ条約の改正は遅れており、各国における自動運転の普及や実証実験の足かせとなっている。

改正に向けては、現在国連の道路交通安全作業部会(WP1)で審議されており、参加各国が主導権争いを繰り広げている模様だ。

また、国際規格についても、自動車基準調和世界フォーラム(WP29)で技術基準や標準化に向け審議されている。日本は2016年5月に自動運転の国際基準化にオールジャパンで対応するため、官民からなる連携組織「自動運転基準化研究所」を設立し、主要国政府やメーカー、研究機関との連携、働きかけなどを通じて国際競争力確保に向け活動しているようだ。

このほか、自動運転技術や付随するAI技術などに関し、軍事目的への流用を防ぐための協定などについても積極的に議論してもらいたいところだ。

【参考】国際会議における石井啓一国交大臣の発言については「【全文】自動運転車の安全基準策定「国際協調で」 石井国交相、ダボス会議で発言」も参照。

■⑥社会受容性の醸成

自動運転に期待の声があがる一方、機械任せの運転に不安を感じる人も少なくないのが現状だ。自動運転車による一件の事故が世論を大きく左右することもある。

社会の変革において一定数の反対意見は付きものだが、理解者・賛同者が少ない状況では、その変革が社会にとって本当に必要なのかという根本的な疑問もぬぐえず、特に公道での走行を必要とする自動運転の開発段階では実証実験もままならない。

正しい情報をもとに多くの人が将来のビジョンを共有し、自動運転がもたらす恩恵を享受できる社会が求められる。

社会受容性の醸成に向けては、国が進める戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)でも課題に取り上げ、モニター試乗による試みや自動走行パフォーマンスなどさまざまな方法を検討・実施し、有効性などの評価などを行っている。

■⑦交通管制の問題解決

現在、日本の道路には多数の車両感知器や光ビーコンなどが設置されており、これらから得られる情報が交通管制などに利用されるとともに、日本道路交通情報センター(JARTIC)を中心に一元的に収集され、交通情報板や各交通提供事業者、道路交通情報通信システムセンター(VICSセンター)を通じてドライバーに提供されているが、自動運転車の登場によりこの環境は激変する。

自動運転車は、センサーから得る情報をはじめ、路車間通信(V2I)や車車間通信(V2V)など、多くの情報を受発信しながら走行する。情報量が爆発的に増大するのだ。

こういった情報をビッグデータとして収集・分析し、交通インフラや各自動運転車両と協調してより円滑で安全な道路交通を実現する交通管制の強化も必要となる。また、これらの情報を高精度3次元地図に付加し、刻々と状況が変わる道路情報をリアルタイムで活用することが可能なデジタルインフラやデータベースとなるダイナミックマップを取り扱う管制も必要となる。

【参考】ビッグデータについては「自動運転におけるビッグデータ解析、活用シーンまとめ&解説」も参照。

■⑧保険の整備

「無人の自動運転車が事故を起こした場合、だれが責任を取るのか」といった議論に、明確かつ詳細な答えが求められることになる。

国土交通省が2018年3月に発表した「自動運転における損害賠償責任に関する研究会」の報告書によると、①自動運転システム利用中の事故における自賠法の「運行供用者責任」について②ハッキングにより引き起こされた事故の損害(自動車の保有者が運行供用者責任を負わない場合)について③自動運転システム利用中の自損事故における自賠法の保護の対象について④「自動車の運行に関し注意を怠らなかったこと」について⑤地図情報やインフラ情報等の外部データの誤謬(ごびゅう)、通信遮断などにより事故が発生した場合、自動車の「構造上の欠陥又は機能の障害」があるといえるか―を論点に検討結果をまとめている。

①に対しては、自動運転レベル4までの自動車が混在する過渡期において、自動運転においても自動車の所有者、自動車運送事業者などに運行支配及び運行利益を認めることができ、従来の運行供用者責任を維持しつつ、保険会社などによる自動車メーカーに対する求償権行使の実効性確保のための仕組みを検討することが適当としている。

②では、自動車の保有者などが必要なセキュリティ対策を講じておらず保守点検義務違反が認められる場合などを除き、盗難車と同様に政府保障事業で対応することが適当としている。

③では、過渡期においては、自動運転システム利用中の自損事故については現在と同様の扱いとするのが適当としている。

④では、現行の点検整備に関する注意義務などに加え、今後の自動運転技術の進展に応じ、新たに自動運転システムのソフトウェアやデータなどをアップデートすることや、自動運転システムの要求に応じて自動車を修理することなどの注意義務を負うことが考えられるとしている。

⑤では、外部データの誤謬や通信遮断などの事態が発生した際も安全に運行できるべきであり、かかる安全性を確保できないシステムは「構造上の欠陥又は機能の障害」があると判断される可能性があるとしている。

この方針を受け、自動車保険を提供する各損保会社も新たな保険商品の開発を進めており、自賠責で補償外となるケースや責任の所在が複雑に問われるケースをはじめ、自動運転で新たに必要となる付加サービスなどさまざまな観点から検討を開始しているようだ。

■⑨移動サービスの担い手の発掘

自動運転レベル4実現初期は移動サービスにおける利用が主体となる見込みで、空港敷地内や大規模商業施設内の移動などが想定されるが、それ以外で期待されているのが過疎地域などにおける公共交通の役割だ。

国土交通省などが取り組む「中山間地域における人流・物流の確保のため道の駅などを拠点とした自動運転サービス」実証試験は、全国各地の道の駅を拠点に広く行われており、路線バスや循環バス、タクシーなども数少ない地域の住民の移動手段として自動運転タクシーや自動運転バスの運行に期待が持たれている。

しかし、この手の公共交通は採算を合わせるのが難しく、無人走行とはいえそのコストは決して低いものではないだろう。社会実装を実現するためには、ビジネスモデルの確立とともにサービスの担い手が必要となる。

国土交通省などはこの点を考慮し、2017年7月に自動走行を活用した新たな地域の移動サービスの実現に関心のある者が集い、情報交換やプロジェクトのマッチングを行う仕組みとして「ラストマイル自動走行等社会実装連携会議」を創設している。

今後、同会議を活用し、自動走行による移動サービスの担い手となる企業などを幅広い地域で発掘していくことが重要としている。

【参考】道の駅における実証実験については「道の駅を自動運転サービスの拠点化に 国交省が検討、DeNAなどが実証実験」も参照。

■国家一丸となって社会を「全アップデート」する覚悟を

大規模なシステム設計や工事が必要となる交通インフラの整備や、各国の協調が求められる国際的ルールづくりなど、飛び越えなければならないハードルは思いのほか高く、車両の技術開発よりも明らかに高い壁となって自動運転社会の前に立ちはだかっている印象だ。

日本に限る話ではないが、国策として社会インフラや法律などを「全アップデート」し、数十年後の未来に向けた社会づくりを進めていく必要があるのではないだろうか。

「国」として一丸になれるかどうか。こういった側面からいうと、中央集権的に政府が強力な力を持つ中国などが推進力を発揮し、いち早く社会実装を果たす可能性は高い。事実、中国は2017年に自動運転に対応したスマートシティをまるごと作り上げる「自動運転シティ構想」を発表しており、国家主導のもと、信号機や建物などインフラの至るところにセンサーを設置し、歩行者や障害物、路面状況などを自動車に送信するインフラ協調型のまちを作る計画で、上海や北京、重慶など主要6都市近郊で計画が進められているという。

もちろん、日本政府も安倍首相を筆頭に自動運転の実現には前向きで、さまざまな施策・プロジェクトを展開し、ロードマップに定めた目標どおりに進展を図っている。

自動運転時代の覇権をめぐる争いはすでに国家規模のものとなっている。米国や中国、欧米といった強国との競争を勝ち抜く新たな「アベノミクス」に期待したい。

【参考】自動運転に関する日本の取り組みについては「「自動運転×日本国の動き」の最新動向は? 政策やプロジェクトまとめ」も参照。


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