ついに自動運転専用設計のオリジナル車両によるタクシーサービスが始まりそうだ。米GM、Cruiseと協業するホンダが、2026年にも「クルーズ・オリジン」を用いた自動運転タクシーサービスを東京都心部で開始するという。
自動運転タクシーを実用化済みの企業はGoogleを含めて複数存在するが、これらは全て乗用車を改造した自動運転車を使用している。しかし、オリジンは自動運転向けに専用設計されたオリジナルモデルで、運転席が存在していない。つまりホンダは、Googleすら未実現の「運転席なし」の車両で自動運転タクシーサービスに挑戦するわけだ。
ホンダ勢の取り組みを中心に、開発各社の動向についてまとめてみた。
記事の目次
■ホンダの日本国内における自動運転タクシー計画
2026年に東京都心でサービスローンチ
ホンダとGM、及びGM子会社で自動運転開発を手掛けるCruiseの3社は、日本国内での自動運転タクシーサービス開始に向け、サービス提供を担う合弁設立に基本合意した。2024年前半の設立を目指す。
サービスには、共同開発した自動運転専用車両「Cruise Origin(クルーズ・オリジン)」を使用する。配車から決済まで全てをスマートフォンのアプリで完結する配車サービスで、アプリによって指定場所までオリジンを呼び出し、乗車後は目的地まで完全無人の自動運転で走行する。
オリジンは自動運転専用に設計されており、ハンドルやアクセルなどの制御装置はもとより、そもそも運転席が設けられていない。車内は全て乗客のために設えられているのだ。詳細なスペックは公表されていないが、フルサイズミニバンほどのボディサイズで、対面6人乗りの仕様となっている。
まだまだ未知な点が多いオリジンだが、ホンダは2026年初頭に東京都心部でサービス開始する計画で、まず数十台からスタートし、その後順次台数を増加させるとともにサービス提供エリアの拡大を図り、500台規模での運用を想定している。
GMによると、ミシガン州のファクトリー・ゼロ・デトロイト・ハムトラミック組立工場で500台のオリジンを製造する予定としており、東京都心部以外の地域にもサービスを拡大していく計画にも触れている。
ホンダの三部敏宏社長は「ホンダが目指すのは『自由な移動の喜び』の創造。自動運転タクシーサービスを通じて日本のお客様に新たな移動の価値を体験いただき、移動の質を高め、移動の喜びを環境負荷ゼロでさらにより安全に提供する」と話す。
また、CruiseのKyle Vogt CEO(最高経営責任者)は「ホンダは数年にわたるクルーズの重要なパートナー。米国の密集した都市を中心にサービスを拡大してきたこれまでの経験を生かすことで、日本での自動運転タクシーサービスの普及に貢献できると信じている」と声明を発表している。
運転席のない専用車両による自動運転タクシーサービスは未実現
オリジンのような自動運転専用設計車は、イメージとしては仏Navyaの自動運転シャトル「ARMA」に近い。ARMAもハンドルなどを備えない特別設計車両で、遠隔操作やゲームコントローラーのような特別装置で車両を制御する。ドライバーありきの設計ではなく、乗客ファーストの設計となっている点がポイントだ。
ただ、ARMAは一定範囲内を自由に動くタクシー用途ではなく、あらかじめ定められた路線を走行するバスやシャトルサービスに特化している。また、最高速度も時速25キロと低速前提の仕様だ。ODD(運行設計領域)を狭く設定・設計することで安全を確保し、自動運転時代初期を築き上げてきた。
こうした特別仕様の車両は、乗用車ベースのものと比べ社会実装のハードルが高い。乗用車ベースの場合、セーフティドライバーが運転席に乗り込み、万が一の際は従来の手動運転で即座に対応することができるが、特別設計車両はそうはいかない。
セーフティドライバーは、ゲームコントローラーなどの慣れない装置を使用しつつ、従来と変わらぬ迅速な対応を求められることになる。乗用車ベースよりも特別な訓練が必要で、タクシーのようにあらゆる道路で経験を重ねるにはより多大な注意を払わなければならないはずだ。
もちろん、自動運転システムにおけるパーセプション技術など、他のモデルから流用できる技術は多い。実際は、自動車ベースのモデルで実証を重ねて自動運転システムを高度化し、その後に横展開を図っていくような戦略をとっているのかもしれない。
ただ、オリジナルモデルは製造・生産コストが高い。保安基準に配慮しつつ車両を一から設計し、大量生産もままならない状態で実証用の車両を製造し、公道走行を重ねながらビジネス性を見極めていかなければならない。
タクシーサービスはバスに比べ多くの台数が必要なため、乗用車ベースが適していると言える。ゆえに、多くの開発企業が乗用車モデルを採用しているのだ。
事実、自動運転タクシーを実用済みのグーグル系Waymoや中国の百度、WeRide、AutoX、Pony.aiなど開発各社は、そろって自家用車ベースの車両をサービスに投入しており、運転席そのものがない車両によるタクシーサービスは今のところ聞いたことがない。その意味で、オリジンによるタクシーサービスは各社の一歩先を進む取り組みと言える。
いずれにしろ、こうした新設計の車両は新たなモビリティ時代の到来を予感させる。こうした車両が続々と社会実装され始めたとき、真の意味で自動運転が世の中に受け入れられ、次のフェーズに移行するタイミングなのかもしれない。
【参考】OriginやARMAについては「自動運転シャトル、e-Palette、Origin、ARMAの国内バトル勃発へ」も参照。
自動運転シャトル、e-Palette、Origin、ARMAの国内バトル勃発へ https://t.co/7SxJPJAnai @jidountenlab #自動運転 #ePalette #Origin #ARMA
— 自動運転ラボ (@jidountenlab) February 3, 2021
■GM・Cruise・ホンダの取り組み
米国ではカリフォルニア州など3エリアでサービス展開
Cruiseは、Vogt氏が2013年に創業した自動運転開発企業で、スタートアップの中では古株にあたる。2016年にGMに買収額された。その額は10億ドル(当時のレート:約1,100億円)超と報じられている。
ホンダとの協業は2018年に始まった。ホンダから7億5,000万ドル(同:約850億円)の出資を受け、さらに12年にわたって事業資金約20億ドル(同:約2,240億円)が投じられるパートナーシップで、自動運転開発を促進し、ホンダとGM、Cruiseの3社で無人ライドシェアサービスの世界展開を目指す内容だ。
オリジンが初めて発表されたのは2020年1月だ。2023年に生産を開始する計画で、これまでに車いす対応モデルや配送仕様なども発表されている。
2022年2月には、満を持してカリフォルニア州サンフランシスコで一般客を対象にした自動運転タクシーサービスを開始した。GM・Boltベースの自動運転車で、サービスはその後アリゾナ州フェニックスとテキサス州オースティンにも拡大されている。
2023年2月には、無人運転による走行が100万マイルに達したことが発表された。米国外では、2023年10月にドバイで自動運転タクシーのテスト走行を開始したようだ。
【参考】Cruiseの取り組みについては「GM Cruiseの自動運転戦略(2023年最新版)」も参照。
Cruiseの自動運転戦略(2023年最新版) https://t.co/lQxLh9AICp @jidountenlab #Cruise #自動運転
— 自動運転ラボ (@jidountenlab) May 10, 2023
日本では2021年に実証開始
日本国内では、ホンダが2020年、モビリティサービス事業の企画立や運営を担う事業会社として、ホンダモビリティソリューションズを設立している。
2021年には、日本における自動運転モビリティサービス事業に向け、3社が協業することに合意したと発表した。Cruiseの自動運転車両を使い、2021年中に日本での技術実証を開始する予定で、将来的にはOriginを活用した事業展開を目指す計画だ。
ホンダはGM・Boltベースの自動運転車を使用して栃木県内で技術実証を開始したほか、2022年9月にはオリジンの日本仕様量産モデルの試作車が完成し、米国内でテストを開始したことを発表している。
2022年4月には、ホンダモビリティソリューションズが帝都自動車交通、国際自動車と東京都心部での自動運転モビリティサービス提供に向け検討を進めていくことを発表している。オリジンを活用した自動運転サービスを2020年代半ばにも国内展開する内容で、今回発表された計画に帝都自動車交通などが関わってくる可能性もありそうだ。
【参考】日本の自動運転タクシー事情については「トヨタ?ホンダ?自動運転タクシー「日本初」となるのは?」も参照。
トヨタ?ホンダ?自動運転タクシー「日本初」となるのは? https://t.co/6Zk8XkZtFP @jidountenlab #トヨタ #ホンダ #自動運転
— 自動運転ラボ (@jidountenlab) December 11, 2022
■開発各社の動向
Waymoもオリジナルモデルを発表
Waymoは2018年12月、世界初となる自動運転タクシーの商用サービス「Waymo One」をアリゾナ州フェニックスで開始した。2021年にはサンフランシスコでのサービス実証にも着手し、その後、ロサンゼルスにも拡大している。
車種は初期から使用しているクライスラーのパシフィカや、ジャガーのI-PACEが多い。2021年には、ハンドルなどを備えない自動運転タクシー専用車両の製造に向け、中国GeelyのプレミアムEV(電気自動車)ブランド「Zeekr」とパートナーシップを交わしており、2022年に「ZEEKER M-Vision」が発表されている。
数年内に商用利用を開始するとしており、オリジンとどちらが先になるか注目が集まるところだ。
【参考】ZEEKER M-Visionについては「Google、「中国企業」に自動運転車の製造委託 相手はGeely」も参照。
Google、「中国企業」に自動運転車の製造委託 相手はGeely https://t.co/kLH51NEob9 @jidountenlab #Google #中国 #自動運転
— 自動運転ラボ (@jidountenlab) November 22, 2022
Zooxのオリジナル車両にも注目
アマゾン傘下Zooxも公道実証に乗り出している。オリジンのような独自設計の車両を連邦自動車安全基準を満たすよう自己認証し、カリフォルニア州とネバダ州で従業員などを対象にサービス実証を積み重ねている。
サービス移行するタイミングによっては、CruiseやWaymoの取り組みを先行する可能性も考えられる。
【参考】Zooxについては「Amazon子会社Zoox、「自動運転専用」ポッドで乗客送迎に成功」も参照。
Amazon子会社Zoox、「自動運転専用」ポッドで乗客送迎に成功 https://t.co/5XaTsH0zcB @jidountenlab #Amazon #自動運転
— 自動運転ラボ (@jidountenlab) April 4, 2023
Motionalはラスベガス中心にサービス
米国ではWaymo、Cruiseのほか、韓国ヒョンデと米Aptivの合弁Motionalがネバダ州ラスベガスでサービス実証を続けている。2023年中に完全無人サービスの実現を目指す方針としているほか、Uber TechnologiesやLyftなどとの提携で配車面にも力を入れ、サービス浸透を狙う構えだ。
なお、車両はヒョンデの「IONIQ 5」ベースが中心となっている。
中国では百度を筆頭に各社が競合
中国の自動運転タクシーサービスでは、百度は先行している。同社は自動運転配車サービス「Apollo Go(中国名Luobo Kuaipao)を北京や武漢、重慶、深センなど10都市以上で展開している。完全無人サービスも拡大しているほか、自動車メーカー各社と自動運転車の量産計画を進めており、オーナーカー向け自動運転車の動向などにも注目が集まっている。
WeRideは広州で自動運転サービスを提供しているほか、バスや物流など多角的なサービス展開を進めている。運転席のないオリジナル車両もすでに開発済みのようだ。
AutoXは、北京、上海、深セン、広州で自動運転タクシーサービスを提供している。深センではいち早く完全無人化を達成した。
Pony.aiは、広州や北京、深セン、上海などでサービス実証を進めている。トヨタの中国法人と自動運転サービス拡大に向け合弁を設立することが発表されており、今後の動向に大きな注目が集まるところだ。
【参考】中国における自動運転タクシーの動向については「中国の自動運転タクシー事情(2023年最新版)」も参照。
中国の自動運転タクシー事情(2023年最新版) https://t.co/VCeMhlU1wo @jidountenlab #中国 #自動運転
— 自動運転ラボ (@jidountenlab) June 8, 2023
第三勢力のモービルアイが台風の目に?
今後、台風の目となり得るのがインテル傘下のイスラエル企業・モービルアイだ。ドイツでは、中国NIOの「ES8」をベースにした自動運転車が公道走行許可を取得し、オンデマンドシャトルや自動運転タクシーサービスに向け実証を積み重ねているようだ。現段階ではセーフティドライバーが同乗しているが、新たな承認を受け次第無人化を図っていくものと思われる。
モービルアイはWILLERとも提携しており、モービルアイジャパンとWILLERが愛知県の「2023年度自動運転実証」のもと名古屋市内の都心部で道路環境に対応したスムーズな自動走行実証を行う計画という。
日本進出も視野に入れており、世界各国を股に掛けたサービス展開が期待される。高度なADAS(先進運転支援システム)や自動運転機能を武器に各国の自動車メーカーとのネットワークも強く、ゲームチェンジャーとして存在感を一気に高める可能性もありそうだ。
【参考】モービルアイについては「Mobileye(モービルアイ)と自動運転(2023年最新版)」も参照。
Mobileye(モービルアイ)と自動運転(2022年最新版) IPOはいつ? https://t.co/4Ktc08cUNh @jidountenlab #Mobileye #自動運転
— 自動運転ラボ (@jidountenlab) October 12, 2022
■【まとめ】取り組み加速へ政府も後押し?
ロイターによると、デジタル大臣・デジタル行財政改革担当相・内閣府特命担当大臣(規制改革)を務める河野太郎氏は、今回のホンダの報道を受け「(2026年は)ずいぶん遅い。規制に問題があるなら政府として対応していく」旨を語ったという。
自動運転タクシー実用化に向けては、自動運転バスとは比較にならないほどの公道実証を積み重ねる必要がある。Googleもまだ商用展開を実現させていない運転席なしの専用設計車両であればなおさらだ。東京都内においては、乗降スペースの問題なども浮上するだろう。
ハードルは高そうだが、政府としても規制面をはじめさまざまな面で取り組みを後押ししていく構えのようだ。環境が整えば、日本における自動運転タクシー実用化に向けた取り組みが一気に加速する可能性もあり、今後の動向に引き続き注目したい。
【参考】関連記事としては「自動運転時代、「世界のトヨタ」が死語に?ホンダ、増す存在感」も参照。