自動運転、With/Afterコロナ期にOEM/Tier1が勝つための組織戦略【自動運転ラボ・下山哲平】

自動車メーカーやTier1がすべきこと



自動運転車は自動車メーカーやグローバルTier1レベルでなければ市場に供給するのは難しいと言われる。自動車メーカーやグローバルTier1レベルと言えば「大企業」に分類されるが、日本の大企業にいまベンチャー並のスピード感が求められている。中国の大手企業の台頭が目立ちつつあるからだ。


日本電産の永守重信会長は今年の年初挨拶で、中国について「対応時間軸は日本の五倍速」と指摘した上で「昨年とも比較にならない、過去になかった激しい価格競争と時間軸競争が起きると心配している」と語ったことは記憶に新しいが、まさに自動運転業界でもこうしたことが起きているのだ。

日本の自動車メーカーやTier1企業がこうした状況の中で主導権を握っていくためには、中国やその他の国のフルスピードについていく必要がある。そしてそのためには技術力の勝負だけでなく、ベンチャーとのアライアンスやM&A(合併・買収)などを絡めた戦略的組織作りこそ、重要な要素になってくる。

また、新型コロナウィルスの感染拡大によって自動運転技術の有用性がさらに社会で認知された形となり、今後は各国政府が予想以上のスピードで解禁に向けて法整備・インフラ整備を進めることが考えられ、この流れに足並みを揃えることができる企業だけが勝ち残れる。

この記事では「ウィズコロナ時代」「アフターコロナ時代」に勝者となるために自動車メーカー・Tier1に求められる組織戦略について、自動運転ラボを運営するストロボ代表の下山哲平に話を聞いた。


■「後ろ倒し」するか「前倒し」するかで大きな差
Q 今のところの各国・企業のスピード感は?新型コロナはどう影響した?

新型コロナウイルスの感染拡大により、自動車業界では生産ラインの停止や販売店の自粛閉鎖で販売台数の大幅減など大きな影響が出ています。ただ中国では既に急速なリカバーがみられ、コンタクトレス配送(非接触配送)に使う自動運転ヴィークルの活用でも注目を集めています。

中国における自動運転ヴィークルの活用は政府の後押しもあって進んだという背景があり、自動運転の商用サービスの開始・普及は確実にコロナによってスピードが上がったと感じます。

投資については新型コロナウイルスからの立ち上がりが早い国から勢いが回復すると思いますが、コロナの影響で自動運転への投資を後ろ倒しにするような国・企業と、これを機に前倒ししようとする国・企業とでは、将来的に大きな差が開くことが考えられます。

また、自動運転というテクノロジーにおいて中国が勢いづけばづくほど、アメリカは自国発の技術で負けないように、中国の技術に依存しないようにと、自動車業界への支援に力を入れることが予想されますので、アフターコロナ/ウィズコロナ時代においては北米における自動運転技術の開発もかなり加速すると予想しています。


日本は自動運転の「見せ場」でもあった東京オリンピックが1年延期し、コロナ後を含めた同領域での政府・企業の方向性はまだ表面化していない状態ですが、自動車産業が日本の基幹産業の一つであることを考えると、コロナの出口が見えるタイミングで加速の必要性が唱えられるようになるのではないでしょうか。

■優秀な人材が集まる「組織戦略」が今後は非常に重要
Q 競争に勝つために必要な視点は?

自動運転においては、技術の開発だけでは「実用化競争」には勝てません。実用化のためには「自動運転を活用した新たな移動や輸送サービス」を生み出すことが必須であり、まさに「サービス開発競争」といえます。

「自動運転技術」の開発という観点では、トヨタを筆頭に世界的競争力のあるOEMメーカーやTier1メーカーが日本に存在していることは心強いですが、一方でサービス開発という観点では、従来型の自動車産業の「人材」とは全く別の「人財」がキーポイントになることにも着目すべきです。

人の生活を豊かに・便利にする新しいサービスを構想・実現するのは、いつもベンチャー企業がきっかけであったことは歴史が証明しています。そのため日本の自動車産業においても、ベンチャーマインドあふれる技術者やサービス開発人材が集まるような人事組織戦略が今後は非常に重要です。

Q 具体的にどのような組織戦略が求められる?

優秀なベンチャー志向の起業家や技術者を、良い意味で大手自動車メーカが取り込むことが重要です。ただ、こうした優秀な人材を集めるためには従来型の大企業の報酬制度や評価体系では十分ではありません。一方で、OEMメーカー本体で変革を起こすのは時間も要します。

こうしたことを考慮すると、自動運転関連のサービス開発・技術開発などにフォーカスを当てた専門のスタートアップを大企業主導型で増やすべきでしょう。北米・シリコンバレーを中心に広がっている「スタートアップスタジオ」に近い形態を想像していただくと良いかと思います。

つまり、大手資本の入ったスタートアップを増やすことが組織戦略の一つとして重要であり、報酬制度や評価体系、ポジションを柔軟に設計することで、優秀な人材の取り込みを目指していくという考え方です。

例えば、起業家が独自でゼロから立ち上げた生粋のスタートアップであれば、目先の開発資金の調達に限界があったり、目先の売上のために他社の実証実験の受託ビジネスに取り組んだりすることで、真のサービス開発にフルコミットできない状況も考えられます。

自動運転は長期目線が必要で、商用化に特に時間がかかる領域です。資金的に厳しい企業は花が咲く前に資金が尽きる可能性があるというのが、自動運転ビジネスの特徴でもあります。

そういう意味で大手メーカー発のスタートアップ・ベンチャーというのは、資本の面でも組織戦略の面でも、日本での自動運転サービス開発においては筋の良い打ち手であるケースが多いと言えます。

■スタートアップ100社の併走といったダイナミックな組織戦略も
Q もしも自分が自動車メーカーやTier1の社長だったら、いますぐ何をする?

前述の通り、自動運転にフォーカスを当てたスタートアップスタジオを強力に推進します。サービス開発レベルを上げることが目的でもありますが、そもそも自動運転領域で勝負できる一流の人材を多く集め、実践をどこよりも積むということが本当の狙いです。

例えば、トヨタの年間の研究開発予算は1兆円以上あり、その半分近くをCASE(コネクテッド・自動運転・シェアリング/サービス・電動化)系に投下する方針であることが、過去に明かされています。

【参考】関連記事としては「トヨタのCASE領域への研究開発費、5000億円規模に」も参照。

かたや、スタートアップスタジオで優秀な起業家や技術者を発掘し、1社3億円(年間運転資金1億×3年)で100社のスタートアップを並走させた場合は300億円で済み、CASE予算5000億円に対してたったの6%、全体の1兆円予算に対してはたったの3%です。

このようにスタートアップを併走させる中で、PoC(概念実証)フェーズなどを乗り越えられそうな企業が数社出てくるだけで、十分投資価値としてはあるのではないでしょうか。

私がもし自動車メーカーやTier1の社長でしたら、こうしたダイナミックな組織戦略に投資します。

Q KPMGの自動運転車対応指数で日本は10位だが、国にはどのような取り組みが求められる?

自動運転において一番重要なことは、やはり「公道」で「堂々」と「商用サービス」としてチャレンジできる場を多く提供することです。

実証実験を実施するだけでさまざまな根回しや手続き、認可などが必要であれば、新しいサービスは生まれにくいですし、そこまで手間をかけて取り組む実証実験は結果的に手堅いものになりがちです。

新しいアイデアを新しい技術とともにスピーディーに実証できる法整備の環境作りを、国が積極的に進めれば、世界を見渡しても最高峰の自動車産業が形成されている日本ですので、必ず世界における競争力は高まると考えています。

【参考】自動運転車対応指数については「自動運転への対応度、日本がトップ10入り KPMGがランキング発表」も参照。

■インタビューを終えて

自動運転はローカル性が高いこともあり、主要な大国ごとに強いメーカーやプレーヤーがいる。そのため将来的にも、国内においてはGoogle(Waymo)のような外資ではなく、日本企業が最先端という状況になっていくことが考えられる。

ただ世界戦のような見方をした場合に「日本企業が世界の中心にいる」という状態になるには、やはり車体開発だけでなくサービス開発力が勝負の分け目になるはずだ。そのためにはインタビューで触れられていた通り、人材の確保などに向けた組織戦略が非常に重要になってくる。

特に中国のスピード感がすさまじさを増す中、日本の自動車メーカーやTier1にも一定の危機感を持って事業を加速することが求められている。

下山 哲平
(株式会社ストロボ代表取締役社長/自動運転ラボ発行人)

大手デジタルマーケティングエージェンシーのアイレップにて取締役CSO(Chief Solutions Officer)として、SEO・コンテンツマーケティング等の事業開発に従事。JV設立やM&Aによる新規事業開発をリードし、在任時、年商100億から700億規模への急拡大を果たす。2016年、大手企業におけるデジタルトランスフォーメーション支援すべく、株式会社ストロボを設立し、設立5年でグループ6社へと拡大。2018年5月、自動車産業×デジタルトランスフォーメーションの一手として、自動運転領域メディア「自動運転ラボ」を立ち上げ、業界最大級のメディアに成長させる。講演実績も多く、早くもあらゆる自動運転系の技術や企業の最新情報が最も集まる存在に。(登壇情報
【著書】
自動運転&MaaSビジネス参入ガイド
“未来予測”による研究開発テーマ創出の仕方(共著)




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