「自動運転×人材育成」の最新動向まとめ AI人材育成を国策で推進

国や民間企業の取り組みを紹介



狩猟社会から農耕社会、工業社会、そして情報社会と進化してきた世界。現在は、AI(人工知能)社会とでも言うべき次世代を見据えた産業が急成長しており、これは自動運転の分野においても例外ではない。むしろ代表例と言えるほどで、AI技術なくして自動運転はなしえないほど重要な技術となっている。


しかし、AI技術の急成長と著しい需要増に対し、その開発を手掛ける人材が追いつかないのが現実だ。既存の自動車メーカーに比べ高いAI開発能力を持つIT系や、独自技術に特化したスタートアップが目覚ましい飛躍を遂げているのも、従来の自動車産業にAIを担う人材が不足しているからといえる。

自社の社員を育成するのは当然のこととして、AIをはじめとする新技術の開発を担う人材を社会全体で育成することは急務だ。そこで今回は、AIを中心に国や民間、大学などにおける人材育成の動向を追ってみた。

■自動運転人材に求められる技術

自動運転関連の求人は慢性的なエンジニア不足により幅広い分野で募集が行われているが、特に各社が研究開発に熱を入れているCASE(コネクテッド、自動運転、シェアリング、電動化)分野におけるソフトウェア開発の需要が高い。AIやプログラミングに関する知識や経験が重要で、「C/C++」や「MATLAB」、「Simulink」、「Python」などの経験や英語力が問われることが多い。

AIに関しては、機械学習を利用した設計や運用経験、深層学習のモデル実装経験などがあると重宝されるようだ。また、高い理数能力でAIや各種データを理解し、使いこなす力に加えて、課題設定・解決力や異質なものを組み合わせる力などAIで代替されない能力で価値創造を行う人材が理想像の一つとなっている。


異業種からの転職も多く、自動車に関する知識が薄くても、画像認識・処理技術や通信技術など特定の武器を持っているエンジニアの採用例も多い。コネクテッドの分野では通信技術が重宝され、シェアリングの分野では新規ビジネスを立ち上げる想像力や企画力、プラットフォーム技術などが必要とされる。

【参考】自動運転に関する求人については「自動運転業界の技術者・エンジニア採用ページ12社分を総まとめ」も参照。異業種エンジニアについては「自動運転業界に求められる異業種エンジニア、転職・求人サイトで需要急増」も参照。

■人材育成に関する取り組み
国の取り組み:大学などにおけるAI教育や産学連携を強化

次世代モビリティ・システムの構築などを柱とする「未来投資戦略2018」の中で、政府はAIを活用できる人材育成に力を入れる方針を示しており、自動運転の開発の核となるAIを含むソフトウェア人材確保に向け、2018年度中に自動運転に係る自動車ソフトウェアに関するスキル標準を策定し、翌年度中にスキル標準を活用した人材育成講座を開始することとしている。

また、新たに講ずべき具体的施策として、大学などにおけるAI人材供給の拡大を目指すこととし、AIを含む工学分野における学科・専攻の縦割りの見直しや工学以外の複数の専攻分野を組み合わせた教育課程に関する大学設置基準の改正を行うなど、工学系教育改革を推進するほか、工学(情報など)と理学(数学、物理など)の融合など、従来の組織の枠組みにとらわれない学部横断的な人材育成を行う「学位プログラム」を制度上位置付ける大学設置基準などの改正を、2019年度当初を目途に行う。


産業界におけるAI人材などの育成・活用の拡大としては、国内外の高度AI人材を積極的に確保するため、クロスアポイントメント制度の普及や大学などにおける適切な業績評価に基づく年俸制の導入など、幅広い企業や大学・研究機関などにおいて海外と同程度の待遇を実現できるよう、人事・給与制度の効果的な見直しを促すほか、海外から優秀なAI人材を呼び込むため、アジアのジョブフェアへの出展や海外大学への寄附講座開設など日本企業の取り組みを支援することとしている。

このほか、「未踏IT人材発掘・育成事業」において、AIに関連したテーマの大幅な増加や、プロジェクトマネージャーに国内外のAI分野のトップ研究者や企業人を起用し、AI分野の卓越した人材発掘・育成を行う。「異能vation」プログラムにおいては、AIなどの分野で破壊的イノベー ションを創出する技術課題を公募・発掘し、技術課題への挑戦を支援する。

一方、経済産業省と国土交通省が設置する「自動走行ビジネス検討会」も、多種多様な人材を擁する大学に期待し、自動走行を契機として産学連携の促進を検討すべきとしており、産学で議論を進め、可能なものはプロジェクト化なども検討していくこととしている。

経産省や自動車技術会:AIコンテストで人材発掘

また、経済産業省は、革新的なAIエッジコンピューティングの実現に向け、優れた技術・人材・アイデアを発掘し、新たな人材の当該分野への参画を促すため、実データを使い実装を意識した課題の解決を競うコンテスト「AIエッジコンテスト」を2018年11月から2019年1月にかけて実施している。

第1回目のコンテストは、自動走行の実現に欠かせない画像認識に関して、画像中の物体検出の精度を競う内容で、車両前方カメラ画像から物体を含む矩形(くけい)領域を検出するアルゴリズム作成する「オブジェクト検出部門」と、車両前方カメラ画像からピクセルレベルで物体に対応する領域を分割するアルゴリズムを作成する「セグメンテーション部門」の2部門が設けられている。

【参考】AIエッジコンテストについては経産省の「公式発表」も参照。

自動車関係の学術団体である公益社団法人自動車技術会は、参加者が開発した物体・領域認識アルゴリズムをカート車両に実装し、試験路における自動走行時のアルゴリズム精度を競う競技「Japan Automotive AI Challenge(自動運転AIチャレンジ)」を2019年3月に開催する。

今後の自動車業界を牽引する技術者の発掘育成を目的とした新たな取り組みで、産官学の協力のもと自動運転におけるAI技術を競う国際的な大会に位置付けている。使用するカート車両はすべて同スペックで、自動運転プログラム「Autoware」(ティアフォー開発)を搭載したPCも同スペックのものを使う。チームが開発したアルゴリズムをAutowareに組み込み、「完走」「タイム」「のりごこち」の3つのトライアルで競う。AIエッジコンテストの上位入賞者がこの自動運転AIチャレンジに参加する。

民間の取り組み:AIマスター講座の人気高騰、AI研究者の交流機会提供も

民間では、人材育成そのものにスポットを当てた取り組みが増加中だ。東大発のスタートアップ株式会社アイデミーは、AIエンジニアになるためのオンライン学習サービス「Aidemy」を提供しており、すでに2万人以上の受講者数、200万回以上のコード実行回数、25以上のコースを公開している。先端産業分野での就職・転職を目指している社会人や学生などに人気だ。

自動運転などにも活用される強化学習を学ぶ「深層強化学習発展コース」もラインナップに加えており、今後「ディープラーニングを用いた自動運転講座」の開設も検討しているという。

また、AIデータサイエンス社内研修事業を手掛ける株式会社STANDARDは、ビジネスパーソン向けのG検定対応講座やエンジニア向けのE資格認定講座など日本ディープラーニング協会認定講座を用意していおり、3カ月でAIエンジニアを養成している。賛助企業や団体には米マイクロソフトやNVIDIA、ソフトバンクC&Sなどそうそうたるメンバーが名を連ねている。

一方、100万人の機械学習コミュニティ創出を目指す取り組みもある。株式会社ジェニオが運営する「Team AI」は毎週機械学習研究会を開催しており、新たなサービスの紹介や実務における質問など、メンバー同士で情報交換を行う。コミュニティメンバーは5000人規模という。

東京にAIを基点としたハブを創るため、人と人、技術と技術を結びつける中心点となり、ハイレベルな教育の場を無料で提供することで「AIの民主化」を目指すこととしており、仕事と人材のマッチングや最新の機械学習・深層学習技術で構築するAI&FinTech開発なども手掛けている。

このほか、「Windows 95を設計した日本人」として知られる中島聡氏が率いる一般社団法人シンギュラリティ・ソサエティは、「技術革新を利用し、人工知能(AI)が台頭する時代を設計し続けること」を目的に据え、自動運転などを含む次世代技術などの分野で議論や発信、ネットワーク作り、起業の場を提供し、将来の社会において活躍する人材育成を支援する活動を進めていくこととしている。

大学の取り組み:AI学科新設の動きや企業との密な連携が増加中

大学もAI学科の新設や産学連携に本腰を入れ始めている。埼玉工業大学は2019年度から、工学部情報システム学科にAI専攻を新設し、新しいビジネスやアイデアを創出して活躍する人材の育成を目指す。同大学にはAI関連の多彩な研究・開発に取り組む研究者がおり、その専門分野の人材と研究体制を生かして2018年4月にAI研究センターを設立し、全学的にAIの研究体制、AI関連の取り組みを強化している。

また、横浜市立大学は2018年12月までに、日産自動車と「産学連携に関する基本協定書」を締結した。同大学はデータサイエンス学部を新設し、産学官連携なども通じてビッグデータなどを扱えるデータサイエンス人材の育成に取り組んでいる。

日産自動車は自動運転車などの開発にデータサイエンスを活用することに積極的な姿勢を示しており、今回の産学連携の枠組みにおいては、セミナーに日産の講師を招いたり、日産に学生を派遣するインターンシップを実施したりするほか、共同研究も進めるようだ。

■産官学が一丸となってAI人材育成 即戦力需要はしばらく続く

国策としてAI開発を担う人材育成が始まり、民間や大学の動きも活発化してきた様子がうかがえる。種をまいたばかりのため収穫までに時間を要するが、逆の言い方をすればAIの知識を持つ即戦力は今しばらく引く手あまたの状態が続くことになる。

自動運転の開発競争はまだ始まったばかり。産官学が一丸となり、10年、20年先を見据えた戦略に期待するとともに、AI社会の礎となる多くのエンジニアの結集にも注目したい。


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