自動運転銘柄に「上場廃止ドミノ」の兆し 苦戦続くTuSimple、非公開化へ

上場他社も株式市場で株価低迷



出典:TuSimpleプレスリリース

自動運転トラック開発を手掛ける中国系企業TuSimple(図森未来)が2024年1月、上場廃止する方針を発表した。上場企業であり続けるメリットがコストに合わないと判断し、非公開へと移行するようだ。

自動運転分野では有力企業の一部がすでに上場を果たしているが、多くは株価低迷に苦しんでおり、ともすれば上場廃止ドミノが始まるかもしれない。


TuSimpleの内情や上場済み各社の株価動向をもとに、自動運転銘柄の行方に迫る。

■TuSimpleの動向
自動運転トラック開発で世界をリード

TuSimpleは2015年、カリフォルニア州サンディエゴで設立された。WeRideやAutoXなどと同様、中国系創業者による設立で、米国・中国を股に掛けた事業を展開している。

米国では、アリゾナ州フェニックスを起点に自動運転可能な幹線道路網を拡大していく戦略を採用し、2021年末にフェニックスと同州ツーソンを結ぶ高速道路で完全無人オペレーションを成功させるなど、自動運転トラック開発企業の中では世界の先頭グループに属する。

2021年4月に米ナスダック市場に上場を果たした。公募価格40ドルに対し初日の終値は39.95ドルの出だしとなった。


トラックメーカーの米Navistarとのパートナーシップのもと2024年から自動運転トラックの量産化を進める計画で、U.S.XpressやUPSといった輸送事業者との契約が相次ぐなど、順風満帆に思えた。

2021年5月には6,700台余りの自動運転トラックの予約が発表され、同年6月には株価が一時70ドルを突破するなど急騰した。

【参考】TuSimpleの株式上場については「自動運転トラック開発の中国TuSimple、米ナスダックに上場!株価の推移は?」も参照。

【参考】TuSimpleの取り組みについては「中国系TuSimple、公道で自動運転トラックの「完全無人」運用に成功」も参照。


株価は下降の一途をたどる

開発・実用化面で世界をリードする企業の1つに数えられるTuSimpleだが、後述する諸問題をはじめ、新型コロナウイルスや経済紛争・世界紛争の影響で乱高下する株式市場に悩まされ続けてきたのも事実だろう。

2021年7月を境に株価は下落し始め、2022年1月には30ドル、2月に20ドル、3月に10ドルを割るなど下落の一途をたどっている。2023年に入ってからは1~2ドルで推移し、11月にはついに1ドルを割った。

自主的に上場廃止を決定

Tusimpleは2024年1月17日、自社の普通株式をナスダックから自主的に上場廃止し、取引を終了する決定を発表した。米証券取引委員会(SEC)への登録も抹消する。独立取締役のみで構成する取締役会の特別委員会で決定したという。株式の最終取引日は2024年2月ごろになると予想している。

▼TuSimple Announces Intention to Delist from Nasdaq
https://ir.tusimple.com/press-releases/news-details/2024/TuSimple-Announces-Intention-to-Delist-from-Nasdaq/default.aspx

特別委員会は決定を下すにあたり、上場廃止と登録抹消が自社と株主にとって最善の利益になると結論づけた。2021年の上場以来、金利上昇と量的引き締めなどによって資本市場に大きな変化が生じ、商業化前のテクノロジー成長企業に対する投資家心理が変化したことで自社の評価額と流動性が低下し、株価の変動性は大幅に上昇した。

こうした背景から、上場を維持するメリットはもはやコストに見合わないと判断し、非公開化の道を選択したとしている。この発表を受け、同社の株価は前日の0.71ドルから0.38ドルへとさらに下落した。

外部要因や内紛が背景に

外部要因の影響を受けていることは否定のできない事実だが、同社の場合、内部のごたごたの影響も大きかったものと思われる。

同社は創業後、共同創業者の1人Mo Chen氏がCEO(最高経営責任者)を務めていたが、2020年に当時CFO(最高財務責任者)を務めていたCheng Lu氏をCEOに起用し、Chen氏は執行会長に就任した。

その後、2022年3月にもう1人の共同創業者でCTO(最高技術責任者)を務めていたXiaodi Hou氏がCEO兼社長に就任した。

こうしたCEO交代劇はままある話だが、Hou氏就任から間もなくして同氏が不適切融資や技術移転に関与した疑いが浮上した。Chen氏が設立した中国系企業Hydronに対し、TuSimpleが保有する知的財産権に関わる情報を不正に流した疑いが持たれ、同年10月、CEOを解任された。その後はLu氏がCEOに復帰し、今に至る。

このほかにも、2023年5月に四半期報告書の未提出を理由にナスダック証券から上場廃止の通知を受けるなど、ごたごたは続いたようだ。なお、この通知に対し同社は控訴している。

同年6月には、米国事業の売却も視野に戦略代替案を模索していることを発表した。株主価値の最大化を目標に、複数のビジネス要素と商業機会を検討しているという。

【参考】TuSimpleのCEO解任劇については「アメリカの自動運転技術、中国へ「ダダ漏れ」説」も参照。

主軸をアジア圏に移行?

一方、2023年には主力の米国以外での展開を加速させている。6月には、中国の上海浦東新区で無人運転試験の走行ライセンスを取得し、都市部と高速道路で完全自動運転セミトラックの一般公開走行に成功したことを発表している。

日本でもTuSimple JAPANを2017年に設立している。しばらく表立った動きはなかったが、2023年1月から東名高速道路において自動運転トラック実証を開始し、日本における本格的な事業参入を発表している。

同年10月の発表では、東名・新東名高速道路の厚木南IC~豊田JCT間で累計4万1,605キロにおよぶ走行試験に成功したとしている。

主力だった米国事業が不透明感を増す一方、中国や日本といったアジアでの事業に注力し始めている印象だ。

米中間の経済摩擦の影響などもありそうだが、上場廃止とともに米国事業の売却なども現実味を帯びてきている状況だ。アジアでの事業もどのような展開を迎えるのか注視が必要だ。

【参考】日本での実証については「米TuSimple、自動運転トラックでアジアシフト?日中で実証実施」も参照。

■上場済み各社の動向
Tusimpleは例外にあらず、各社が株式市場で苦戦

こうした岐路に立たされているのはTusimpleだけではない。2016年設立の同業米Embark Trucksは2021年11月にナスダック市場に上場を果たしたが、株価は特に上向くこともなく下降し、2023年5月にソフトウェア開発を手掛ける米Applied Intuitionが株式価値約7,100万ドルで買収することを発表した。

【参考】Embark Trucksについては「自動運転トラック開発の米Embark、会社清算か 従業員70%解雇」も参照。

トヨタをパートナーに据える米Aurora Innovationも、2021年11月にナスダック市場に上場した。大手自動車メーカーとのパートナーシップも順調で、Uberの自動運転開発部門「Uber ATG」を買収するなど精力的な事業展開が目立つが、株価にはなかなか反映されない。

同社株は約10ドルでスタートしたが、2022年夏ごろから1~2ドル台で推移する状況が続いていた。2023年7月、私募で投資家から8億2,000万ドルを調達したことが発表されると株価はやや上昇の傾向を示したものの、それでも3~4ドル台で推移している。2024年1月18日の終値は3.05ドルとなっている。一時、身売りを検討している旨報じられたこともある。

【参考】Aurora Innovationの身売り報道については「自動運転業界のスター技術者、Appleへの「身売り」検討」も参照。

2021年3月にニューヨーク市場に上場を果たしたLiDAR開発企業Aeva Technologiesも、上場スタート時の約14ドルから値を下げ続け、2022年秋ごろに1ドル台、その後も1ドル前後の取引が続いている。2024年1月18日の終値は0.93ドルだ。

2020年末にナスダックへSPAC上場した米Luminar Technologiesは、20ドル台のスタートから一時40ドル台まで値を上げたがその後は下降気味で、2024年1月18日の終値は2.16ドルとなっている。

2021年4月にナスダックにSPAC上場したイスラエルのInnoviz Technologiesは、初値11.21ドルでスタートしたが、やはり下降傾向が続いており、2024年1月18日の終値は1.76ドルとなっている。

2021年3月にニューヨーク市場に上場した米Ousterは、約12ドルのスタート。2024年1月18日の終値は6.05ドルとなっている。上場からの日は浅いものの、これでも善戦している印象だ。

2021年8月にナスダックに上場した米AEyeは、6ドル台のスタートから2024年1月18日の終値1.31ドルまで値を下げている。

【参考】関連記事としては「自動運転、米国株・日本株の銘柄一覧」も参照。

自動運転業界は将来ビジョンが見えにくい?

世界経済の停滞や株式市場全体の低迷などの影響もあるが、自動運転関連事業はまだ一般投資家の支持を集めきれていないのが現状かもしれない。

スタートアップ時の資金調達ラウンドでは、ベンチャーキャピタルや自動車系大手企業などから多くの期待が寄せられる一方、その勢いのままIPOに踏み切っても肩透かしを食らうような状況だ。

自動運転開発企業は、一部で商用化が始まっているとはいえ、まだまだビジネスモデルとしては確立されていない。黒字を生み出すまでは今しばらく長い目で見守らなければならない。

中長期的な視点が重要となるが、一般投資家の目には、各社がどのようにビジネスモデルを確立し、利益を恒常的に計上するか――といった戦略が映らず、開発面・資金面の不透明感がぬぐえないのではないだろうか。

開発フェーズにおける費用対効果は算定が難しいが、Argo AIのように、フォード・フォルクスワーゲンといった大手メーカーから見放された例もある。決して開発がとん挫したわけではないものと思われるが、両社の期待にそぐわなかったのだ。

上場済みの企業も、まだまだ開発資金・運転資金が必要となるが、市場からこうした理解が得られなければ、TuSimpleのように非公開化に踏み切る「上場廃止ドミノ」が連鎖的に起こる可能性も考えられる。

【参考】Argo AIの事業停止については「自動運転業界、誰も予想してなかった「Argo AI閉鎖」の背景」も参照。

市場から追い出されるケースも?

一方、自主的に撤退するのとは別に、市場から追い出されるケースが今後出てきてもおかしくはない。例えばナスダックでは、上場の際に満たすべき利益や資本、時価総額、資産・売上などの基準が定められている。

上場維持においても利益や資本、時価総額など一定要件を満たす必要があるが、ナスダックの場合、30営業日連続で株価が1ドルを下回った場合、上場廃止の警告が発せられる。その後、90営業日の間に1ドルを回復できなければ原則上場廃止が決定されることになる。

複数株式を統合することで1株当たりの価格を高める株式併合で急場をしのぐケースも少なくないが、下落要因を排除しない限り右肩下がりは続くため、退場を余儀なくされるケースも珍しくないのだ。

こうした目線で各社を見ると、危険水域に達している企業が多いことがわかる。世界経済の投資意欲などにも左右されるところだが、上場廃止ドミノが発生する可能性は決して低いものではなさそうだ。

■【まとめ】共感伴う明確なビジョンを

上場済み各社が株式市場からの資金調達に苦戦しているが、その一方で、中国の有力スタートアップWeRideのように2024年の上場を控えている企業もある。米ニューヨーク市場もしくはナスダック市場への上場準備を進めているという。

同社はすでに中国内で自動運転タクシーを中心に商用化段階に突入しており、上場済み各社とはやや毛色が異なる。米中間の摩擦の影響が付きまとうものの、こうした企業が起爆剤となって再び自動運転業界に目が向けられる可能性も考えられる。

自動運転市場の未来は明るいが、共感が伴わなければその展望を多くの投資家と共有することはできない。開発を加速させるとともに商用化・収益化に向けたビジョンを明確な形で発信し、広く理解を得られる経営戦略が必要となりそうだ。

【参考】関連記事としては「自動運転、2024年の主役銘柄を大予想!日本株&米国株10選」も参照。

記事監修:下山 哲平
(株式会社ストロボ代表取締役社長/自動運転ラボ発行人)

大手デジタルマーケティングエージェンシーのアイレップにて取締役CSO(Chief Solutions Officer)として、SEO・コンテンツマーケティング等の事業開発に従事。JV設立やM&Aによる新規事業開発をリードし、在任時、年商100億から700億規模への急拡大を果たす。2016年、大手企業におけるデジタルトランスフォーメーション支援すべく、株式会社ストロボを設立し、設立5年でグループ6社へと拡大。2018年5月、自動車産業×デジタルトランスフォーメーションの一手として、自動運転領域メディア「自動運転ラボ」を立ち上げ、業界最大級のメディアに成長させる。講演実績も多く、早くもあらゆる自動運転系の技術や企業の最新情報が最も集まる存在に。(登壇情報
【著書】
自動運転&MaaSビジネス参入ガイド
“未来予測”による研究開発テーマ創出の仕方(共著)




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