自動運転開発を進める有力企業において、CEO(最高経営責任者)の電撃解任劇があったようだ。自動運転トラックの開発を手掛けるTuSimpleだ。
創業者兼CEOのXiaodi Hou氏に機密情報を流出させた疑いが持ち上がり、同社の取締役会が2022年10月にCEO職の解任を発表した。報道によると、Hou氏は中国企業への不適切な融資や技術移転に関与した疑いをかけられているようだ。
エンジニアの争奪戦が日常的に繰り広げられている自動運転分野では、移籍とともに機密情報を持ち出す案件もたびたび報告されている。対立が続く米中間のことであれば、特にトピックに上りやすい。
この記事では、TuSimpleの案件に触れながら、自動運転技術の流出について考察を深めていく。
記事の目次
■Tusimpleの案件
中国系創業者が設立、北米が主戦場に
TuSimpleは、Hou氏とMo Chen氏が2015年に設立した企業で、米国と中国に拠点を持つ。現在はカリフォルニア州サンディエゴに本社を構え、北米事業に重点を置いている。
アリゾナ州を起点に自動運転が可能な物流網「Autonomous Freight Network(AFN)」を拡大していく戦略で、北米の高速道路におけるマッピングや走行実証を積み重ねている。
アリゾナ州のツーソンとフェニックス間の高速道路で自動運転トラックの完全無人走行実証を成功させるなど、自動運転トラック開発関連では有力企業の一社に数えられている。2021年4月には、米ナスダック市場への上場も果たしている。
【参考】TuSimpleについては「自動運転トラック開発のTuSimple、米最大の貨物鉄道会社を顧客に」も参照。
自動運転トラック開発のTuSimple、米最大の貨物鉄道会社を顧客に https://t.co/vorlSIbiO2 @jidountenlab
#自動運転 #トラック #TuSimple— 自動運転ラボ (@jidountenlab) November 20, 2022
TuSimpleの従業員が他社で就業した事実が発覚
各報道によると、TuSimpleは、Chen氏が設立した燃料電池ベースの大型トラックの開発・製造を手掛ける中国系企業Hydronに対し、自社が保有する知的財産権に関わる情報を不正に共有した疑いが持たれているようだ。一部報道では、不適切な融資も行われたとされている。
取締役会の調査によると、TuSimpleの従業員がHydronで就業した事実があり、秘密保持契約締結前に機密情報を漏らしたという。
これらの情報を適切に開示しなかったことが証券法違反などに問われる可能性があるため、米連邦捜査局(FBI)や米証券取引委員会(SEC)、対米外国投資委員会(CFIUS)などが調査に乗り出したようだ。
Hou氏は一連の疑惑について否定しているが、取締役会は同氏が関与したものと判断しCEO解任を決定した。なお、一方のChen氏は11月、なぜか取締役会の会長に任命されている。新CEOには、2020 年から1年半ほど同社CEOを務めていたCheng Lu氏が復帰した。
機密情報が持ち出されたことはまず間違いないようだ。Hou氏の関与における事実関係は不明だが、トップとしてその責任を追及された格好になってしまった。
CEO解任は滅多にない事例だが、機密情報の漏洩事案は珍しいものではない。開発競争が過熱している自動運転分野は人材の流動性が高く、エンジニアの流出とともに情報流出の懸念が常に付きまとう。秘密保持義務が課せられていても、有望市場の覇権というリターンとリスクを秤にかけ、誤った選択を行う者は少なからず存在するためだ。
■自動運転分野の動向
技術開発競争が激化する自動運転分野
自動運転は、カメラやLiDARなどのセンサーが映し出す世界をもとにAIが車両を的確に制御し、無人走行を実現する。歩行者や周囲の車両、道路標識など、画像に映ったオブジェクトが何かを瞬時に判別し、その動きに対し予測を交えながら車両を安全に走行させるステアリングやブレーキなどの制御判断を行う。
日中や夜間、晴天や雨天など、さまざまな状況下で常時正確かつ瞬時にオブジェクトを識別する技術はまだまだ発展途上だ。AIの能力に依存する部分が多く、自動運転におけるコア要素として研究開発が盛んな領域だ。
また、物体の認識力を高めるセンサーそのものの高度化や、膨大なデータを瞬時に処理するためのコンピュータ、通信技術など、自動運転を取り巻くあらゆる技術は進化の途上にある。
技術開発競争はまだまだ現在進行形で進んでおり、ささいな技術がゲームチェンジにつながる可能性もある。それ故各社は高度な技術や知識を有するエンジニアを囲い込み、また同時に多くの機密情報を抱え込んでいるのだ。
ゲームチェンジにつながる技術が未来の覇権に
機密情報の持ち出しは、大きなリスクが付きまとう犯罪行為だ。こうしたリスクを冒してまで情報を持ち出す背景には、相応のリターンが存在する。自動運転市場の将来性だ。
同市場は、多くのリサーチにおいて2030年にかけCAGR(年平均成長率)20%を超える成長が予測されている超有望市場で、それ故自動運転に関わる最先端技術は高い価値を持っている。
グーグルに端を発する開発競争は、多少の優劣こそあれまだまだ逆転の余地が残されている。未来の覇権をめぐる競争はさらに過熱していく可能性が高いのだ。
【参考】自動運転関連の市場調査については「自動運転車の市場調査・レポート一覧(2022年最新版)」も参照。
自動運転車の市場調査・レポート一覧(2022年最新版) https://t.co/3fw9G1Oiv5 @jidountenlab #自動運転 #市場調査 #レポート
— 自動運転ラボ (@jidountenlab) April 5, 2022
■自動運転分野における流出案件
米国では訴訟沙汰も
機密情報の漏洩関連では、グーグルのエンジニアだったアンソニー・レバンドウスキー氏の案件が有名だ。同氏はグーグルの自動運転開発プロジェクトに携わり、その後自動運転トラックを開発するスタートアップOttoを設立した。
Ottoは間もなくUber Technologiesに買収されることとなったが、グーグル側は同氏が自動運転に関する機密情報を不正に持ち出したとしてUberを提訴した。Uberは自社株の0.34パーセント(約255億円と言われている)をグーグル側に譲渡することで和解したほか、レバンドウスキー氏には刑事罰が下された。
【参考】アンソニー・レバンドウスキー氏については「Googleの元自動運転プロジェクト創設者に、懲役3年の地裁判決」も参照。
Googleの元自動運転プロジェクト創設者に、懲役3年の地裁判決 https://t.co/7TJk4zlxDE @jidountenlab #Google #自動運転 #判決
— 自動運転ラボ (@jidountenlab) August 6, 2020
情報を媒介するエンジニアは多数存在
こうした事案は米国企業間で多く発生しているが、国外、特に中国への漏洩も強く危惧されている。中国は自動運転開発において米国と並ぶ大国となっており、新技術の導入に熱心だ。
WeRideやAutoX、Pony.aiといった中国系スタートアップの多くは米国にも拠点を設け、米国市場を視野に入れた事業展開を進めるとともに広いネットワークを構築している。中国系エンジニアも大勢が米国で研究開発を行っている。民間レベルでの交流は盛んなのだ。
開発競争の先頭に立つ米中間において、先端技術をはじめとした貴重な情報を媒介する人材は五万といるのだ。
■中国関連の案件
アップルの情報も流出
米中間では、アップルの元エンジニアが中国の自動運転スタートアップXMotorsに転職し、自動運転技術を持ち出した案件も報道されている。
【参考】アップルの元エンジニアによる案件については「Appleの自動運転技術、中国人による盗難が確定」も参照。
Appleの自動運転技術、中国人による盗難が確定 https://t.co/waIDcrPZoT @jidountenlab #Apple #中国人
— 自動運転ラボ (@jidountenlab) August 23, 2022
各国が懸念を強める「千人計画」
また、中国の国家プロジェクト「千人計画」を危惧する声も大きい。外国の研究者などの優秀な人材を好待遇で集め、軍事や経済発展を推し進める中国政府の取り組みだ。
過去には、韓国の理系大学KAISTの教授が千人計画を通じてLiDAR関連の技術を流出させたことが報じられている。日本も他人事ではなく、技術の流出を懸念して参議院の委員会質疑で話題に上がったこともある。
読売新聞の独自調査によると、少なくとも44人の日本人研究者が千人計画に関与していたことが2021年に報じられている。
中国を悪く言うつもりはないが、国家レベルで技術の習得に熱を上げているのは事実であり、あの手この手でアプローチをかけてくる可能性は否めないのだ。
■【まとめ】あらゆる観点から情報セキュリティ対策を
米中対立という背景もあり、当局などの目が中国に厳しく向けられている面も否めない。両国間における情報流出は話題になりやすく、今後もトピック化されることが多くなるものと思われる。
サイバーセキュリティの重要性が説かれているが、人的な観点からもセキュリティレベルをいっそう高め、自社の技術を守っていかなければならないようだ。
【参考】関連記事としては「自動運転業界のスタートアップ一覧(2022年最新版)」も参照。