100年に1度の変革期にある自動車業界。なかでも自動運転においては、LiDAR(ライダー)などの新たなセンシングデバイスの進化とともに大量のデータを解析する人工知能(AI)の性能向上が強く求められており、旧来の自動車メーカーでは持ちえなかった高い技術開発力を備えたソフトウェア会社やシステム会社、ベンチャーなどが次々と躍進し、自動車メーカーと手を組んで開発を進めている。
日本の自動車業界をけん引するトヨタ自動車も例外ではなく、開発能力の高い企業との提携や将来性豊かなベンチャーへの投資、自社エンジニアの育成などあらゆる戦略でAI開発にアプローチしているようだ。
そこで今回は、次世代の自動車メーカーを目指すトヨタの取り組みを深堀りし、AIの重要性を再認識しながら自動車業界の今に迫る。
記事の目次
■自動運転におけるAIの役割とは?
AIの定義
AIは、人間の脳が行っている記憶や判断、学習、推測といった作業をコンピュータがおこない、再現するソフトウェアやシステムのこと。厳密な定義は定まっていないが、要するに人間同様の知能を人工的に再現する試みやシステムを指す。
自動運転におけるAIの活用例
自動運転においては、カメラやレーザーなどのセンサーが認識した情報やダイナミックマップ、通信情報などを個別、あるいは複合的に判断し、操作命令を出す役割を担う。
例えば、ヒトによる手動の運転で右折する場合、信号や対向車、歩行者の有無などその場の状況を総合的に判断して曲がるタイミングを決定するが、AIによる自動運転の場合も同様で、センサーが認識した対向車などの情報と自車位置などを総合的に判断し、アクセルやハンドルをどのタイミングでどれほどの強さで操作するかを命令する。ヒトの脳が行う判断・命令を瞬時に行う最重要な役割をAIが担うのだ。
このほかにも、ドライバーの表情や姿勢から運転支援を行う機能や必要なサービスを提供するサービスなど、さまざまな活用方法が研究開発されている。
【参考】AIについては「自動運転にAI(人工知能)は必要?倫理観問う「トロッコ問題」って何?|自動運転ラボ 」も参照。
■トヨタの自動運転戦略
自動運転の研究開発開始は1990年代
トヨタは1990年代から自動運転技術の研究開発に取り組んでおり、特に「Toyota Research Institute(トヨタ・リサーチ・インスティテュート:TRI)」、「TOYOTA Connected(トヨタ・コネクティッド)」設立以降、その取り組みを加速している。
開発全体の指針は「クルマとドライバーがパートナーとして協力し合うことで、より安全性を高めることができる」という考え方で、「Mobility Teammate Concept(MTC)」と呼んでいる。自動運転技術開発における究極の目標は、クルマを自動化させることではなく、自動化を広めることで安全で便利、そして楽しい移動を誰もが享受できる社会をつくり出すこととしている。
「Highway Teammate」と「Urban Teammate」
短期的には自動運転機能を備えた2つのシステムを市場に送り出すことに取り組んでおり、1つは2020年の実用化を目指す「Highway Teammate(ハイウェイ・チームメイト)」。運転者の監視の下、高速道路への合流やレーンチェンジ、車線・車間維持、分流など高速道路で自動運転をできるようにする。
もう1つは2020年代前半の実用化を目指す「Urban Teammate(アーバン・チームメイト)」で、同様の機能を一般道で利用可能にする。車両周辺の人や自転車などを検知可能にするほか、地図データや交差点・交通信号の視覚データを利用し、その地域の交通規制に従って走行するように開発している。
サービスとしてのモビリティ「MaaS」も重視
また、サービスとしてのモビリティ(Mobility as a Service:MaaS)分野も重視しており、さまざまな企業とパートナーシップを組むことでMaaSの市場や可能性を積極的に模索していくこととしている。自動運転システムの開発においては大量のデータが必要となるが、初期の普及段階では車両価格が高く販売台数が限られるため収集されるデータも少なくなるが、MaaSの活用によって効率的・効果的にデータを集めることが可能になるという。
この結果、走行コストが低下して新たな消費者需要の波に繋がり、ひいてはモビリティ、安全性、利便性が向上していく好循環が生まれると考えている。
■トヨタ子会社などにおけるAI開発の取り組み
TRIがトヨタのAI開発を牽引
トヨタのAI開発を牽引するのが米カリフォルニア州シリコンバレーなどを拠点とするTRIだ。
ロボティクスやAI開発の第一人者として活躍するギル・プラット氏を筆頭に優秀なエンジニアが集い、クルマの安全性の向上や運転できない人の車の利用、屋外モビリティ開発技術を生かした屋内モビリティへの取り組み、AI及びマシンラーニングの技術を利用した科学研究・発見の強化などに関して研究開発を進めている。
アメリカ国内に複数拠点、大学との連携も
また、シリコンバレーのパロアルトのほか、ミシガン州アナーバー、マサチューセッツ州ケンブリッジにも拠点を設け、スタンフォード大学、ミシガン大学、ケンブリッジ大学との連携研究にも力を注ぎ、民学連携のもとさまざまなプロジェクトを立ち上げている。
具体的な研究内容は多岐に及ぶが、例えばクルマの乗員が安全で快適に過ごせるようにするためのAI活用として、車載されたAIエージェントがドライバーの姿勢や頭の位置、視線や感情を認識し、ドライバーのニーズや運転に支障をきたしそうになる状況を予測するシミュレーターを開発している。
ドライバーが飲み物を手に不快そうな表情を浮かべたことを検知した際には、ドライバーが暑いと感じていると仮説を立て空調を調節したり、ドライバーが眠気を感じていると検知した際にコーヒーを飲むよう提案したり、コーヒーショップまで誘導したりする。
東京にTRI-ADを設立し、 エンジニア1000人体制に
2018年3月には、自動運転技術の先行開発分野での技術開発を促進するため「TRI-Advanced Development(TRI-AD)」を東京に設立した。エンジニア1000人規模の体制を敷く国内開発拠点で、TRIとの連携強化やトヨタグループ内の人材育成、研究から開発まで一気通貫のソフトウェア開発の実現を図っている。
【参考】TRI-ADについては「垂涎モノ… トヨタでグーグル出身CEOと自動運転開発 エンジニア募集|自動運転ラボ 」も参照。
■トヨタのAI部門での投資状況・ファンド情報
1億ドルのVCファンド「Toyota AI Ventures」
トヨタは2017年7月、1億ドル(約110億円)を投じてベンチャー企業への投資を目的としたベンチャーキャピタルファンド「Toyota AI Ventures(TAIV)」を設立した。TRIが設立した新会社が運営を担っており、AIをはじめロボティクス、自動運転・モビリティサービス、データ・クラウド技術の4分野で有望ベンチャー企業への投資を行っている。
これまでに、コンピュータビジョンによる走行データ収集・予測を行う米Nauto社をはじめ、AIを活用した革新的なイメージングレーダーの開発を手掛ける米Metawave社、ロボティクス開発を行うイスラエルのIntuition Robotics社、自動運転車やドローン技術向けの周辺地図情報・位置情報生成アルゴリズムを開発する英SLAMcore社など世界各地のベンチャーに出資している。
課題特定型ベンチャー支援ファンド「Call for Innovation」
2018年7月には、グローバルプログラム「Call for Innovation」を立ち上げ、特定の重要技術課題に対し、ベンチャー企業によるソリューション募集を通じてイノベーション促進を目指している。募集する技術領域において、50万ドルから200万ドル(約5500万~約2億2000万円)をTAIVから投資するほか、TRIとの実証プロジェクトの実施を検討していく。
【参考】Call for Innovationについては「トヨタがベンチャー支援ファンド「Call for Innovation」発表 AIや自動運転も対象に?|自動運転ラボ 」も参照
トヨタ参加の「未来創生ファンド」
トヨタなどが参加する未来創生ファンドが2015年11月に組成した1号ファンドで、名古屋大学発ベンチャーのティアフォー社に10億円規模の出資が行われた。同社はAIや仮想現実(VR)などの最新技術を活用し、自動運転車のOS(基本ソフト)「Autoware」の開発などに力を入れている。
【参考】ティアフォーについては「自動運転OS開発のティアフォー「シリコンバレーへ」 Autowareの業界団体設立へ 創業者の加藤真平・東京大学准教授に聞く 名古屋大学スタートアップ|自動運転ラボ 」も参照。
■トヨタのAI部門での連携・提携
Preferred Networks(プリファード・ネットワークス/PFN)社とAI応用で共同研究
PFN社は、AIのディープラーニング(深層学習)技術のビジネス活用を目的に2014年に創業した頭脳集団。2014年10月からトヨタと共同研究を開始し、物体認識技術や車両情報の解析技術などについて開発を進めてきた。関係強化のため、2015年、2017年にそれぞれ出資を受けている。
大学発ベンチャーPKSHA Technology(パークシャ・テクノロジー)と連携し研究
PKSHA社は、AI技術分野のアルゴリズムをライセンス販売する2012年創業の東京大学発ベンチャー。2017年にトヨタが約10億円を出資したと報道され、自動運転やコネクテッドカーなどの研究開発で連携を図っているという。
ビッグデータ解析でALBERT(アルベルト)社と業務提携・出資
2018年5月、ビッグデータ解析などを手掛ける株式会社アルベルトと業務提携し、約4億円出資すると発表した。アルベルト社は2005年設立で、ビッグデータ分析や分析アルゴリズム開発、AIの活用支援、機械学習を用いた独自プロダクトの提供、データサイエンティストの育成支援などを事業として手掛ける。近年では各社が開発競争を繰り広げる自動運転の分野で、画像解析技術などの展開も進めてきた。
【参考】アルベルトについては「トヨタ、ビッグデータ解析のアルベルト社に4億円出資 自動運転のAI開発加速へ|自動運転ラボ 」も参照。
■AIを自動運転開発のコア技術に位置付けるトヨタ
自動運転車の実現にはAI技術の向上が欠かせない。自動運転社会の到来後もその名を轟かせていくためにも、トヨタはAIを自動運転車のコア技術と位置付けて開発に取り組んでいる。日本国内だけではなく、世界の優秀な技術者や研究者とともにその歩みを続けているトヨタ。今後の開発状況にも引き続き注目していきたい。
【参考】トヨタの自動運転開発については「【予告編】トヨタ第二の創業 章男社長の覚悟と必勝戦術 トヨタ自動車特集まとめ—AI自動運転・コネクテッド・IT|自動運転ラボ 」も参照。
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— 自動運転ラボ (@jidountenlab) August 29, 2018