【インタビュー】自動運転OS開発のティアフォー「シリコンバレーへ」 Autowareの業界団体設立へ 創業者の加藤真平・東京大学准教授に聞く

実証実験、既に国内外で10万キロ突破



自動運転ラボのインタビュー取材に応じるティアフォー創業者の加藤氏=撮影:自動運転ラボ

自動運転技術を開発するスタートアップ企業の株式会社ティアフォー(本社:愛知県名古屋市/代表取締役社長:武田一哉)が日本を飛び出し、米シリコンバレーに活動の拠点を拡大している。

ティアフォー社は名古屋大学発のベンチャーとして2015年12月に設立。無料で使えるオープンソースの自動運転ソフトウェアの開発を通じて、自動運転社会の実現に向けて業界に貢献してきた。トヨタ自動車が出資する未来創生ファンドやソニーなどの出資も受け、大きな期待を集めている。


自動運転ラボは2018年7月、ティアフォーの東京事務所がある東京大学で、ティアフォー取締役兼最高技術責任者(CTO)で創業者でもある東京大学の加藤真平准教授に単独インタビューし、シリコンバレーでの事業活動やティアフォーの今後の展開について聞いた。

【加藤真平氏プロフィル】かとう・しんぺい 1982年生まれ、神奈川県出身。2008年に慶應義塾大学大学院理工学研究科で工学博士取得。東京大学、カーネギーメロン大学、カリフォル二ア大学を経て、名古屋大学に勤務。2016年から東京大学工学系研究科・コンピュータ科学専攻准教授。

■シリコンバレーで自動運転の実証実験を既にスタート

Q 本日は宜しくお願い致します。ティアフォー社は日本だけではなく、シリコンバレーに活動の幅を広げているとのことですが、具体的にはどのようなスキームで、どのような事業を展開しているのですか?

私たちのパートナー企業がシリコンバレーに既に何社かおり、その中でも「エイペックス」という会社との共同開発にティアフォーは大きな投資しています。ティアフォーが日本人だけでアメリカに乗り込むというのは大変なので、シリコンバレーで活動する上でエイペックスを拠点にさせてもらっています。


2017年12月からはレクサスを使って一緒に自動運転の実証実験を行っています。ティアフォーの社員もアメリカに出張し、シリコンバレーで採用した現地のエンジニアとともに取り組んでいます。国内での実証試験と合わせると走行距離は既に10万キロ以上を走行しています。

Q 実証実験を通じてどのような成果がありましたか?

ティアフォーはオープンソースの自動運転ソフトウェア(OS)「Autoware」(オートウェア)を開発しています。シリコンバレーに進出した背景には、交通ルールが違う場所でAutowareの試験がしたかったという理由もありました。

実際に実証実験を行った中で、認識したり判断したりというAI(人工知能)っぽい部分やアルゴリズム自体は一切変えずに、アメリカでもAutowareが使えることが分かりました。(走行車線を)左車線から右車線に変えたり、交差点内において赤信号での右折が認められるアメリカ独自のルールを組み込んだりすれば、それで大丈夫ということです。


このことが分かったことは大きな成果です。日本で作ってきたアルゴリズム、システムがグローバルにも展開できるというのは、我々にとってとても良いことです。

■研究開発用ソフトウェアから、市販車載向けの高信用性スペックへの脱皮

Q エイペックスとの提携のきっかけについて教えて下さい。

Autowareは日本国内外の企業のR&D(研究開発)で既にかなり使われていますが、そうした企業の中でも特に実用志向で積極的だったのがエイペックスでした。

エイペックスは、欧州の自動車部品大手の自動運転チームがスピンアウト(独立)して創業した企業です。IT感覚で開発を進めているわけではなく、「車向けの安全な機能をちゃんと作る」というマインドで開発を進めています。僕たちもシリコンバレーに進出したいと考えていたころ、そうした意識を持った企業と組みたいと思っていましたので、一緒にやろうという話になりました。

Q 欧州の自動車部品大手の出身チームだからこそ、「車」向けのシステムには何が求められるのかよく熟知しているということですか?

そういうことです。

自動車業界には、自動車の電気・電子に関する機能安全についての国際規格「ISO 26262」というものがあります。温度で言えば、例えば80度を超えても動作保証されていなければならず、10年間は正常に動くような性能でなければ駄目。もちろんソフトにバグがあってもいけない。自動車に入れるECU(Electronic Control Unit:自動車用のコンピュータ類)はスピードが遅くて、すごい枯れた技術を使っていたとしても、必ずどんな状況でも動かせなければいけません

特に「ティア1」と呼ばれる自動車部品大手の開発チームはこうした車業界で求められる標準規格をクリアできる技術を有しています。しかしグーグルに代表されるIT大手にとってはこの標準規格は高いハードル。優れたクラウド技術やAI技術を持っていたとしても、ティア1大手が有しているような「安全にシステムを構築する技術」がなければ自動車の品質基準を満たせないからです。

Autowareの実用化にも、こうした特殊な技術が必要になってきます。ティアフォー側からみると、エイペックスと組んだ理由はそこにあります。逆に、エイペックス側から見ると、ティアフォーのような自動運転技術を持っていないので、ティアフォーと組んでAutowareを使いたいという思いがあります。Win-Winなコラボです。Autowareは既に大学の研究室や企業の研究チームが実証実験などで活用していますが、まだまだ進化していきます。

■海外との連携枠組みやエンジニア人材をどう考えるか

Q シリコンバレーなどを含むカリフォルニア州西海岸「ベイエリア」では、トップのエンジニアの年収は2500万〜4000万円ほどとも言われています。日本人エンジニアに対する給与相場についてはどう思いますか?

例えば日本企業がグローバルに戦おうとするとき、世界で戦うスキルを持っていて、かつ世界で戦いたいというモチベーションを持った方を日本国内で募集するとします。そのとき、年収600万円ほどで若手の優秀な日本人エンジニアを募集するとするなら、そうした日本的なレンジ感ですとちょっと相当少ないと思いますね。日本国内だけっていう人であれば年収600万円以上なら悪くはないと思いますが。

グローバルで戦う能力を持ちグローバル志向の人材を揃えるには、当然支払う給与額もグーグルや向こうのスタートアップと同じ金額を出さないといけないですね。シリコンバレー級が必要になってきます。

Q 日本企業が外国人エンジニアの採用することについては?

日本に拠点を持っている企業に外国人が加入しても、うまくいかないケースもあります。日本人は英語に触れる機会が従来少ないということもありますし、シャイな一面も持っています。また日本に住んでいる外国人のエンジニアの方を採用しようと考えても、その方それぞれにさまざまなバックグラウンドを持っており、日本の方の場合と同様に、グローバル志向の方ばかりというわけではありません。また外国からエンジニアの方に日本に来て頂くためには、日本側の受け入れ環境の一層の整備も必要になってくるでしょう。

ただグローバルで戦うためには確実に海外の力が必要で、最終的に勝敗を左右するのはアライアンスだと思っています。ティアフォーがエイペックスやイギリスの業界団体リナロと組む理由はそこにあります。エンジニアの方に外国から日本へ来てもらうより、シリコンバレーのスタートアップで応募した方が早いですし。こうした経緯もあって、ティアフォー社本体直轄では外国人は1人もいません。(編集部注:ティアフォーのグループ会社では、求めるミッションなどに応じて外国人雇用も発生しているとのこと)

■年内にエイペックスやリナロとAutowareの業界団体を設立へ

Q リナロとも組んでいるのですね。リナロは英アームの半導体向けソフト開発を推進する業界団体ですが、そのリナロに加盟した理由や経緯について教えて下さい。

エイペックスと組んだ意味とほとんど同じです。

Autowareは研究開発向けとはいえ、機能はたくさんありますがまだまだ組織化されていないというか、あまり整理がされていません。整理をしていくと第三者が使いやすくなったり、シンプルでスタイリッシュなものになったりしていくのですが、ティアフォーだけだとこれがまた難しい。そのためにはまた別なスキルが必要になります。

一方でリナロには何十社という企業が加盟していて、Autowareの開発に興味を持ってくれて、マニュアル作りに取り組んでくれる企業がある。我々が持っていないスキルがリナロの中にはある。それが理由ですね。

またリナロはアームの促進団体です。現状の車載ECUをみるとアーム中心です。この瞬間で言えば、アームのサポートは充実させなきゃいけない。

実は年内に、Autowareをより世界的にオーガナイズするための組織として、我々とエイペックス、リナロで業界団体を設立します。新たにNPOを設立するのか、既存のNPO内に団体を置くのか、まだ協議中ではありますが、多数の半導体メーカー、センサーメーカー、自動運転スタートアップなどが参画する業界団体にし、Autowareの検証を進めていく予定です。

■「こうしよう」「ああしよう」—経営チームに強みも

Q 大学発ベンチャーは研究開発が軸に据えられて、民間ベンチャーと比べると一般的に「スタートアップ感」が劣る印象があります。一方でティアフォー社はお話をお伺いする中でビジネス的なスピード感やアグレッシブさ、そして民間スタートアップ以上の経営の構えの広さを感じます。他の大学発ベンチャーとの違いやティアフォー社の強みを教えて下さい。

経営と技術は切り離せません。持っている技術や強みに基づいて経営の方法が変わってきます。僕らはオープンソースの自動運転ソフトウェアを持っていたことが強みでしたので、多くの企業が使ってくれることでパートナーが増えていきました。

ソフトウェアを使って頂くと、チューニングやプログラミングスキルなどの特殊な知識・技能も必要になってきて、最終的には各企業様がティアフォーに仕事を頼んでくれます。このようなエコシステムのモデルを持っていることが、他の「大学発」との違いです。

また出資して頂いている株主企業様からティアフォーの取締役会に担当者を派遣していただいており、その方々のほとんどがIPO(新規株式公開)や会社経営を熟知されています。非常に恵まれた環境になっていると感じております。「こうしよう、ああしよう」とチームの一員としてみなさん良い意味で口を出してくれています。

日本ではこうした状況を作りにくく、いい株主を揃えようと思ってもなかなかうまくいきません。一方でティアフォーでは株主の皆様の強力なサポートのもとで経営体制が整ってきていますので、「大学発」というだけではなく、「ベンチャー」としてとても強いと思います。

■Autowareの一層の進化を中心に据えた取り組み

ティアフォーのAutowareは既に日本という国を越え、さまざまな海外の企業も研究開発に活用するソフトウェアとして注目を集めている、エイペックスとの協業やシリコンバレーでの実証実験、リナロへの加盟などを通じて、ティアフォーはこのAutowareを一層進化させていく。

自動運転車にはさまざまなシステムが使われるが、「自動車を安全に動かす」という視点を持った上での開発の重要性も加藤氏は強調していた。今後よりセンサー企業や自動車メーカーとの連携も深化させ、検証を通じて実用化に駒を進める。ティアフォー社の今後に注目していきたい。


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