2019年、Appleは自動運転領域のゲームチェンジを目論むのか?

秘密主義貫く「眠れる獅子」、アップルカー発表か



IT系のビッグ5を示す「GAMFA」をご存じだろうか。グーグル(アルファベット)、アップル、マイクロソフト、フェイスブック、アマゾンの頭文字をとった造語で、IT市場において非常に強い影響力を持ち続けている。


このビッグ5の中で、フェイスブック以外の4社はいずれも自動運転の分野と関わりを持っており、特にグーグル系列の自動運転開発企業ウェイモは業界をリードするポジションに位置付けられ、自社技術やサービスのPRにも余念がない。

一方、自動運転開発に注力しつつも不思議なほど秘密主義を貫いている企業もいる。アップルだ。同社は、アナリストや報道などの発表により自動運転に関する開発プロジェクトなどが次々と明らかになっているものの、基本的に公式発表をしない姿勢を保ち続けている。

深読みすれば、これも一種の戦略であり、あるタイミングで想像も及ばない製品やサービスが突如水面から顔を出すのではないか?といった想像を掻き立てられる。

自動運転という巨大マーケットへの参入を目論んでいるはずのアップル。今回は、同社の自動運転に関するニュースなどを紐解き、その戦略にアプローチしてみたい。


■ジョブスの死後、秘密裏に始まった自動運転開発

自動運転においては秘密主義を貫いているアップル。IT業界に新風を引き起こした同社の開発精神を改めて紐解いてみよう。

スティーブ・ジョブス氏=出典:Zadi Diaz / Flickr (CC BY-NC 2.0)

アップルは、自作のマイクロコンピュータ「Apple I」を製造していたスティーブ・ジョブズ氏らが1977年に法人化したのが始まり。同年、プラスチック筐体に回路基板などを入れカラーグラフィック機能などを備えた「Apple II」を発売するや大ヒットとなり、1980年には株式公開も果たした。

1984年に「Macintosh」を発表するが、需要予測の見誤りなどから赤字を計上。経営のいざこざから権力争いが勃発し、翌1985年にジョブズ氏が追放(辞任)された。しばらく低迷期を迎えることとなり、企業合併や買収などが噂されるほどだった。ジョブズ氏はその後、NeXT社を設立している。

1997年、アップルがNeXT社を買収する形でジョブズ氏が復帰すると、再び強い影響力で経営陣の刷新を図りながら社内改革を推し進め、1998年に発表した「iMac」が大ヒット。経営は軌道に乗り、2001年に発表した携帯型音楽プレイヤー「ipod」や2007年発表のスマートフォン「iPhone」など次々と大ヒットを記録し、IT系のトッププレイヤーの座を確実なものとした。


2011年、ジョブズ氏が死去。以後、後任としてティム・クック氏がCEO(最高経営責任者)を務めている。2018年8月には、米国企業として初めて株式時価総額1兆ドル(約110兆円)を超した。こうした中、自動運転プロジェクトは2014年ごろに秘密裏に始まった。

■始まりは2014年、一時の開発断念の噂から一転し…

アップルの取り組みについては詳細は明かされていないが、自動運転開発プロジェクト「Titan(タイタン)」の存在が報じられている。2014年から取り組んでいるとされているが、あまりにも公開される情報がなく進捗が不明のため、戦略の変更や自動運転開発の断念などがささやかれていた。

しかし、米カリフォルニア州車両管理局(DMV)が2017年、自動運転車の公道走行許可を交付した企業群に「アップル」を追加したことで同社のプロジェクトが水面下で進んでいることが判明し、以後、自動車メーカーとの提携や各種特許などが次々と明らかにされている。

【参考】アップルの2018年4月時点におけるDMV登録台数については「アップル、自動運転事業を本格化 カリフォルニアで試験車両55台、特許取得も加速」も参照。

■アップル社の自動運転ニュース

報道ベースで明らかになっているアップル社の自動運転の取り組みに注目し、アップルの戦略やビジョンを紐解いてみよう。

カリフォルニア州における公道試験:2017年から増加の一途 トップ3に

DMVに初登録された2017年4月、アップルはレクサスブランドのSUV3台で公道試験を開始したようだ。その後、2018年1月に27台、同年5月に55台、同年7月に66台と着々と登録台数を増やし、同年9月には70台、試験車両を操作するドライバーの数は139人の規模となっている。

なお、DMVへの自動運転試験車両登録台数は、メーカー別で1位がゼネラルモーターズ(GM)傘下のクルーズ175台、ウェイモ88台で、アップルの70台はこれに次ぐ台数となっている。表立った発表がないアップルだが、この数字からも自動運転開発に力を入れている姿勢が見て取れそうだ。

なお、2018年8月と10月の2回、アップルの自動運転試験車両が事故に巻き込まれたことが報じられている。8月は後続車に追突されたもので、10月は手動運転モードで左折しようとした際、別な車と接触したようだ。いずれもアップル側に非は無かったとみられる。

【参考】アップルの2018年9月時点におけるDMV登録台数については「アップルの自動運転試験車両、カリフォルニアで70台に トップはGM、2位google」も参照。

エンジニアの確保:グーグルやテスラからの引き抜き エンジニア争奪戦の渦中に

2018年6月、アップルがグーグル系ウェイモの元上級エンジニアの女性であるJaime Waydo氏を採用したことが明らかになっている。Waydo氏は米航空宇宙局(NASA)で火星探査機の開発などに携わった経験を持つシステムエンジニアで、ウェイモでは完全自動運転の実現に向けたパイロットプログラムにおいて、自動運転車のプロトタイプ開発で安全管理を担当していたという。

このほか、EV(電気自動車)開発大手の米テスラからもエンジニアを続々引き抜いていることが報じられているほか、過去にはグーグルのAI部門のトップであるジョン・ジャナンドレア氏を引き抜いたことなども話題となった。ジャナンドレア氏は、グーグル社内でも高いマネジメント力を持つとして重宝されてきた人物で、アップル入社後は世界中に16人しかいないとされるティムCEO直属の部下となっている。

優秀なエンジニアの引き抜きを進める一方で、2018年7月には、アップルの元エンジニア男性が自動運転に関する企業秘密を転職先の中国企業に違法に伝えようとした疑いで、サンノゼ国際空港で逮捕される事件も発生している。激しさを増すエンジニア争奪戦の渦中にいる様子がうかがえる。

また、アップルからの転職組が活躍しているニュースも多い。LiDAR(ライダー)を中心とした次世代センサーの開発を手掛ける米Aevaは、アップルでタイタンプロジェクトに関わっていたSoroush Salehian氏とMina Rezk氏が2017年に創業したスタートアップで、2018年10月には約50億円の資金調達に成功している。

自動運転レベル4技術を開発する中国の有力スタートアップ企業Roadstar.ai(ロードスター・エーアイ)の主要創設メンバーの一人もアップルの元エンジニアだ。同社は高度運転自動化を実現するテクノロジーキット「Aries(アリエス)」を公開するなど注目を集めており、2018年5月には約142億円の資金調達に成功している。

【参考】アップルのエンジニア求人については「Appleに転職!自動運転やAI関連のエンジニア求人内容などを解説」も参照。

自動運転に関する特許:多方面から自動運転にアプローチ

米国特許商標庁や各報道などによると、これまでにiPhoneなどを使って車のエンジンの始動ができるようにする特許申請や、自動運転中のAI動作をカウントダウンして表示する技術の特許申請、自動運転車が隊列走行する際に、車両間でバッテリー電力を譲り合い補い合う技術の特許取得、自動運転ナビゲーションシステムに関する特許申請などが明らかになっている。

ウェイモなどに比べアップルは後発組のため、自動運転技術に直結する特許はそうそう見受けられないが、iPhoneなど自社コンテンツとの連動をはじめ多方面から自動運転社会にアプローチしている姿が見て取れる。

自動車メーカーとの提携:2018年5月にVWと提携

ドイツの大手自動車メーカーであるフォルクスワーゲン(VW)が、自動運転車分野で契約を結んだことが2018年5月に明らかになっている。アップルがVWから商用モデルの同社製ミニバン「T6」の車両を調達し、本社を構えるカリフォルニア州で社員向けのオフィス間シャトルサービスに活用する内容だ。

ただ、これだけでは自動運転開発を進める両社としていささか物足りない感をぬぐえない。報道されていない水面下で、何か別の事業を画策しているのでは?―と勘繰りたくなる。

【参考】VWとの提携については「米アップル、VWと自動運転分野で契約 自動運転ミニバン稼働へ」も参照。

■自動運転業界を瞬く間に席巻か?

アップルが自動運転開発に本腰を入れていることは、前述した内容からもはや疑いようのない事実であることがわかった。唯一残る疑問は、なぜ自ら開発状況や技術を積極的に発表しないのか、といった点だ。

その答えは、iMacやiPod、iPhoneなどに隠されているかもしれない。これらの製品は、いずれも発表時に大々的なプロモーションを行って世間の話題をあっという間に集め、市場シェアを獲得した共通点がある。

製品そのものが優れているからこそ支持されるというのも当然だが、アップルはブランド戦略としてのマーケティング手法が繊細かつ大胆で、群を抜いて巧みなのだ。

この観点を踏まえると、将来、どこかのタイミングで自動運転業界の構図を新たに塗り替えるような大々的発表を突如行い、自動運転関連市場を席巻するような動きを見せるのではないだろうか。

もともとハードウェアとソフトウェアの両方を開発し、各市場を賑わせてきたアップル。IT系が自動車を一から作ることはない―といった先入観を覆し、見たこともない完全オリジナルの自動運転車を突如発表する可能性もゼロではない。

あるいは、既存の自動車メーカー全てに導入可能な自動運転システムを発表するかもしれないし、VWをはじめとした巨大自動車メーカーと緊密な協業関係を結び、アップルカーを市場に送り出してくるかもしれない。ソフトバンクとトヨタ自動車のように、MaaS(Mobility as a Service)時代を見据えた新会社を立ち上げるかもしれない。

■自動運転分野における「眠れる獅子」、リンゴが熟すタイミングは?

自動運転分野における「眠れる獅子」ともいえるアップル。沈黙を続けることで周囲は想像力を掻き立てられる。さまざまな憶測を飛び交わせるのもまた戦略の一つなのかもしれない。

いずれにしろ、巨大マーケットを形成する自動運転領域のゲームチェンジをどこかのタイミングで必ず計ってくるはずだ。それは、開発で先行するライバルのウェイモが自動運転タクシー事業の拡大を図るであろう2019年である可能性も十分考えられる。

リンゴが熟すタイミングは果たしていつなのか。そしてどのような実を市場に送り出してくるのか。業界の度肝を抜くような収穫(発表)に期待が膨らむ。


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