通信事業を主力に金融決済や半導体事業、プロ野球球団の保有、投資事業など幅広い分野で活躍するソフトバンクグループ(SBG)。近年は投資事業に力を入れており、AI(人工知能)や自動運転といった次世代技術の分野でテクノロジーの発展に大きく寄与している。
モビリティ領域では、自動運転をはじめMaaS(Mobility as a Service)に本格進出し、活躍するグループ企業が出ているほか、グループの中核を担うソフトバンクもこの分野への注力を強めている印象で、将来、モビリティ事業がグループの新たな柱に成長する可能性もありそうだ。
この記事では、モビリティ分野におけるSBGの取り組みを総論として解説していく。
編注:なお、持株会社であり投資事業が主体の「ソフトバンクグループ株式会社」と、ソフトバンクグループ傘下で通信事業主体の「ソフトバンク株式会社」を混同しないよう、ソフトバンクグループと表記した場合は「ソフトバンクグループ株式会社」、ソフトバンクと表記した場合は「ソフトバンク株式会社」のことを指すこととする。
記事の目次
■投資事業
SVFが投資事業をけん引
通信事業と並びグループの主力事業となっている投資事業。持株会社投資事業においては、主にソフトバンクグループが戦略的投資持株会社として直接または子会社を通して投資活動を行っているほか、2017年に設立した投資ファンド「ソフトバンク・ビジョン・ファンド(SVF)」を中心に投資活動を拡大し、情報・テクノロジー分野を中心に多様な事業を展開する企業グループを構築している。
投資先は、売却済みも含めると英Armや米NVIDIAといった半導体企業から、米Uberや中国DiDi Chuxing(滴滴出行)、シンガポールのGrabといった配車プラットフォーマー、米GM Cruiseや米Nuroといった自動運転開発企業まで幅広い。
【参考】関連記事としては「ソフトバンクビジョンファンドの自動運転・MaaS領域の投資まとめ」も参照。
自動運転やMaaS事業はまもなく本格化
モビリティ関連では、世界有数の配車プラットフォーマー各社の筆頭株主の座を占めており、今後、MaaSの本格化とともに事業が大化けする可能性もあり、要注目だ。また、GM CruiseやNuroなど自動運転開発を進める各社の技術も実用化域に達し始めており、まもなくビジネス化を迎える見込みだ。
これらの各事業に対し、出資企業として今後どのように関わっていくか。また、群戦略においてどのようなシナジー効果を発揮していくのか、要注目だ。
■協業
トヨタとの協業で自動運転やMaaS事業を展開
モビリティ分野においては、2018年に発表されたトヨタとの協業が印象的だ。両社はオンデマンドモビリティサービスや自動運転とMaaSを融合した「Autono-MaaS」事業の展開に向け「MONET Technologies(モネ・テクノロジーズ)」を設立し、自治体との連携のもと国内各地でスマートモビリティ事業を展開している。
長野県伊那市における医療×MaaSを実現するヘルスケアモビリティの取り組みや、福島県いわき市におけるグリーンスローモビリティを活用した次世代交通システム実証、福島県国見町における通院専用の乗り合いタクシーの実証などMaaS系事業が多いが、2021年2月には自動運転車で小売りMaaSを実現する「Autono-MaaS」の実用化に向けたプロジェクトを広島県東広島市で開始しており、自動運転時代を見据えた取り組みも今後増加するものと思われる。
MONETコンソーシアムは650社超が参画
また、モビリティイノベーションを実現する「なかまづくり」の一環として業界・業種の垣根を越えて企業間連携を推進する「MONETコンソーシアム」も、2021年3月時点で約650社が参画する一大コンソーシアムに成長している。
さまざまな業種がモビリティを介して結び付き、そこから生み出された新たなサービスがMaaSとして社会に実装されていく事例が今後相次ぐ可能性が高く、こちらにも注目だ。
実証を通じて協業に発展も
下記で触れるが、JR各社やSUBARUなど、実証を通じて共同研究を行う場面も増加傾向にある。こうした実証が実を結び、将来本格的な協業に発展する可能性などもありそうだ。
■通信(5G×自動運転)
通信事業を手掛けるソフトバンクは、自動運転に必須とされる5Gをはじめとした通信技術を武器に自動運転分野で活躍している。
JR各社とBRT実証
2019年11月には、JR東日本などとJR東日本管内のBRT(バス高速輸送システム)におけるバス自動運転の技術実証を実施することを発表した。車線維持や速度制御の実証をはじめ、遠隔監視システムによる車内監視や無線を用いた信号制御による各種制御の実証を行うもので、ソフトバンクはGNSS(全球測位衛星システム)受信機の設置や車両のRTK測位などを担当している。
一方、JR西日本とは自動運転と隊列走行技術を用いたBRTの開発プロジェクトを進めている。JR西日本が保有する用地内にテストコースを建設し、異なる自動運転車両が隊列走行する「自動運転・隊列走行BRT」の開発に取り組むこととしている。
トラック隊列走行のV2Vに5G活用
トラックの隊列走行においては、5Gを活用したV2V(Vehicle-to-Vehicle:車車間通信)技術により、有人の先頭車両を後続車両が自動運転で追従するトラック隊列走行の実証実験を実施し、車間距離10メートルで自動運転することに成功している。
実証はトンネル区間を含む新東名高速道路において、時速80キロで走行中に実施した。高信頼、低遅延かつ大容量通信が可能な5Gのメリットは、こうした場面でも発揮されるようだ。
V2X技術による合流時車両支援の検証に世界初成功
自動車メーカー関連では、SUBARUと5GやセルラーV2X(Vehicle-to-X/Vehicle-to-Everything)を活用した安全運転支援や自動運転制御に関わるユースケースの共同研究を進めている。2020年8月には、通信技術を活用して自動運転車が高速道路などで合流路から本線車道へスムーズに合流する実地検証に世界で初めて成功した。
【参考】SUBARUとの取り組みについては「ソフトバンクとスバル、自動運転で「世界初」の成功!どんな内容?」も参照。
高精度測位サービス「ichimill」
GNSSから受信した信号を利用してRTK測位を行い、誤差数センチの高精度測位を実現するサービス「ichimill」も、自動運転分野への応用に高い期待が寄せられる技術・サービスだ。
ソフトバンクの基地局設置場所を活用し、全国3,300カ所以上に独自基準点を設けており、広域的に高精度測位サービスを提供することを可能としている。すでにSUBARUとの実証などで活用されているほか、土量計測向けに建設機械メーカーが導入した例も出ている。
自動運転において自車位置を特定するGNSSは必須技術となるため、今後ichimillを活用した自動運転サービスや、広域に及ぶ自動運転技術への応用などにも期待したいところだ。
■ダイナミックマップ
ダイナミックマップ基盤と実証実験
ソフトバンクはダイナミックマップ領域への通信技術の活用も図っており、2019年1月にダイナミックマップ基盤と実証実験を行っている。
高精度3次元地図製作用のレーザーやカメラなどを搭載した車両で公道を走行し、そこから得られた測定データをセキュアなソフトバンクの閉域網内のMECサーバー上で処理・逐次解析することで、遮蔽物などによって正確に測定できなかった地図情報を準リアルタイムに確認できたという。
正確に測定できなかった場所をすぐに特定できるため、高精度3次元地図の測量作業を効率的に進めることが可能になる。実証は4G環境で実施したが、今後5Gを活用することでリアルタイム性の向上などが期待できるとしている。
【参考】ダイナミックマップ領域での取り組みについては「ソフトバンクとDMP、ダイナミックマップの測量技術で実証実験」も参照。
■BOLDLYとしての取り組み
自動運転車両運行プラットフォーム「Dispatcher」の普及加速
自動運転分野では裏方で活躍する場面が多いSBGにおいて、モビリティ事業の最前線に立つのが2016年設立のBOLDLYだ。
自動運転技術の社会実装やサービス化を見越し、早期導入した仏Navya製の自動運転バス「NAVYA ARMA」や自社開発した自動運転車両運行プラットフォーム「Dispatcher」などを武器に、国の実証やスマートモビリティーサービスの事業化に関心を持つ自治体との事業を国内各地で展開している。
Dispatcherは自動運転車両などの遠隔監視を可能にするシステムで、車両への走行指示や遠隔監視、緊急時対応、走行環境判断など多くの機能を有している。さまざまな車種に搭載することが可能で、複数車種の自動運転車両を同一のUIでオペレーションすることもできる。
【参考】Dispatcherについては「自動運転車と交通サービスを簡単につなぐ!Dispatcherコネクト、BOLDLYがリリース」も参照。
自動運転バスの実用化も着々と進行
自動運転バスの社会実装も進み始めており、2020年9月に羽田空港隣接の大規模複合施設「HANEDA INNOVATION CITY」でNAVYA ARMAの定常運行を開始したほか、同年11月からは茨城県境町の公道においても定路線の運行を開始している。
都市や地方、施設内などさまざまな場面で自動運転バス実装に向けた取り組みは進められており、今後も正式導入に踏み出す事例が続きそうだ。
また、海外では自動運転バス「GACHA」を開発したフィンランドのSensible 4と協業し、Dispatcher連携のもと同国内で運行する計画なども発表されており、今後の世界展開にも注目だ。
【参考】茨城県境町の取り組みについては「自治体×自動運転バス、定常運行「国内初」は茨城県境町!BOLDLYとマクニカが協力」も参照。
■ソフトバンクグループのロボティクス関連の取り組み
自動運転技術をロボティクスと融合
SBGにおけるロボティクス関連事業は、パーソナルロボット「Pepper(ペッパー)」に代表されるロボット製品やサービスの提供を行っているソフトバンクロボティクスや、配送ロボットの社会実装に力を入れるアスラテックなどがけん引している。
自動運転機能の応用は今後も進み、さまざまなタスクを担うロボットが社会に実装されていくことが予想されるため、この分野における各社の存在感はますます高まりそうだ。
ソフトバンクロボティクスは清掃ロボや配膳ロボを実用化
2014年設立のソフトバンクロボティクスは、長らくPepperを主体とした事業に力を注いできたが、2017年に業務用清掃ロボット事業への参入を発表し、翌2018年には自動運転技術を活用した床洗浄機「RS26 powered by BrainOS」の提供を開始した。
また、Pepperに続き自社開発した清掃ロボット「Whiz(ウィズ)」はコロナ禍で存在感を大きく増し、業務用の自律清掃ロボットとして世界シェアナンバー1に輝いている。
2020年には、飲食店などで活躍する配膳・運搬ロボット「Servi(サービィ)」を発表したほか、2021年2月にはアイリスオーヤマと合弁「アイリスロボティクス」を立ち上げるなど、自動運転技術を活用したロボットのサービス化を加速させている印象だ。
アスラテックは配送ロボの導入を加速
ロボット専業企業として2013年に設立されたアスラテックは、ロボット制御システムの企画や開発などを主体に開発支援やコンサルティング事業などを展開している。
2020年に香港のRice Roboticsが開発した屋内向けの自動運転配送ロボット「RICE(ライス)」の国内展開のサポートを開始し、JR東日本が高輪ゲートウェイ駅で実施した実証実験や、日本郵便による配送ロボットの活用に向けた実証実験にRICEを提供している。
■【まとめ】SBGの戦略が社会にイノベーションをもたらす
この10年で大きく動き出したSBGのモビリティ事業やロボティクス事業は、今後の10年で大輪を咲かせる可能性が高い。
先端技術を有する各投資先企業とSBGのコラボレーションによる化学反応は、社会にどのようなイノベーションをもたらしていくのか。要注目の10年になりそうだ。
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大手デジタルマーケティングエージェンシーのアイレップにて取締役CSO(Chief Solutions Officer)として、SEO・コンテンツマーケティング等の事業開発に従事。JV設立やM&Aによる新規事業開発をリードし、在任時、年商100億から700億規模への急拡大を果たす。2016年、大手企業におけるデジタルトランスフォーメーション支援すべく、株式会社ストロボを設立し、設立5年でグループ6社へと拡大。2018年5月、自動車産業×デジタルトランスフォーメーションの一手として、自動運転領域メディア「自動運転ラボ」を立ち上げ、業界最大級のメディアに成長させる。講演実績も多く、早くもあらゆる自動運転系の技術や企業の最新情報が最も集まる存在に。(登壇情報)
【著書】
・自動運転&MaaSビジネス参入ガイド
・“未来予測”による研究開発テーマ創出の仕方(共著)