孫正義の事業観(3)中国・滴滴出行との記者会見の全貌 ソフトバンク特集—ライドシェア・5G・AI自動運転

訪日中国人のニーズ把握やローカライズ目指す



ソフトバンク株式会社(本社:東京都港区/代表取締役社長:宮内謙)は2018年7月19日、中国ライドシェア事業を手掛ける滴滴出行(DiDi Chuxing:ディディチューシン)と共同記者会見を東京都内で開き、日本国内で次世代タクシー配車サービスを提供することを目指した合弁会社として「DiDiモビリティジャパン株式会社」を設立したことを発表した。


発表によれば、2018年秋からまず大阪でこの事業をトライアルでスタートする。その後、京都・福岡・沖縄・東京へ順次拡大するという。

自動運転ラボは「ソフトバンク、秋から大阪でタクシー配車サービス 中国ライドシェア滴滴出行と無償トライアル 」で速報記事を発信した。特集第3回目では新サービスの詳細のほか、DiDiモビリティジャパン株式会社の経営陣が記者会見などで語った言葉を全文掲載し、ソフトバンクの事業戦略の一端を読み解く。

記者会見に臨むソフトバンク株式会社の宮内謙社長(中央左)と滴滴出行のジーン・リュウ社長(中央右)、DiDiモビリティジャパン株式会社のスティーブン・ツー社長(左)と菅野圭吾取締役(右)=撮影:自動運転ラボ
■サービスの詳細①:訪日中国人の需要見込み、電子決済機能も充実

DiDiモビリティジャパン社がまず大阪でトライアルとしてスタートさせるのは、日本人だけではなく、増え続ける訪日中国人をターゲットにもした配車サービスだ。

人工知能(AI)を活用し、タクシーとユーザーをマッチングさせる。ユーザーは配車アプリを使って簡単な操作ですぐタクシーを呼んで乗ることができ、事前にクレジットカード登録をしていれば決済もアプリで完結させることができる。中国人の間で普及する電子決済の「WeChatペイ」や「アリペイ」などにも対応している。ドライバーにとっては、実車率の向上やオペレーションの効率化につながる。


■サービスの詳細②:ドライバー用に翻訳機能、業者向けに解析機能も

具体的には、ユーザーにはスマートフォン用の乗客用アプリ、ドライバーには専用アプリがインストールされたタブレット端末、タクシー業者にはウェブ管理コンソールを提供するという。

ドライバー用アプリにはカーナビ機能や売り上げ管理機能、訪日観光客と会話ができる翻訳機能もついているという。タクシー業者向けの管理コンソールでは、日々の売上や実車率、稼働率、注文数やドライバーの評価が全て「見える化」でき、管理やデータ分析ができるという。

■要人発言①:「タクシー業界に大きな価値、収益をもたらす」——DiDiモビリティジャパン社のスティーブン・ツー代表取締役
今後の事業展開について語るDiDiモビリティジャパン株式会社のスティーブン・ツー社長=撮影:自動運転ラボ

DiDiモビリティジャパンの代表取締役として就任したスティーブン・ツー氏は記者会見の冒頭、中国での事業や今後の日本での展開について語った。

スティーブン・ツー代表取締役:DiDiは5億5000人以上の顧客を持ち、1日3000万人以上のタクシードライバーが稼働するモバイルベースの配車サービスを提供してきました。また、ライドシェアのグローバル企業であるリフト、99、タクシファイ、オラなどと提携し、世界におけるDiDiのサービス利用可能都市数は400都市以上で、年間乗車数は100億以上になるなど、世界のパートナーとともに世界最大のプラットフォームを展開してきました。


【参考】リフトは米国でライドシェア2番手、99はブラジルのライドシェア企業、タクシファイは東欧エストニアに本拠地を構えるスタートアップ、オラはインド最大手のライドシェアサービスだ。ライドシェア業界の最新動向については「ライドシェア企業、世界で300社突破 日本企業はゼロ?|自動運転ラボ 」も参照。

これまで培ってきたDiDiの技術やプラットフォームを日本で展開することにより、お客様によりよいライフスタイルを提供し、タクシー業界には大きな価値、収益や効率性をもたらすことができると確信しています。

タクシー事業者向けサービスの具体的な配車プラットフォームは、機械学習をベースにした技術で、スマートな需要予測ができることが特長です。現状、日本のタクシードライバーは経験値や知識、勘に基づき次のお客を探していますが、ドライバー向けのアプリケーションを使うと85%の精度で次の需要を探し出すことが可能になります。天気、エリアなどの条件下も予測できる画期的なシステムです。

また、乗車向けアプリはスマートフォンにインストールすることで簡単にタクシーの配車サービスを利用することができます。このアプリには安全性の技術も搭載されており、深夜帰宅時間帯に現在どこを走行しているかがわかることも特長です。

つまりDiDiモビリティジャパン社の日本におけるミッションは、乗客には「より早く、より便利に、より安全に」を、運転手には「パフォーマンス向上」を、タクシー会社には「配車効率化と実車率向上」を提供することということになると言えそうだ。

■要人発言②:「日本のタクシーの優れたサービスは、需要拡大の余地がある」——DiDiモビリティジャパン社の菅野圭吾取締役
日本のタクシー業界などについて語るDiDiモビリティジャパン社の菅野圭吾取締役=撮影:自動運転ラボ

DiDiモビリティジャパン社取締役の菅野圭吾氏は、今回の合弁会社設立に至った経緯と今後の展望を次のように語った。

菅野圭吾取締役:DiDiとの日本での展開にあたり、これまで再三に渡って議論を繰り返してきました。日本のどこにOpportunity(商機)と課題があり、解決するものは何かということです。様々な国のタクシーと比較をしてみても、日本のタクシードライバーの技術の高さ、車内環境の快適さは素晴らしいものです。また国土交通省の統計による市場規模は1.5兆円と、世界第2位の市場となっています。

日本のタクシーならではの優れたサービスや独自の技術は、これからも需要拡大の余地があると考えています。しかし、残念ながら今の日本のタクシーの市場規模はデータによると年々縮小傾向にあり、他国に比べると実車率は低いとされています。中国の実車率60〜70%に比べ、日本の実車率は42%に止まっています。これを、DiDiの導入により中国並みの60%まで引き上げることを目標にしています。

また、それとともに日本政府が掲げる訪日観光客数にも目を向けています。2020年のオリンピック開催年には4000万人、2030年には6000万人の訪日観光客数が見込まれます。その中でも約半数の訪日観光客は中華圏からの旅行者と予想もされています。

■記者会見①:事業者やユーザーに取り入れてもらえる形に

Q:タクシー企業の中ではもうすでに、配車アプリケーションを自社開発したり、ほかの事業者と提携している企業も多数あると思うが、そういったところとはどうやって関係を築いていくのか。また、他社の配車アプリとどう対峙していくつもりか。

A:我々のサービスはオープンプラットフォームなので、(タクシー事業者が)他社のサービスを導入していても構わず、ほかのサービスと提携している会社にはこれを提供しないということはないです。DiDiですでに蓄積されたテクノロジーの知見やノウハウには自信を持っていますし、サービスを選ぶのはタクシー事業者やユーザーの方です。その方達にぜひ取り入れていただけるような形を作り、開拓していこうと思っています。

■記者会見②:ソフトバンクのスマホやタブレット上で提供

Q:この事業でのソフトバンクとしてのメリットや資源、全体の事業に相乗効果はあるのか。

A:事業戦略の一環として捉えています。全てはスマートフォンもしくはタブレットの上で提供されるので、通信事業と完全に離れているわけではなく、日本のキャリアを超えて様々なサービスを提供できればと考えています。また、新たなサービスの軸、事業戦略として捉えています。

■記者会見③:配車料金はタクシー企業と協議しながら設定へ

Q:配車料金はどのようにしていくのか。ライドシェアに関してはどのように考えているのか。

A:配車(迎車)料金は、今後タクシー企業と協議しながら設定していきます。またこの事業で、何かしらのマーケティングやプロモーションも請け負っていこうと思っていますが、非公開です。基本的にライドシェアに対しての意識は持っておらず、どうしたらタクシー事業者と共存していけるかというのを考えています。また、どのような新しい移動手段を提供し、需要の拡大および課題の解決をどうしたらできるかということも考えています。

■記者会見④:大阪でのトライアル期間は未定、手数料は非公開

Q:大阪でのトライアル期間の目安はどのくらいか。手数料のイメージは決まっているか。

A:トライアルの期間はまだ、決まっておりません。3カ月、半年と試していくなかで、さまざまな改善点がみえてくると思うので、慎重にしっかり対応していこうと考えています。そうした中で、ほかのどの地域でどう拡大していくのかを見極めていく予定です。手数料に関しても、ここでは非公開とさせていただきます。ビジネスの状況により判断をしていく形です。

■記者会見⑤:まず大阪を選んだ理由は訪日中国人のニーズを汲むため

Q:以前、大阪でタクシー配車サービスの展開した英ヘイローは撤退に終わっている。このように、あまり相性が良くないと思われる大阪を、トライアル地として選んだ理由はどこにあるのか。

A:トライアル対象として選んだ理由は、プロダクトに反映させるためです。一番大きな理由としては訪日中国人に関西国際航空が多く使われているということがあります。また、タクシー配車はグローバルな技術といえども、ローカルな細かい事柄に対応していかなければいけません。訪日観光客が日本でどんなタクシーの使い方をするのかも把握し、日本国内のユーザーの意見も反映させていきます。(日本全体だけではなく大阪だけの)ローカルの習慣などもパートナー(タクシー事業者)と協議し、ローカライズすることを目指しています。

【参考】ヘイホー(HAILO)はイギリス発のタクシー配車サービス。大阪へ2013年9月に進出してサービスを開始したが、東京進出も適わず、最終的には日本国内でのサービス提供を2015年8月に終了させている。地元のタクシー業者も参画してサービスが進められていたが、経営体制や資金面の問題などで撤退したとされている。

■記者会見⑥:「白タク」は新サービスの普及で自然に淘汰

Q:現在日本で問題となっている白タクをどうやって排除していくのですか。

A:DiDiのプラットフォームは基本的には、多数の中国人を含む訪日外国人の方々が自然に使えるものです。白タクを意図的に排除するということではなく、このサービスが浸透するということで自然に淘汰されていくものと思っています。

また、法的に問題となっている白タクやライドシェアサービスではありません。法規制にきちんと対応したタクシー会社と提携していきます。また、このプラットフォームでは最先端のテクノロジーで顔認証もできます。登録された正規のドライバーだけがプラットフォームを使用できます。

■まとめ:いずれ「ライドシェア」型での展開も視野に?

ソフトバンクと滴滴出行がタッグを組んで提供するサービスは、こうした発言からも分かるように、「ライドシェア型」ではなく「タクシー配車型」だ。日本の法令に遵守した形に落ち着かせ、日本流での事業拡大を目指す。

ソフトバンクは滴滴出行の主要株主であり、両社は蜜月の関係であると言える。まず日本において両社で配車サービスNo.1の座を狙い、その後はそれまでの事業を足掛かりに、いずれ解禁される可能性もあるライドシェア型での勝利も、虎視眈々とねらっていく目的もあると思われる。

>>孫正義の事業観 目次

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(閲覧中)孫正義の事業観(3)中国・滴滴出行との記者会見の全貌

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