国土交通省は2019年6月、「限定地域での無人自動運転移動サービスにおいて旅客自動車運送事業者が安全性・利便性を確保するためのガイドライン」を策定・公表した。これにより、無人自動運転による移動サービス導入に関わる必要要件などが明確になり、導入を目指すバス・タクシーをはじめとした事業者らの取り組みも加速しそうだ。
このガイドラインの中身を追うとともに、改めて各国の自動運転タクシー事業の動向をまとめてみた。
【参考】ガイドラインについては「限定地域での自動運転旅客運送、バスやタクシーのガイドラインを発表 国土交通省」も参照。
記事の目次
■ガイドラインの概要
正式名称は「限定地域での無人自動運転移動サービスにおいて旅客自動車運送事業者が安全性・利便性を確保するためのガイドライン」で、国土交通省自動車局がまとめた。
自動運転車の導入初期段階となる2020年~2025年頃において、従来型の車両に少しずつ自動運転車が混在し始める「過渡期」を想定したもので、限定地域で無人自動運転移動サービスを導入する旅客自動車運送事業者が、安全性及び利便性を確保するために対応すべき事項について検討していく際に必要となる基本的な考え方が示されている。
ガイドラインの対象者は、限定地域での無人自動運転移動サービス導入に際し実現が期待される「遠隔監視・操作者の監視等による安全確保措置を前提とした場合」と「レベル4に係る技術の確立・制度の整備後における場合」となっている。
基本的な考え方
限定地域での無人自動運転移動サービスにより旅客自動車運送事業を行う際、旅客自動車運送事業者は、運転者が車内にいる場合と同等の安全性を確保するため、所要の環境、体制などの整備、確認などについて責任を持って行うことが必要としている。
また、遠隔監視・操作者は、道路交通法を遵守し、運行の安全の確保に努めることが必要なほか、第二種運転免許の保持など道路運送法上の運転者に課された義務を負うこととする。事業者は、遠隔監視・操作者の指導監督を適時行うことなども求められる。
運転者以外の乗務員に関しては、車掌の乗務について定めた旅客自動車運送事業運輸規則第15条の要件に該当する場合や、非常時などの対応のために必要がある場合は、車掌などの運転者以外の乗務員を車内に配置することも想定されるため、運輸規則に定められた乗務員や運転者、車掌に関する事項のうち、運行中に必要となるものについて対応すべき事項の順守が求められる。
対応すべき事項
対応すべき事項は①交通ルールを遵守した運行の安全の確保②旅客の安全の確保③点検・整備等による車両の安全の確保④運行前の点検の実施の確認⑤非常時等の対応、連絡体制の整備⑥事故の記録⑦運行の記録⑧事故やヒヤリハット事例を踏まえた対応⑨運送実施のための体制整備⑩旅客の利便性の確保―の10項目。
①では、遠隔監視・操作者の監視等による安全確保措置を前提とした無人自動運転移動サービスにおいては、車両の特性や運行する路線・経路・営業区域の道路及び交通の状況、運行に関して生ずるさまざまな危険などを確実に把握した上で、適切なルート・エリアとすることにより運行の安全を確保することが必要としている。
②では、乗降口の扉の開閉について、遠隔地から車室内や車外の状況を把握できるカメラなどを活用しつつ旅客の状況に注意して扉を開閉する仕組みや、乗客にシートベルトの着用を呼び掛けるなど遠隔地から車内にアナウンスする装置といった安全確保に向けたシステムが必要としている。
③では、使用過程の車両の安全確保の観点から、車両の保守管理(点検整備)及びサイバーセキュリティを確保するためのソフトウェアのアップデートなど、必要な措置を講じることについても適切に対応できるようにすることが必要としている。
⑤では、運行を中断した場合や事故により旅客が死傷した場合、天災により安全確保に支障が生ずるおそれがある場合、重大な故障を発見した場合など、車室内外の状況を把握できるカメラやセンサー、音声通信設備、旅客からの通報装置を設置するなどし、非常事態発生の有無や発生した場合の旅客の状況、発生した場所等を適切に把握することが必要としている。
また、通信ネットワークの冗長性を十分に確保し、万が一遮断された場合においても、安全な場所に車両を自動で移動し停止させるミニマル・リスク・マヌーバーの設定など、安全を確保するための対応も必要としている。
⑥では、事故が発生した際、自動運転システムの作動状況や車室内外の映像などの事故の状況を把握するため、必要な情報について事故の記録とともに適切に保存することが必要としている。
⑧では、運行情報の入力や回送板の掲出、運賃及び料金の払戻しといった運転者が運送実施のために行っている事項について、無人自動運転移動サービスにおいても行うことを求めている。
自動運転レベル4に係る技術の確立・制度の整備後の対応
将来の制度整備後においても、旅客自動車運送事業者は①交通ルールを遵守した運行の安全の確保②運行の記録③事故やヒヤリハット事例を踏まえた対応④遠隔監視・操作者の監視等による安全確保措置を前提としたものと同様に対応すべき事項⑤その他対応すべき事項―について対応することが必要と想定している。
地方運輸局などにおける確認
旅客自動車運送事業者は、地方運輸局又は沖縄総合事務局に対し、新たに行う無人自動運転移動サービスに関し、道路運送法に基づく各種申請を行う際や、遠隔型自動運転システムを搭載した自動車の基準緩和認定を受ける際など、運転者が車内にいる場合と同等の安全性及び利便性を確保するために対応すべきとされている事項について適切に対応できることを併せて示すとともに、道路交通法第77条の道路使用許可を受けた場合についても、遅滞なく示すこととしている。
■民間企業の自動運転タクシーの取り組み
ZMP×日の丸交通
国内で唯一実現目標を2020年に定め、開発と実証を進めるロボットベンチャーのZMPとタクシー事業者の日の丸交通。2018年8月から9月にかけ、世界初の自動運転タクシーによる公道での営業サービス実証実験も行った。
東京都の2019年度ビジネスモデルプロジェクト支援事業にも両社の「空港リムジンバスと連携した都心部での自動運転タクシーサービス」プロジェクトが選定され、中央区〜千代田区間で実証実験を行う予定となっている。
【参考】ZMPと日の丸交通の取り組みについては「世界初、自動運転タクシーの営業サービス実証実験がスタート ZMPと日の丸交通、大手町と六本木間で9月8日まで AI、ICT技術も活用 東京オリンピックの2020年に実用化」も参照。
日産×ウェイモ&日産×DeNA
世界に先駆け、2018年12月に米アリゾナ州で自動運転タクシーの有料商用サービス「ウェイモワン」をスタートした米ウェイモ。2019年7月には、カリフォルニア州公益事業委員会(CPUC)から自動運転タクシーサービスの許可も与えられ、同州内でも近くサービスを展開するものと思われる。
一方、国内でDeNAとタッグを組んで「自由な移動」をテーマに据えた「Easy Ride」の実証実験を2018年から行っている日産自動車は、2019年6月、アライアンスメンバーの仏ルノーとともにウェイモと無人モビリティサービスに関する独占契約を締結したことを発表している。
日本とフランスにおいて無人運転の乗客・配送向けサービスの提供を実現するため、まず3社で市場分析や共同調査を進めて可能性を探ることとしており、グローバル展開を目指すウェイモの日本進出の足掛かりとしても注目が集まるところだ。
【参考】ウェイモの取り組みについては「カリフォルニア州、ウェイモに自動運転タクシーのサービス許可」も参照。日産とウェイモの取り組みについては「日産とルノー、自動運転分野でグーグル系ウェイモと独占契約」も参照。
トヨタ×Uber?
トヨタ自動車と米ライドシェア大手のUber Technologies(ウーバー)の動向からも目が離せない。トヨタとウーバーはライドシェア領域における協業を検討する旨の覚書締結を2016年5月に発表後、2018年8月には協業を拡大し、トヨタのガーディアンシステムを同社の自動運転キットと融合させたライドシェア専用車両をライドシェアネットワークに導入することやトヨタから5億ドル(約550億円)の出資などが発表されている。
さらに2019年4月には、トヨタ、デンソー、ソフトバンク・ビジョン・ファンドが計10億ドル(約1100億円)の追加出資を発表し、トヨタ自動車は共同開発推進に向け、出資に加え今後3年間で最大3億ドル(約330億円)の開発費負担を行うこととしている。
自動運転×ライドシェアの組み合わせは、ほぼ自動運転タクシーと同一のサービスとなる。ウーバーの実行力とトヨタの技術、ソフトバンクのネットワークなどが組み合わさる相乗効果により、先行他社を脅かす存在として急浮上する可能性は高そうだ。
【参考】トヨタとウーバーの取り組みについては「トヨタやソフトバンク、米ウーバーの自動運転部門に1120億円出資」も参照。
テスラ
2019年4月、投資家を対象にした技術説明会の中で「Robotaxi(ロボタクシー)」事業への参入に言及したテスラ。テスラ車をリース契約したオーナーが、「TESLA NETWORK(テスラネットワーク)」に登録することでマイカーをロボタクシーにすることができるビジネスモデルなども模索しており、個人所有車を活用した自動運転タクシーモデルとしても注目されている。
イーロン・マスクCEOは「2020年半ばまでに完全な自動運転車を100万台以上生産する」と豪語しており、この1年間で大きな動きを見せる可能性は高い。
【参考】テスラの取り組みについては「米テスラ、2020年に100万台規模で自動運転タクシー事業」も参照。
ダイムラー×ボッシュ×NVIDIA
独ダイムラー、独ボッシュ、米NVIDIAというゴールデントリオも、2019年内に米シリコンバレーで無人の配車サービスを試験的に開始する計画を立てている。
ダイムラーは近年独BMWとの距離を縮め、モビリティサービスの領域で統合することも発表しており、この輪の中にBMWが加わる可能性も考えられる。
一方でBMWは、イスラエルのモービルアイを傘下に持つ米インテルと自動運転プラットフォームの開発を共同で進める「開発連合」を2016年に結成している。
NVIDIAとライバル関係にあるモービルアイは、独フォルクスワーゲンと自動運転車の配車サービスを2022年からイスラエルでスタートすると発表している。
複雑に交差する協力関係が今後どのように進展するか。業界の構図にも注目だ。
【参考】ダイムラーなどの取り組みについては「ダイムラーの自動運転戦略まとめ 計画や提携状況を解説」も参照。
GM Cruise
米ゼネラル・モーターズ(GM)、及び傘下のCruise Automation(クルーズ・オートメーション)は、2019年にも自動運転タクシー事業に着手し、先行するウェイモを追いかける計画だ。
クルーズは2019年5月、GMやソフトバンク・ビジョン・ファンド(SVF)、ホンダなどから新たに11億5000万ドル(約1260億円)の追加出資を受けることを発表しており、自動運転技術の開発とともに自動運転タクシー事業に本格着手する公算が高い。
米国ではこのほか、Zooxなどのスタートアップも自動運転タクシー開発を進めており、ウェイモを追いかける各社の動き次第で自動運転タクシーが一気にメジャーな存在となるかもしれない。
【参考】GMグループの取り組みについては「自動運転企業のGMクルーズ、新たに11.5億ドルを資金調達」も参照。
百度
中国では、ネット検索最大手の百度(バイドゥ)に自動運転タクシーの運用開始を目指す動きがあり、2019年下半期にも自動運転タクシー事業に着手すると報じられている。
アポロプロジェクトで世界各国の企業と連携するほか、2019年7月には中国政府から北京市内における公道走行実験に関するライセンスを付与されるなど着実に開発を進めており、ウェイモに次ぐ2番手集団に急浮上した格好だ。
【参考】百度の取り組みについては「ウェイモに続く自動運転タクシーの商用化、「百度」が浮上」も参照。
■【まとめ】自動運転タクシー早期実現に弾み 開発・実証が加速
米国や中国のように、開発や実証に対し良い意味で寛容な国はやはりスピード感があり、実用化してから各種ハードルを取り払うような場面も散見される。
対して日本は安全重視であり、社会受容性も無視できない風土だ。だからこそ実用化の際にはクオリティの高い製品・サービスが世に送り出され、ユーザーは安心を享受しながら利用することができる。反面、制度面が整わないとなかなか実証が進まず、実用化に遅れが生じるのも事実だ。
このような中、日本政府は近年、道交法の改正や各種ガイドラインの策定など法制度面の構築を着々と進めており、さまざまな分野で実証実験を行いやすい環境が整ってきた。今回のガイドライン策定により、自動運転タクシーなどの早期実現に弾みがつくはずだ。
ウェイモをはじめ先行各社に後れを取っているのは事実だが、日本ならではのクオリティときめ細やかなサービスを武器に改めて主導権争いに加わることは可能だ。実現後のさらなるイノベーションにも期待し、加速する開発・実証実験に注目したい。
【参考】関連記事としては「自動運転タクシーの実現はいつから? 料金やサービスは?」も参照。