テスラ、Appleの自動運転技術を「0円買収」か ロボタクシー事業の利益還元?

イーロン・マスク氏の思惑を考察



出典:Dunk / flickr (CC BY-SA 2.0 DEED)

米EV(電気自動車)大手テスラを率いるイーロン・マスク氏が、ロボタクシーに言及した。詳細は明かしていないものの、SNS「X」に4月6日付で「Tesla Robotaxi unveil on 8/8(テスラロボタクシーが8月8日に明らかになる )」と投稿したのだ。

ロボタクシー構想発表から早5年が経過したが、ついに事業が前進するのか。過去の発表通り、オーナーカーを活用したロボタクシー事業であれば大きな注目が集まるところだが、開発を進めるADAS(先進運転支援システム)「FSD(Full Self Driving)」では技術的に心許ない感を拭えない。賛否両論は必至となりそうだ。


多くの支持を集めるためには、何かもう1つインパクトが欲しいところだ。そこで思い浮かぶのが、米Appleの自動運転開発部門の買収だ。自社開発を諦め宙に浮いたアップルの技術をテスラが導入すれば、話題性としては申し分なく、かつウィンウィンの関係を築くことができそうだ。

話題性を狙ってあえて「0円買収」し、利益の一部をアップルに還元していく可能性もありそうだ。テスラのロボタクシー構想をおさらいしつつ、アップルの技術買収の可能性に触れていこう。

■テスラのロボタクシー構想

マスク氏がこれまでに言及したロボタクシー構想について整理してみよう。

2019年の技術説明会で最新FSDとともに発表

マスク氏は、2019年4月に開催した投資家向けの技術説明会の中で自動運転タクシー(ロボタクシー)構想に言及した。FSDの本格導入とともに「完全自動運転」を実現する計画だ。


FSDはそれ以前からオプションシステムとして提供していたが、Autopilotの上位版という位置づけにとどまっていた。しかし、マスク氏は2018年、これまで米半導体大手NVIDIAに依存していた自動運転チップの自社開発に着手することを発表するなど、自動運転開発を大きく加速させる意思をのぞかせていた。

2019年の技術説明会では、この自社開発したチップ「Dual Redundant FSD Computer(FSD)」を発表した。このチップを2つ搭載したコンピュータをテスラ車に搭載し、ソフトウェアのアップデートを重ねることで完全自動運転を達成できるとした。

オーナーカーを活用したロボタクシーサービス

この際に披露したアイデアがロボタクシー構想だ。FSDを搭載した完全自動運転車をリース販売し、オーナーはテスラが提供する配車サービスプラットフォーム「TESLA NETWORK(テスラネットワーク)」に登録することでロボタクシー事業を行うことができる。


マイカーを使用しない時間帯にロボタクシーとして稼働させることができる新たなビジネスモデルで、運賃によって車両代(リース代)の一部を賄うことができるとしている。高額になることが予想される自動運転車を個人が所有しやすくなる意味でも面白いアイデアだ。

テスラの試算によると、1マイル(1.6キロメートル)あたり0.65ドル(当時のレートで約71円)の報酬を得ることができ、9万マイル(約14万5,000キロメートル)走行すれば3万ドル(同約330万円)得ることができるという。事故の際の責任はテスラが負い、リース契約終了後は車両をテスラに返却する必要があるとしていた。

発表の数カ月前にあたる2018年末には、Waymoがアリゾナ州で自動運転タクシー「Waymo One」をサービスインしている。マスク氏がWaymoを意識したかは不明だが、技術説明会ではライドシェアをやり玉にあげ、Uber TechnologiesやLyftの運賃よりも極めて安価になることを強調していた。

Waymoのように直営形式でロボタクシーサービスを提供するのではなく、自動車メーカーとして車両を広く販売しつつもプラットフォーマーとして収益を上げる算段のようだ。その意味では、ライドシェアに代表される配車プラットフォーマーがライバルなのかもしれない。

なお、マスク氏は当時「2020年半ばまでに完全な自動運転車を100万台以上生産する」とぶち上げていた。

【参考】テスラのロボタクシー構想については「ロボットタクシーとは?自動運転技術で無人化、テスラなど参入」も参照。

FSDがついに自動運転化?

このロボタクシー構想発表から5年が経過し、マスク氏が再びロボタクシーに言及しようとしている。ついにその全貌が明らかになるのか、あるいはいつものように頭の中の最新計画を公表するだけになるかは分からないが、事実上「無人走行が可能な自動運転技術」の進捗状況に言及することになる。

普通に考えれば、現在ベータ版として提供している有料オプションFSDが自動運転の域に達したことになる。しかし、現在のFSDは自動運転レベル2相当で、常にドライバーが周囲を監視し、運転操作に責任を負わなければならないADASにとどまっている。

ロボタクシー実現には、最低でもレベル4が必要となるが、このレベル2のADASを、レベル3を通り越して一気にレベル4を達成できる領域まで進化できるのか?……と問えば、正直疑問だ。

そもそもマスク氏は、自動運転にさまざまな条件が課されるレベル4ではなく、原則いつでもどこでも自動運転が可能なレベル5を目指している。サービス開始=レベル5とは限らないが、少なからず相応のハードルを設けた上でローンチするはずだ。

おそらく、8月8日に予定している発表においては、今後のロードマップを提示することにとどまるのではないか。

例えば、FSDがベータ版を脱し、近々条件付き自動運転となるレベル3の許可を取る。その後、レベル3による走行データを改めて蓄積・分析し、安全な走行を保証できるODD(運行設計領域)を精査した上で比較的広範囲でレベル4に移行し、ロボタクシーサービスへとつなげていく……といった一連のロードマップだ。

その上で、「テスラネットワーク」のような、より具体化したサービスの全容に触れるのかもしれない。いずれにしろ、ロボタクシーサービスをすぐにローンチする……といった内容にはならず、計画ベースの話題となるはずだ。

新たな収益の柱に?

BEV販売が一息つく中、テスラにはさらなる成長ビジョンが求められている。革新派のマスク氏自身も、EVメーカーの枠を超え、車両販売に依存しないビジネスモデルを頭の中に描いているのではないだろうか。

FSDのようなソフトウェアオプションの販売やサブスクリプションサービス、プラットフォームサービスなどもその一手だ。

自動運転が実現すれば、車内エンターテインメントなどサービスの選択肢も大きく広がる。マスク氏は8月8日に何を語るのか。注目必至だ。

■テスラによるアップル技術買収の可能性

アップルならではの技術や発想は大きな価値

突飛な構想を持ち出し、予想の斜め上を行くことが珍しくないマスク氏は、さらなるウルトラC構想を思い描いているかもしれない。

例えば、アップルの自動運転開発部門の買収だ。アップルは約10年間にわたり、自動運転開発プロジェクト「タイタン」を水面下で進めてきたが、2024年に入りついに断念したことが報じられている。

従事していたエンジニアの多くは生成AI(人工知能)部門に回すようだが、蓄積してきた技術の多くは宝箱の中で眠っている。画像認識に関わるパーセプション技術などの基本要素をはじめ、アップルならではの技術やアイデアがたくさん眠っているはずだ。

独自技術にこだわるマスク氏も、アップルの開発視点や発想には興味があるのではないか。特に、自動運転技術以外の部分にこそアップルの本質が眠っている可能性が高い。こうした技術を買収することでアップル×テスラの自動運転サービスが実現すれば、それだけで大きな話題となり、テスラは新たなファン層を獲得することができる。

話題性という観点では、あえて「0円買収」を実現し、アップル名義の独自サービスを実装して利益の一部をアップルに還元していくのも面白そうだ。

アップルがそんな話に乗るか?……と言われそうだが、この10年間の開発をただ無に帰すよりも、自社のブランドや権威を生かす形で収益化できるなら、選択肢として可能性はゼロではないはずだ。

車内エンタメをはじめ、他の自動車メーカーに提供可能なサービスもいろいろと考えていた可能性はあり、そうした事業は宙に浮いているものと思われるが、テスラをモデルに新たな事業展開を構築していくきっかけにもなり得る。最近は成長鈍化を懸念する声も強まっており、だからこそウィンウィンの関係を築けるはずだ。

ティム・クックCEO(最高経営責任者)がどのように反応するかは関係ない。 マスク氏は自身の理論のみで動き、周りはそれに巻き込まれるだけだ。

【参考】アップルの自動運転開発動向については「Appleが開発中止した自動運転技術、「数十億ドル」で売却・現金化か」も参照。

過去にはさまざまな企業を買収

買収劇といえば、マスク氏によるTwitter買収の記憶が新しい。「言論の自由」を建前にTwitter買収案を公表し、同社取締役会の反発や既存株主からの株価操作疑惑による告訴などを受けつつもやり遂げた。「X」への改名、有料のサブスクサービス導入など改革は少しずつ進められている。

テスラとしては、近年は目立つ買収はないものの、過去には親族が設立した太陽光発電ソリューション事業を展開するSolarCityや、自動車部品製造に向けた自動化ソリューションに強みを持つ独Grohmann Engineeringや米Perbix Machine Company、蓄電技術を有する米Maxwell Technologiesなどを買収している。

2023年には、リチウム生産を手掛ける鉱山企業の買収を検討していることも報じられている。自動車メーカーとしての効率的かつ効果的な製造ノウハウの蓄積や、エネルギーマネジメント事業の強化など、いずれも自社事業に直結する企業だ。

一方、それ以前には身売りを検討していたとされる時期もあった。2013年には、アップルやグーグルにテスラを売却しようと交渉していたことが一部メディアで報じられている。双方ともコメントが出されていないため真偽は不明だが、マスク氏であればそれもアリだろう。

いずれにしろ、型にはまらないマスク氏であれば、普通に考えてあり得ないレベルの事業を構想し、かつ実行に移していってもおかしくはないだろう。

■【まとめ】Xデーの発表内容に要注目

破天荒を地で行くマスク氏。Twitterの件 でクックCEOに面会を求めたが、改めて同氏と話し合いの場を持つ日は訪れるのか。要注目だ。

アップルの件は抜きにしても、こうした想像が及ばない構想を持ち出してくるのがマスク氏だ。4カ月後の「X」デーには、果たしてどのような構想を発表するのか。わくわく感が止まらない。

記事監修:下山 哲平
(株式会社ストロボ代表取締役社長/自動運転ラボ発行人)

大手デジタルマーケティングエージェンシーのアイレップにて取締役CSO(Chief Solutions Officer)として、SEO・コンテンツマーケティング等の事業開発に従事。JV設立やM&Aによる新規事業開発をリードし、在任時、年商100億から700億規模への急拡大を果たす。2016年、大手企業におけるデジタルトランスフォーメーション支援すべく、株式会社ストロボを設立し、設立5年でグループ6社へと拡大。2018年5月、自動車産業×デジタルトランスフォーメーションの一手として、自動運転領域メディア「自動運転ラボ」を立ち上げ、業界最大級のメディアに成長させる。講演実績も多く、早くもあらゆる自動運転系の技術や企業の最新情報が最も集まる存在に。(登壇情報
【著書】
自動運転&MaaSビジネス参入ガイド
“未来予測”による研究開発テーマ創出の仕方(共著)




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