Appleが開発中止した自動運転技術、「数十億ドル」で売却・現金化か 

事業買収でパートナーシップも?



自動運転開発を水面下で進めてきた米Apple(アップル)が、ついに開発プロジェクトを断念したようだ。米ブルームバーグが報じている。


事実であれば、数十億ドルと言われる巨額の資金を投じて10年間続けてきた大型プロジェクトを放棄することになる。これまで研究開発してきた知的財産などは無に帰すのか。

アップル独自のアイデアが詰まった研究成果や資産を欲する企業は、意外と多いものと思われる。これまで投じた資金が数十億ドルとして、もしその額で知的財産を得たいという企業がいれば、アップルも喜んで売却を検討するかもしれない。

自動運転事業を売却することで新たなパートナーシップが生まれる可能性もあるため、実現すれば業界は騒然となりそうだ。アップルのこれまでの動向をおさらいしながら、同社の自動運転・自動車分野における価値に迫ってみよう。

■アップルの自動運転開発
幹部が従業員に通達、エンジニアの多くはAI開発分野へシフト

ブルームバーグによると、ジェフ・ウィリアムズCOO(最高執行責任者)と自動運転プロジェクト「タイタン」を統括していたケビン・リンチ氏が、開発に携わる従業員2,000人に開発中止を伝えた。複数の関係者が明らかにしたという。なお、ケビン氏はアップルウォッチのソフトウェア開発責任者だった有力なエンジニアだ。


従業員の一部を対象にレイオフを実施するが、多くは生成AI(人工知能)開発部門に移るとしている。この報道を受け、アップルの株価は一時値を上げた。モヤモヤが続いてきたプロジェクトの中止が一部投資家に歓迎されたようだ。

また、米テスラのイーロン・マスクCEO(最高経営責任者)も同ニュースに反応し、SNSに「敬礼」と「タバコ」マークを投稿している。

アップルから公式発表されることはまずあり得ないため、事実確認も詳細を知ることもできないが、ニュアンスとしては一時中止の類ではなく、事業撤退の線が濃厚なようだ。

ソフトウェア系エンジニアはAI開発など各部門に移り、自動車に特化したハードウェア系エンジニアの多くは退職を余儀なくされるのかもしれない。


二転三転してきたこれまでの経緯を踏まえれば、時を経てこの判断が再び覆る時が訪れるかもしれないが、逸したタイミングは取り戻せない。自社設計による自動運転EVアップルカーの開発は断念したとみるほうが妥当なようだ。

プロジェクト・タイタンは2014年ごろに始動

アップルの自動運転開発は「プロジェクト・タイタン」と呼ばれ、2014年ごろに始動したとされている。当初はEV(電気自動車)・スマートカー開発プロジェクトとして報道されたが、間もなくしてレベル4以上の自動運転開発を進めていることが明らかとなった。

秘密裏に進めているプロジェクトとしてその内容や進捗などは一切明かされておらず、出回る情報の大半は「関係者筋」の話だ。注目度の高さとは裏腹に公式発表が出されないため、これまでも都度さまざまな情報が飛び交っていた。

基本的に他社との共同開発は行わない方針と思われるが、2018年に一度だけ独フォルクスワーゲンとの提携が報じられた。ザ・ニューヨーク・タイムスによると、アップルの従業員向けに自動運転シャトルを配置する計画だ。ただ、その後の進捗は一切報じられていない。

2019年には、地元メディアのサンフランシスコ・クロニクルがタイタンに携わる従業員190人を解雇される予定であることを報じた。このころにはすでにプロジェクトはふらつき始めていたのかもしれない。

一方、同年には自動運転開発を手掛ける米スタートアップDrive.aiを買収することも報じられるなど、短期間で浮き沈みを重ねているような印象だ。

2021年には、プロジェクトの中心メンバーだったダグ・フィールド氏がフォードに引き抜かれ、後任としてケビン氏が責任者の地位に就いた。エンジニア争奪戦は激しさを増しており、テスラ率いるイーロン・マスク氏とも火花を散らしていた。

公道走行は2022年以後本格化?

こうした紆余曲折は、米カリフォルニア州車両管理局(DMV)の公式データからも見て取れる。同州では自動運転の公道実証を行う企業にライセンスを発行しており、許可を受けた企業は登録台数や走行状況などの報告が義務付けられている。

アップルは2017年に車両3台を登録し、2018年1月には27台、同年5月に55台、同年7月に66台、同年9月に70台と着実に登録台数を増やしていった。

走行距離は、2017年(2016年12月~2017年11月)に838マイル、2018年に7万9,754マイル、2019年に7,544マイル、2020年に1万8,805マイル、2021年に1万3,272マイル、2022年に12万5,096マイル、2023年に45万2,744マイルと推移している。増減の波はあるものの、2022年以降は明らかに実証に力を入れていたことがわかる。

一方、登録ドライバー数は2023年3月ごろに過去最大の201人に達し、そのわずか2カ月後には145人まで大幅削減するなど、安定しない状況が続いていた。

【参考】アップルの開発動向については「アップル、自動運転部門を大幅縮小か エンジニアら190人解雇へ」も参照。

【参考】アップルの開発動向については「Apple Car、米加州で自動運転テストのドライバー数が再び増加」も参照。

レベル4からレベル3、レベル2+へ……

自動運転に関しては、当初はハンドルなどの手動制御装置を備えないレベル4以上のオリジナルモデルの開発を進めていたとされる。

2020年に入るとアップルカーをめぐる報道が過熱し、「2021年に発売する」「2024年にも自動運転車の生産を開始する」「アップルカー向けのチップの製造工場を米国内に建設する」「ヒュンダイとパートナーシップを結ぶ」など、さまざまな情報が飛び交った。

2022年に入ると、開発の方向性が大きく変更されたことが報じられた。ブルームバーグによると、アップルは手動制御装置を備えたレベル3市販車の開発にシフトしたという。車両価格は10万ドル(約1,360万円)未満を目指しているとしている。

2024年1月にはさらにレベルを下げ、レベル2+相当のADAS(先進運転支援システム)車を2028年以降に発売する計画が報じられた。もはや自動運転車ではなく、一般的なEVのレベルだ。

そして今回の事業撤退報道が続いた。2022年、2023年と公道実証を加速しながらも、その裏では自動運転技術の開発に限界を感じていたのかもしれない。

【参考】アップルの自動運転開発については「自動運転、Appleは「市販車」、Googleは「タクシー」路線か」も参照。

■自動運転分野におけるアップの価値
自動運転システムそのものは平凡?

おそらくだが、アップルの自動運転技術そのものは特別なものではなく、むしろ平凡なものである可能性が高い。目を見張るものがあれば、レベル4開発を諦める必要がないからだ。

ただ、他社と同様のスタンダードな自動運転システムなのか、あるいはアップルならではの独自技術を盛り込んだ自動運転システムなのかでその評価・価値は変わる。前者であれば特段の価値はなく、経験豊富なエンジニアに価値は集中する。

一方、後者であれば他社との差別化を図ることができるため、内容によってはこれを欲する企業が殺到するかもしれない。パーセプション技術などにおいても、他社と異なる視点でオブジェクトの判別を行うAIアプローチなどを研究していれば、その価値は広く認められるかもしれない。

自動運転に付随する豊富なアイデア・技術は必見?

自動車分野において、アップルは200を超える特許を出願していると言われている。例えば、自動運転車の挙動・動作を周囲のドライバーや歩行者にカウントダウン付きで知らせる技術「Countdown Indicator」や、ジェスチャーで自動車を走行させる技術、バーチャルキー技術、隊列走行時にバッテリー電力を譲り合う技術「Peloton」、シートを通じて乗員に情報伝達する技術「Haptic feedback for dynamic seating system」、音声アシスタント「Siri」で車両を操作する技術などさまざまだ。

このほかにも、エアバッグやバンパーシステム、スマートシートベルト、ウィンドウシステムなどもある。アップルの開発がとん挫したのは、こうした新規格のハード・ソフトを盛り込んだ車両を限られた予算で製造可能なパートナーがいなかったことが要因となっている可能性もありそうだ。

いずれにしろ、アップルの場合、自動運転技術そのものよりもこういったアイデアや技術の方が高い価値を認められるかもしれない。

自動運転開発やEV開発を諦めたとしても、他社の自動運転車やEV向けのサービスなどの開発は続くものと思われる。自社で継続開発するものを選別し、その他の技術やアイデアを売却するのも一手だろう。

事業買収でアップルとパートナーに?

ある意味、アップルブランドの技術・アイデアを買うことができるのであれば、手を挙げる企業は少なくないのではないだろうか。

アップルの自動運転関連事業を引き継ぐことで、アップルとの新たなパートナーシップが生まれるかもしれない。

自動運転市場は今後加速度的に伸びていくことが予想される。リサーチ各社の推計にばらつきはあるものの、おおむね2030年ごろまで年平均成長率20~30%と予測するものが多い。

こうした需要の中には、エンタメ系など自動運転だからこそ可能なさまざまなサービス・ソリューションも含まれる。IoTを活用し、ライフスタイルと融合したサービス展開なども見込める。アップルはこうした分野に強いイメージがある。

自動運転をきっかけにアップルと誼を通じる 絶好の機会と捉えれば、事業買収に巨額を投じる企業が出てきてもおかしくないはずだ。

■【まとめ】他社の自動運転車向けにソリューション展開する可能性も

水面下で行われ続けてきた開発でメディアを翻弄し続けてきたアップル。その存在・ブランドはやはり別格なようだ。

事業売却案はさておき、現実的な目線では、他社の自動運転車向けにソリューション展開を進めていく線が残る。アップルの発想や技術が生きる分野だ。今後は、こうした動向をめぐる報道が飛び交うかもしれない。

事業撤退を決断したとしても、その過程で培ってきた技術やアイデアはまだ生きているのだ。今後の動向と戦略に改めて注目したい。

【参考】関連記事としては「Apple Car暫定情報 自動運転技術に注目」も参照。

記事監修:下山 哲平
(株式会社ストロボ代表取締役社長/自動運転ラボ発行人)

大手デジタルマーケティングエージェンシーのアイレップにて取締役CSO(Chief Solutions Officer)として、SEO・コンテンツマーケティング等の事業開発に従事。JV設立やM&Aによる新規事業開発をリードし、在任時、年商100億から700億規模への急拡大を果たす。2016年、大手企業におけるデジタルトランスフォーメーション支援すべく、株式会社ストロボを設立し、設立5年でグループ6社へと拡大。2018年5月、自動車産業×デジタルトランスフォーメーションの一手として、自動運転領域メディア「自動運転ラボ」を立ち上げ、業界最大級のメディアに成長させる。講演実績も多く、早くもあらゆる自動運転系の技術や企業の最新情報が最も集まる存在に。(登壇情報
【著書】
自動運転&MaaSビジネス参入ガイド
“未来予測”による研究開発テーマ創出の仕方(共著)




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