水面下で自動運転開発を進める米Apple(アップル)の開発方針が変わったようだ。米ブルームバーグによると、アップルは2026年をめどにハンドルなどの制御装置を備えたEV(電気自動車)を発売する計画で、自動運転機能は幹線道路(高速道路)にとどまる見込みという。
これまでは、サービス用途と思われる完全自動運転車の開発を進めていると報じられることが多かった同社だが、ここにきて大きな方向転換を行ったようだ。
つまり、GAFAMの1社であるAppleは「市販車」の発売で自動運転市場に参入するということになりそうだが、一方、同じくGAFAMの1社であるGoogleは自動運転タクシーという「サービス」で市場参入を果たしている。両社の自動運転に対するアプローチの違いはなかなか興味深い。
この記事では、ブルームバーグの報道を参考に、Apple社の戦略に触れていく。
記事の目次
■最新報道の内容
自動運転機能を搭載した手動運転車を開発
ブルームバーグによると、アップルはハンドルやペダルなどの手動制御装置を備えない完全自動運転車は現在の技術では実現できないとし、開発目標を下げて手動制御装置を備えたEVを開発し、幹線道路(高速道路)における自動運転機能のみをサポートする設計を進めているとしている。
発売目標時期も従来噂されていた2025年から1年繰り下げ、2026年とする。販売価格については、これまでは12万ドル(約1,630万円)超を見込んでいたが、現在は10万ドル(約1,360万円)未満を目指している。事情に詳しい複数の関係者が明らかにしたという。
レベル3市販車開発でターゲット変更か
これまでの報道では、アップルはハンドルやペダルなどのない完全自動運転車の開発を進めているとされてきた。野心的にレベル5開発を進めていない限り、これはサービス向けの自動運転車両に該当する。アップルは、移動サービス向けの自動運転車を軸にレベル4のオリジナル車両の開発を進めているものとされてきたのだ。
しかし、今回の報道では、手動制御装置を備え幹線道路(高速道路)における自動運転機能をサポートするとされている。「自動運転機能をサポートする」がレベル3以降を示しているかは定かでないものの、ブルームバーグの後を追ったロイターによると、セカンダリアクティビティを行っているドライバーに対し、手動操作に切り替える際に十分な余裕をもって警告を発する車両の開発を計画している――としている。
これはレベル3に相当し、現在自家用車の分野で市場化が始まった「高速道路における条件付き自動運転」を実現する車両を開発するということになる。
レベル4開発からレベル3開発へトーンダウンしたことになるが、むしろ重要なのは、ターゲットが変更された点だ。
この手のレベル3車両は、コンシューマー向けを中心とした市販車両となる。アップルは、移動サービス事業者らをターゲットに据えたレベル4から、コンシューマーをメインターゲットに据えたレベル3へとアプローチを変えたのだ。
当初計画では、グーグル系WaymoやGM傘下のCruiseのように、ドライバーレスによる自動運転移動サービスを展開する事業、あるいは仏NavyaやEasyMileのようにサービス事業者向けに車両を販売する事業を模索していたものと思われる。
しかし、今回の方針転換は、言わばテスラやNIOといったEVメーカーを目指すものとなる。アップルは完成車メーカーとして自動車業界にアプローチし、その上で自動運転業界への参入も図っていくものと思われる。
■サービスカーよりも自家用車の方が・・・
アップルは、iMacやiPod、iPhoneといったオリジナル製品で自社ブランドを確立してきた。独自のデザインや性能、機能などでとことん他社と差別化を図り、あるいは新たな市場を開拓し、現在の地位を築いてきたのだ。
この精神は自動運転分野でも発揮されるものと思われ、「アップルカー」が他社とどのような差別を図っていくのかさまざまな憶測や希望が飛び交っている。アップル製品には、常に新規性が求められているのだろう。
アップルが水面下でどのような構想を練っているかは不明だが、利用者目線では自動運転による移動サービスよりも、自家用EVの方が高い満足度を得られるかもしれない。
自動運転サービスであれば車内で可能なサービスは大きく広がり、アップルならではの新規性あふれる数々のアイデアを存分に実現できるかもしれない。ただ、移動サービスの多くは乗車時間が数分から数十分程度であり、時間的な制約が大きい。短時間で可能なサービスでどれだけ高い効用を得られるかは未知数だ。
一方、自家用EVであれば、新たなアップル製品を所有する喜びとともに、自分好みにカスタマイズした機能を楽しむことができそうだ。可能なサービスは限定されるかもしれないが、インフォメーションやエンターテインメントといったインフォテインメント機能をはじめ、ハード面でも既存の自動車と異なる仕様を導入し、他社と差別化を図ることができるかもしれない。アップルの訴求力は自家用車でこそ発揮されるのではないだろうか。
そのうえで自動運転機能を徐々に高度化していけば、可能なサービス領域も拡大していくことができる。ビジネス的には、移動サービスよりもむしろ市販車両の方がアップルに適しているのかもしれない。
■紆余曲折が続くプロジェクト「Titan」
アップルは2014年ごろに自動運転開発プロジェクト「Titan(タイタン)」を始動したと言われている。当初はEV・スマートカーの開発を進めていると報じられることが多かった。
その後、米カリフォルニア州車両管理局(DMV)が自動運転車の公道走行向けに発行しているライセンスをアップルが取得したことが明らかになり、自動運転開発を行っていることが確実となった。実際、カリフォルニア州では公道を走行するアップルの試験車両が多数目撃されている。
その後、エンジニアの大量解雇や自動運転開発を手掛けるスタートアップ米Drive.aiの買収など、紆余曲折を経つつも開発を継続している印象だ。
なお、アップルは自動運転開発に関する情報を能動的に発表したことは一度もない。多くは関係者筋の話としてメディアが取り上げたものとなっている。「アップルカー」という呼称も正式名称ではなく、あくまでメディアや関係者が便宜上名付けたものだ。
【参考】アップルの取り組みについては「Apple Car暫定情報(2022年最新版) 自動運転化は確定?」も参照。
Apple Car暫定情報(2022年最新版) 自動運転化は確定? https://t.co/lhpR8iuxBV @jidountenlab #Apple #自動運転
— 自動運転ラボ (@jidountenlab) November 22, 2022
■本気度がうかがえる数々の特許
アップルが申請した自動車関連の特許は、すでに200件を超えていると言われている。エアバッグやバンパー、シートベルト、ウィンドウ関連など、車体の構造や安全装置に関わる特許も多く、自動車開発への本気度がうかがえる。
構造含め自動車を再定義している様子で、アップルの真骨頂がどのような形で車体に反映されるのか、こうした点にも要注目だ。
■車載情報系OS・ソフトウェアでも本領発揮
既存の自動車分野では、車載情報系OS・ソフトウェアの領域で存在感を発揮している。自動車のインフォテインメントシステムとiPhoneを連携する「CarPlay」は、自動車メーカーが提供するアプリからエアコンやラジオなどの操作を可能にするなど、各種コネクテッド機能を実現している。
2020年公開のiOS 14には、iPhoneをデジタルキーにする機能も備わっている。車載インフォやコネクテッド関連はアップルお得意の分野だ。
自動運転車であれば、こうした各機能を発展させた新たなサービスを実現することが可能になる。まずはレベル3でどのようなサービスを提供するのか期待が寄せられるところだ。
【参考】アップルの取り組みについては「Apple、自動車ビジネスを本格展開へ iOS活用、自動運転車開発も」も参照。
Apple、自動車ビジネスを本格展開へ iOS活用、自動運転車開発も https://t.co/81d3oX1twu @jidountenlab #Apple #自動車 #自動運転
— 自動運転ラボ (@jidountenlab) November 3, 2021
■【まとめ】求められる「アップルらしさ」
上記はあくまで関係者筋の話であり、アップルは今後もどんどん軌道修正していく可能性が高い。アップルが発売を予定する2026年には、EVもレベル3もそれほど珍しいものではなくなり、さらなる新規性を求められることになるが、そこでものを言うのがおそらく「アップルらしさ」だろう。
自動車分野における「アップルらしさ」をどのような形で創造し、実現するのか。引き続き同社の動向に注目だ。
【参考】関連記事としては「自動運転タクシー、「世界初」はGAFAMのどの企業?」も参照。