自動運転「責任の所在明確化を」 日本学術会議が提言

人口減社会を見据えた全体構想に言及



日本学術会議がこのほど、「自動運転の社会実装と次世代モビリティによる社会デザイン」と題した提言を発表した。


同会議はこれまで、2017年に「自動運転のあるべき将来に向けて -学術界から見た現状理解-」、2020年に「自動運転の社会的課題について -新たなモビリティによる社会のデザイン-」と題した提言を行ってきたが、モビリティの進化を包含した社会デザインについてはさらなる審議が必要とし、新たに検討委員会を設置し議論を重ねてきた。

国立アカデミーとして、自動運転に対しどのような見解を示したのか。主な論点と提言内容を紹介する。

▼自動運転の社会実装と次世代モビリティによる社会デザイン
https://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-25-t352-1.pdf

■論点整理その1:ELSI(倫理的、法的、社会的課題)とRRI(責任ある研究・イノベーション)
作動状態記録装置のデータを基にした客観的解決方法を確立

非技術的な面からの検討の必要性を指摘し、特に倫理の観点や責任の所在に関する部分を課題に挙げている。


トロリー問題(トロッコ問題)にも言及しており、例として、自動運転バスなどにおいて事故回避のため急ブレーキを踏んだ際に発生し得る車内事故への対応を挙げている。こうした問題に対しては、法規やガイドラインでは定められていない。

また、事故が生じた際、自動運転車事故調査委員会が原因究明と再発防止を担うが、責任追及の在り方やプログラム開発者の免責のルール化の検討も必要としている。民事的には製造物責任法によりプログラム開発者が賠償責任を負う必要もある。

保険で解決されることが期待されるが、運転者への聞き取り調査を中心にした従来の事故調査方法を、作動状態記録装置のデータを基にした客観的な事故紛争解決法に変えていく必要があるとしている。

なお、トロッコ問題に関連し、国は2024年度予算にレベル4における法規要件の策定を盛り込んでいるようだ。


【参考】トロッコ問題については「自動運転、国交省が「トロッコ問題」の解決などに予算2.4億円計上」も参照。

社会受容性は不安定、自動運転の便益を周知することも重要

社会受容性の観点では、自動運転車に対する態度は、導入のされ方や事故情報など少数のインパクトのある情報により容易に変化するという不安定さを指摘している。

社会受容性を高める活動としては、経済や事業性の面だけでなく、過疎地での公共交通維持や移動困難者の移動手段確保など、社会課題解決にもつながる仕組みを作り、その便益を伝えることが求められる。

交通システム全体に関わるビジョンの中で、自動車が移動のニーズにいかに応えるのか、その位置付けを示しながら、開発者と市民間の双方向のコミュニケーションについても検討を進める必要があるとしている。

国レベルで倫理指針策定を要求

ドイツでは、2017年に自動運転及びコネクテッド・カーに関する倫理規則が作成され、事故発生時の責任の所在をはじめ、事前のプログラミングの方向性やジレンマ状況における責任の帰属などについて20項目の規則を示している。

また、欧州委員会においても、特定の倫理的問題に取り組む独立した専門家会議が設置され、2020年に自動運転及びコネクテッド・カーに関する倫理問題検討の報告書が出版されているという。

日本においては、自動運転やAI(人工知能)に関する倫理の検討は進められているものの、国レベルでの倫理的検討やその成果の発信は行われていないのが現状とし、開発を促進する上でも、国レベルで倫理課題に取り組み早期に倫理指針策定などの成果を出すことが求められるとしている。

■論点整理その2:社会デザインにおける課題
地域の規模に応じたモビリティサービス導入が重要

人口減少やカーボンニュートラルの観点などを踏まえ、大都市部、大都市近郊、地方都市、中山間地域の4つに分けてあるべき姿とその方策について論じている。

大都市部は、一定の人口規模で当面推移することから既存の公共交通に加えデマンド乗合交通のような新しいモビリティサービスを充実させることで不自由のない生活ができるとし、交通量が多く交通環境が複雑であるため自動運転化は一部で限定的に始まる程度と見ている。

都市近郊ではスポンジ化対応のまちづくりが必要で、バスのような大量輸送のニーズは減っていくという。きめ細かく運行可能な新しいモビリティサービスへの転換が図られていくことを想定している。

地方都市は、ある程度密集した都市中心部から、広大な土地が広がる離れたエリアまでで構成されており、中心部エリアのコンパクト化とともに、離れたエリアでは集約化した小さな拠点と交通ネットワークの整備が必要という。

自家用車への過度な依存から脱却し、特に高齢者が使えるような新しいモビリティサービスが用意され、自家用車からの転換を促進できることが望ましいとしている。

中山間地域では、オンデマンド乗合タクシーのようなモビリティサービスが効果を発揮すると考えられるが、利用者が少なく経費が掛かり過ぎるため、個別のリクエストに応じて細かく乗降できるようなセミデマンドの形態が適するという。

さらには、地域のリソースが限られるため、単に交通だけではなく宅配や介護施設の送迎といった生活支援サービスなど、マルチタスクでさまざまな面で貢献していくことも必要としている。

【参考】関連記事としては「モビリティとは?意味・定義は?(2023年最新版)」も参照。

コストとベネフィットの観点も視野に

自動運転やMaaSによるモビリティサービスを考えるにあたっては、多額な費用が掛かることが想定され、この費用を誰が負担するか、また費用に見合う効果は何かを考えていく必要がある。

どこまでのモビリティを社会が保証すべきかについては議論の余地があるが、権利として認めるかどうかはそれを保証するための財源などの議論も必要となる。かんたんに結論を出せるものではないが、少なくとも最低限のモビリティとは何かといった問いに答えるべく、その姿をについてコストとベネフィットの観点などから考察している。

■論点整理その3:技術開発における課題
運転支援技術が自動運転普及に一定の効果を発揮

技術開発面では、安全目標など具体的なゴールを示した技術開発やコストを意識した車づくり、データ駆動型のAIの活用とその評価、自動化、つながる車化の価値とその価格も含めた受容性、他の交通参加者とのコミュニケーション、運転支援技術の普及と高度化、サービスの事業モデルを意識した車の在り方、自動運転移動事業用車の目標設定の明確化などに言及している。

運転支援技術関連では、自動運転の普及を一気に進めることはコストや社会的受容性等の点で困難であるものの、運転支援技術の高度化とその大量普及は強く期待できるとしている。

大量普及により運転支援技術のコストは大幅低減されたが、今後は自動運転技術の一部を活用し、早期かつ安価に機能拡大を目指すことにも期待が寄せられている。また、運転支援技術に高価なセンサーなどが使用され、増産効果によって価格低下が進めば、事業用自動運転車の実現拡大に向けた相乗効果も可能になるとしている。

利用目的に沿った車両の仕様目標を設定

自動運転移動事業用車の目標設定の明確化では、例えば高速道路を時速100キロで走行する一般車と、生活道路などで時速20キロ程度の低速で走る小型事業用車では運動エネルギーに格段の差があり、それ故センサーの種類や精度、制動装置の信頼性、安全装置の開発コストなどあらゆる面で要求される水準が大きく異なる。

現状、主力となっている小型事業用自動運転車においては、こうした本質を踏まえつつ、コネクテッド化による価格上昇やICTを活用した利用法、安全性を考慮した適正な開発目標など、利用目的に沿った車両の仕様目標を立て、官民一体となって積極的に取り組むべきとしている。

コスト低めの早期普及モデルとコスト高の上級モデル、どちらが有益か

コスト関連では、相当の価格上昇が見込まれる自動運転車両に関し、安全目標を過大に設定するとさらに価格は上昇し、普及が妨げられる可能性を指摘している。

平均的なドライバーが注意深く運転する程度の特性を有するシステムとして早期普及を目指すか、コストをさらに掛け上級の能力を有するドライバーと同等の特性を目指すべきか、社会としてはどちらが有益であるのかその方向性を早期に決めていくべきとしている。

【参考】関連記事としては「自動運転、日本政府の実現目標」も参照。

■提言内容

上述した各課題における論点整理を踏まえ、提言は以下3つの観点にまとめられている。

自動運転に関する倫理的検討及び法的課題検討

完全自動運転に関する倫理課題の整理は、法整備や社会設計を行う上で重要であり、国が産業界や自治体、市民と連携して自動運転に関する検討を進め、日本文化や地域特性に配慮しつつ、グローバルな対比において最適な倫理指針を国家レベルで整備することを望んでいる。

人の運転が介在しない完全自動運転を社会実装するには、長い普及過程においてさまざまなリスクと便益が伴うため、人の介在の在り方や異常時対応システム設計といった技術的課題と合わせ、ELSI(倫理的、法的、社会的課題)について時代の要請に応じて産学官民で継続的検討をすべきとしている。

人口縮小社会における社会のグランドデザイン

人口減少問題は長く続く大きな課題であり、対象とする地域に適合するシステム設計要件を整理し、それぞれの地域の人口動態と特徴を生かした次世代モビリティの導入に向け検討すべきであり、国は、人口縮小社会における持続可能モビリティの在り方について議論しその方向性を示すべきとしている。

その際、地域や地域住民の最低限のモビリティの保障を考慮し、移動の価値と権利、移動のためのコストとベネフィットを議論する必要がある。

まちづくりの観点からは、高齢者の健康維持や運転困難者などを含む交通弱者の救済、医療費の削減、社会生活の質の維持、移動による地域経済の活性化といったベネフィットを定量化することなど、他セクターへの価値向上効果の見える化を進めることにより、対象地域全体のグランドデザインを示すべきとした。

また、SDGsの観点からも自治体と地域住民が一体となって持続可能社会に向けたモビリティの導入や維持管理をする連携体制を整備すべきで、自治体主導のもと地域住民が自分事としてモビリティの課題を考え対応できる体制整備をしていくことが望まれる。

目標設定の明確化と社会実装に向けた産学官民の連携

人が介在しない完全自動運転システムと人がある程度介在する自動運転技術を取り入れた高度運転支援システムを、社会の諸課題を解決するための次世代モビリティとして位置付け、明確な安全目標を掲げ、費用対効果で受け入れ可能な具体的な設計目標を示すことが社会実装に向け特に必要としている。

完全自動運転の普及には時間が掛かるが、そこに至らずともレベル2までの運転支援技術を高度化し、社会実装することによるベネフィットは大きく、その普及に向けたシナリオも官民連携の体制の下で整備する必要がある。

さらに、完全自動運転を目指した移動サービスや物流サービスの事業モデルを意識し、車づくりの仕様設定を明確化することで普及を加速すべきである。自家用車の開発と合わせ、日本の自動車産業が日本経済を引き続きけん引できるよう、国際協調や国際基準・国際標準作りに貢献すべきである。

モビリティに関しては、100年に一度の変革の時期にあり、カーボンニュートラルへの対応も含め新技術の社会実装・普及拡大に向けては産学官民の連携が非常に重要である。

国がリードし、産業界が技術を進化させ、時代に求められるような変化に対応し、多様な幸せを享受し得る社会の構築を目指すべきとしている。

■【まとめ】2024年度に法規要件の策定が進展

現在国や民間が進めている研究開発の方向と概ね合致した内容となっている印象だ。特に、倫理面における課題に対しては早期に一定の結論を付け、そのうえで継続議論を行っていかなければならない。

2024年度には、自動運転システムの責任範囲の明確化や、トロッコ問題などに直面した際の判断の在り方などについて議論が進められる予定となっている。どのような結論に達するのか、要注目だ。

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記事監修:下山 哲平
(株式会社ストロボ代表取締役社長/自動運転ラボ発行人)

大手デジタルマーケティングエージェンシーのアイレップにて取締役CSO(Chief Solutions Officer)として、SEO・コンテンツマーケティング等の事業開発に従事。JV設立やM&Aによる新規事業開発をリードし、在任時、年商100億から700億規模への急拡大を果たす。2016年、大手企業におけるデジタルトランスフォーメーション支援すべく、株式会社ストロボを設立し、設立5年でグループ6社へと拡大。2018年5月、自動車産業×デジタルトランスフォーメーションの一手として、自動運転領域メディア「自動運転ラボ」を立ち上げ、業界最大級のメディアに成長させる。講演実績も多く、早くもあらゆる自動運転系の技術や企業の最新情報が最も集まる存在に。(登壇情報
【著書】
自動運転&MaaSビジネス参入ガイド
“未来予測”による研究開発テーマ創出の仕方(共著)




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