米自動車大手ゼネラルモーターズ(GM)の自動運転開発がターニングポイントを迎えたようだ。GMは2024年12月、自動運転タクシー事業から撤退すると発表した。傘下のCruiseの自動運転タクシー事業には今後出資を行わず、自家用車向けのADAS(先進運転支援システム)開発に注力する。
米国では、フォードに続きGMも自動運転サービスから撤退し、自家用車に力を傾ける戦略にシフトしたようだ。ターニングポイントを迎えたのは、GMのみならず業界全体なのかもしれない。
この記事ではGMとCruiseの動向について解説し、両社と組んで自動運転タクシーを日本で展開する計画を発表しているホンダに与える影響について考察する。
記事の目次
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■GM・Cruise事業からの撤退の概要
GMに技術チームを統合、自家用車の自動運転化に注力
発表によると、GM は、株式の約90%を所有する CruiseとGMの技術チームを統合し、自動運転とADASを統一していく。事業拡大には相当の時間とリソースが必要であり、ロボタクシー市場もいっそう競争が激化していることから、今後はCruise の自動運転タクシー事業に資金を提供しない。
自律運転戦略を見直し、完全自律タイプの自家用車への道筋として、ADAS開発を優先していく。まずは、ハンズオフ・アイズオン運転を可能にするスーパークルーズの進歩を基盤とする。
GMは、Cruise株の所有権を97%まで引き上げる計画で、株式の買収を進める。株式の買い戻しとCruise取締役会の承認を条件に、Cruiseの経営陣と協力して事業再編を進めていく。再編は2025年上半期を予定しており、年間10億ドル(約1,500億円)以上の支出削減が見込まれるという。
まとめると、CruiseのエンジニアをGMの開発チームと統合して開発体制をスリム化し、自家用車のADAS・自動運転開発に集中していくということだ。
人身事故で大ブレーキ
Cruiseは2022年、カリフォルニア州サンフランシスコで自動運転タクシーサービスを開始した。北米ではWaymoに次ぐサービスインだ。
2023年までにアリゾナ州フェニックスとテキサス州オースティンにもサービスエリアを拡大し、Waymoを猛追していたが、2023年10月にサンフランシスコで人身事故を起こした。
これが引き金となり、カリフォルニア州道路管理局(DMV)と同州公共事業委員会(CPUC)は州内における営業停止と無人自動運転走行許可の停止を発表した。Cruiseはソフトウェアのリコールを実施し、他州での自動運転も停止した上、カイル・ヴォグトCEOが辞任する事態にまで発展した。
同社は方針を改め、セーフティドライバー付きの実証を再開した。2024年8月には配車サービス大手Uber Technologiesと提携し、2025年に自動運転タクシーを再開する計画を発表するなど、着実に復帰への道を歩んでいたかのように思われた。
しかし、親会社のGMは最終的に事業撤退を決断した。これが現在地だ。
【参考】Cruiseの事故については「自動運転タクシー、「Google一強時代」に逆戻り GMの全台リコールで」も参照。
Cruiseは大赤字が続いていた
GMのこの決断は、おそらく果断ではなく悩みに悩んだ末のもので、今でもためらいが交じっているのではないだろうか。Cruiseの開発事業は、傍目には引くに引けないフェーズまで達していた感が強い。それでもなお、将来に向けたコストと成果物となるリターンの不透明さゆえにやむなく撤退を選択した――といった印象だ。
GMの2024年第3四半期決算で、Cruiseは4億3,500万ドル(約670億円)の赤字を計上した。第1〜3四半期累計では21億9,600万ドル(約3,300億円)の赤字という。
前年の事故による事業停止が影響したか――と思いたいところだが、前年同期は7億9,100万ドル(約1,200億円)の赤字で、第1〜3四半期累計でも20億3,000万ドル(約3,100億円)の赤字だった。自動運転サービス拡大局面で相当の支出を行っていたが、そこから事故によって事業に急ブレーキがかかり、先が見通せなくなったのかもしれない。
ともかく、これが英断となるかどうかは神のみぞ知るところだ。2年前には、ライバルの米フォードも同様の動きを見せていた。子会社ではないが、出資していた自動運転開発スタートアップのArgo AIに見切りをつけ、事実上の事業停止に追い込んだうえで自社のレベル2+、レベル3開発を進めていく方針を発表していた。
吉と出るか凶と出るかは何とも言えないが、こうした潮流が今後世界の自動車メーカーに波及していくのか気になるところだ。
【参考】Cruiseの赤字については「ホンダ出資先、自動運転事業「失敗」で巨額赤字3,300億円 米Cruiseが苦境」も参照。
大統領選が決断を後押し?
自動運転タクシーから自家用車におけるADAS・自動運転開発へのシフトを決断したGM。この決断に至る最後のピースを、大統領選が埋めたかもしれない。
11月の大統領選では、テスラCEOのイーロン・マスク氏が支援するドナルド・トランプ氏が選ばれた。マスク氏への配慮かどうかは不明だが、トランプ氏は連邦政府として自動運転施策を推進していく方針を発表したという。
仮に、州ごとに異なる自動運転車の走行・サービス要件を連邦政府が統一すれば、開発企業の広域展開のハードルが下がる。特に、テスラのようにODD(運行設計領域)における走行可能エリアに特段の制限を設けないタイプには有用だ。
主に高速道路をODDに据える自動運転レベル3を考えるとわかりやすい。現状、米国では州ごとに許認可が出されているため、州をまたいだ運行を可能にするには各州から許認可を得なければならない。全米を網羅するには、50州から許可を得なければならないのだ(アラスカ州、ハワイ州含む)。
しかし、連邦政府が一定の許認可ルールを設けることで、こうした手続きを容易に進めることができるようになる。自家用車におけるレベル3にとって、大歓迎な施策が実施される可能性が出てきたのだ。
こうした状況を踏まえ、GMは改めて自家用車の自動運転化に注力する決断をした可能性も否定できないだろう。
GMの自家用車における現在の主力ADASは、ハンズオフ運転を可能にする「Super Cruise」だ。2017年に市場化し、キャデラック「エスカレード」やシボレー「ブレイザーEV」など各ブランド含め20車種超に搭載している(2024年11月時点)。
ハンズオフ状態でのレーンチェンジや、トレーラーをけん引した状態でのハンズオフ運転なども可能にしている。同社によると、けん引状態でのハンズオフはフォードやテスラも対応していないという。
対象道路は徐々に拡大しており、2024年2月には米国とカナダで総距離約40万マイル(64万キロメートル)から約75万マイル(120万キロメートル)に拡張した。小さな都市や町を結ぶマイナー高速道路を追加したという。
2021年には、運転シナリオの95%を網羅する「Ultra Cruise」の開発を発表した。一般道路も含むほぼすべての環境でハンズオフ運転を可能にするADASで、2023年中にハイエンドモデルへの搭載を開始するとしていたが、今のところ実装されていない。
GMは、まずSuper Cruiseに磨きをかけていくものと思われる。北米の高速道路は網羅済みだが、より精度を高めることでレベル3が見えてくる。独メルセデス・ベンツに先を越されてしまったが、北米市場のレベル3で復権を狙う意欲は間違いなく持っていることだろう。
また、Ultra Cruiseのように市街地を含むレベル2+の開発の行方にも注目したい。こちらはテスラが優勢だ。どこまでレベル2+に対応しているかは不明だが、走行エリアを制限しないレベル2開発に力を入れており、自動運転化にも意欲的だ。
先の読めぬ自動運転タクシーでWaymoに対抗するより、本事業に直結する自家用車領域に改めて注力し、メルセデスやテスラなどに対抗した方が良い――とする選択は、ある意味当然と言えるだろう。
【参考】Ultra Cruiseについては「GM車で「95%ハンズフリー」OK!Ultra Cruiseの詳細明らかに」も参照。
【参考】自動車メーカー各社の取り組みについては「自動運転に一番近い車は?国別・自動車メーカー別に解説」も参照。
ホンダへの影響も不可避
気になるのがホンダへの影響だ。ホンダは2021年、GM、Cruiseとの協業のもと、日本国内で自動運転モビリティサービス事業を手掛けることに合意し、実証を開始した。
奇しくもCruiseが事故を起こした2023年10月には、2026年初頭にも東京都内のお台場エリアを皮切りに自動運転タクシーを開始することを発表した。ハンドルなどの手動制御装置を備えない「Origin」を導入し、中央区や港区、千代田区へと順次拡大を図っていく。最大500台までフリートを拡大する計画だ。
しかし、GMは2024年7月、Originの開発を中止したことを発表し、ホンダの計画に暗雲が立ち込め始めた。そして今回の自動運転タクシー事業からの撤退だ。
恐らくホンダも早くから内情を把握しており、撤退についても事前協議の上承知していたものと思われるが、厳しい選択を強いられることになるのではないだろうか。
発表済みの計画の白紙撤回か、あるいは独自技術で計画を修正しつつ遂行していくか――だ。今後、メディアの取材か何らかの説明会の席などで方針が明かされるものと思われる。ホンダの戦略変更に要注目だ。
【参考】ホンダの取り組みについては「ホンダの自動運転タクシー、Googleすら未実現の「運転席なし」」も参照。
■Cruiseへの出資状況
企業価値は3兆円超
自動運転開発スタートアップだったCruiseがGMに買収されたのは2016年だ。グーグルが仕掛けた自動運転開発競争が本格的に幕を開け、自動車メーカーが有力スタートアップを取り込もうとする動きが活発化する初期にあたる。早々にGMは勝負に出たのだ。
買収額は10億ドル(約1,100億円)超と報じられている。その後も、2018年にGMやソフトバンク・ビジョン・ファンド、ホンダから計27億5,000万ドル、2019年も前3社などから追加で12億ドル、2021年にGMやウォルマート、マイクロソフトなどから計77億5,000万ドル、2022年にGMから計35億ドル、2024年に再度GMから8億5,000万ドルを調達している。
Cruiseの企業価値は2021年時点で約300億ドル(約3兆3,000億円)と試算されており、自動運転スタートアップの中でも特段の高評価を得ていたことがわかる。
ホンダやSVF、マイクロソフトなどが出資
今回のGMの決断で、各社はCruiseから資金を引き上げることとなる見込みだ。ソフトバンク・ビジョン・ファンドのように引き上げ済みの企業もいるが、協業関係への影響が気になるところだ。
ブルームバーグなどによると、マイクロソフトは8億ドル(約1220億円)の減損費用を計上するという。同社は2021年、Cruiseと長期的な戦略的パートナーシップを交わし、自動運転商用化を加速させると発表している。
自動運転車向けのクラウドコンピューティングの可能性を引き出すにあたり、マイクロソフトのクラウドとエッジコンピューティングプラットフォームとなる Azure を活用し、Cruiseの自動運転ソリューションの大規模商用化を推進するとしていた。
ウォルマートは2020年にCruiseと提携し、アリゾナ州スコッツデールで配送パイロットプロジェクトを開始した。翌2021年に出資し、高速かつ低コスト、拡張可能なラストマイル配送エコシステムの開発に向けた取り組みを加速していくとしていた。
一方、ホンダは2018年にGM、Cruiseと自動運転分野におけるパートナーシップを交わした。さまざまな使用形態に対応するCruise向けの無人ライドシェアサービス専用車両を共同開発し、同事業のグローバル展開の可能性も視野に収めながら三社合同で進めていくとしていた。
協業に向け、ホンダはCruiseに7.5億ドル(約850億円)の出資と、今後12年に渡る事業資金約20億ドル(約2,240億円)の合計27.5億ドルを支出する予定としている。
詳細は後述するが、今回の事案はホンダの自動運転サービス計画にも間違いなく影響を及ぼす。日本国内における事業・サービスの行方に注視したい。
【参考】Cruiseへの投資については「自動運転開発のGM Cruise、3兆円企業に!ウォルマートも出資」も参照。
■【まとめ】米国ではフォードやアップルも撤退
2024年前半には、米アップルが自動運転開発事業を中止したことも大きなニュースとなった。GMやアップルほどの企業でも、ゴールが見えない体力勝負に根負けし、撤退を余儀なくされるのが自動運転開発の現状のようだ。
自動運転サービス関連では、欧州自動車メーカー勢も明らかに自社開発の温度が下がっており、自家用車領域にシフトしているように感じられる。
今後、新興勢を中心とした積極派と慎重派の2極化がはっきり進行していくのかもしれない。業界の動向に要注目だ。
【参考】関連記事としては「ホンダの自動運転戦略(2024年最新版) レベル3車両発売、無人タクシー計画も」も参照。