2020年と自動運転、toC時代の幕開け【自動運転ラボ・下山哲平】

MaaS領域では「商用」が早くもキーワードに



2019年、日本全国で自動運転技術の実証実験が各地で盛んで行われた。2020年は東京オリンピックに合わせて大手自動車メーカーが軒並み参加する過去最大規模の実証が行われ、法改正により自動運転レベル3(条件付き運転自動化)も解禁される。まさに自動運転時代の始まりを象徴する1年となりそうだ。


そして世界においては、完全に人の運転を必要としない自動運転レベル4(高度運転自動化)の「無人×商用×実証」の動きも本格化する見込みだ。この流れに乗り遅れないためにも日本政府にはレベル4の実証が可能となる特区整備などの環境作りが求められていく。こういった国の後押しがあるかないかで、日本の先をいく欧米との差が広まるのか狭まるのかが決まるといっても過言ではない。

MaaS(マース)」ももはや日本に馴染みのない言葉ではなくなっている。MaaSの最終系はさまざまな交通機関を一つのプラットフォームで検索・予約・決済できるようにすることと言われており、JR各社や経路検索大手が既にアプリやブラウザベースのサービスを構築し、実証から実用化への移行は既に目の前だ。

自動運転ラボは2020年も同領域で業界最大手のメディアとして、交通業界のこうしたイノベーションについてさらに情報発信を強化する。この記事では、自動運転ラボを運営する株式会社ストロボの代表取締役である下山哲平が2020年の自動運転業界とMaaS業界の展望について語った内容を紹介する。

【下山哲平プロフィール】しもやま・てっぺい 大手デジタルマーケティングエージェンシーのアイレップにて取締役CSO(Chief Solutions Officer)として、SEO・コンテンツマーケティング等の事業開発に従事。同業上場企業とのJV設立や複数のM&Aによる新規事業開発をリードし、在任時、年商100億から700億規模への急拡大を果たす。2016年、大手企業におけるデジタルトランスフォーメーション支援すべく、株式会社ストロボを設立。設立3年で、グループ4社へと拡大し、デジタル系事業開発に従事している。2018年5月、自動車産業×デジタルトランスフォーメーションの一手として、自動運転領域最大級メディア「自動運転ラボ」立ち上げ、業界最大級のメディアに成長させる。講演実績も多く、早くもあらゆる自動運転系の技術・会社の最新情報が最も集まる存在に。


■2020年は「toC時代」の始まり
Q 2020年は自動運転レベル3(条件付き運転自動化)、レベル4(高度運転自動化)でそれぞれどのような動きが考えられるか?

下山 2020年は今後飛躍していくであろう「toC」(一般顧客向け)時代の起点になる年と言えるでしょう。

これまで「自動運転」といえばまだ研究開発の段階で、「BtoB」(企業間取引)の閉ざされたマーケットでした。しかし2020年は日本でいよいよ自動運転レベル3のクルマの公道走行が法改正によって解禁され、ホンダから自動運転レベル3のクルマが発売されます。日本で初めて「BtoB」ではなく「BtoC」の一般顧客向けマーケットが誕生するのです。ここから一気にスピード感が上がると考えられます。

ホンダ以外からも自動運転レベル3のクルマが販売されることも予測できますが、レベル3のクルマの登場により、必然的にレベル4への現実的な期待も一層高まります。自動運転レベル4の開発に向け、多額の投資に乗り出す企業も増えるでしょう。自動運転レベル4の実証実験も各地でますます増えると予測できます。

【参考】自動運転レベルは0〜5の6段階に分類され、自動運転レベル3は緊急時以外はシステムが運転操作を担う段階を指す。一方でレベル4以上となると、システムの稼働中は人が全く運転に関与しなくてもよくなる。詳しくは「自動運転レベル0〜5まで、6段階の技術到達度をまとめて解説」を参照。自動運転レベル3の解禁は道路交通法と道路運送車両法の改正によるものだ。改正案は2019年の国会で既に可決・成立している。詳しくは「自動運転、幕開け期の2020年代に向けた法律改正の動きを解説」も参照。


■東京五輪が自動運転を「認知」させる
Q 東京五輪に合わせて自動運転技術が大々的にアピールされるが、このことをきっかけに何が変わるのか。

下山 東京五輪では、トヨタの自動運転レベル4のクルマが選手村内で選手の送迎を行うなどします。無人の自動運転車が実際に活用されている様子が広く放映されることで、一般顧客の自動運転に対する「認知」も一気に進みます。

いざ自動運転レベル3の乗用車が販売されてもまず「認知」が先になければ、そのクルマを欲しいと思う人は増えません。東京五輪は自動運転車を「未来の乗り物」だと思っている一般の人々の認知を得る大きなきっかけとなるでしょう。

【参考】トヨタは選手村で自動運転EV(電気自動車)「e-Palette」の特別仕様車を走行させることを発表している。e-Paletteはさまざまな用途を想定したトヨタのオリジナル自動運転車で、量産を想定した開発に既に取り組んでいる。関連記事としては「【スクープ】トヨタe-Paletteに「アピール用」と「量産廉価型」 自動運転OSにはAutoware採用」も参照。

■「レベル4」実証のための法整備が米中との差を縮める
Q 無人タクシーや無人デリバリーなどの自動運転レベル4での一般向けサービスを実用化するために、最も必要となることは何か。

下山 自動運転レベル4でのサービスの実用化に向けて一番必要なことは、「レベル4」の実証実験を可能にする法整備です。

日本は保守的と言われますが実は法整備は進んでいる方で、一見するとレベル4の実証実験は既に全国で実施されているように思われがちですが、現在の実証実験はあくまで「レベル4相当」であるという見方があります。

道路交通法上は有人の従来の運転の枠組みを越えていないという建て付けであるとも言え、実際にはレベル2以下に相当するケースもあります。本当の意味でのレベル4の実用化を目指すのであれば、人が介入しない状態で一般人を乗せた実証実験を公道で積み重ねていく必要があります。こうした実証実験を数多く行われるようになれば、実用化も間近と言えます。

しかし日本が「レベル4相当」で足踏みしてしまうと、すでに特定エリアにおける完全無人デリバリーなどが取り組まれているアメリカや、国全体で自動運転を推進する中国との差が拡大してしまうでしょう。逆に足踏みせずレベル4実証のための法整備に政府が乗り出せば、一気に差を縮めるチャンスとなります。

【参考】現在の自動運転の実証実験では、「念のため」にセーフティドライバーが車両内に同乗する。ただ自動運転レベル4は人の介入を前提としないため、安全のためだとしてもその実証は本当の意味でのレベル4とは言えない。関連記事としては「自動運転レベル4の基礎知識と進捗まとめ」も参照。ちなみに米グーグル系ウェイモはセーフティドライバーを乗せない自動運転タクシーを既に展開済みだ。関連記事としては「Google系自動運転タクシー、遂に「完全無人化」 ローンチ1年弱で」も参照。

■自動運転領域は「移動サービス産業」というブランディング
Q 自動運転のエンジニア人材を企業が今後確保していくために、企業や国に求められることは?

下山 企業や国が行うべきは、自動運転領域は「自動車産業」に留まらず、世の中にインパクトを与える「移動サービス産業」だというブランディングです。

自動運転市場は将来巨大なマーケットとなり、「移動」は誰にとっても身近なテーマです。であるにも関わらず、ほかの業界では優秀なエンジニアがいるのに、自動運転業界ではまだまだ少ない。優秀な人材を集めるためにはいかに自動運転業界の仕事に社会的意義があるのかを伝える必要があり、情報発信や魅力づけが不可欠です。

しかし日本では自動運転業界の魅力をまだ伝えきれていません。国や企業がイベントを行うなど認知を広める活動も必要です。一つの事例としては、トヨタは情報発信サイト「トヨタイムズ」で情報発信に取り組んでいますが、YouTubeなどで配信される動画の多くが自動運転に関連している内容で、自動運転の魅力を発信する広報活動だと言えます。

ちなみに自動運転市場が巨大市場になると言われている理由は、「移動」はどんな人の生活にも関わっており、新たに移動に関連する付加価値の高いサービスも生まれると予測できるからです。

優秀なスタートアップに自動車メーカーなどの大企業が投資し、お金の心配をせずにサービスをゼロから生み出す挑戦が可能な環境が整えられていけば、さまざまな切り口でのサービスの登場が期待できます。

【参考】国と民間の取り組みとして注目されているものの一つが「自動運転AIチャレンジ」だ。自動運転エンジニアの発掘・育成のためのコンペティションで、2020年6月には第2回が開催される。関連記事としては「【激論・自動運転】「値」で示す法律を、「AIの行儀」も重要 自動運転AIチャレンジでディスカッション」も参照。

■自動運転が「小売」業界を変える、車中広告にも注目
Q 自動運転ラボとして2020年に特に注目して取り上げていきたいテーマは?

下山 2030年には700兆円産業と言われる自動運転市場ですが、その中で「小売」の商用利用に注目しています。

小売はクルマの自動運転化が進むと一番大きく事業のデジタル化が進む業界です。完全自動運転になると移動コストは1/10に抑えられると言われています。そうすれば、ネギ1本、ジュース1本からでも気軽にネットで注文できる時代はすぐではないものの将来到来するでしょう。

例えば、ある商品を1つ送るコストが200円だとしましょう。そのコストが1/10になれば配送コストは20円になります。その場合、例えば粗利率50%の100円の商品を運んでも理屈上では宅配可能になります。これぐらい大胆な展望を持って小売ビジネスに変革をもたらす動きが今後出てくるはずです。そんな将来への第一歩となるような動きが2020年にあるのではないかと予測しています。

また、自動運転よりも一歩先に来るであろう「シェアリング」にも注目しています。カーシェアではクルマが利用者の所有物でなくなるため、事業者側が車内で車中広告やコンテンツを配信でき、車の使用料金以外でマネタイズが可能になります。ちなみに既にタクシー業界では車中広告が爆発的に売れています。

【参考】今までは配送には「人」の労働が不可欠だったため、人件費が掛かる分、モノを移動させるための運送費用は一定以下になることはなかった。ただレベル4以上の自動運転車両では運転にかかる人件費が削減されるため、移動コストが極端に低くなると考えられている。関連記事としては「送料が10分の1に…大本命!「自動運転×小売」の衝撃 世界の取り組み状況まとめ」も参照。

■MaaS領域、「カーシェア」のマネタイズ設計が重要
Q MaaS領域では日本において2020年にどのような動きがあるか。

下山 自動運転ラボとして2020年に特に注目して取り上げていきたいテーマの中でも少し触れていますが、MaaSにおいても「商用」というキーワードがポイントだと考えています。MaaSは自動運転のような技術的な制約も少なく、いち早く視点を「実証」から「商用」へと切り替えることが各社に求められていくでしょう。

そして商用となればマネタイズポイントの設計が重要です。そう考えればCASEにおける「シェアリング(S)」が最もマネタイズポイントの設計どころがあると思っています。

例えば、カーシェアでは車両が個人の所有物でなくなることから、車内のタブレット端末などを通じて広告を配信できるため、新たなマネタイズポイントが生まれます。さらにこうしたマネタイズポイントが生まれれば、事業者側は無料まではいかなくても、利用料金を低価格に抑えてユーザーに提供することができ、カーシェア利用者の増加につながることが期待できるでしょう。

■【終わりに】確実に完全自動運転社会の到来は近付いている

自動運転ラボ 日本における自動運転レベル3の解禁は、確実に将来の完全自動運転社会の到来を近付けたものと言える。ただレベル4以上の完全無人の自動運転が当たり前の時代を早期に実現させることを考えれば、まだまだ国や企業が取り組むべきことは多い。

自動運転とともにMaaSサービスも普及の時代が到来すれば個人の移動がよりスムーズとなり、そこに自動運転移動サービスを絡めれば、人口減社会の日本にとっては地方における生活の足を永続的に確保することにもつながる。

2020年も国そして各社の取り組みに注目していきたい。

【参考】関連記事としては「自動運転、ゼロから分かる4万字まとめ」も参照。

記事監修:下山 哲平
(株式会社ストロボ代表取締役社長/自動運転ラボ発行人)

大手デジタルマーケティングエージェンシーのアイレップにて取締役CSO(Chief Solutions Officer)として、SEO・コンテンツマーケティング等の事業開発に従事。JV設立やM&Aによる新規事業開発をリードし、在任時、年商100億から700億規模への急拡大を果たす。2016年、大手企業におけるデジタルトランスフォーメーション支援すべく、株式会社ストロボを設立し、設立5年でグループ6社へと拡大。2018年5月、自動車産業×デジタルトランスフォーメーションの一手として、自動運転領域メディア「自動運転ラボ」を立ち上げ、業界最大級のメディアに成長させる。講演実績も多く、早くもあらゆる自動運転系の技術や企業の最新情報が最も集まる存在に。(登壇情報
【著書】
自動運転&MaaSビジネス参入ガイド
“未来予測”による研究開発テーマ創出の仕方(共著)




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