自動運転車に「信号無視」の特権 「道路AI法」制定の可能性

スピード違反も免除の可能性?



「自動運転車は信号を無視してもOKです」──と聞けば、おそらく大半の人は「ふざけるな!」「そんなわけない!」といったリアクションを見せるのではないだろうか。


しかし将来的に本格的な自動運転社会が到来した時に「自動運転車は信号を無視してもOKです」と聞いた際も、今と同じ反応を示せるだろうか。

なぜなら、既存の交通インフラや交通ルールは「人間」を対象にしたものだからだ。資質や考え方にばらつきがあり、時にエラーを起こす人間集団をいかに安全に統制するか?といった観点だ。

こうした前提は、高度化した自動運転にはなじまない。将来の自動運転技術は非常に高精度な自律走行を可能にし、AI(人工知能)による判断も統制されエラーも起こさないためだ。こうした自動運転車は、もはや道路交通法の枠に捕らわれる必要はなくなるのだ。

自動運転車が道交法違反を公然と認められる日は訪れるのか。もしくは「道路AI法」といったAI向けの交通法が新たに制定される可能性はあるのか。自動運転時代の交通ルールに迫る。


■自動運転時代の交通ルール

自動運転車は交通ルールを順守する

自動運転車は、一般的にカメラやLiDARなどのセンサーで車両外部の状況を把握する。クルマや歩行者、道路標識など映像に移った物体(オブジェクト)をAIが識別し、それに基づいて自車両をどのように制御すれば安全かを判断し、命令を下す。

このほか、道路や道路上の構造物などをマッピングした高精度3次元地図や、道路インフラなどと交通関連情報を送受信するV2I(路車間通信)など、さまざまな技術を駆使して自動運転の精度や安全性を高める。

交差点においては、信号機の色を認識し、黄や赤であれば停止する。制限速度が時速50キロの道路区間では50キロ以下で走行する。当たり前と言われそうだが、この当たり前のことを正確に実行することが何より重要なのだ。

交通安全は、こうしたルールを順守することで保つことができる。自動運転車に搭載されるAIには、道路交通法に定められた交通ルールを可能な限り順守するようプログラムが施されているのだ。


人間のドライバーは十人十色

一方、人間のドライバーはどうか。ドライバーの資質には優劣があり、多少速度を出しても安全に走行できるドライバーもいれば、制限速度を守っていても危なっかしいドライバーもいる。

道路交通法を守るのが原則であり、これを守ることで危険を抑制できるのは事実だが、それ以前に資質の問題が立ちはだかるのだ。予測や検知、判断能力が劣るドライバーや注意散漫なドライバー、自己能力を過信するドライバーなどは、本人の安全意識とは関係なくリスクを背負っている。

自動運転車は資質をどんどん高める

Google系Waymoが展開している自動運転タクシー=出典:Waymo公式ブログ

自動運転に話を戻す。現在の自動運転技術はまだまだ課題が多く、初心者ドライバーレベルと言っても間違いではないが、経験を積めば積むほど能力を高め、いずれ熟練ドライバーの域に達する。

予測能力や検知能力、判断能力といった資質がどんどん向上していく一方、過信や漫然運転を行うことはない。精度は高まる一方なのだ。

さらに、V2Iシステムなどを有効活用すれば、車載センサーの検知対象外の情報も入手できる。例えば、交差点において直角に交わる道路や周囲の歩行者・自転車情報などだ。

市街地など、多くの交差点では直角に交わる道路の状況は死角となる。全方位における歩行者や自転車の状況も全てを把握するのは困難だ。しかし、カメラやLiDARなどのセンサーを信号機に設置し、その映像をリアルタイムで入手できれば、交差点の状況を事前に把握することが可能になる。

自車センサーと交差点センサーの情報を統合し、より安全に交差点を進行することができるのだ。さらに言えば、周囲を走行する車両とも通信(V2V:車車間通信)することができれば、他車両の挙動を事前に認識することもできる。

極論だが、こうした技術を最大限活用することができれば、自動運転車にはもはや信号機が必要なくなる。これから進入する交差点に対し、対向車両や交差道路を進んでくる車両、周囲の自転車や歩行者の動向などを全て把握できれば、信号に頼ることなく進入の是非を判断できるのだ。

なお、本質的には手動運転でも同様のことが言えるが、手動運転の場合はドライバーの資質にばらつきがあるほか、「たられば運転」など大なり小なり主観が混じるため、信号機の存在は必須となる。

主観を挟むことなく一定の論理に基づいて運転制御可能な自動運転だからこそ、信号に依存しない交差点走行が可能になると言える。

自動運転車は信号無視上等?

自動運転技術が一定水準に達し、V2IやV2Vといった通信技術も確立されれば、自動運転車にはもはや信号機は必要なくなる……という極論だが、これを既存インフラに当てはめれば、すでに設置済みの信号機の指示に従わずとも自動運転車は交差点を通過できることになる。信号無視上等だ。

100%安全を確保できることが絶対条件だが、通行量の少ないエリアや時間帯の交差点であれば、実装することは可能ではないだろうか。自車センサーや交差点センサーで検知可能な範囲に他車両がなく、歩行者や自転車もいないとなれば、リスク要因はない。

もちろん、「自動運転車に限り、一定条件下においては信号に従わなくても良い」とするルールの策定と周知は必須となる。後続の手動運転車が間違って交差点に進入しないような配慮も必須だ。

速度違反もアリ?

GM Cruiseが開発している自動運転タクシー=出典:GM Cruise公式サイト

「安全を確保できる限り」という条件下では、最高速度違反の縛りも必要なくなると言える。V2I技術などによって進行方向先の情報を事前に把握することができれば、リスクを回避できるからだ。交差点がなく、駐車車両などの障害物などもなく見晴らしの良い道路であれば、急な飛び出しなどのリスクもある程度見通すことができる。

道路脇に民家などがあり、センサーで検知不可能な場所がある場合、そこから自転車などが飛び出すケースなども織り込んだ上で自車速度を設定すれば良いのだ。民家が立ち並ぶような場所ではすぐに停止できる速度で走行しなければならないが、郊外の道路など見通しの良い場所では、リスクを考慮した上で制限速度以上で走行しても、安全を確保できるケースはある。

実際、手動運転においても市街地よりも郊外を走る道路の方が実勢速度は高い。郊外の方が交通量が少なめで、周囲の安全も確保しやすいためだ。

自動運転車であれば、急な飛び出しリスクを厳密に計算した上で走行可能な速度を算出し、安全を確保しながら走行することができる。特に、自らの資質を向上し続ける自動運転車は、人間向けに設定された制限速度をどこかの段階でクリアし、それ以上の速度で安全を確保できるようになる。

こうした観点から「速度違反もアリ」と言えるのではないだろうか。

全ての車両が自動運転車であれば道交法はいらない?

こうした考えを発展させていくと、一時停止場所不停止や追越し禁止といった交通違反も、条件が整えば破っても安全を確保できると言える。

何度も言うが、これは自動運転車だからこそだ。各種センサーで周囲の状況や進行先方向の少し先の状況を正確に把握でき、かつそれを瞬時に判断して車両を制御できることが条件だ。

手動運転におけるドライバーの中には、「安全を確保した上で速度違反や一時停止場所不停止などを行っている」――という人がいるだろうが、これらは全て主観に基づくものであり、不確定要素を多く含んでいる。たまたま事故を起こさないだけであり、事故率は低いのかもしれないがリスクそのものは高まっているのだ。

現状、手動運転車と自動運転車が混在する環境下では信号機などは必須の交通インフラとなるが、車道上の全てのモビリティが自動運転車に置き換わった場合、信号機の役割は歩行者や自転車などに向けたものでしかなくなる。

車道の全てのモビリティが自動運転車であるならば、ヒューマンエラーに基づく事故は無くなり、制限速度をはじめとした既存の交通ルールも次第に意味をなさなくなる。

もちろん、AIをプログラミングする上での共通ルールは必要となるため、一定のルールは必須となるが、それが既存の道路交通法である必然性はなくなる。自動運転社会における新たな道路交通法に生まれ変わるのだ。

■自動運転時代の交通インフラ

信号機は徐々に進化

歴史が長い信号機システムだが、その改良はじわりじわりと進んでいる。交通管制システムとバス事業者などのロケーションシステムを連携し、公共交通車両を優先的に走行させる「PTPS(公共車両優先システム)」や、緊急車両の優先走行を支援する「FAST(現場急行支援システム)」など、すでに実用化されている技術もある。

PTPSは、路上に設置した光学式車両感知器とバスなどの車載装置間で双方向通信を行い、バス優先信号制御やバスレーン内の違法走行車両への警告発信、バス運行管理支援、所要時間表示などをリアルタイムで行うことができるという。

自動運転関連でもさまざまな実証が進められている。例えば日本信号は、インフラに設置したセンシングデータなどをもとにリスクを算出して自動運転車に提供するシステム開発を行っている。

信号機や道路脇などに設置したカメラなどのセンシングデータをもとに、AI画像処理装置が自動運転車の進路にある車両や歩行者などのオブジェクトの種類とその移動方向や速度(物標情報)を検出する。

信号制御機に内蔵したI2V制御モジュールは、これらの情報と自動運転車の将来経路情報を使用して衝突リスクを算出し、自動運転車に危険情報として提供し減速や停止を促す仕組みだ。

信号機に「白」追加?

海外では、米ノース・カロライナ州立大学の研究チームが信号灯の赤・黄・青に「白」を加える研究成果を発表したようだ。一定条件下で白が点灯すると、自動運転車とそれに追随する後続車両などが交差点に進入可能になるという。

世界標準として浸透している信号機の仕様を、自動運転車の登場をきっかけに刷新しようとする試みとも言える。

大きな問題もなく定着してきた仕組みを改変するのは相当な困難を伴うが、数十年後の自動運転社会を見越し、こうした研究を本格化させる必要はあるのかもしれない。

【参考】ノース・カロライナ州立大学の研究については「自動運転時代、信号機に「白」追加を 米研究チーム、「4つ目の色」を提言」も参照。

自動運転時代を見据えた高度道路交通システム形成を

信号情報や交差点情報は、当然ながら手動運転車にとっても有用だ。交差点付近では、絶妙なタイミングで信号が青から黄へと変わった場合に急減速しないと止まれないジレンマゾーンが存在する。しかし、信号機の動向を先読みできれば、ジレンマゾーンに達する前に信号機の動向を知ることができ、緩やかに減速することができる。

交差点付近の歩行者や自転車情報なども入手できれば、ADAS(先進運転支援システム)が警告を発したり車両制御を支援したりするなど、安全対策を強化できる。

通信方式や遅延などが課題となるが、自動運転においても手動運転においても有用なことは間違いない。将来を見据え、まずは交差点を中心としたセンシングシステムや通信システムを構築し、世界最先端の高度道路交通システム形成を目指すのは国策としてアリではないだろうか。

【参考】自動運転時代の信号については「自動運転、信号に革新は必要?警察庁、トヨタらにヒアリング」も参照。

■【まとめ】いずれは自動運転車が道路の主導権を握る

「自動運転車は信号を無視してもOK」――というと誤解を招くことは重々承知しているが、要は、将来の自動運転車は既存の信号や交通ルールに縛られる必要がなくなる――ということだ。縛られる必要がなくなる段階まで技術が高度化すれば、完全に手動運転の域を超えたことにもなる。

まだまだ発展途上の技術だが、いつの日か市民権を得て日常的なモビリティとなる日が必ず訪れる。いずれは手動運転車の数を上回り、主導権を得る日も訪れるはずだ。ずっと先の話ではあるものの、こうした時代には交通ルールも間違いなく激変している。未来の道路交通社会はどのような姿になっているのか、想像を巡らせてみるのも一興だ。

記事監修:下山 哲平
(株式会社ストロボ代表取締役社長/自動運転ラボ発行人)

大手デジタルマーケティングエージェンシーのアイレップにて取締役CSO(Chief Solutions Officer)として、SEO・コンテンツマーケティング等の事業開発に従事。JV設立やM&Aによる新規事業開発をリードし、在任時、年商100億から700億規模への急拡大を果たす。2016年、大手企業におけるデジタルトランスフォーメーション支援すべく、株式会社ストロボを設立し、設立5年でグループ6社へと拡大。2018年5月、自動車産業×デジタルトランスフォーメーションの一手として、自動運転領域メディア「自動運転ラボ」を立ち上げ、業界最大級のメディアに成長させる。講演実績も多く、早くもあらゆる自動運転系の技術や企業の最新情報が最も集まる存在に。(登壇情報
【著書】
自動運転&MaaSビジネス参入ガイド
“未来予測”による研究開発テーマ創出の仕方(共著)




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