拝啓Apple様。まず1台だけ自動運転タクシーをローンチしては?

市販EV開発はレベル2+にダウングレード?



拝啓アップル様。あなたが自動運転開発を始めてから早10年が過ぎようとしています。紆余曲折を経ながらも水面下で開発を続け、この間、憶測を含むさまざまな情報が飛び交いました。







近々では、2028年ごろにレベル2+の自家用車を発売するといった関係者筋の話を耳にしましたが、本当でしょうか?

計画がどんどん先送りされることに心配が尽きません。遅れれば遅れるほど「アップルカー」に求められるコンシューマーの期待は高くなります。アップル様がEV(電気自動車)市場へ参入すること自体ビッグニュースとなりますが、レベル2+のEVカー自体は珍しいものではなく、2028年ごろにはスタンダードに近い仕様となることが想定されます。

詳しくは後ほど書きますが、まずは1台の自動運転タクシーをローンチすることから取り組んでみてはいかがでしょうか。色んなメリットがあります。

■狭い範囲でも良いので「自動運転タクシー」を

アップル様のことですから、世の中をあっと言わせる斬新なアイデアを温めていることと思いますが、後にずれ込めばずれ込むほどコンシューマーの期待は高まり、故にハードルも高くなります。テクノロジー企業の参入も多いため、他社の動向も気になるところでしょう。

ふたを開けてみたら期待外れだった……というような事態は、絶対に避けなければなりません。アップルらしさをどのように発揮し、ブランドを高めていくのか……。この観点において心配が尽きません。

こうなったら、まず1台の自動運転タクシーを実現させることから始めてみてはいかがでしょうか?あなたの当初の計画は「自動運転」にあったはずです。初心に立ち返り、狭い範囲でも良いので実現を目指してみてはいかがでしょうか。

……と申しますのも、アップル様純正の量産車を世に送り出すためには、アップル様の意向に沿った製造・生産体制が必要となりますが、スマートフォンなどと異なり、自動車製造を委託される側のハードルは非常に高いものと思います。

【参考】関連記事としては「自動運転タクシーとは?」も参照。

Google系Waymoが展開している自動運転タクシー=出典:Waymo公式ブログ
■オーナーカーへの実装はハードルが高めです

アップル様のことですから、自家用車に新たな付加価値を創出するためさまざまなアイデアを盛り込んでいるものと推測しますが、こうした要望の一つ一つを妥協なく満たすのは、製造業者にとって非常に高いハードルとなります。製造コスト面への要求も恐らく厳しく設定されているのではないでしょうか。

BEV(バッテリー式電気自動車)は従来の自動車と規格が異なるとはいえ、これを一から設計するのは容易ではありません。特にオーナーカーにおいては、オーナー1人ひとりの運転方法や使用用途が異なるため、安全性や耐久性、走行能力など基準値以上の数値を満たす仕様にしなければなりません。大がかりなリコールも常に想定し、対応しなければなりません。

オーナーの中には、制限速度をはるかに超える速度で運転する人もいるでしょう。急ブレーキ・アクセルを多用する人もいるでしょう。こうしたオーナーたちは決して褒められたものではありませんが、アップルの名を傷つけないためには、さまざまな走行環境において多少荒々しい運転をしても耐えられる安全性が求められるものと思います。

つまり、手動運転におけるODD(運行設計領域)を限りなく高く設定し、既存メーカーに負けず劣らずの性能を発揮する必要があるのです。

【参考】関連記事としては「自動運転とODD」も参照。

■フィードバックを得られる状況は大事です

こうしたハードルをクリアするより、一定速度で一定エリアを走行する無人の自動運転車をまず実現する方が早いのではないでしょうか。

タクシーにこだわらず、シャトルサービスのような形でも構いません。まずは現状の技術で実現可能なODDの範囲内でアップルカーを世に送り出し、デモカーのような形でアップルカーの認知度を高め、技術とサービスの向上を図っていく方が得策ではないでしょうか。

車両の製造も、1台であれば厳しくコストを追求しなくても良いでしょう。オリジナル車両へのこだわりが強そうですが、理想に近い既存メーカーの車両をベースに改造する手も一考の余地があると思います。そうすればソフトウェア開発に注力することができ、開発が促進されるのではないでしょうか。

また、少ない台数であっても、リアルなサービス環境で得られるデータは非常に価値あるものと思います。車両そのものの走行データだけでなく、ユーザーから得られるフィードバックは日ごろアップル様が大切にしているものではありませんか?

これまでのソリューションと異なり、EVや自動運転分野はこの10年間で他社が大きく先行する結果となりました。早期にコンシューマーとの接点を設け、サービス改善を促進させていくようなスピード感も必要ではないかと感じますが、いかがでしょうか。

Appleのティム・クックCEO=Appleプレスリリース
■エンジニアのモチベーションも保てます

こうしたイノベーションに向けた取り組みを鮮明にし、かつ水面下の事業を表に出すことで株価の面でも注目度が高まり、追い風になる可能性があるものと思います。

開発に携わるエンジニアたちのモチベーションも気になるところです。噂によると、アップル様は開発プロジェクトの拡大と縮小を繰り返していると聞きます。試行錯誤の結果なのでしょうが、現場の人間としてはたまったものではありません。

戦略上、自動運転開発からEV開発に注力し始めた印象も強く感じられますが、初期のエンジニアの多くは自動運転系エンジニアだったのではないでしょうか。

人材の流動性が高い分野とはいえ、開発環境が安定していなければ腰を据えた研究開発を進めることはできません。どんなに優秀なエンジニアでも、モチベーションを維持できなければ本領を発揮しづらいことと思います。

事実上、秘密裏の開発ではなくなっている状況を踏まえ、そろそろロードマップと戦略を正式に発表し、開発現場にやる気が沸き起こるような環境を作り上げていってはいかがでしょうか。

おこがましいことは重々承知していますが、アップル様のモビリティ分野への参入、そして自動運転開発への期待を込め、提案とさせていただきたく思います。

敬具

■アップルのモビリティ戦略

・・・と言うような、Apple社向けの自動運転ラボからの応援メッセージはここまでにして、改めて Appleの自動運転の取り組みに関し、これまでの動きを整理しつつ、今後の展望に触れていきたい。

2014年ごろに開発プロジェクトが始動

近年の動向を踏まえると、アップルは自動運転分野への参入というよりは、モビリティ分野への参入を目指しているように感じる。自動運転を武器としたビジネスではなく、純粋なEVメーカーを目指す方向へ転換した印象だ。

アップルの自動運転開発は「Project Titan(プロジェクト・タイタン)」と呼ばれ、2014年ごろに始動したと言われている。プロジェクトは秘密裏に遂行されており、進捗状況などが公式発表されることはない。出回っているさまざまな情報は、大半が憶測や関係者筋の話に基づくものだ。

アップルの自動運転車は「Apple Car(アップルカー)」と呼ばれているが、これもメディアなどが勝手につけた通称だ。当初は、レベル4相当の自動運転機能を搭載したスマートカーの開発を進めていると言われていた。

憶測交じりのプロジェクトだが、米カリフォルニア州車両管理局(DMV)が公表している自動運転車の公道走行ライセンス発行状況や各社の走行状況などの情報により、アップルによる自動運転開発は事実であることが判明している。

実際にカリフォルニア州内を走行するアップルの試験車両は多数目撃されており、ティム・クックCEO(最高経営責任者)もメディアの取材に対し自動運転開発に取り組んでいることを認め、難易度の高いAI(人工知能)開発プロジェクトと認識していることを明かしている。開発の方向性については「そのうち分かるだろう」とはぐらかしているようだ。

なお、アップルの試験車両にはレクサスのSUV「RX450h」がベース車両として使用されている。全ての車両がRX450hとは限らないが、目撃情報の大部分はこの車種となっている。

開発体制が紆余曲折

2021年12月から2022年11月までにカリフォルニア州のDMVに登録されたアップルの試験車両は69台で、走行距離は約12万5,000マイル(約20万1,000キロ)にのぼる。全てセーフティドライバー付きの試験走行だ。

こうした実証は年ごとに大きく数字を増減しており、大幅減少した際は「自動運転開発を縮小か」――と報じられ、逆に増加した際は「自動運転開発に本腰か」――と報じられるなど、その一挙手一投足に常に注目が集まっている。

実証プログラムのドライバー数は、2023年3月に過去最多の201人を数えたが、同年5月には人員削減され145人となった。その後、7月には152人と再び増加に転じているという。

【参考】アップルによる自動運転実証については「Apple Car、米加州で自動運転テストのドライバー数が再び増加」も参照。

2019年には、タイタンに関わるエンジニア190人を解雇する予定であることが報じられた一方、同年6月には自動運転開発スタートアップのDrive.aiを買収したことも報じられるなど、開発体制が紆余曲折し続けていることも周知の事実となっている。

製造パートナーめぐる報道も過熱

2020年後半にタイタンに関する報道が一気に過熱した。ロイター通信が「アップルが2024年にも自動運転車の生産を開始する」と報じると各社が取材を強化し、その後、自動運転向けチップの製造工場建設の話題や自動車メーカーとの交渉をめぐる話題などが飛び交った。

ヒョンデは公式声明文でアップルをはじめとする複数の企業から自動運転車開発に向けた協力要請を受けていることを認めたが、その後すぐに文面から「アップル」のくだりを訂正・削除した。今のところ、公式でパートナーシップを結んだメーカーは出ていない。

レベル3の自家用量産車開発にシフト?

2022年12月のブルームバーグによる報道では、アップルは計画を見直し、ハンドルやペダルなどの手動制御装置を備え、幹線道路(高速道路)において自動運転可能な車両の開発・設計を進めているとされた。発売目標時期は2026年で、価格は10万ドル(約1,360万円)未満を目指すという。

高速道路限定のレベル3、またはレベル4を搭載した車両のようで、こうした特性を踏まえるとサービス用途ではなくコンシューマー向けの自家用車の開発を進めていることが分かる。

ライバルであるグーグル系Waymoとは異なるアプローチだ。Waymoは市販車両をベースに自動運転車を作り上げる手法で、自家用車ではなくサービス用途を前提としている。

最新報道ではレベル2+にダウン

ブルームバーグによる最新の報道(2024年1月)では、さらに開発をダウングレードし、自動運転ではなくADAS(先進運転支援システム)となるレベル2+を搭載したEVを早ければ2028年に発売する――とされている。

この路線は完全に新興EVメーカーと同一となる。米テスラをはじめ、中国のBYDやNIO、Xpengなどと同じ路線だ。

自動運転レベルの後退は技術的な問題だが、ビジネス戦略としては自動運転サービスではなくコンシューマー向けの販売とサービス提供が主体となる。

ただ、手動運転が前提となるADASでは実現可能な車内サービスも限られる。アップルならではのエンタメ機能などの各種サービスにも注目が集まるだけに、最終的にどこに着地することになるのか、未だ読み切ることができないのが実情だ。

■【まとめ】そろそろビジョンを明確に……

迷走感がぬぐえないアップルの自動運転開発だが、自動運転だからこそ提供可能なサービスを重視するのか、それともアップルブランドのEV販売に主眼を置くのかで戦略が大きく変わってくる。

オリジナル車両へのこだわりも強いものと思われるが、果たしてアップルの要求に応えられるメーカーは出てくるのか。最終的に手を結ぶのは、自動車メーカーなのかティア1などのメーカーなのか、あるいは鴻海の「MIHコンソーシアム」のような第三勢力となるのか。

さまざまな観点から注目が集まるところだが、遅くなり過ぎるとコンシューマーから求められるハードルも上がる。そろそろ明確な戦略のもと公式的な事業としてビジョンを明らかにしてほしいところだ。

【参考】アップルの自動運転開発については「Apple Car暫定情報 自動運転技術に注目」も参照。

記事監修:下山 哲平
(株式会社ストロボ代表取締役社長/自動運転ラボ発行人)

大手デジタルマーケティングエージェンシーのアイレップにて取締役CSO(Chief Solutions Officer)として、SEO・コンテンツマーケティング等の事業開発に従事。JV設立やM&Aによる新規事業開発をリードし、在任時、年商100億から700億規模への急拡大を果たす。2016年、大手企業におけるデジタルトランスフォーメーション支援すべく、株式会社ストロボを設立し、設立5年でグループ6社へと拡大。2018年5月、自動車産業×デジタルトランスフォーメーションの一手として、自動運転領域メディア「自動運転ラボ」を立ち上げ、業界最大級のメディアに成長させる。講演実績も多く、早くもあらゆる自動運転系の技術や企業の最新情報が最も集まる存在に。(登壇情報
【著書】
自動運転&MaaSビジネス参入ガイド
“未来予測”による研究開発テーマ創出の仕方(共著)









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