茨城県境町の自動運転バス、経済効果30億円規模に 2020年11月に定常運行開始

ソフトバンク子会社BOLDLYが貢献



出典:BOLDLY公式Facebook

「茨城県境町における自動運転バス実用化の経済効果は27億9,600万円」――。BOLDLYがこのほど明らかにした数字だ。

衰退する公共交通を自動運転技術でカバーすることに留まらず、サービスを通じていかに地域における経済効果や社会的効果を高めていくか――といった観点に焦点を当てる同社ならではの数字と言える。


最前線を走るBOLDLYならではの自動運転戦略はどのようなものか。同社の動向とともにその信念に迫る。

■BOLDLYの概要
運行管理システムを主軸に事業展開

今回明らかになった数字は、日本学術会議主催の学術フォーラム「自動運転の社会実装と次世代モビリティによる社会デザイン」(2023年9月開催)で明らかとなったものだ。BOLDLYの佐治友基CEOが登壇し、「ついに普及する、自動運転バスサービス」と題した講演を行った。

▼ついに普及する自動運転バスサービス|BOLDLY 佐治友基CEO
https://www.scj.go.jp/ja/event/pdf3/340-s-0916-s11.pdf

この中で佐治CEOは、BOLDLYの全般的な概要や方針とともに、1年以上の実績がある境町の取り組み状況についてプレゼンを行ったようだ。


同社は、自動運転分野で主役扱いされているスタートアップや自動車メーカーのように「自動運転システム」を開発しているわけではなく、「運行管理システム」に軸を置いた開発を進めているのが特徴だ。

他社が開発した自動運転車を使用し、運行管理システムなどを通じていかに効果的に自動運転サービスを地域に根付かせるか――を事業の軸に据えている。

同社によると、2021年度の「地域公共交通確保維持改善事業費補助金(自動運転実証調査事業)」に採択された9つの自治体のうち、現在も継続運行されているのはBOLDLYが関わっている3自治体だけという。

自動運転実証や実用化にはさまざまな見方があるが、しっかりと結果を残しているBOLDLYの取り組みには他社とは異なる戦略や信念が隠されていそうだ。


2023年度中に26台の自動運転バスを実用化予定

BOLDLYによる自動運転バスを活用した実証実験回数は延べ130回に及び、2023年9月までに境町をはじめ北海道上士幌町、HANEDA INNOVATION CITY、愛知県日進市の4地域で計6台の自動運転バスが定常運行を行っている。

出典:日本学術会議公開資料

2023年度中に26台のバスが実用化される予定という。内訳は、これまでの実証や実用化をリードしてきた仏NAVYAの「ARMA」11台をはじめ、2022年に日本への導入を発表したエストニアのAuve Tech製「MICA」13台、中国BYD製の31人乗りのバスにティアフォーの自動運転システムを搭載した自動運転EVバス2台となっている。

累計26台か、新たに26台を導入するのかは不明だが、いずれにしろ2023年度中に大きく前進することは間違いなさそうだ。

さまざまな自動運転開発企業と手を組み、1種類に縛られず柔軟に自動運転車両を導入できるのも大きな強みとなっているのだろう。

【参考】ARMAについては「NAVYA社の自動運転バス「ARMA」、誰でも操作できる?」も参照。

【参考】MICAについては「BOLDLY、エストニア製自動運転バス「MiCa」展開へ」も参照。

【参考】ティアフォーの自動運転EVバスについては「国内初の「量産型」自動運転EVバス、長野県塩尻市で走行試験」も参照。

■自動運転バスの経済効果
境町における自動運転バスの経済効果は「27.96億円」
出典:日本学術会議公開資料(※クリックorタップすると拡大できます)

2020年11月から自動運転バスによる定常運行を開始した境町では、2023年9月現在ARMAを3台導入している。2020年度から5年間の運行コストとして、予算5.2億円を見込んでいる。

移動を促進するため運賃は無料に設定している。バス経費は家賃や管理費にビルトインし、交通セクター単体で費用対効果を考えないスタイルだ。

これまでに1万9,843人が乗車しており、移動促進による消費効果を1人1,000円とした場合、町民消費効果は1,984万円と算定している。

出典:日本学術会議公開資料(※クリックorタップすると拡大できます)

先進事例としての特性を生かした有料の視察研修プログラムをメニュー化しているのも面白い。学術関係者や自治体などを対象に取り組みを説明するプログラムは1回10万円で、これまでに約200件の視察が行われたという。

ふるさと納税の活用や観光・視察ツアーなどの取り組みも行っている。観光・視察ツアーの収入は2023年までに179件で1,130万円、ツアーに伴う消費購買行動も1,337人で334万円と試算している。

出典:日本学術会議公開資料(※クリックorタップすると拡大できます)

さまざまなメディア・媒体にも取り上げられており、その宣伝・広告効果にも言及している。これまでに計31番組、133の媒体に取り上げられ、その効果は13.1億円に上るという。

出典:日本学術会議公開資料(※クリックorタップすると拡大できます)

政策補助金としては、デジタル田園都市国家構想推進交付金や国土交通省地域公共交通確保維持改善事業費補助金、地方創生推進交付金、茨城県Society5.0 地域社会実装推進事業費補助金など、計13.71億円が交付されている。

出典:日本学術会議公開資料(※クリックorタップすると拡大できます)

こうしたさまざまな数字を合わせた自動運転バス実用化による経済効果は、27.96億円に上るという。

■BOLDLYの強み
車両とシステム を「地域」が運用できるようにする

BOLDLYは、社会実装メソッド5箇条として以下を掲げている。

  • 地域交通事業者を最優先する
  • 地域人材を育成し、自律的な運営を支援する
  • 地域が稼ぐ仕組みを構築し、経営を支援する
  • 地域社会に参加し、当事者として関わる
  • 過渡期における全てのリスクを自社が負う

自動運転時代の主役は「地域交通事業者」とし、安全運行管理を地元の交通事業者が担い、地域のバス事業者が乗客安全を遠隔で見守る時代を想定している。

BOLDLYが一から十まですべてを担うのではなく、車両とシステムを「地域」が運用できるようにすることを前提としているのだ。事実、境町などでは運行スタッフなどを地元採用している。

過渡期におけるすべてのリスクをBOLDLYが負いつつ、地域交通事業者を交えながら地域人材を育成し、自律的な運営を支援していくという。

遠隔地から運行管理を行うアドミニストレーターは、自動車運行管理事業を手掛けるセネックの協力のもと、徐々に地元採用スタッフに移行していく。乗客対応や緊急時の対応などを行うアテンダントも同様だ。

前述した5年分の予算5.2億円のうち、車両メーカーに1.5億円、システム事業者などに1.2億円があてられるものの、約半分にあたる2.5億円は地元スタッフや地元企業といった地域内で利用されるという。

コスト削減よりも業界魅力度のアップや人材の獲得が重要

過去から未来にわたる公共交通の課題として、2020年にコロナ禍による数年分もの赤字や、2022年ごろの半導体不足による車両供給ストップ、そして2024年に迎える働き方改革による廃線増加、20XX年には車両の老朽化やバリアフリー法、ゼロカーボン対応などさまざまな要因を背景に撤退事業者が増加し、さらなる危機を迎えるという。

こうした課題に対し、自動運転に求められる効果としてBOLDLYが出した結論は、無人化によるコスト削減ではなく、業界魅力度のアップや人材の獲得としている。

自動運転によるコストダウン効果はまだまだ先の未来で、レベル4が導入されても運転以外の業務で人の役割がなお重要という。

BOLDLYの事業における自動運転バスのオペレーターは、20~40代が全体の86%を占め、女性の比率も9.1%と従来のバス運転手に比べ高い。バス業界以外からの出身者が多く、これからの交通を支える新たな人材が続々と集まってきているようだ。

依然として「人」が必要であっても、その役割が「運転手」から「オペレーター」へと転換されることで新たな層が交通業界で活躍する――という流れは、従来の運転手不足の解消とともに新たな雇用を生み出す。必要とされる技能が変わることで徐々に産業転換が進みそうだ。

短期政策評価は危険、住民の行動変容を促す仕組みが重要

BOLDLYは、コミュニティバス導入に係る政策評価を1~2年の短期で行うべきではないと主張している。導入初期は利用者が少ないことがある意味正しいというのだ。

サービス開始当初は物珍しさからそこそこ利用者が集まるが、1~2年で減少することが多い。しかし、その後免許返納など住民の行動に変化が起こり、徐々に利用者が伸びていくという。

むしろ、サービス開始当初から利用者が殺到するようでは、導入するタイミングが相当遅かったということになる。そのような状況になる前、住民が自力で移動できる程度が深刻になる前に導入し、住民の行動変容を受け止めるべきとしている。

それ故、導入当初は利用者が少ないのが健全であるという理論だ。バス導入後、住民が行動変容するには通常5~10年かかる。住民がコミュニティバスを本当に必要とする5~10年後まで走らせる持続可能な手段を模索することが大事と結論付けている。

2030年までに自動運転バス1万台で公共交通を持続可能に
出典:日本学術会議公開資料(※クリックorタップすると拡大できます)

自動運転バスは、バス業界などから賛同を得ており、タクシー業界のような対立軸にはなく協力体制が構築されている。また、既存ドライバーが遠隔監視で活躍できるほか、定時定路線運行というシンプルな走行条件は初期の自動運転に有利に働く。自動運転タクシー自動運転トラックなどと比較し、自動運転バスがまず先に市場を拡大していくのだ。

BOLDLYは、2030年までをフェーズ1と定め、それまでに幹線移動を担う手動運転バス5万台、末端移動を担う自動運転バス1万台以上によって、公共交通の持続可能な体制を構築することを目指している。遠隔監視者は3,000人以上を見据える。

■【まとめ】公共交通の在り方・位置付けが変化する時代に

自動運転バスの実証・実用化における高い実績は、運行管理に重点を置いたBOLDLYだからこその成果と言える。また、地域で事業を回し、交通単体ではなく地域の経済効果に焦点をあてるスタンスが大きなポイントとなっているようだ。

自動運転技術の導入による公共交通の変化は、ドライバーレスによるコスト削減や効率化だけではなく、公共交通の在り方・位置付けそのものが変わっていくのだ。先を見越し公共交通改革に挑むBOLDLYの取り組みに引き続き注目したい。

※自動運転ラボの資料解説記事は「タグ:資料解説|自動運転ラボ」でまとめて発信しています。

【参考】関連記事としては「自動運転バス・シャトルの車種一覧(2023年最新版)」も参照。

記事監修:下山 哲平
(株式会社ストロボ代表取締役社長/自動運転ラボ発行人)

大手デジタルマーケティングエージェンシーのアイレップにて取締役CSO(Chief Solutions Officer)として、SEO・コンテンツマーケティング等の事業開発に従事。JV設立やM&Aによる新規事業開発をリードし、在任時、年商100億から700億規模への急拡大を果たす。2016年、大手企業におけるデジタルトランスフォーメーション支援すべく、株式会社ストロボを設立し、設立5年でグループ6社へと拡大。2018年5月、自動車産業×デジタルトランスフォーメーションの一手として、自動運転領域メディア「自動運転ラボ」を立ち上げ、業界最大級のメディアに成長させる。講演実績も多く、早くもあらゆる自動運転系の技術や企業の最新情報が最も集まる存在に。(登壇情報
【著書】
自動運転&MaaSビジネス参入ガイド
“未来予測”による研究開発テーマ創出の仕方(共著)




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