半導体大手Armの自動運転戦略(2023年最新版)

IPビジネスの真骨頂、連携拡大にも注目を



出典:Arm公式ブログ

米ナスダック市場への上場申請が明らかとなった半導体設計企業の英Arm(アーム)。ソフトバンクグループ傘下となった2016年以来、7年ぶりの上場となる。

IoT分野を席捲する同社だが、今後は自動運転をはじめとした新領域での躍進にも期待が寄せられるところだ。上場による資金調達を機に、どのような戦略で市場を開拓していくのか。自動運転分野におけるArmの将来性に迫ってみる。


■Armと自動運転
コンピューターの高度化がカギを握る

世界各地で実用化が始まった自動運転車。コンピューターと化した車両が無人で人やモノを運ぶ技術だ。さらなる高度化に欠かせない要素はいろいろ考えられるが、その大前提となるのはコンピューターそのものの高度化だ。

業界では、AI(人工知能)やLiDARをはじめとした各種センサー類の高度化が開発の目玉となっており、自動運転開発各社の多くがこの分野で認識技術や判断能力の高度化を競っている。ただ、こうした技術は膨大な量のデータを瞬時に処理することが必須となり、データ処理を担うコンピューターの高度化が欠かせないのだ。

このコンピューターの高度化には、パソコンなどと同様CPUやGPUといったプロセッサーの進化が欠かせない。このプロセッサーの開発・設計を担うのが、米インテルをはじめとした半導体企業だ。

プロセッサーをはじめさまざまな機能を一枚のチップ(基盤)上に統合したものがシステム・オン・チップ(SoC)で、インテル傘下のイスラエル企業・モービルアイや米NVIDIA、米クアルコム、中国ホライゾンロボティクスなどがこの分野で台頭し、激しい開発競争を繰り広げている。


こうした有力企業と競合しつつ、ときに中立的なパートナーとして存在感を示すのがArmだ。Armは、CPUやSoCといったソリューションをハードウェア製品として製造・販売することはなく、プロセッサーなどの設計技術・知的財産権(IP)を武器に数々のパートナー企業のCPUやSoC開発を支えているのだ。

低消費電力がArm最大のウリ

多くの企業にArm技術が採用される主な理由として、低消費電力の組み込み型ソリューションを可能にする点が挙げられる。スマートフォンに代表される小型デバイスは小型のバッテリーに依存しており、極力消費電力を抑えなければ稼働時間を延ばすことができない。

バッテリー式の電気自動車(BEV)がいかにエネルギー効率を上げ走行距離を伸ばすか――といったところに重点を置くのと同様、バッテリー式のデバイスは常に消費電力を意識しなければならない。ゆえにArmは小型デバイスの分野で圧倒的なシェアを誇るのだ。

低消費電力と高処理能力の両立で自動運転分野へ

現在、Armはサーバーや自動運転分野など、活躍の場を精力的に広げようとしている。自動運転分野では現状、低消費電力以上に高い演算処理能力が求められている。低消費電力と高処理能力をどのように両立させていくかが今後の大きな焦点となりそうだ。


■各企業との取り組み
デンソーと2017年に協業開始
出典:デンソープレスリリース

Armは2017年、デンソーが開発する自動運転システムと車両制御向け車載用半導体デバイスのリファレンス・プラットフォームの設計に協力することを発表した。

第一段階として、デンソーは「Arm Cortex-R52」プロセッサーのライセンスを取得した。同プロセッサーは、厳格な機能安全レベル(ASIL D)を満たしつつ、リアルタイムな制御を可能にするという。

自動運転分野にArmソリューションの導入を検討する1つの例だ。デンソーは早い段階でArmに着目したようだ。車載分野ではすでにArmソリューションの導入が進んでいるが、コンピューター化が進む次世代に向け、よりハイパフォーマンスなプロセッサーが求められるようになる。

自動車メーカーやサプライヤーと直接パートナーシップを結ぶケースと、NVIDIAなどを通じてArmソリューションが導入されるケースの2パターンが考えられるが、自動運転分野においてはどちらが主流となっていくか注目だ。

Cruiseとの提携も明らかに
出典:GM Cruise公式サイト

自動運転関連のパートナーとして表立って公表されている企業は少ないが、米GM傘下Cruiseとの提携が2022年に報じられている。ArmのCPUやIPを活用し、ドライバーレスの自動運転車の開発・進化を加速させていくという。ArmのCPUやIPを活用し、ドライバーレスの自動運転車の開発・進化を加速させていくという。

半導体分野では、NVIDIA、ルネサス、NXP、Xilinxなどがパートナー企業として名を連ねており、シリコン製品とソフトウェア製品を使用して、高度なオートモーティブ・ソリューションを提供している。

■業界におけるArmの取り組み
AVCCを設立

Armは2019年10月、自動運転車の量産化に向けプラットフォームの標準化などを推進するコンソーシアム「Autonomous Vehicle Computing Consortium(AVCC)」を設立したと発表した。

システムアーキテクチャやマイクロベンチマーク、画像、サイバーセキュリティ、ソフトウェアポータビリティなど各領域においてアーキテクチャの定義付けなどを進め、業界全体の自動運転開発を促進する狙いだ。

メンバーには、独ボッシュやコンチネンタル、デンソー、NVIDIA、NXP Semiconductors、トヨタ、GM、日産、スバル、ルネサスなどが名を連ねている。2022年には、ティアフォーが主導する「Autoware Foundation」と戦略的提携も結び、相互連携する形で開発を加速しているようだ。

The Autonomousに参画

ArmのAVCC同様、自動車や航空機向けにテクノロジーソリューションを提供するオーストリア・TTTechが設立した標準化団体「The Autonomous」にもArmは参加している。

フォルクスワーゲンやアウディ、BMW、メルセデス・ベンツをはじめ、インテルやNVIDIA、ルネサス、サムスン、デンソーなどがメンバーに名を連ね、ワーキンググループのもと安全規格などを定めているようだ。

ソフトウェア定義車両向けにオープンアーキテクチャを提供する「SOAFEE」

Armは2021年9月、自動車のソフトウェア定義化を促進するソリューション「SOAFEE(Scalable Open Architecture for Embedded Edge)」と、2種類の新たなリファレンスハードウェア・プラットフォームの提供を発表した。

SOAFEEは、ソフトウェア主導の自動車「ソフトウェア・デファインド・ビークル」向けのオープンスタンダードベースのアーキテクチャを定義したもので、アマゾンのAWSやコンチネンタル、フォルクスワーゲン傘下のCARIAD、ADLink、ティアフォー、ウーブンプラネット(現ウーブンバイトヨタ)、台湾のMIHコンソーシアムなどが協力・賛同している。

ソフトウェア主導の自動車におけるミドルウェア的な位置づけで、さまざまなハードウェアプラットフォーム間でソフトウェアをシームレスに展開できるよう非競争領域の取り組みとして推進している。2022年11月には、賛同するメンバー数が50社を超えたという。

■自動運転向けのソリューション
2018年に自動運転対応プロセッサーを発表

Armは2018年、マスマーケット向け自動運転の普及に向け、自動運転対応プロセッサー「Arm Cortex-A76AE」と新たな「Arm Safety Readyプログラム」、アプリケーション・プロセッサー初となる安全性技術「Split-Lockテクノロジー」を発表した。

新型CPUのCortex-A76AEは車載用に独自設計され、7nmプロセスノード向けに最適化されている。AEは「Automotive Enhanced」の略で、AE指定のすべてのArm IPに車載要件に応える専用機能が搭載されているという。厳格な機能安全プロセスを経るなど、安全性を重要視したソリューションだ。

Arm Safety Readyプログラムでは、ソフトウェアやツール、コンポーネント、認証、規格を一元管理されており、Armのパートナーは機能安全をよりシンプルかつ低コストで実装でき、自動運転に欠かせない最高水準の機能安全を自社SoCやシステムに実装することが可能になるという。

Split-Lockテクノロジーは、SoC内のCPUクラスタを高性能重視の「スプリットモード」で構成することで、クラスタ内の2~4つの独立したCPUをさまざまなタスクや用途で利用することができるという。

2018年当時の発表によると、ADASアプリケーションの65%、車載情報システムの85%が Arm IP上で実行されているという。すでにオーナーカーの分野でも大きなシェアを獲得しているようだ。

同年末には、AEシリーズの最新プロセッサー「Arm Cortex-A65AE」も発表している。安全機能を実装しつつ、自動運転におけるセンサーデータ処理や車載インフォテイメント(IVI)、コックピット・システムの高スループットニーズに対応した、Arm初のマルチスレッド・プロセッサーという。

センサーデータ収集時の高スループット要件を管理するのに最適なほか、機械学習やコンピューター・ビジョンなどアクセラレータに接続したロックステップ・モードを利用することでデータを効率処理できるとしている。

プロセッサー群を徐々に高度化

2020年には、自動運転や自律動作可能なロボットの意思決定を迅速化する最新のコンピューティング・ソリューションを発表した。

CPU「Arm Cortex-A78AE」、GPU「Arm Mali-G78AE」、ISP「Arm Mali-C71AE」から構成されるプロセッサーIP製品群で、対応するソフトウェアやツール群、システムIPとの組み合わせにより、自律動作型システム向けのワークロードに対応した設計が可能になるとしている。

Arm Cortex-A78AEは、前世代比30%のパフォーマンス向上が図られており、メモリサブシステムは50%高い帯域幅を備えている。7nm実装では、60%低い消費電力でCortex-A76AE の目標パフォーマンスを達成した。最大4コアまでのCPUクラスターに拡張でき、新たに強化されたSplit Lock機能(ハイブリッドモード)が柔軟性を発揮するという。

Arm Mali-G78AEは、フレキシブル・パーティショニング機能を採用し、自動運転などのGPUワークロードに対する新たなアプローチを実現する。最大4つの完全独立型パーティションがワークロードを隔離し、安全分野のユースケースに対応する。

安全なヒューマンマシン・インターフェイスや自動運転などで必要とされるヘテロジニアスな演算機能にGPUリソースを活用する。例えば、インフォテインメント・システムやASIL-B要件に対応したインストルメント・クラスター、ドライバーモニタリングシステムなどのすべてを、1つの車載アプリケーション内でハードウェアを隔離しながら同時かつ独立的に実行することができるという。

Arm Mali-C71AEは、生産ラインの監視やADASにおけるカメラシステムなど、ヒューマンビジョンとマシンビジョンの両方のアプリケーションサポートに必要な柔軟性を備えている。4つのリアルタイムカメラまたは16個のバッファカメラをサポート可能で、1.2ギガピクセル/秒のスループットを達成する。

安全機能も強化されており、ASIL-B/SIL2安全機能の達成に必要な各種機能をサポートしている。

Arm Cortex-A78AEとArm Mali-G78AEは、2023年時点で現行モデルとして活躍している。ソリューション展開から察するに、Armは2018年ごろから自動運転向けソリューションの提供を本格化しているようだ。世界各地で自動運転開発スタートアップが台頭し、Waymoが世界初の商用自動運転タクシーを実現したころ――と考えると、業界の動きにしっかりと追随し、対応していることが分かる。

■ソフトバンクグループとの関係
IPO機にさらなる躍進に期待
出典:ソフトバンクグループ公式ライブ中継

Armは2016年、ソフトバンクグループに総額約240億ポンド(約3.3兆円)で買収された。当時としては異例の買収額だ。

その後、ソフトバンクグループの負債削減などを目的にNVIDIAへの売却話が持ち上がったが、規制当局の反対により計画は泡と消えた。

現在、ソフトバンクグループのもと改めて米ナスダック市場に再上場する計画が進行中で、2023年最大のIPO案件となる可能性が高い。

投資事業が不安定さを増す中、ソフトバンクグループの命運を握る上場といっても過言ではない。自動運転をはじめとした新領域でどのような存在感を発揮していくのか、大きな注目が集まるところだ。

■【まとめ】同業系企業とのパートナーシップで業界を席捲?

半導体IP企業として、コンピューターの高度化を影で支える存在がArmだ。Arm自体が表に出てくることは少ないが、自動車メーカーや半導体各社などとのパートナーシップのもと、自動運転分野においてもすでに広く採用されているようだ。

特に、超高速処理技術を武器とするNVIDIAやモービルアイといった同業系企業とパートナーを組み、低消費電力と高速処理を両立させたソリューションを展開できる立ち位置を確立していることは、今後のビジネス拡大に向け大きなアドバンテージとなる。

独自の立ち位置で今後どのような存在感を発揮していくか、Armの動向に要注目だ。

記事監修:下山 哲平
(株式会社ストロボ代表取締役社長/自動運転ラボ発行人)

大手デジタルマーケティングエージェンシーのアイレップにて取締役CSO(Chief Solutions Officer)として、SEO・コンテンツマーケティング等の事業開発に従事。JV設立やM&Aによる新規事業開発をリードし、在任時、年商100億から700億規模への急拡大を果たす。2016年、大手企業におけるデジタルトランスフォーメーション支援すべく、株式会社ストロボを設立し、設立5年でグループ6社へと拡大。2018年5月、自動車産業×デジタルトランスフォーメーションの一手として、自動運転領域メディア「自動運転ラボ」を立ち上げ、業界最大級のメディアに成長させる。講演実績も多く、早くもあらゆる自動運転系の技術や企業の最新情報が最も集まる存在に。(登壇情報
【著書】
自動運転&MaaSビジネス参入ガイド
“未来予測”による研究開発テーマ創出の仕方(共著)




関連記事