10兆円企業のArm、自動運転業界の「影の覇者」へ!孫正義氏の救世主になるか

上場を機にさらなる飛躍も



ソフトバンクグループ傘下の半導体設計企業・英Arm(アーム・ホールディングス)が米ナスダック市場に上場申請した。早ければ9月中にも再上場を果たす。孫正義会長肝いりの戦略だ。上場時の時価総額は、最大でおよそ700億ドル(約10兆円)に達するという見方が強い。


2023年最大のIPO案件となるか、そして投資事業で苦境が続くソフトバンクグループの救世主的存在となるか注目が集まるところだが、そもそもArmとはどのような企業なのか。

Armという名前は聞けども、半導体分野でどのような事業を展開しているのか知らない人は意外と多い。

クラウドやIoT分野で業績を伸ばす同社。次の成長領域として期待される自動運転領域での事業展開を含め、Armの概要について解説していく。

■Armの概要
エイコーンやアップルの合弁として誕生
出典:Arm公式サイト

Armは、コンピュータ設計企業の英国企業であるAcorn Computerから派生する形で誕生した。同社が開発したプロセッサーArm(当時はAcorn RISC Machineの略)を発展させる目的で、同社開発部門と製造パートナーのVLSIテクノロジー、同業の米アップルコンピューターがジョイントベンチャー「Advanced RISC Machines」を1990年に設立した。これが今につながるArm社の誕生だ。


プロセッサーは、データ処理や命令処理をコンピューター内で司るハードウェアで、CPUやGPUなども該当する。半導体は、こうしたプロセッサーやIC(集積回路)などを開発・製造するための素材を指すが、半導体技術はプロセッサー開発技術に直結するため、プロセッサーやIC開発=半導体開発となり、プロセッサー開発企業は半導体企業と呼ばれる。

半導体業界では特殊な立ち位置に

半導体企業として最もメジャーな存在は、おそらく米インテルだろう。インテルは、半導体の開発から製造、販売までを担う半導体の総合企業だ。

一方、Armは半導体「設計」を武器にしているIPベンダーだ。基本的に自社製造を行わず、回路の設計技術・情報をライセンス化して販売しているのだ。

例えば、パソコンのCPUに着目すると、世の中の大半のパソコンはインテル製CPUかAMD製CPU、アップル製CPUであり、Arm製CPUというものは聞かない。


しかし、ArmベースのCPUは数多く存在する。CPU開発を手掛ける他社がArmのライセンスを取得し、それをベースに独自に手を加え、自社名を冠したCPUを世の中に送り出している。つまり、Armの名前はあまり表に出てこなくとも、その技術は広く普及しているのだ。

インテルやアップル、AMDなどは、Armと競合する部分を残しつつも一部ではARMアーキテクチャーを採用し、自社製品に組み込んでいる。Armは、半導体分野におけるファブレス企業なのだ。

小型デバイスを席捲、サーバーや自動運転分野にも進出

Armプロセッサーの特徴としてよく言われるのが、「省電力の割に高性能」という点だ。市場拡大を続けるスマートフォンに代表される小型デバイスは、その電源をバッテリーに依存するため、省電力化が欠かせない。

このため、省電力を武器にするArmは、小型デバイス市場では圧倒的なシェアを誇る。同社によると、全世界の70%の人がArmのテクノロジーを使用しているという。手持ちの各種デバイスにArmの技術が採用されており、知らず知らずのうちにArmテクノロジーを体感しているというわけだ。

この省電力性の特性は、車載インフォテインメント分野をはじめとする各種IoT機器やサーバー、ADAS・自動運転車など、多くの分野において採用が拡大している。

各種デバイスやクラウド、サーバー需要はまだまだ伸びる。そして、自動運転をはじめとしたイノベーションが半導体需要をいっそう喚起する。Armの躍進はまだまだ続きそうだ。

■ソフトバンクグループとArmの関わり
3.3兆円の巨額買収
出典:ソフトバンクグループ公式ライブ

Armとソフトバンクグループとの関わりは、2016年に始まった。ソフトバンクグループが総額約240億ポンド(約3.3兆円)で買収したのだ。孫正義社長(当時)はArmについて「IoTがもたらす重要なチャンスをつかむため、当社グループの戦略において重要な役割を果たす」と評した。その期待の高さは、3.3兆円という買収額に表れていると言える。

Armは、ソフトバンクグループにおいて「アーム事業」としてセグメント化されるほどの立ち位置となっており、その売上高は、買収時の2016年度16億8,900万ドルから、2022年度には28億1,700万ドルと約1.7倍の規模に達している。企業価値としては、ソフトバンクグループの全保有株式のうち18%を占めている(2023年3月末時点)。

NVIDIAへの売却断念、株式再上場へ

ソフトバンクグループにおいて重要な位置を占めるArmだが、2020年9月にビッグニュースが飛び出した。Armを米NVIDIAに最大400億ドル(約4兆2,000億円)で売却することに合意したと発表したのだ。

高性能GPUやAI(人工知能)技術でパソコンやゲーム、自動運転分野などにおける存在感を高め続けるNVIDIAによるArmの買収は、インテルや韓国サムスン電子を頂点とした半導体業界の構図を塗り替えるほどのインパクトを持つ。

買収実現なるか――と大きな注目を集めたが、世界各国の規制当局が懸念を示し、米連邦取引委員会などから独禁法に抵触する恐れがあることを指摘された結果、2022年2月に売却契約の解消が発表された。

売却計画は泡と消えたが、孫会長は後日談として「Armを手放したくなかった」と語っている。2020年当時、ソフトバンクグループは自己株式取得と負債削減のため4.5兆円の資金化プログラムを決定している。このプログラムに向け、泣く泣くArm売却を決断したというのだ。

当時の本心は定かではないものの、売却計画が流れた後、孫会長はArm買収当時から「2023 年ぐらいに再上場させるプラン」があったことを発表し、実行に移すため自らが専念する決意を固めたようだ。

そして2023年8月、正式に米ナスダック市場に上場申請した。現在地がここだ。

【参考】孫氏とArmについては「孫氏、6兆円上場で起死回生!カギは「自動運転半導体」」も参照。

■自動運転分野におけるArm
自動運転システムの個別要件に対応可能なテクノロジーを開発

Armは、自動車領域においてADAS(先進運転支援システム)や自動運転、車載インフォテインメント、車両制御、電動化などの各分野で活躍している。自動運転車はもとより、オーナーカーもソフトウェアファーストの時代が到来し、進展するコンピュータ化がArmを後押ししている。

自動運転関連では、ADASの延長線上にレベル4レベル5の自動運転があると捉え、CPUやGPU、ISP、MLプロセッサーなど、各パートナー企業の自動運転システムの個別要件に対処可能な複数のテクノロジーを開発しているという。

自動運転車において最重要要素となるAIの意思決定や複数のセンサーを統合するフュージョン技術など、柔軟で拡張性のあるArmの「ヘテロジニアス・コンピューティング・ソリューション」が良好な電力効率で複雑かつ多様なワークロードに対する処理に対応可能としている。

製品・ソリューションとしては、「Cortex-A78AE」「Mali-G78AE」「Mali-C78AE」などを提供している。

Cortex-A78AEは、厳格な安全要件下で複雑なタスクを行うデバイス用に設計された最高レベルのプロセッサーで、自動運転や産業システムの自動化に必要な拡張性、効率性、ヘテロジニアスなコンピューティングを提供する。

Mali-G78AEは、自動運転におけるさまざまなユースケースの要件に対応するよう設計されており、スケーラビリティや安全要件を満たす高度な機能を提供する。またMali-C78AEは、ADASやディスプレイアプリケーションの両方に対応するカメラ向けの画像信号処理などに適しているという。

自動運転開発各社が必要とするコンピューティング能力を発揮できる高性能かつ低電力、そして柔軟性に富んだソリューション開発が軸となっているようだ。

▼自動運転車|Arm公式サイト
https://www.arm.com/ja/markets/automotive/autonomous-vehicles

コンピューティングプラットフォームの標準化に向けAVCC設立

Armは2019年、自動運転車向けの共通コンピューティングプラットフォームを開発するコンソーシアム「Autonomous Vehicle Computing Consortium(AVCC)」を設立した。拡張性にあふれた自動運転車の展開を促進するため、システムアーキテクチャやコンピューティングプラットフォームに関する一連の仕様・定義を開発する。

設立メンバーには、独ボッシュやコンチネンタル、デンソー、NVIDIA、NXP Semiconductorsトヨタ、GMが名を連ねる。2022年には、ティアフォーが主導する「Autoware Foundation」と戦略的提携を結び、開発を促進すると発表している。2023年時点で、日産やスバル、ルネサスも参画しているようだ。

AVCC内には、システムアーキテクチャ、マイクロベンチマーク、画像、サイバーセキュリティ、ソフトウェアポータビリティの各ワーキンググループが設置され、各領域におけるシステムアーキテクチャの定義付けなどを進めている。

Cruiseとの提携も明らかに

自動運転分野における個別のパートナーについては大々的に発表されていないが、米GM傘下のCruiseとArmの提携が2022年に報じられている。

具体的な中身は不明だが、ArmのCPUとIPを活用し、無人自動運転車の進化を加速させていくとしている。

こうした協業は、おそらく開発各社が水面下で進めているものと思われる。AVCCにおける活動を含め、自動運転開発をArmが縁の下で支えているのだ。

【参考】ArmとCruiseの提携については「超有望タッグ!英Arm、自動運転でGM傘下Cruiseと提携」も参照。

■【まとめ】裏方として自動運転開発を支援、上場でさらなる飛躍に期待

IPベンダーであるが故、表舞台に大々的に顔を出すことはそうそうないが、業界におけるArmの存在感は年々増しているように思える。

自動運転向けのシステムオンチップ(SoC)などで活躍するインテル・モービルアイ勢やNVIDIA、中国Horizon Roboticsなどは、軒並みArmの技術を活用している。

裏方として自動運転開発を支えるArm。株式再上場を材料に新領域でどのような飛躍を遂げるのか。そして、ソフトバンクグループにおいてどのような存在となっていくのか。今後の動向に要注目だ。

【参考】関連記事としては「ソフトバンクビジョンファンドとは?(2023年最新版)」も参照。


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