ソフトバンクグループ(SBG)傘下の半導体設計企業である英Arm(アーム)が、年内にも米ナスダック市場に上場する可能性が強まった。
Arm上場に関しては各メディアが報じており、おそらく5月に開かれる2023年3月期決算説明会で正式に発表されるものと思われる。
投資戦略の損失から「守り」を固めるSBGにおいて、Armはどのような存在となっていくのか。これまでの経緯をおさらいしながら、そのポテンシャルに迫っていこう。
記事の目次
■Armの歴史
エイコーンを母体にアップルが合流してArmが誕生
Armの歴史は、コンピューターの設計・開発企業英エイコーン・コンピューターにさかのぼる。同社は1984年ごろ、新プロセッサー開発プロジェクトを立ち上げ、製造パートナーのVLSIテクノロジーとともに研究開発を進めていた。ここで誕生したのがARM(Acorn RISC Machine)チップだ。
このチップに注目したのが、当時世界初と言われるPDA端末「Apple Newton」の開発を進めていた米Appleだ。PDA開発に向け、さらなるパフォーマンスを発揮するチップを求めていたAppleは、エイコーンと共同でArmチップ開発に乗り出した。
その結果、1990年に開発部門が「Advanced RISC Machines(Arm)」として分社化され、現在のArm社が誕生する。
半導体の設計を主力とする半導体IPベンダーとして業績を上げ、1998年にロンドン証券取引所とナスダックへの上場を果たした。
その後も、Micrologic SolutionsやAllant Software、Infinite Designs、Adelante Technologies、Artisan Componentsなどを買収しながら開発力を強化し、世界有数のIPベンダーへとのし上がった。
ビジネスモデルとしては、IP=知的財産権を武器としている。まずコンポーネントを開発し、そのデザインを半導体企業にライセンス供与する。そしてライセンシーからライセンス料とロイヤリティーを受け取ることで、何年にもわたって収益を上げる形だ。
SBGが3.3兆円で買収
SBGは2016年7月、Armホールディングスの発行済株式と発行予定株式の全てを現金で買い付ける取引が合意に達したと発表した。
総額約240億ポンド(約310億ドル/約3.3兆円)の買収価格を対価とし、Arm株式1,412百万株を取得する内容で、同年9月に買収を完了した。
本格的なIoT時代の到来を見据え、Armを情報革命における次のパラダイムシフト「IoT」の中核と位置付け、さらなるイノベーションの波を巻き起こす構えだ。
なお、この翌年にソフトバンク・ビジョン・ファンド(SVF)が始動する。ソフトバンクグループは最大280億ドル(3.1兆円)を出資する予定で、このうち82億ドル(0.9兆円)については、保有するArmまたは事業子会社の株式の一部を現物出資する予定としている。Arm株の約75.01%を保有して議決権を維持しつつ、24.99%をSVFに移管する計画だ。
Arm買収から1年後のArm事業説明会では、今後10年間の主要な戦略分野としてサーバー、AI(人工知能)や機械学習、自動運転などを挙げている。この段階で自動運転にもしっかりと目を付けているところに注目したい。
NVIDIAへの売却方針も…
SBGにおけるIoT戦略の中核と位置付けられたArmだが、買収から4年後の2020年9月、米半導体大手NVIDIAとの間でArmの全株式を売却する契約が締結されたことが発表された。
子会社のSBGキャピタルとSVFが保有するArmの全株式を、最大400米ドル(約4.2兆円)と評価した取引で売却する内容だ。
AIコンピューティングの第一人者であるNVIDIAと広大なエコシステムを擁するアームを掛け合わせることで、AI時代における最高峰のコンピューティングカンパニーを誕生させる――というのが建て前だが、その裏にはSBGにおける資金化プログラムの存在がある。
SBGは2020年3月、自己株式取得と負債削減のため最大4.5兆円の自社保有資産の売却・資金化を発表した。経営戦略の一環だ。孫正義会長は後日、この資金化プログラムのため「アームを手放すことを泣く泣く決定した」と語っている。
しかし、取引完了には関係各国の規制当局の承認が必要で、最終的にはGAFAをはじめとしたIT業界の猛反発に加え、米連邦取引委員会など諸国から独禁法に抵触する恐れがあることを指摘され、2022年2月に売却契約の解消が発表された。
「Arm×NVIDIAは脅威」と判断された格好だが、言い換えればそれだけ高い価値を認められたと言える。
いずれにしろ、NVIDIAへの売却を断念したことで孫会長は逆に吹っ切れたようだ。2022年3月期の第3四半期決算説明会で、孫会長は買収当時からArmを2023 年ぐらいに再上場させるプランがあり、これがプランA、後から出てきたNVIDIAへの売却がプランB――といった主旨の発言を行っている。
ArmがSBGの「攻め」の象徴に、孫会長自らが指揮
ここから、ArmはSBGの「攻め」を担う存在となる。世界的株価下落などを背景にSVFの価値が激減し、2022年3月期にマイナス1.7兆円の純利益となったSBGは、継続的な資金化や投資基準の厳格化といった「守り」の戦略を前面に押し出すこととなったが、苦しいながらも「攻めも忘れずにやっていく」同社の姿勢の象徴がArmなのだ。
Armベースのチップ出荷数は、2016年の買収後も右肩上がりを続けており、2021年度までに年間290億個の規模となっている。マーケットシェア(数量ベース)は、スマートフォンやタブレットなどのモバイル向けで95%、産業向け・IoT製品向けの組込型チップやIoTチップで63%、プロセッサ搭載自動車向けチップで24%、クラウド事業者のサーバーで5%に達している。
2023年3月期の第2四半期決算説明会で、孫会長は「CPUの中心はインテルからアームに移ったと思う」と言い放った。
守りの戦略の中、力を持て余した同氏は、「アームの成長に集中し神経を注いでみようとこの数カ月集中してきたところ、アームのこれからの成長の源、エネルギー、技術革新、成長機会は爆発的なものがあるということを再発見した」という。
Armの価値を再認識し、自ら陣頭指揮を執ることで価値を最大化していく構えだ。
【参考】孫会長の動向については「孫氏が宣言「私はArmに没頭する」 自動運転で爆発的成長へ」も参照。
孫氏が宣言「私はArmに没頭する」 自動運転で爆発的成長へ https://t.co/fxlLsKByIm @jidountenlab #ソフトバンクグループ #決算
— 自動運転ラボ (@jidountenlab) November 11, 2022
Armの自動運転関連のパートナー
スマートフォンやIoTなどArmの活躍の場は広がる一方だが、コンピューター化が進む自動車分野への期待も大きい。とりわけ、高性能かつ低消費電力が求められる自動運転領域はまだまだ未開拓の部分が多く、将来性は良い意味で未知数とも言える。
自動運転関連のArmのパートナー企業には、LeddarTechやADLINK、Eurotech、STMicroelectronics、BrainChip、BlackBerry QNX、Toshiba、Renesas、eSOL、Ansys、NXPなど多くの企業が名を連ねる。
GM傘下のCruiseなども手を結んでおり、公表されていない企業も相当数に上るとみられる。自動車全体では、ADASやコネクテッド、デジタルコクピッドなどさまざまな領域で半導体需要は右肩上がりを続けており、今後、自動運転をはじめとしたモビリティ領域でマーケットシェアをどこまで拡大していくかに大きな注目が集まる。
【参考】CruiseとArmの提携については「超有望タッグ!英Arm、自動運転でGM傘下Cruiseと提携」も参照。
超有望タッグ!英Arm、自動運転でGM傘下Cruiseと提携 https://t.co/KQDq2hIovF @jidountenlab #Arm #Cruise #提携
— 自動運転ラボ (@jidountenlab) August 19, 2022
■ARMの企業価値
SBGの保有株式価値の16%をArmが占める
2022年12月末時点におけるSBGの保有株式価値の構成比は、アリババ12%、SBKK13%、SVF1・16%、SVF2・22%、LatAmファンド5%、Tモバイル・ドイツテレコム8%、Arm16%、その他8%となっている。
同時期の全保有株式価値は16.9兆円、Armは2.6兆円と見積もられている。非上場ながら、Armの価値はアリババ(2.0兆円)やグループの中核を担うSBKK(ソフトバンク/2.3兆円)を上回っているのだ。
上場で比率はさらに上昇
アリババ株は2022年に一部を売却して比率を下げており、2023年4月に英フィナンシャル・タイムズが米証券取引委員会への提出書類を基に報じたところによると、ほぼ全ての株式を売却する見込みという。
SBKKは堅実だが、SVFは守りに入り、アリババはほぼ全てが資金化されるとなれば、必然的にSBG内におけるArm価値の比率は大きく増すことになる。決算説明会でも、上場準備に入っているアームの再上場が実現したタイミングで、この上場株式の割合は一気に上昇することになるとしている。
米ナスダックへ2023年後半に上場か
上場先は米ナスダックが有力視されている。英政府はロンドン証券取引所への上場を懇願しているようだが、2023年3月までに、Armのレネ・ハースCEO(最高経営責任者)が米国単独上場に言及した。2023年内の上場を目指す方針だ。
米ロイターなどの2023年4月の報道によると、4月中にナスダックと上場に向け合意し、IPO申請に入るという。2023年後半の上場となる見込みのようだ。
上場時の時価総額は500億ドル規模?
気になるArmの時価総額は、上場によってどのような数字となるのか。ブルームバーグによると、世界の投資銀行各行はArmの評価額を300億から700億ドル(約4兆1,000億~9兆6,000億円)とする案を提示しているという。単純に中間値をとれば500億ドル(約6兆8,000億円)だ。
ロイターによると、IPOにより少なくとも80億ドル(約1兆1千億円)を調達する計画という。時価総額は、やはり500億ドル(約6兆8,000億円)以上になるとの見通しが強いようだ。
Armの企業価値は、NVIDIAへの売却話が出た2020年時点で約400億ドルと見積もられていたが、現在は300億~350億ドルと評価されることが多い。
IPOにより、果たしてどこまで価値を高められるのか。投資戦略で苦境に立たされたSBGにとって、Armの上場は試金石となる。株式市場全体の動向を見極める必要があるが、市場が再び上昇基調に乗れば、ArmとともにSBGの各投資事業もV字回復を遂げる可能性がありそうだ。
【参考】SBGの投資事業については「「米国底打ち」で孫正義復活へ!自動運転企業に期待感」も参照。
「米国底打ち」で孫正義復活へ!自動運転企業に期待感 https://t.co/VAc6NAl8n9 @jidountenlab #自動運転 #孫正義
— 自動運転ラボ (@jidountenlab) January 15, 2023
■【まとめ】起死回生の一手となるか要注目
まもなく開催される決算説明会で、Arm事業の全貌が明らかになる見込みだ。IPO時期は株式市場の動向に左右されざるを得ないところだが、2023年中が濃厚だ。
SBGにとって起死回生の一手となるか、その動向に今から注目だ。
【参考】関連記事としては「Armが自動運転で存在感!SBGの「救世主」になるのか」も参照。