Fordが転換?「凄い自動運転」より「実需が高い支援技術」へ

自家用車市場、レベル2+やレベル3に注力か



出典:Fordプレスリリース

米自動車メーカーのフォードが、自動運転技術の研究開発を担う新会社Latitude AI(ラティテュード・エーアイ)を設立したことを2023年3月2日に発表した。Argo AIの元社員を雇用し、高度なADASを皮切りに自動運転技術の開発を促進していく構えだ。

自動運転分野における開発方針をシフトしたフォードにおいて、Latitude AIはどのような役割を担っていくのか。フォードの戦略とともにLatitude AIの概要に迫っていく。


■Latitude AIの概要
自家用車におけるADASや自動運転開発を推進

Latitude AIは、自家用車におけるハンズオフアイズオフドライバーアシストシステムに焦点を当て、次世代に向けた新しい自動運転技術を開発していくとしている。

ハンズオフはハンドルから手を離すことができる高度な自動運転レベル2(ADAS)に相当する。アイズオフは一定条件下で走行状況から目を離すことができるレベル3に相当する。

なお、レベル3は条件付きで自動運転を実現する技術だが、フォードはこのレベル3についてもドライバーを支援する技術として位置付けているようだ。これは、自家用車における自動運転技術は、完全自動運転となるレベル5を除きドライバーによる手動運転が大前提となるためと思われる。

Argo AIの社員550人を雇用

Latitude AI設立に向けては、出資を引き上げたことで事業停止となったArgo AIの元社員約550人を雇用した。機械学習やロボティクス、クラウドプラットフォーム、マッピング、センサー、計算システム、テストオペレーション、安全工学など広範囲に及ぶ専門知識を有するエンジニアを採用したようだ。


フォードでADASテクノロジー担当エグゼクティブディレクターを務めるSammy Omari氏がCEOを務める人事からも明らかなように、自動運転開発の軸足をサービス用途から自家用車にシフトし、まずはコンシューマー向けのADAS開発から強化していく構えだ。

Sammy Omari氏=出典:Fordプレスリリース

自家用車の運転においては、渋滞や長い高速道路など退屈でストレスがたまるシチュエーションが多いが、自動運転技術がストレスを軽減する新しい顧客体験を解き放ち、かつ安全性を向上させるのに役立つ――との考えのもと、社内のグローバルADASチームをさらに補完・強化し、将来の運転支援技術やその先にある自動運転を実現していくとしている。

■フォードの自動運転戦略の変遷
当初はレベル4開発に注力

フォードはもともとレベル3開発を敬遠し、レベル4開発に注力する戦略を採っていた。自動運転と手動運転が混在するレベル3は、レベル4と同程度に開発が困難――という考えだ。スウェーデンのボルボ・カーズも、レベル3はかえって安全性を損なう――といった観点から同様の戦略を採用していた。

しかし、両社とも現在はレベル3に前向きで、ボルボ・カーズに至ってはレベル3システム「ライドパイロット」を発表し、北米市場などで展開していくビジョンを発表している。


かつてはArgo AIがレベル4開発をリード

フォードは2017年、レベル4開発強化に向け新進気鋭の自動運転開発スタートアップArgo AIに5年間で10億ドル(約1,130億円)の出資を行うと発表した。Argo AIは、GM傘下のCruiseなどと肩を並べる有力スタートアップで、全幅の信頼を寄せていた感が強い。同社にはその後、独フォルクスワーゲングループも出資している。

しかし数年が経ち、GM傘下Cruiseが自動運転タクシーの実用化にめどを立てた一方、Argo AIは開発面で後塵を拝する形となり、2022年10月までにフォードとフォルクスワーゲングループがともに出資を引き上げることとなった。

レベル2+の開発が必要不可欠

フォードはその際、市場の変化を受け、ハンズオフ運転が可能なレベル2+やレベル3の開発を加速させる戦略転換を表明した。

レベル4以上の開発について「収益性の高い完全自動運転車を大規模に提供できるようになるのは先のことで、必ずしもその技術を自分たちで作る必要はない」とする一方、「先進的なレベル2+やレベル3システムはすでに顧客に実際の利益をもたらしており、迅速な対応が可能で収益の可能性を広げる」、また「フォードにとって差別化された素晴らしいレベル2+の開発は必要不可欠」とし、自家用車向けの先進ADAS開発に注力する方針を鮮明にしたのだ。

自動運転タクシーやバスといった商用レベル4の開発を中止したわけではないと思われるが、まず実需の高い自家用車におけるレベル2+などの開発を加速し、オーナーカーにおける効用を高めていく戦略だ。ある意味、自動車メーカーとしての正攻法であり、正当な路線に立ち返ったと言える。

【参考】自動運転レベル3については「自動運転レベル3とは?定義は?ホンダ、トヨタ、日産の動きは?」も参照。

フォードのレベル2+「BlueCruise」「ActiveGlide」

フォードは2023年3月現在、市販車におけるレベル3を展開していないが、ハンズオフが可能なレベル2+を複数車種で展開している。

2020年10月にADAS「Co-Pilot 360」の一部としてハンズオフ機能「Active Drive Assist」を導入すると発表し、翌年に名称を「BlueCruise」と改め、ピックアップトラック「2021F-150」やEVマスタング「Mach-E」などに搭載している。リンカーンブランドでは、ADAS「Lincoln Co-Pilot360」に含まれる「ActiveGlide」でハンズオフ運転が可能となる。

BlueCruiseは、「BlueZones」と呼ばれる中央分離帯がある高速道路の一部で使用可能で、最新の「BlueCruise 1.2」では北米13万マイル(約21万キロ)を網羅している。BlueCruise起動後、ドライバー監視のもと車両のステアリングやスロットル、ブレーキをシステムが制御(支援)する。

BlueCruise 1.2には、レーンチェンジアシスト機能やカーブ手前で自動的に減速する予測速度アシスト、車線内走行を維持しながら、隣接車線の車両から走行位置を微妙にずらす「In -Lane Repositioning(レーン内再配置)」などの新機能も盛り込まれている。

2022年9月時点でBlueCruiseとActiveGlideのユーザーは7万5,000人を超え、1,600 万マイル以上(約2,600万キロ)の走行実績があると発表している。近々では、ユーザー数は8万3,000人超となり、サービスインから約1年で走行距離は2,100万マイル(約3,400万キロ)に達したという。

こうした数字が出るということは、コネクテッド機能を利用して走行データを収集していることになる。さらなる機能改善に向けた取り組みだ。同社は、2028年までに3,000万人以上の利用を想定している。

■レベル2+やレベル3の動向
レベル2+は各社がラインアップ、レベル3は現在2社が実装

市販車におけるレベル2+は自動車メーカー各社がラインアップ済みだ。国内メーカーでは、日産の「ProPILOT2.0(プロパイロット2.0)」を皮切りに、ホンダの「Honda SENSING Elite」、トヨタの「Advanced Drive」、スバルの「アイサイトX」と各社がハンズオフ機能を備えたADASを実装している。

海外では、GMの「Super Cruise」をはじめ、BMWがハンズオフ機能付き渋滞運転支援機能の搭載モデルを拡充している。Rivianなど新興EVメーカーでもハンズオフ機能を実装し始めているようだ。

レベル3は、ホンダが「Honda SENSING Elite」にレベル3システム「Traffic Jam Pilot(トラフィックジャムパイロット)」を搭載したほか、メルセデス・ベンツがレベル3システム「DRIVE PILOT」のオプション設定を開始している。

BMWやボルボ・カーズなどにも動きがあるものの、2023年3月時点で社会実装しているのは上記2社のみだ。北米市場では、メルセデス・ベンツが先陣を切る見込みとなっている。

レベル4自家用車に関しては、インテル傘下のMobileye中国の浙江吉利控股集団(Geely)と手を組み、コンシューマー向けレベル4を2024年にも中国で発売する計画を発表している。

【参考】ハンズオフ搭載車両については「「手放し運転」が可能な車種一覧(2023年最新版)」も参照。

■【まとめ】刻々と変化する情勢の中、自家用車の高度化に注力

自動運転タクシーなどのサービス向けレベル4開発が話題の中心となる中、フォードは改めて自家用車市場に目を向け、ADAS領域からテコ入れを図る構えのようだ。

自動運転開発が過熱してから月日が経ち、業界を取り巻く情勢は変わりつつある。自家用車の高度化で収益性をしっかり確保しながらその延長線上にレベル4を見据える――といった戦略への転換が、中長期的にどのような結果に結び付くのか。フォードをはじめとする各社の動向に引き続き注目したい。

記事監修:下山 哲平
(株式会社ストロボ代表取締役社長/自動運転ラボ発行人)

大手デジタルマーケティングエージェンシーのアイレップにて取締役CSO(Chief Solutions Officer)として、SEO・コンテンツマーケティング等の事業開発に従事。JV設立やM&Aによる新規事業開発をリードし、在任時、年商100億から700億規模への急拡大を果たす。2016年、大手企業におけるデジタルトランスフォーメーション支援すべく、株式会社ストロボを設立し、設立5年でグループ6社へと拡大。2018年5月、自動車産業×デジタルトランスフォーメーションの一手として、自動運転領域メディア「自動運転ラボ」を立ち上げ、業界最大級のメディアに成長させる。講演実績も多く、早くもあらゆる自動運転系の技術や企業の最新情報が最も集まる存在に。(登壇情報
【著書】
自動運転&MaaSビジネス参入ガイド
“未来予測”による研究開発テーマ創出の仕方(共著)




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