ソフトバンクグループの一セグメントを担う半導体設計企業の英Arm(アーム)。NVIDIAへの売却話は流れたものの、AIやIoT、自動運転といった成長産業のキープレイヤーとしてさらなる飛躍に高い期待が寄せられている。世界的な株安で業績が悪化しているソフトバンクグループの将来を左右する存在と言っても過言ではないはずだ。
この記事では、Armとソフトバンクグループの関係をはじめ、同社のビジネスモデルや自動運転分野における取り組みについて解説していく。
記事の目次
■Armの沿革
IPベンダーとして確固たる地位を確立
Armの起源は、コンピュータの設計・開発を行っていた英エイコーン・コンピュータにさかのぼる。同社の開発部門からスピンアウトし、米アップルコンピューターとVLSIテクノロジーとのジョイントベンチャーとして1990年に「Advanced RISC Machines(Arm)」が設立されたのがはじまりだ。
CPU開発とライセンスビジネスモデルで業績を伸ばし、1998年にロンドン証券取引所とNASDAQへの上場を果たした。その後もソフトウェア開発企業やチップ設計企業などを次々と傘下に収めながら成長を続け、世界に名だたる半導体設計企業となった。
インテルなどと異なるのは、半導体を自ら製造・販売せず、設計に関する知的財産権(IP)を武器にしていることだ。IPベンダーとしてライセンス料と利用に応じたロイヤリティをビジネスモデルとして確立しているのだ。近年は、これに付随するソフトウェアツールの販売や関連サービスの提供などにも力を入れている。
巨額買収でソフトバンクグループ傘下に
2016年7月、ソフトバンクグループからビッグニュースが飛び出した。Armの買収だ。当時、総額約240億ポンド(約3.3兆円)という買収額が大きな話題となったが、ソフトバンクグループの孫正義社長はArmを「世界的に名高いテクノロジー企業であり、この分野における圧倒的マーケットリーダー」とし、「IoTがもたらす重要なチャンスをつかむため、当社グループの戦略において重要な役割を果たしていく」と評している。
同年9月に買収手続きを完了し、Armは上場廃止された。なお、当時の時価総額は、買収額同様約320億ドル(約3.3兆円)となっている。2016年度のArmの売上高は16.9億ドル(約1,840億円)で、チップ出荷数は前年比17%増の177億個となっている。
ソフトバンクグループの事業子会社となったArmは、同グループ内において「アーム事業」として独立したセグメントとして扱われている。
Armの業績は、2017年度の売上高18.3億ドル(約2,000億円)でチップ出荷数213億個、2021年度(2022年3月期)は売上高26.7億ドル(約3,400億円)で290億個と着実に数字を伸ばしている。
Armによると、数量ベースのマーケットシェアは、スマートフォンとタブレットのアプリケーションプロセッサで95%、産業向け・IoT製品向けの組込型チップやIoTチップで63%、プロセッサ搭載自動車向けチップで24%、クラウド事業者のサーバーで5%に達している。
また、2020年度までの累計ライセンス契約数は1931件に上っており、こちらも右肩上がりを続けている。第2の成長期を迎えつつあるようだ。
【参考】Armの取り組みについては「自動運転、英Arm(アーム)チップの独壇場に?」も参照。
NVIDIAへの売却計画から一転再上場へ
ソフトバンクグループは2020年9月、半導体大手の米NVIDIAにArmを最大400億ドル(約4兆2,000億円)で売却することに合意したと発表した。AI分野におけるNVIDIAのリーダーシップとArmの広範なコンピューティング・エコシステムを一体化し、イノベーションを加速させAI時代の最高峰のコンピューティングカンパニーを誕生させるとしている。
400億ドルのうち、契約時にSoftBank Group Capital(SBGC)とArmに対し20億ドルが支払われ、クロージング時にSBGCとSVF1に100億ドル、215億ドルがNVIDIAの普通株式で支払われる内容だ。その他、アーンアウトとしてソフトバンクグループに最大50億ドル、またArm従業員に対し15億ドルの株式付与が予定されていた。
AIコンピューティングを武器に自動運転分野で業績を伸ばすNVIDIAにArmのエコシステムが融合するインパクトは非常に大きく、各方面からの注目が一気に高まった。
ただ、取引完了には英国、中国、EU、米国を含む規制当局の承認が必要で、米連邦取引委員会などから独禁法に抵触する恐れがあることを指摘され、2022年2月に売却契約の解消が発表された。
ソフトバンクグループは、新たな方針としてArmの2022年度中の株式上場を進める戦略を打ち出した。孫社長は、Arm再上場案は元々存在していたことを明かし、「半導体業界史上最大の上場を目指す」と意気込みを見せている。
【参考】Arm再上場については「Arm売却断念による上場案、孫氏「元々あった案、プランAだ」」も参照。
■自動車分野におけるArm
広がるエコパートナー網がシェア拡大を後押し
先述したように、プロセッサ搭載自動車向けチップにおけるArmのマーケットシェアは24%となっているが、見方を変えればまだまだ伸びしろが残されていると言える。
Armは、モビリティのデジタルトランスフォーメーション(DX)を推進する主要分野に「先進運転支援システム(ADAS)」「自動運転」「車載インフォテインメント」「車両制御・電動化」を挙げ、加えてオートモーティブコンピュートをハードウェア定義型からソフトウェア定義型に移行する意義を強調している。
また、これら各分野における自社の強みとして、世界トップクラスのパートナーエコシステムを挙げている。
次世代の効率的かつスケーラブルな自動運転ソリューション構築に向けた「Arm Automotive Ecosystem」には、ADAS関連24社、自動運転29社、デジタルコックピット21社、車両制御21社が名を連ねている(重複含む)。
コンピュータービジョン開発などを手掛けるオーストリアのemotion3Dは、3D環境向けのAIを活用したソフトウェアによって高度な車内モニタリングを可能にするシステムを提供している。
ADASや自動運転ソリューションを展開するイスラエルのBrodmann17は、自社の革新的なディープニューラルネットワーク(DNN)アーキテクチャは従来の数分の 1の処理能力しか必要とせず、低消費電力の Arm プロセッサ上で高精度のコンピュータービジョンを実行できるため、量産に非常に適しているという。
エッジAIソリューションの開発を手掛ける韓国Notaは、ハードウェア対応AI最適化プラットフォーム「NetsPresso」においてArmを活用しているようだ。
このほか、ソフトウェア開発を手掛ける米Wind Riverや、さまざまなコンピューティングソリューションを展開する米CoreAVI、独自のエッセンシャルAI開発を手掛けるオーストラリアのBrainChipなど、自動運転分野におけるArmのエコパートナーは大きな広がりを見せている。
日本でもArmが活躍
国内では、ルネサスエレクトロニクスが2020年に発表した車載用SoC「R-Car V3U」のCPUにデュアルコア・ロックステップ対応のArm Cortex-A76 CPUコア4セットが使用されている。最大60TOPS、9万6,000DMIPSの性能を実現し、ディープラーニングを用いた画像認識をはじめ、レーダーやLiDARとのセンサーフュージョン、走行計画の立案から制御指示まで、1チップで自動運転のメインプロセッシングが実現可能という。
東芝デバイス&ストレージは2019年、ADASや自動運転に適したDNNハードウェアIPを開発し、画像認識AIプロセッサ「Visconti 5」に実装すると発表した。従来のパターン認識や機械学習よりも多様な対象物を高精度に認識することが可能で、このCPUコアに「Arm Cortex-A53」や「Arm Cortex-R4 processor with Floating Point Unit」を使用している。
イーソルも早くからArmと関わっており、各種ソフトウェアソリューションへの利用にとどまらず、正規のArmトレーニングパートナーとしてArmアーキテクチャに関するトレーニングなども行っている。
日産は、EV(電気自動車)「リーフ」の e-パワートレインの最新パワーモジュールにおいて、Arm のコアプロセッサー「Cortex-R5」や最新の制御技術によって従来型の約 1.3 倍のトルクと電力を供給可能にしている。インバーターの制御において もArm ベースのマイクロコンピューターコアを使用しており、Armの幅広いエコシステムとエンジニアリングコミュニティが採用の決め手の1つになったとしている。
このほか、Armの日本法人アームが2017年、デンソーが進める自動運転システムと車両制御向け車載用半導体デバイスのリファレンス・プラットフォームの設計に協力すると発表している。
第一段階としてデンソーは「Arm Cortex-R52」プロセッサのライセンスを取得し、ソフトウェアの統合や保守、検証作業の効率化を図っていくとしている。
同業との関係もプラスに
半導体企業として同業他社とはライバル関係にあるように思われるが、半導体「設計」企業のArmの位置付けは特殊だ。
例えば、Armが2022年2月に発表した車載向けイメージシグナルプロセッサーの新製品「Mali-C78AE」に対し、イスラエルのモービルアイがいち早く反応し、次世代EyeQテクノロジー向けにライセンスを取得している。
インテルやNVIDIA、アップルなども同様で、Arm CPUを採用した製品を次々と発表している。独自の開発力に裏打ちされた技術がライセンスビジネスとマッチし、業界における地位を確固たるものに変えているようだ。
業界団体にも積極的に参加
Armは2019年、自動運転開発に向けたシステムアーキテクチャやコンピューティングプラットフォームの要件定義などを進めるコンソーシアム「Autonomous Vehicle Computing Consortium(AVCC)」の設立を発表した。
初期メンバーには、トヨタやデンソー、GM、コンチネンタル、ボッシュ、NVIDIA、NXPなどが名を連ねている。
また、ティアフォーが自動運転ソフトウェア「Autoware(オートウェア)」の世界標準化に向け設立した「The Autoware Foundation」にも初期メンバーとして参画するなど、業界の動きにしっかりと対応し、協調路線を歩んでいる。
■【まとめ】Armがソフトバンクグループの「攻め」を担う
自動運転分野において、Armソリューションがコンシューマーの目にとまる機会はその性質上少ないが、非常に多彩なシーンで活躍していることが分かった。
自動運転以外にも、スマートフォンをはじめとしたモバイル機器やIoT機器は今後も成長が見込まれる成長分野で、高度な半導体技術の需要はまだまだ伸び続ける。
投資事業に重点を置くソフトバンクグループの業績は世界経済の動向に左右されがちだが、その中においてArmが情報革命をけん引し、同グループの「攻め」役として存在感を増していく可能性は高そうだ。まずは2020年中に予定されている株式再上場の行方に注目だ。
▼Arm公式サイト
https://www.arm.com/
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大手デジタルマーケティングエージェンシーのアイレップにて取締役CSO(Chief Solutions Officer)として、SEO・コンテンツマーケティング等の事業開発に従事。JV設立やM&Aによる新規事業開発をリードし、在任時、年商100億から700億規模への急拡大を果たす。2016年、大手企業におけるデジタルトランスフォーメーション支援すべく、株式会社ストロボを設立し、設立5年でグループ6社へと拡大。2018年5月、自動車産業×デジタルトランスフォーメーションの一手として、自動運転領域メディア「自動運転ラボ」を立ち上げ、業界最大級のメディアに成長させる。講演実績も多く、早くもあらゆる自動運転系の技術や企業の最新情報が最も集まる存在に。(登壇情報)
【著書】
・自動運転&MaaSビジネス参入ガイド
・“未来予測”による研究開発テーマ創出の仕方(共著)