カナダの通信機器メーカーBlackBerry(ブラックベリー)が、中国IT大手の百度(バイドゥ)との戦略的パートナーシップを拡大すると発表した。百度のアポロ計画において築いてきた関係をいっそう深化させるようだ。
かつてはモバイル端末で名を馳せたBlackBerryだが、現在はソフトウェア開発力を武器に自動車業界で大きくシェアを伸ばしているようだ。
BlackBerryは自動車業界でどのように活躍しているのか。同社の技術に迫ってみよう。
記事の目次
■BlackBerryの自動車業界における取り組み
QNX搭載車は1億7,500万台突破
BlackBerryの自動車業界参入は、ソフトウェア開発を手掛けるQNX社の買収に始まる。2010年に米ハーマンからQNX社を取得し、テレマティクス向けにすでに普及していたOS「QNX」を手に車載システム分野で自動車業界への本格参入を果たした。
同時期、米GoogleやAppleの台頭などを背景に主力のモバイル端末事業のシェア縮小が続いており、新たな柱として注目したのが自動運転をはじめとする次世代モビリティ分野だ。
2016年に自動運転の研究開発を進める拠点「Autonomous Vehicle Innovation Center(AVIC)」の設立を発表した。発表の場には同国のジャスティン・トルドー首相も駆けつけるなど官民挙げた取り組みが進められており、2019年にはカナダ政府からソフトウェア開発に4,000万ドルが投資されている。
OS「QNX」はテレマティクス・インフォテインメント領域から大きく拡大し続け、ADAS(先進運転支援システム)や自動運転を実現する「QNX Platform for ADAS」といった次世代向けのソリューションも続々と発表されている。
現在、自動車向けのQNX製品は、ADASのほかQNX Neutrino OS、QNX OS for Safety、インフォテインメント用QNX CARプラットフォーム、デジタルコックピット向けQNXプラットフォーム、QNXハイパーバイザー、QNX音響ミドルウェアなどが提供されている。
なお、2020年6月発表時点でQNXテクノロジーは1億7,500万台以上の車両に組み込まれている。この5年間で1億台以上増加しており、トヨタヤホンダ、米フォード、米GM、独BMW、独フォルクスワーゲン、独アウディなど非常に多くの自動車メーカーが採用している。
また、デンソーやパナソニック、独ボッシュ、アプティブ、ルネサス、インテル、NVIDIAなど、ティア1サプライヤーや半導体企業などとのパートナーシップも広範に及んでいる。近年は、百度など自動運転開発を進める企業との提携も進んでいるようだ。各社との取り組みについては後述する。
■QNX Platform for ADASの概要
現在の自動車はあらゆるシステムがECU(電子制御ユニット)によって制御されているが、コネクテッド化やADAS・自動運転化が進行するにつれ、必要とするECUも膨大な数となっていく。それに伴い搭載されるソフトウェアも増加の一途をたどっているが、これらソフトウェアの制御や更新といった管理の複雑化が課題となっている。
こうした場面で機能を発揮するのがOSだ。QNXは車載をはじめ産業用組み込みシステムなど次世代製品向けに設計されており、完備したさまざまな機能によってシステムの最適化を図ることができる。
QNX自体は自動運転システムを備えているわけではなく、位置付けとしては、自動運転OSをはじめ各種制御ソフトウェアを統括する「自動車OS」となる。
ADASや自動運転向けの「QNX Platform for ADAS」は、以下の機能を備えている。
- 4台のカメラサラウンドビューと1台のカメラ、マルチカメラ入力を備えたセンサーハブのリファレンス実装
- 低遅延センサーデータの収集
- センサーデータアクセスのパブリッシュおよびサブスクライブ
- データの視覚化
- 自動車ネットワークを介してセンサーデータを提供するネットワークプラグイン
- タイムスタンプ付きのデータサンプルを使用したセンサーデータのキャプチャー
- IEEE 1588PTPやIEEE802.1ASなどの構成可能なタイムスタンプソース
- テストとプロトタイピングのためのロボットOS(ROS)統合
- OpenCV、SOME / IPなどを含む統合されたオープンソースライブラリ
自動車に関する安全性の規格「ISO 26262 ASILD」に認定された「QNX OS for Safety」に基づいて構築されており、さまざまなADAS・自動運転向けプロセッサで利用可能な処理コアと互換性があるように設計されているようだ。複数のOSを安全に制御可能な仮想化技術「Hypervisor」も提供している。
最新のQNX Hypervisor 2.0 for Safetyは、商用ハイパーバイザーとして世界初となる「ASIL D」認証を獲得したことが2019年12月に発表されている。
セキュリティ面では、高度なAI(人工知能)セキュリティ技術を有する米Cylanceを14億ドル(約1,460億円)で買収するなど、サイバーセキュリティ対策の強化にも努めている。
こうしたセキュリティ機能や信頼性なども高く評価されており、既存の自動車のみならず自動運転開発分野でも続々と導入が進んでいるようだ。
■BlackBerryのパートナーシップなどの取り組み
百度の高解像度マップに「QNX Neutrino RTOS」
BlackBerryは2021年1月、百度と戦略的パートナーシップを拡大すると発表した。BlackBerryの「QNX Neutrino RTOS」上で稼働する百度の高解像度マップが、広州汽車集団(GAC)のEV(電気自動車)子会社が発売する予定の「Aion」に搭載されるようだ。
両社は2018年、QNXを百度のオープンプラットフォーム「Apollo」の基盤として活用することで合意したほか、百度のコネクテッドカー向けのソフトウェアや会話型AIシステム、QNX Car(Infotainment)プラットフォームで実行する高解像度マップを統合することを発表していた。
百度の高解像度マップは、テュフ・ラインランド社の業界認証「Automotive SPICE」を取得しており、ティア1サプライヤーなどに向けたソフトウェア開発プロセスの厳格な要件に対応している。この高解像度マップの基盤となるQNX Neutrino RTOSは、堅牢なマイクロカーネル採用のリアルタイムOSで、パフォーマンスの高さと柔軟性を通じて組み込みシステムの限定的なリソースの問題を解決するという。
AWSと「BlackBerry IVY」共同開発
クラウドサービスなどを手掛ける米Amazon Web Services(AWS)とBlackBerryは2020年12月、BlackBerryのインテリジェント車載データプラットフォーム「BlackBerry IVY」の開発・販売を目的に複数年のグローバル契約を交わすと発表した。
IVYは、クラウド接続型の高拡張性ソフトウェア・プラットフォームで、一貫性とセキュリティを維持しながら車載センサーのデータを読み取り、データを正規化し、ローカルデータとクラウドデータの両方からデータ解析することを可能にしている。複数の車載OSとマルチクラウド環境をサポートしており、互換性も万全という。
QNXの各種機能とAWSの広範なサービス・ポートフォリオを基礎とすることで、システムの管理や構成をクラウドからリモートで行うことができる。自動車メーカーは、ユーザーのアクセス権をコントロールしながら、エッジコンピューティング機能によってデータの迅速・効率的な処理を最適化することが可能になるという。
自動運転やEVへの導入も相次ぐ
自動車メーカーへの採用が相次ぐQNXテクノロジーだが、近年次々と台頭するEVメーカーをはじめ、CASE(C=コネクテッド、A=自動運転、S=シェアリング・サービス、E=電動化)領域での採用がとりわけ目を引く。
EV関連では、2018年6月に中国のBYTON、2019年11月に英Arrival、2020年7月に米CanooがそれぞれQNXを採用することが発表された。
ADAS・自動運転関連では、2018年3月に英ジャガー・ランドローバーと次世代自動車向け技術の共同開発を締結したほか、2019年11月に韓国の現代(ヒュンダイ)グループの現代オートロンが開発する次世代ADAS・自動運転ソフトウェア・プラットフォームにQNXが採用されたことも発表されている。
従来の自動車に比べよりコンピューター化される自動運転車やEVなどとの相性はやはり高いようだ。
【参考】EVへのQNX導入については「米EVスタートアップCanoo、自動運転レベル2車両でBlackBerryのOS採用」も参照。
米EVスタートアップCanoo、自動運転レベル2車両でBlackBerryのOS採用 https://t.co/iqq87yeuca @jidountenlab #自動運転 #Canoo #BlackBerry
— 自動運転ラボ (@jidountenlab) August 6, 2020
デンソーやルネサスが共同開発 マクニカは代理店契約締結
日本の企業関連では、2018年10月にルネサスの車載用SoC「R-Car」向けに仮想化・機能安全・セキュリティのソフトウェア開発環境を提供開始したことが発表された。2019年9月には、複数のHMIを連携させてドライバーの利便性を向上させる統合コックピットシステム「Harmony Core」をデンソーと共同開発したことも発表されている。
2020年6月には、自動運転開発をトータルサポートするマクニカがBlackBerryと国内代理店契約を締結し、QNXソフトウェア製品や開発環境の提供を開始している。
【参考】デンソーとの取り組みについては「カナダ企業BlackBerryとデンソー、統合コックピットシステムを共同開発」も参照。ルネサスとの取り組みについては「ブラックベリー社と半導体大手ルネサス、R-Car向けのソフトウェア開発環境の提供を開始」も参照。
カナダ企業BlackBerryとデンソー、統合コックピットシステムを共同開発 https://t.co/9pL6SpA0I8 @jidountenlab #BlackBerry #デンソー #コックピット
— 自動運転ラボ (@jidountenlab) September 12, 2019
株価も急騰中
2021年に入って、BlackBerry株が急騰している。2020年は一貫して一桁ドル台で推移し、2021年の初日終値も6ドル台だったが、じわりじわりと値を上げ、1月16日に12ドル台、25日に18ドル台、27日には一時28ドル台まで値を上げた。
百度との取り組みが一因となっている可能性があり、今後利益確定する動きも出そうだが、時流に乗るBlackBerryを象徴するかのような値動きだ。
■【まとめ】自動車もOSの時代に?
自動車の高機能化を背景に、QNXが「自動車OS」としてシェアを拡大し続けていることがわかった。コンピュータ化がいっそう進む自動運転分野においてはアドバンテージがいっそう広がる可能性もある。
コネクテッド化・自動運転化が進行する自動車業界。近い将来、パソコンやスマートホンにおけるWindowsやiOS、Androidのように、OSを前面に出した車種展開や販売戦略がスタンダードとなることも考えられそうだ。
【参考】関連記事としては「自動運転OS、デファクトスタンダードの座を巡る激戦の構図」も参照。