トヨタ自動車のアメリカ子会社でAI(人工知能)研究を行うトヨタ・リサーチ・インスティテュート(TRI)は2019年1月7日、米ラスベガスで開幕する世界最大級の家電見本市「CES 2019」において、報道陣に新型の自動運転実験車をお披露目した。TRIが開発する運転支援機能「ガーディアン」と自動運転技術「ショーファー」を搭載させ、実証実験などを通じて両機能をさらに洗練させていく計画だ。
この日のTRIのギル・プラット最高経営責任者(CEO)のスピーチが興味深い。ガーディアンの本質について「人間の能力を置き換えるのではなく、増大させること」と語ったほか、「自動運転システムが抱える、技術的・社会学的な難しさを甘く考えてはいけない」とも強調した。一言一言がトヨタの哲学や方向性をにじませるものだった。
以下にプラットCEOのスピーチ全文を掲載する。
記事の目次
■ガーディアンで事故は回避できたのか…答えは?
皆さん、こんにちは。本日はお越しいただきありがとうございます。また、ボブ・カーターさん、このオープニングに導いていただき、ありがとうございます。
いまご覧いただいた3台の車の事故は、皆さんが見たとおりに実際起こったものです。なぜ知っているかというと、私たちがその現場にいたからです。一連のセンサーとカメラを使い、信頼できる様々なデータを収集していたことから、昨年夏の事故で何が起こったかを再現することができました。
私たちのレクサスの実験車は、左車線をマニュアルモードで走行していて自動運転走行モードにはなっていませんでした。ただし、認識能力などはフルに作動している状態でした。この実験車はサンフランシスコのベイエリアにおいて多くのトンネル、橋などで、マッピングと走行データの収集をしていました。激しい事故ではありましたがけが人が出なかったのは幸いでした。また、カリフォルニア・ハイウェイ・パトロール(警察)は私たちの車両とドライバーには過失がないと判断しています。
今回の事故のシーンを皆さまにお見せしたのは、事故発生時に使用していた私たちの技術に驚いていただくためではなく事故が起きたまさにその日に私たちが自問したことを、ここでお知らせしたいからです。その自問とは、私たちが開発している「Toyota Guardian高度安全運転支援システム」(以下、ガーディアン)であれば、この事故を回避できたであろうか、あるいは事故の被害を軽減できたかどうか、ということです。その回答は「Yes」だと考えています。
それでは、ガーディアンとは、一体なんでしょう?
■運転支援機能「ガーディアン」の本質とは?
ガーディアンの本質は、人間の能力を置き換えるのではなく、増大させることです。それはたとえば、高齢の父から取り上げた車のキーを返して、もう少しの期間運転できるようにするといったことです。もしくは、これはより重要なことですが、自動車の事故で命を落とす人の3割を占める10代のドライバーの命を救うことです。また、人間のミスや弱点をカバーし、以前には不可能と思っていたようなことを可能にすること、そしてまた、数多くの尊い命が奪われていて最も交通事故の被害に遭いやすい年代である、子どもや高齢者世代の人々を助けるということです。
TRIは設立当初から、自動運転技術に関して二つのアプローチをとることにしました。すなわち、ガーディアンと、ショーファーと呼ぶ、レベル4-5の完全自動運転技術を同時に開発することです。
【参考】自動運転レベルの定義については「自動運転レベル0〜5まで、6段階の技術到達度をまとめて解説」も参照。
ショーファーは、メディアでも頻繁に取り上げられるような自動運転技術のことで、特に、機械が人間のドライバーを置き換えるという技術です。レベル5の自動運転とは、いつどこでどんな環境でも、ドライバーなしで自動運転が可能なシステムと定義されます。これはすばらしい目標ですし、私たちもいつかは達成できるかもしれません。しかしながら、こうした自動運転システムが抱える、技術的・社会学的な難しさを甘く考えてはいけないと思っています。
たとえば、絶え間なく変わる環境において、人間のドライバーと同等の、もしくはそれより優れた運転をするうえで必要な社会順応性をどのようにシステムに教えるのか。いつ歩行者が道を渡るか、もしくは交差点の信号が青なのに、警察官が「止まれ」のサインを出した際に警察官が指示していることをどのようにシステムに教えるのか。それに、自動運転車両でも発生が避けられない事故や死傷を社会が受け入れるには、相当な長い時間がかかることも気にとめなくてはなりません。自動車業界においてもIT業界においても、いま述べたような質問に完全に答えられる人はいないと思います。
それと同時に、私たちには、自動運転技術で出来る限り多くの命をなるべく早く救うという義務があります。これが、TRIが、昨年は二つの運転席を持つ実験車を投入し、ガーディアンの研究開発を集中的に実施してきた理由です。
ガーディアンでは、これから起こりうる事故を予測、ドライバーに注意を喚起し、ドライバーの操作と協調して修正制御を行う場合を除き、ドライバーは常に車のコントロールを行うことになります。このように、ガーディアンは、人間と機械のスキルや強みを組み合わせ、融合するものです。実際、今年ガーディアンに組み入れた最も重要な進歩は、人間と機械の間で「調和的な車両制御」を作りだしたことです。
ヒントとなったのは、現代の戦闘機の飛行制御方法でした。そこでは、パイロットが操縦桿を握って操作をしているのですが、実際には、パイロットは直接戦闘機の操作をしているわけではないのです。そのかわり、パイロットの意思が一秒あたり何千回という単位でフライトコントロールシステムに変換され、機体を安定させ、特定の安全なエリア内に戦闘機を維持しているのです。
それでは、人間と機械が調和的な制御を行うというのはどのようなことなのでしょうか。
■人間と機械が調和的な制御を行う…その意味は?
たいていの場合、人間は100パーセント車をコントロールしていると感じています。しかし、ドライバーが、ダイナミックに変化するシステムの安全エリアの限界点に達し始めると、システムがドライバーと協働しはじめ、ドライバーを安全なところへと引き戻そうとします。ここで私たちが強調したいのは、これは人間と自動運転システムとの間でのオン・オフのスイッチのようなものではないということです。これは、人間と自動運転システムがチームメイトとしてお互いのベストの能力を引き出すようなシームレスで調和的な運転システムなのです。
そしてガーディアンは、トヨタの、もしくは他社製の自動運転システムを監視する手段として追加もできます。これはガーディアンのキーとなる能力です。なぜなら、昨年のCESで発表しているように、私たちは、ガーディアンを、Mobility as a Service(MaaS)向けに開発するe-Paletteに標準装備として組み込むことを計画しているからです。
これにより、モビリティサービス会社は、どのような自動運転システムを使っても、トヨタのガーディアンを一種のフェイルセーフ、すなわちショーファー型自動運転システム用の冗長システム(システムに障害が発生するケースに備えて、予備装置を配置・運用しておくもの)として使うことができます。つまり、ガーディアンはトヨタにとって、いわばベルトとサスペンダーのような二重のシステムであるということです。
このガーディアンは、次第に、より多くの技術的な信頼を築き上げ、世の中からも受け入れられると考えています。これを私たちはToyota Guardianと呼んでいます。しかし本来は、トヨタの車だけでなく、路上のすべてのクルマがこうあってほしいと思っています。つまりは、Guardian for allです。
それでは、ガーディアンをどのように作り込んでいるのか、またガーディアンはどのように機能するのか、お話ししましょう。
■ガーディアンはどのように作りこまれ、どのように機能するのか
ガーディアン開発の最も重要なツールの一つが、シミュレーションです。他社と同様、私たちの自動運転技術のソフトウェアは、実車とシミュレータでシームレスに繰り返しテストされ、両者を継続的で統合し、かつテストを行えるようになっています。エンジニアのデスクの上で、実車が路上でどのように反応するかを反映させながら、ソフトウェアのコードをシミュレーションで検証することができます。これをスケールアップし、クラウド上で数多くを走行させ、同時に数十億マイルものトレーニングデータとテストデータをつくりあげます。
しかしシミュレーションだけでは十分ではありません。ガーディアンが学習を重ね、より賢くなるためには、一般路上では危険すぎて実験できない難しいケースや要求の厳しいシナリオにも対応しなくてはなりません。この理由から、オタワレイク市のミシガン・テクニカル・リソースパーク、ここはミシガン州アナーバーの研究機関からそう遠くない地にありますが、ここに専用のテストコースをつくったのです。また、ミシガン州のAmerican Center for Mobility(ACM)の施設や、TRIのアナーバー、マサチューセッツ、カリフォルニアの各拠点にほど近いコースも活用しています。
いま例に挙げた、またはその他のクローズドのテストコースでは、ガーディアンの知能や能力をより拡充し、より過酷な形で試せるテストシナリオをつくりだすことができます。継続的な改善によって、ガーディアンはドライバーを導く最適な方法を学び、危険なシナリオに対してどのように反応するのが良いかを学んでいきます。
例えば、列をなして縦列駐車している車の側方から急に車が飛び出すシナリオは、車線内でブレーキをかけるだけでは衝突回避が間に合わないほどの急なタイミングになっています。隣の車線が空いているものの、ほんの少ししかスペースがない場合、ガーディアンはまず視覚と音声で迫りくる危険をドライバーに促し、飛び出してきた車を避けるために隣の車線に少しだけ移動し、さらにそこで前方に出てきた障害物を避けるために元の車線に戻る回避操作をすることになります。このように成長していくガーディアンの能力は、冒頭にご紹介した高速道路での事故を私たちに学びを与える前向きなケースにしてくれます。
私たち自身とセンサーやカメラの目の前で、3台の車が高速道路上で起こしたあの危険な状況は偶然に発生した「想定外のシナリオ」でした。実際の事故データから、非常に正確なシミュレーションを作りだしました。そして、一秒に満たない時間内でガーディアンが認識・予測・衝突回避の選択肢を引き出すための学習ツールにしたのです。
テストコースでは、実車と、柔らかな素材でできたダミー車両を活用して状況を再現しました。この場合、ガーディアンのもっとも望ましいオプションは、安全に加速をし、近づいてくる車両から離れることでした。更にいうと、加速し離れることによって、ガーディアンは、他の2台の車の衝突の回避も可能にするようなスペースを確保しました。つまり、「利他的なガーディアン」というわけです。なかなか良い考え方ではないでしょうか。
最後に、よりご注目頂きたい、ガーディアンの潜在能力について説明したいと思います。
■プラットCEOが考えるガーディアンの潜在能力は?
人間には自立して自由に動き回れることを求める基本的な欲求があります。これは、お子さんが最初に立つことを習うときに、両親のちからを借りずに部屋中をにこにこ笑いながら走り回るときにはじまっています。そして、自転車に補助輪なし初めて乗れたときの、達成感の表情でもあります。
そして、このテストコース上でのパイロンを並べたスラロームコースにも似た、ワインディングロードでの運転を想像してみてください。ガーディアンをオフにすると、ドライバーはここそこでパイロンをはねてしまいます。一方ガーディアンの制御がなされている場合は、テストカーを自分の体の延長のように自由にコントロールしているように感じます。実際には、ガーディアンがドライバーに運転を教え、ドライバーをフォローしています。ドライバーがどのような入力をしても、アンダーステアやオーバーステアを出したり、パイロンをはねたりしません。
ドライビングの喜びは現実のものです。このドライブの喜びも、ガーディアンに固有なものであり、かつ意図的に加えた要素なのです。ガーディアンは、将来、命を救うだけでなく、運転をこれまでよりももっと楽しくするものになると信じています。
一週間後のデトロイトで、トヨタは新型スープラをお披露目します。販売終了となってからも長い間忘れられなかった存在。スープラは、いつの時もトヨタにおける走りの喜びの象徴でもありました。来週のデトロイトショーに参加される皆さんは「ワオ」と驚かれることでしょう。
スピーチの終了にあたり、私からもちょっとした「ワオ」があります。スープラとは少し違う類ですが…、TRIにおける新しい「開発ツール」です。今日は、今年最新のガーディアン、ショーファーのテストカーとして、P4実験車を紹介します。どうぞご覧ください。
Lexus LS 500hをベースとしたP4は、従来の実験車よりもスマートで、アジャイルで、よりレスポンスのよい実験車です。P4のシステムは、センサーからの情報をより速く処理し、従来型のP3実験車よりも、より早く、周囲の環境に反応します。P4実験車は、この春に、既存の実験車とともに走行試験を始め、ショーファーとガーディアン双方の技術開発を加速させていきます。
さて最後に、最も本質的な点についてお話ししたいと思います。
■自動運転において最も重要なメリットとは?
それは、自動運転のもっとも重要なメリットは、車を自動化させるということではない、ということです。そうではなく、ヒトが自立して自由に動き回れることだと考えます。自動運転とは、まず出来る限り多くの命を極力早く救えるようにし、かつドライビングをより安全に、しかし一方でより心を揺さぶるようなものにすることです。
安全技術の普及とは、約3年前に私たちが先駆けて表明した哲学です。具体的には、衝突被害軽減自動ブレーキを米国で販売される車両への標準装備化を進め、ほぼ全ての車両に標準装着を完了しています。また、ドライビングの興奮を広げていく、という観点では、たとえ廉価な車であっても運転を楽しめ、オーナーのココロを捉えられるようにしていきたいと考えています。
今回のカリフォルニア州の高速道路での事故は、ガーディアンの技術を以てすれば被害を軽減できるか、もしくは避け得たといえるでしょう。この経験やその他の試験研究の成果をもとに、私達はガーディアンを開発し、作り込もうとしています。そしてこの業界の中にも提供していければと思っています。
これこそが、“Guardian for all”(ガーディアンを全ての方に)という哲学です。本日はありがとうございました。
■【まとめ】自動運転を実現させる真の目的を考えさせられる
トヨタ自動車の豊田章男社長は「100年に1度の変革期」といまの時代を捉え、「自動車を作る会社からモビリティカンパニーへ」の変貌を遂げることを目指すとこれまでに表明している。そしていつも口にするのが「安全」「死者ゼロ」への挑戦だ。自動運転を実現させる真の目的とは何か…。プラットCEOのスピーチからも感じ取れたのではないだろうか。
【参考】関連記事としては「【最新版】トヨタの自動運転車、戦略まとめ 実用化はいつから? AIやコネクテッドカーの開発状況、ロードマップも」も参照。