高度な画像解析技術を武器に、イスラエルを代表する企業に成長したMobileye(モービルアイ)。米インテルの傘下に収まった後も、その名前が独り歩きするほど業界に強い影響力を持ち続けている。
ADAS(先進運転支援システム)の進展とともに大きく成長した同社は、まもなく訪れるだろう完全自動運転時代をどのように迎えるのか。その技術と戦略に迫ってみる。
記事の目次
■1999年に設立、ADAS進展とともに成長
モービルアイは、交通事故を減らす上で欠かせないビジョンベースシステムの開発と市場展開を目標に、現会長でCTO(最高技術責任者)を務めるAmnon Shashua (アムノン・シャシュア)氏と現社長でCEO(最高経営責任者)のZiv Aviram(ジブ・アヴィラム)氏によって1999年に設立された。
開発の軸は車載向けの「単眼カメラ」に置かれた。通常、外部環境の認識には物体を立体的に捉えるため2つのカメラを使うが、アムノン氏によると「遠近感やシェーディング、テクスチャ、モーションなど、人間の視覚システムによるすべての奥行知覚の手がかりは、片目で解釈される」という。アムノン氏は、遠近法の原理を利用して距離を計算するなど技術力で単眼の弱点をカバーし、独自の画像処理アルゴリズムで精度を上げていった。
その技術力を支えているのが、創業間もない2000年から収集している膨大なデータだ。日本や米国、欧州の自動車メーカーらと連携し、舗装路や未舗装路、昼夜、晴天、雨天などあらゆる状況のデータを集め続け、その量は6000万キロ分に及ぶという。
カメラの認識性能を検証するにはこういった地道なデータと作業が必要で、同社はデータの蓄積と解析を今なお続けているという。
同社の技術は、自動車メーカーが続々とADASの開発・実用化を進める時代とマッチし、独BMWや米GM、スウェーデンのボルボなどモービルアイ製品を採用するメーカーが相次いだ。
2014年にはニューヨーク証券取引所に上場し、イスラエルの企業史上最大のIPO(新規株式公開)として注目を集め、2017年には米インテルによる巨額買収で自動車業界を震撼させた。
■インテルによる巨額買収、画像解析分野でNVIDIAに対抗か
2017年3月、米インテル社によるモービルアイの買収が発表された。買収金額は破格の153億ドル(約1兆7500億円)と言われ、自動車業界に激震が走った。
独BMWグループと2016年に結成した自動運転プラットフォームの開発を共同で進める「開発連合」で共同歩調をとっている両社だが、画像解析や画像処理の分野においては半導体大手の米NVIDIAの台頭が著しく、高度な半導体技術を持つインテルと高度な画像解析技術を持つモービルアイが手を組むことでNVIDIAに対抗し、同分野で主導権を勝ち取る構えだ。なお、この買収により、アムノン氏はインテルの上級副社長に就任した。
2018年5月に、モービルアイの自動運転技術を欧州の自動車メーカーの車両800万台に対して提供する契約を結んだことが報じられている。詳細は明かされていないが2021年を目途に提供を開始するとみられている。
2016年時点の発表では、同社の画像認識チップ「EyeQ」を採用している車両数は世界各国で1200万台だったが、インテルによる買収をきっかけにいっそう存在感を増しているようだ。
【参考】インテル×モービルアイの業績については「インテル決算、自動運転部門モービルアイが過去最高の売上200億円超」も参照。
■アムノン博士の横顔:教授の顔やヘルスケア事業の展開も
モービルアイの生みの親・アムノン氏は、1960年イスラエルに生まれ、1985年にテルアビブ大学で数学とコンピュータサイエンスの修士号を取得。1989年にはワイツマン科学研究所でコンピュータ科学の修士号を取得し、1993年には、人工知能(AI)研究所で働いていたマサチューセッツ工科大学から脳と認知科学の博士号を受けている。
1996年からエルサレムのヘブライ大学の教員となり、1999年にモービルアイ社を設立したほか、2010年には、人工視力装置など視覚障害者のための支援技術デバイスを開発・製造するOrCam Technologies社も設立している。自動運転における「目」と共通する技術が生かせるようだ。
専門分野はコンピュータビジョンや機械学習で、2001年に「Marr Prize Honorable Mention賞」、2004年に「Kaye Innovation Award賞」、2005年に「Landau Award in Exact Sciences賞」をそれぞれ受賞するなど、学問的業績・評価も高い。アムノン氏が「博士」と呼ばれる所以と言えよう。
【参考】アムノン博士については「中東が生んだ天才技術者…モービルアイ成功劇と自動運転 インテルなぜ買収?」も参照。
■自動運転への取り組み:ADASから完全自動運転を見据えた開発へ
自動運転時代を見据え、モービルアイはセンシング能力と冗長性のあるマッピング、判断能力を柱に研究開発を進めている。
センシングでは、運転可能領域の線引きやルートの形状、他の道路利用者など動く物体、信号機の色や交通標識、方向指示器、歩行者の注視方向などに分類し、人間の目と同等の識別能力が必要としている。
マッピングでは、自動車各メーカーの協力のもと、「Road Experience Management」プラットフォームで車両走行時に得られる画像データなどのプローブデータをクラウドを介して収集・送信し、地図情報の構築や関連技術の開発などを進めている。
判断能力では、センサーが検知したものや動きに対しどのように車両を制御するかといった複雑な判断を柔軟かつ正確に下せるよう、強化学習アルゴリズムを採用してさまざまなシミュレーションを重ねている。
2018年5月には、イスラエル国内で自動運転車100台の公道走行テストを開始したことも発表された。報道などによれば、アメリカやほかの重点地域でも数カ月以内に走行テストを開始する見込みという。
同年11月には、独フォルクスワーゲンと自動運転車の配車サービスをイスラエルで2022年からスタートすることも発表されており、早ければ2019年にも試験を始めることとしている。
また、2019年1月に米ラスベガスで開催されたCES 2019では、部品メーカー大手の仏ヴァレオが、自動運転車の新たな安全規格をモービルアイと共同開発すると発表した。「RSS(Responsibility-Sensitive Safety)」と呼ばれるモービルアイの数理安全モデルに基づいだ規格という。
完全自動運転を見据えた開発や製品の実用化に向け、取り組みを加速しているようだ。
【参考】モービルアイの自動運転タクシー事業については「VWとモービルアイが自動運転タクシー事業 2022年からイスラエルで試験開始」も参照。
■モービルアイの自動運転関連の製品・技術
EyeQシリーズ:ADASをサポートする画像認識チップ、自動運転対応モデルも
イスラエルに開発拠点を構え、ハードウェアとソフトウェアの両方の開発を進めてきた同社。その成果物の代表格が、単一のカメラセンサーに基づいてADAS機能を包括的にサポートするシステムオンチップ「EyeQ」シリーズだ。
2004年に導入された第1世代から数え、これまでに27の自動車メーカーに採用されており、第4世代となる最新の画像処理チップ「EyeQ4」は自動運転レベル3(条件付き運転自動化)に対応。第3世代の8倍となる1秒間に2.5兆回の演算が可能となるなど処理能力が飛躍的に増し、これまでの単眼カメラからサラウンド・カメラをはじめレーダー、LiDAR(ライダー)のフルセットを処理することができるという。
現在開発中の第5世代は2020年に導入される予定で、自動運転レべル4(高度運転自動化)~レベル5(完全運転自動化)をサポートするという。完全自動運転には高解像度カメラやレーダー、LiDARなど数十個のセンサーの融合処理が必要で、センサーフュージョンプロセスではすべてのセンサーのデータを同時に取得して処理する必要があるため、「EyeQ5」は毎秒15兆回の演算処理を目標に据え開発を進めている。
また、サイバーセキュリティをサポートするため、さまざまなハードウェアセキュリティ機能を含むハードウェア・セキュリティ・モジュールを使用して設計されており、システムインテグレータは安全な無線によるソフトウェアアップデートや車内通信などをサポートできるという。
【参考】EyeQについては「「兆」域の演算回数チップEyeQ4、初採用は中国 インテル系モービルアイ、自動運転にも」も参照。
アフターマーケット製品:後付け可能なADAS製品、1500万台が導入
モービルアイは2006年にアフターマーケット部門を設立し、新車に使用されているアルゴリズムとEyeQチップを活用した後付け可能なADAS製品の開発なども進めている。製品は世界中の100以上の代理店が販売し、約1500万台の車両が導入しているという。
高性能チップを使用した衝突防止補助システム「モービルアイ570」は、フロントガラスに取り付けたカメラにより、前方車両衝突警報や歩行者衝突警報、前方車間距離警報、低速時前方車両衝突警報、車線逸脱警報の5種類の警報でドライバーに危険を知らせることができる。
ドライブレコーダーやフリートマネジメントシステム(Ituran)との連携も可能で、ドライブレコーダーの警報ログ機能により運転状況を記録できるほか、Ituranでは実際の事故との相関性が高いヒヤリハットや車線逸脱などのドライバーの行動を収集・分析することでき、ドライバーの運転の癖や安全・燃費グレードなどの把握や、過労、睡眠不足、加齢、疾病などによる運転能力の衰えなども把握し、さまざまな視点から安全を管理することができるという。
日本国内でモービルアイのマスターディストリビューター(販売代理や導入支援など)を務めるジャパン・トゥエンティワン株式会社によると、国内での採用実績は乗用車約3万台、トラック約2万台、バス約1万台の計6万台を超え(2018年6月時点)、このうち1655台を対象にした調査では、事故が88%削減された調査結果が報告されているという。
また、バスやトラックなどの大型車両向けのオプション「SHIELD+(シールドプラス)」は、モービルアイ570が備える5つの警報に加え、スマートカメラが車両の資格をカバーし手歩行者や自転車などを検知する左右歩行者警報、クラウド経由で警報の種類や回数などをマッピングし、危険個所に関する情報を蓄積する機能などが備わっている。
■完全自動運転に向け開発体制強化、NVIDIAとの覇権争いにも注目
ADASから自動運転へ移り変わり始めている業界の動向と歩調を合わせ、より高度な技術開発を進めるモービルアイ。競合するNVIDIAとどのような覇権争いを演じるのか高い関心が寄せられる。
自動車メーカーやティア1サプライヤーの中で、モービルアイとNVIDIAを天秤にかけるような動きが広がる可能性もある。また、単眼カメラからの脱却により、今後LiDARを開発する大手やスタートアップとの協業なども考えられる。
いずれにしろ、自動運転の開発現場において同社の名前が挙がる機会は今後いっそう増加するだろう。
【参考】関連記事としては「自動運転車とは? 定義や仕組み、必要な技術やセンサーをゼロからまとめて解説|自動運転ラボ」も参照。