【インタビュー】将来あるべきMaaSの姿を模索 JR東日本のモビリティ変革コンソーシアム

普及率高い「Suica」を活用したサービスも展開



自動運転ラボのインタビューに応じる伊藤氏(左)と中川氏(右)=自動運転ラボ撮影

MaaSとは「Mobility as a Service」の略で、比較的最近誕生した概念だ。その定義についてはブレもあるが、自動車やバス、鉄道などすべての交通手段を統合し、シームレスに移動可能なプラットフォームを構築することが一つの到達目標として掲げられている。

このMaaSはフィンランドが発祥の地とされるが、日本国内でも動きがいよいよ活発化してきた。中でも注目が集まるのが、JR東日本(東日本旅客鉄道)が主催する「モビリティ変革コンソーシアム」だ。120以上のさまざまな業種の企業集い、MaaS実現に向けた取り組みを進めている。


自動運転ラボは東京都内のJR東日本の本社を訪れ、モビリティ変革コンソーシアムの事務局長を務める中川剛志氏と、技術イノベーション推進本部でビジネス開発に関わる伊藤健一氏に、最新の取り組みや今後の展望について話を聞いた。

記事の目次

【中川剛志氏プロフィール】なかがわ・たけし 1968年生まれ。大学卒業後、東日本旅客鉄道株式会社に入社し、通信業務の保守・工事に従事。2001年よりフロンティアサービス研究所にてICTに関する研究開発、2014年より本社総合企画本部技術企画部にて技術開発におけるオープンイノベーションを担当し、現在は2017年9月に設立したモビリティ変革コンソーシアム事務局長。

【伊藤健一氏プロフィール】いとう・けんいち 1971年生まれ。大学卒業後、東日本旅客鉄道株式会社に入社し営業部門に従事。2011年千葉支社営業部販売課長、2013年株式会社ジェイアール東日本企画営業統括・推進局部長、現在は技術イノベーション推進本部ICTビジネス推進グループにて、ビジネスの開発などに携わる。

■2017年9月にコンソーシアムを立ち上げ
Q 最近、国が主体となってMaaSプラットフォームを作るという動きも出てきていますが、多くの企業が参加するコンソーシアムを運営する御社は、現在どのような立ち位置でプロジェクトを進めているのでしょうか。

【参考】関連記事としては「まさか民間より先!?国交省、統合MaaSサービス開発を検討」も参照。


中川氏 モビリティ変革コンソーシアムが立ち上がったのは2017年の9月なのですが、その時はまだ国のMaaSへの取り組みはそれほどなく、MaaSという言葉の認知度もさほど高くない状態でした。

2016年11月にJR東日本が「技術革新中長期ビジョン」というものを打ち出して、その中の一部としてコンソーシアムというものに取り組んでいくと宣言しておりますので、我々としては自分たちで変わっていかなければならない、という考えでコンソーシアムの活動を進めてきました。

国との関係としては、経済産業省や国土交通省、内閣府などがそれぞれMaaSに取り組まれているので、意見交換の場に呼ばれることは多いです。そのような場所で取り組みを発表したり、相談に乗っていただいたりすることはあるのですが、現状では国が作るプラットフォームに参加して欲しいというようなオファーはまだ無いと思います。

コンソーシアムの取り組みとしては、2018年からサブワーキンググループを作り、自分たちにできることに全力で取り組んでいるというイメージです。基本的にはほかのモーダル(交通機関)と連携を取って進めたいと考えていますので、シェアを総取りしたいというような方針はありません。


■「Ringo Pass」の実証実験で見えてくるもの
Q モビリティ変革コンソーシアムの取り組みの一環として、「Suica」と連携したスマートフォンアプリ「Ringo Pass」を使って複数の交通手段(タクシーとシェアサイクル)を利用できるという仕組みを実験中かと思いますが、取り組みの背景と今後の計画について教えてください。

伊藤氏 MaaSプラットフォームに関してはまさに群雄割拠の状態になってきていて、どのサービスが主流になるか注目度が高まってきています。

我々は2001年からSuicaカードの提供を始めて、現在では「PASMO」なども含めた交通系ICカードの利用率はJR東日本を利用する方では90%を超えています。PASMOとの連携に始まり、日本全国いろいろなカードとの連携も進めて、現在では出張で遠方に行ったときもSuicaがそのまま使えるといった便利な環境が整っています。

このように段々便利になってきたSuicaなのですが、十数年前に想定していなかったことがスマホの普及です。QR決済などが普及し始めている中で、Suicaを基盤としてきたJR東日本にできることを考えて始めたのが「Ringo Pass」の取り組みになります。

今のところはシェアサイクル1社、タクシー会社1社と連携して実際に利用できるものを作り、実証実験を行っているという段階です。ユーザー体験が違うサービス同士を一つのアプリ上でドッキングしてみるといろいろ見えてくるものがありまして、それを見つけているという状況ですね。

日本では東京だけでもかなりのタクシー業者があってそれぞれが独自にサービスを提供している中で、どのように連携してサービスを提供していくのがユーザーにとって便利になっていくのかということを考えながら、日々取り組んでいます。

■タクシーの「配車機能」のニーズは本当にあるのかを考えた
Q 現在のRingo Passの実証実験では、ユーザーが近くにいるタクシーの位置を画面上で確認し、あくまで本人がタクシーに乗りに行くという仕組みになっていますが、タクシーを配車できる機能などは搭載しないのですか?

伊藤氏 実はRingo Passの実証実験を開始するまでの過程では、配車機能は必須だろうという前提で考えていました。ただユーザーインタビューをしていく中で、東京では駅で待っているタクシーや路上で空車タクシーに乗るというニーズの方が多く、「配車は使わない」という反応が大きかったので、機能を絞り小さく始める観点から、配車機能を用意せずに実証実験をスタートさせました。

自動運転ラボ ただ今後配車アプリが日本でも一般に広く普及していくと、タクシー側としては駅で待っていなくても配車依頼が入りますので、タクシーに乗ろうと思って駅に行ってもタクシーが待っていない、ということも考えられます。

伊藤氏 いずれそうなる可能性がありまして、Ringo Passにも配車機能を入れることも模索していかなければならないと思っています。

■統合Maasでは「どこの経路が一番いいのか」という提案も必要
Q MaaSを実現するには、鉄道やタクシーといった交通データの統合が重要になってくると思います。乗換案内のような、データ統合型の事業者との連携は考えていますか?

伊藤氏 すでに国内で普及している乗換案内アプリの事業者さんとは、我々も時と場合によって提携させて頂きながら進めています。MaaSを統合していくには、当然どこの経路が一番いいのか、ということが必要だと思っています。そのためにどのようにアライアンスを組んで、どうやって連携していくかというのをこれから考えていこうと思っています。

自動運転ラボ 今ワーキンググループに乗り換え案内事業を手掛けている会社は入っていますか?

中川氏 ヴァル研究所さんとジョルダンさんは運営会員として入られています。ヤフーさんは一般会員という形で入られています。

伊藤氏 単刀直入に最短距離での経路検索をするのも必要なのですが、今後はこっちのルートの方が快適だとか、値段が安いとか、ここだとタクシーが捕まりにくいからこっちまで行った方が早い、などのサービスが必要になると思います。

自動運転ラボ AI(人工知能)を使ってそこまで提案できるようになることが重要かと思います。また日本ではライドシェアが認可されていませんが、許可されればもっとMaaSプラットフォームとしての価値が高まる気がします。

中川氏 ライドシェアとの関わりで言いますと、2018年10月から12月までNTTさんおよびNTTデータさんと一緒に行ったSuica認証によるAI運行バスの実証実験があります。もともとNTTドコモさんと横浜市、NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)が進められている案件にコンソーシアムが後から入る形で参加させていただきました。

このAI運行バスに関しては基本的に乗り合いの要素が強いサービスです。事業化をどうするかについてはまだ決まっていませんが、AIが最適なルートを検索して運行するという今までにないサービスです。我々はこういうところといかに連携していくのかということを目指していく事になると思います。

■他業者との連携に関する考え方は?
Q MaaSプラットフォームを作るにあたって交通事業者間の連携が必要不可欠ですが、利害関係もあり難しい部分だとは思います。他業者との現在の連携状況はいかがですか?

中川氏 最近プレスリリースさせて頂いた小田急さんとの連携と、観光MaaSという形で言いますと東急さんとの連携、この2つがいま表に出ているものです。

中川氏 また、「公共交通オープンデータ協議会」というものにJR東日本として参加しています。他社との連携に関してはこうした場で模索中という形になります。

自動運転ラボ 他の業者さんとの連携は今後も増えてきそうですか?

中川氏 色々と問い合わせも頂いているところです。コンソーシアムは提携や合併だけでは足りないようなところカバーするとか、数の力を集めるという側面もあります。簡単な実証実験を進めながら課題を出して、その課題を克服するためにどうするかという最初の議論の場みたいな意味合いが強いです。

■エッジの効いたベンチャー企業などとの連携も検討
Q コンソーシアムでは、出発地から目的地までの「シームレスな移動」の実現を目標に掲げた「Door to Door推進ワーキンググループ」や「Smart Cityワーキンググループ」などに取り組まれていると思いますが、今後のWGの取り組み予定などはありますか?

中川氏 次年度以降も基本的にはあまり中身を変えずに進めていく形なのかなと思いますが、いまは現在のワーキンググループのメンバーにアンケートを取り、そのフィードバックを確認している状態です。

コンソーシアムそのものは年度単位で継続するかどうかというのをお聞きしていて、その回答もこれから出そろってくる状況なので、それによっても構成が変わる可能性はあります。新規に入会してくださる方もいらっしゃいますので、新規の方が持つ新しいアイデアも仕掛けていきたいなと思っています。

先日、JR東日本とモビリティ変革コンソーシアムが主催したアイデアソンでは、「渋谷×モビリティ」というテーマで40人ぐらいの方に集まっていただいてディスカッションをしました。課題について話し合う中で、解決に持っていくにはアイデアソンだけではなく、プロのデザイナーなどがもっと入って議論した方がいいかなという気がしました。

自動運転ラボ アイデアをたくさん集めて議論を活性化させるためには、ベンチャー企業やスタートアップ企業の参加も重要かと感じます。

中川氏 現在のコンソーシアムにはベンチャー企業やスタートアップ企業はあまりおらず、ベンチャー系とのお付き合いはJR東日本スタートアップ株式会社で主に進めております。モビリティ領域での連携なども話としてはあるので、コンソーシアムでも連携しながら進めていく予定です。

スタートアップ企業とコンソーシアムはまだリンクしきれていないですが、エッジの効いたスタートアップさんとコンソーシアムを上手く回していけないかなと思っていまして、情報共有に力を入れるようにしています。

【参考】JR東日本スタートアップ株式会社はJR東日本が100%出資の子会社で2018年2月に設立された。出資枠は50億円で、移動や輸送、雇用・移住・観光の促進、エネルギーなどに関連する社会課題の解決などをテーマにした事業を出資対象としている。詳しくは「公式サイト」も参照。

■【取材を終えて】国内MaaSサービス統合の旗振り役に

モビリティ変革コンソーシアムは交通業界全体が垣根を越えて集まり、議論をして行く場として大きな役割を果たしていると感じた。お互いの利害を超えた協力関係が築ければ、連携が加速しMaaSサービスの開発環境が整っていく。

MaaSを推進する政府の動きが活発化していく中で、既にサービスを開始しているそれぞれのプラットフォームの統合も進んでいくと考えられる。その時コンソーシアムは各交通機関を取りまとめる旗振り役としても大きな意義を持つ気がした。


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