テスラの自動運転技術と開発史まとめ イーロン・マスク氏の狙いは

アップデートで徐々に機能向上



テスラのイーロン・マスクCEO=出典:NASA Kennedy / Flickr (CC BY-SA 2.0)

米電気自動車(EV)大手のテスラ社を率いるCEO(最高経営責任者)のイーロン・マスク氏。かつて、自動車業界においてこれほどまでに世間を騒がせた経営者はいただろうか。人物像については、「異端児だ」などとする声が多数を占めているようだが、経営手腕に関しては賛否両論がある。少なからず、テスラをここまで大きく育てた実績は否定できるものではない。

テスラの象徴ともいうべきEVと自動運転技術へのこだわりが成長の背景にあり、マスク氏の発言に右往左往しながらもその道を引き返すことなく突き進むテスラ。改めてその歴史を振り返りながら、独特なシステムを有する自動運転技術に触れてみようと思う。


■テスラとイーロンマスク氏の概要
テスラの成り立ち:時代を先取りしたEVメーカー

テスラ社は2003年7月、米カリフォルニア州のシリコンバレー北端にあるサン・カルロスで産声を上げた。社名は、テスラコイルを発明した物理学者のニコラ・テスラにちなんでいる。

創業者は、エンジニアのマーティン・エバーハード氏とマーク・ターペニング氏で、翌2004年に第1回シリーズA投資ラウンドを主導したイーロン・マスク氏が取締役会長に就任し、2008年から現在までCEOを務めている。

2008年の最初の市販化モデル「ロードスター」を皮切りに、これまで4車種を発売している。2014年からは、自動運転技術の追加を可能にするハードウェアを一部車種に装備し始め、アップデートやバージョンアップを繰り返しながら機能や精度を高めている。

自動運転の変革期:モービルアイとの決別

2016年5月7日、部分自動運転モードで走行中のモデルSが米フロリダ州のハイウェイで大型トレーラーに衝突し、運転していたドライバーが死亡する事故をきっかけに、提携関係にあったイスラエルのモービルアイ社と決裂している。以後は米NVIDIA社の半導体を採用し、自社によるAI開発を加速化している。


初の低価格量産車モデル3発売:生産体制の構築へ

2017年には、同社初となる低価格路線の量産車「モデル3」を発売し、事前予約が公表50万台を超えるなど好調を示していた。しかし、バッテリーモジュール組み立て工程に問題が生じるなど大幅な生産遅延が続き、財務を圧迫。これまでは受注販売に近い生産体制で高級車を販売していたが、既存の自動車メーカーのような大量生産体制を急に構築できるわけもなく、投資家からは赤字解消に向けた圧力が強まった。

その結果、同社は全従業員の約9%を削減する方針を打ち出すなど財務状況の改善を強いられた。なお、その後は生産体制の増強により2018年4〜6月期の最終週に週5000台の生産目標に達したことを明らかにしている。

中国に新工場建設:中国市場本格展開と貿易摩擦回避

2018年夏ごろには、中国・上海にEVの新工場を建設することが報じられている。投資額などは明らかにされていないが、新工場ではカリフォルニア州フリーモントにあるテスラの主要工場に匹敵する年間50万台の車両の生産を計画しているという。巨大電池工場「ギガファクトリー」をはじめ、主要部品から車両の組み立てまでを行う一大拠点になるとみられている。

工場新設の背景には、米中間の貿易摩擦の影響を回避する狙いと、世界最大の中国市場への本格進出などがありそうだ。追加関税の影響で、テスラ社は中国での販売価格を2〜3割ほど引き上げている。


【参考】テスラの中国EV工場については「テスラ、中国でEV生産工場建設へ イーロン・マスク氏が決断 投資額は不明」も参照。

マスク氏についに鉄槌:株式非公開化発言が波紋

ほっと一息つく間もなく、2018年8月には、マスク氏がぽろっとツイッターでつぶやいた一言が大きな波紋を広げることになった。

マスク氏は「テスラを1株あたり420ドルで株式非公開することを検討中だ。資金は確保した」などと投稿し、投資家の反発を招いたあげく、米証券取引委員会(SEC)から投資家を欺く行為とみなされ提訴される事態にまで発展した。

同年10月にSECと和解が成立し、テスラとマスク氏がそれぞれ2000万ドル(約22億5000万円)ずつSECに支払うことや、マスク氏が最低3年間会長職を退くことが取り決められた。なお、CEOの職には留まることとされている。

安全性の証明:NHTSAのテストで最高評価

2018年9月には、米運輸省道路交通安全局(NHTSA)の衝突安全性テストで、「モデル3」がすべてのカテゴリーで最高点を獲得したことが報じられている。

10月には、独自に「車両安全性報告書」を公表。2018年7月から9月の間にオートパイロットを作動していた運転者は、334万マイル(約537万キロ)の走行で事故や衝突に近い事例は1度しか起きていないという。これに対し、オートパイロットを作動させない場合は、192万マイル(約308万キロ)に1回の事故率だという。

【参考】テスラの車両安全性報告書については「テスラの半自動運転機能「オートパイロット」、地球100周に1回の事故率」も参照。

■Autopilot(オートパイロット)について

当初はイスラエルのモービルアイ社がオートパイロット向けのソフトウェアを提供していたが、2016年に決別。新たに米NVIDIA社の半導体などを採用した「エンハンストオートパイロット」を発表し、ハードウェアを一新した。

標準安全機能として自動緊急ブレーキや正面衝突警報、側方衝突警告、オートハイビームなどが備えられており、8台のサラウンドカメラとアップデートされた12個の超音波センサーにより、360度の視界と、最長250mまで先を視認する。最先端のプロセッシング技術が採用されたフォワードフェーシングレーダーはさらなる情報を認識し、豪雨や霧、塵、前方を走るクルマをも見通すことが可能だ。

これらのハードウェアから得られるすべてのデータを解析するため、前世代の40倍以上の処理能力を持つ新型車載コンピューターが管理を行っている。

また、オートパイロットには、交通状況に応じてスピードを調整し、車線を逸脱することなく走行できるほか、自動で車線変更し、高速道路を乗り継ぎ、目的地が近づくと高速道路を降りて駐車場で自動駐車する自動運転レベル3(条件付き運転自動化)に相当する技術も搭載されている。

このエンハンストオートパイロットをさらに強化することで完全自動運転が可能になり、運転席に座っている人によるアクションを一切必要とせずに、短距離・長距離ドライブが可能になるよう開発されているという。将来的には、自動接続機能を持つスーパーチャージャーが実現すれば、車を降りて充電プラグを差し込む必要もなくなる。

すでにソフトウェアの配信は始まっているが、各機能の検証が終了し、規制に関する承認が得られた後に段階的に実装される予定となっており、完全自動運転の実現は国や地域の状況にも左右されるため、正確な実現時期については断言していない。

■Autopilot搭載の販売車種

現在生産されているテスラ車は、全ての車両に完全自動運転機能対応のハードウェアが搭載されており、標準安全機能が備わっているようだ。高機能な部分はオプション扱いのほか、随時ソフトウェアのアップデートという形で最新の安全システムを入手できる仕組みだ。

なお、テスラはこれまでに、リアドライブ・スポーツカー仕様の「ロードスター」、セダンタイプの「モデルS」、クロスオーバーSUVの「モデルX」、コンパクトセダンの「モデル3」の4タイプを発売しており、2020年をめどに、世界最速EVという触れ込みで新型ロードスターを投入する予定という。

■課題はやはり生産体制

テスラの自動運転システムは、クルマに搭載したハードウェアをソフトウェアで随時更新していく独特の手法を用いており、販売したクルマから公道を走行したデータを収集し、改善や高機能化につなげている。

モデル3という普及車の登場で、収集されるデータ量が飛躍的に増すことになり、同社の自動運転技術はより確実性を高めていくことが予想される。

マスク氏に振り回されがちなテスラだが、自動運転に関する戦略は理にかなっている。目下の課題は、やはり自動車メーカーとして一定の品質を保ちつつ、いかに生産体制を増強するかにかかっていそうだ。


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