世界で議論を呼ぶ「自動運転」表記、テスラ広告には禁止命令

次世代自動車を巡る「言葉の攻防」

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テスラのイーロン・マスクCEO=出典:Flickr / Daniel Oberhaus (CC BY 2.0)

ドイツの地方裁判所がこのほど、米EV大手テスラの広告に「Autopilot(オートパイロット)」などの表現を用いないよう命じた。消費者に自動運転と誤解を生じさせる可能性があるための措置だ。

ADAS(先進運転支援システム)に関する表現・呼称に関しては日本国内でも同様の議論がなされているところであり、言葉は違えど世界共通の問題となっているようだ。

テスラの事例をはじめ、国内におけるADASや自動運転の表現・呼称に関する取り組みをまとめてみた。

■独地方裁判所の判断とテスラのAutopilot

今回の独地方裁判所の判断は、テスラの先進運転支援機能「Autopilot」の表記をはじめ、「自動運転が可能」と誤解する恐れのある文言について禁じた内容となっている。なお、地方裁判所の判断に強制力はない。

テスラが実際にどのような文言を使用したかは不明だが、ドイツでは2016年にも政府が「Autopilot」という単語が誤解を生じさせる可能性があるとして使用を控えるよう要請を出している。中国でも同年、Autopilot作動中の事故が発生し、事故後、テスラの中国向けサイトから「自動運転」の文字が削除されたと通信大手のロイターが報じている。

Autopilotを直訳すると「自動操縦」となるが、航空業界ではパイロットの操縦を補助する機能として使用されており、同社のイーロン・マスクCEOは常々「航空業界で使用されている用語にちなんで命名した」ことを強調している。

Autopilotは現在自動運転レベル2(条件付き運転自動化)相当のシステムで、あくまで運転を支援する機能に位置付けられている。テスラの日本向けサイトでも「オートパイロットの高度な安全性と便利な機能は、車の運転で最も負担の掛かる部分をアシストするよう設計されています」とし、ドライビングアシスト機能などを紹介するに留まっている。

Autopilotという呼称が誤解を招きやすいのは事実で、今後、ドイツのような判断が世界各地に広がった場合、システム名を素直に変更するのか注目が集まる。また、マスクCEOはレベル4以上の自動運転技術の実用化に意欲的なため、早期に実装を実現して「呼称通り自動操縦を可能にした」と近く発言する可能性もありそうだ。

【参考】自動運転レベルの定義については「自動運転レベル0〜5まで、6段階の技術到達度をまとめて解説」も参照。

■日本国内における自動運転やADASの呼称
誤解招くADASの表現が事故を誘発

ADAS(先進運転支援システム)と自動運転をめぐる語句の扱い方や定義は徐々に整ってきているが、依然完成形にたどり着いていないのが現状だ。

ADASの社会実装時、車線逸脱警報やクルーズコントロールなどの各機能の搭載が徐々に進んでいったが、各社の競争激化とともに「自動ブレーキ」といった表記が登場した。「自動で停止する機能」と消費者に誤解を与える恐れがあり、2016年に自動車販売店店員の誤った認識のもと試乗車が追突事故を起こすなど、実際の事故例も散見されるようになった。

また、その頃には自動運転のレベル分けが浸透し始め、ADASも自動運転レベル1~2に位置付けられていることから「自動運転システム」と銘打つケースも見られ、議論が本格化していった。

自動車公正取引協議会が自動運転機能の表示に関する規約運用の考え方を策定

消費者庁公正取引委員会から認定されたルール「自動車公正競争規約」を運用する自動車公正取引協議会(公取協)は、こうした事態を踏まえ、自動運転機能などの表示や強調表示に対する打消し表示などのあり方の検討や調査などを実施している。

2018年5月発行の公取協ニュースでは、運転支援機能または自動運転機能付の自動車を購入、または購入意欲のある600人を対象に実施した認知度などに関する消費者向けアンケートの結果を公表しており、「Q:自動ブレーキについての機能の理解」では、正解となる「自動でブレーキが作動、減速するが、必ず停止するものではない」と回答したものが47.5%、また「自動でブレーキが作動し、自動で停止するもの」と回答したものが47%に達するなど、約半数が誤解している現状が浮き彫りとなっている。

公取協はこうした結果を踏まえ、消費者の誤認を防止するため「先進安全技術の表示に関する規約運用の考え方」及び「自動運転機能の表示に関する規約運用の考え方」を見直し、「運転支援機能の表示に関する規約運用の考え方」を2019年1月に施行した。

「自動運転(技術)」の用語については、レベル2までの段階では使用を禁止し、運転支援機能・技術であることが明確にわかる用語に言い換えること、また「自動ブレーキ」の用語についても、「被害軽減ブレーキ」や「衝突被害軽減ブレーキ」、「自動(被害軽減)ブレーキ」、「自動(衝突被害軽減)ブレーキ」などと表記することとしている。

2020年度は、運転支援機能に関する規約運用の考え方に基づく周知活動を進めるほか、自動運転レベル3以降に関する表示のあり方の検討や、中古車の運転支援機能などの表示のあり方の検討などを行う方針だ。

国も呼称の見直しに本格着手

こうした議論は国土交通省を中心に国でも議論されており、同省はたびたび運転支援システムを過信・誤解しないよう注意を呼び掛けるとともに、レベル2までの車両に「自動運転」という言葉を使用しないよう自動車メーカー側と合意したことを2018年11月に発表している。

同省の「ASV推進検討会」で適切な用語を定義するための議論が進められているほか、国の各検討会や作成文書などにおいても呼称にばらつきが見られるため、誤解を招かないよう改めて統一を図る動きが活発化しているようだ。

2019年12月開催の「第7回道路交通ワーキンググループ・第3回自動運転に係る制度整備大綱サブワーキンググループ合同会議」においても議題に上がり、ITS構想・ロードマップ2020以降に関しては、国交省の言葉の定義を採用して言葉を合わせていく考えを示している。

現在、ITS構想・ロードマップでは「自動運転システム」を運転自動化に係るシステムの一般用語として使用しており、レベル3以上の自動運転システムを「高度自動運転システム」、レベル4~5の自動運転システムを「完全自動運転システム」としている。

これまでは、レベル1~5を総称して「自動運転」という呼称を使用していたため、レベル3以上を分けて呼ぶ必要があり、独自の呼称を使用してきたが、SAE(アメリカ自動車技術会)によるレベル分けでは、レベル3を「条件付運転自動化」、レベル4を「高度運転自動化」、レベル5を「完全運転自動化」としており、極めて分かりにくい表現となっている点や、「限定領域内で低速で運行するよう設計されたレベル4の自動運転車を完全自動化や完全自動運転とするのは間違いであり避けるべき」と記載されており、呼称の見直しが必要としている。

このほか、トラックの隊列走行や高度安全運転支援システム、準自動パイロット・自動パイロットなどの定義についても見直す。

高度安全運転支援システムは安全運転支援システムを高度化したものではないため、現時点で呼称を設けず正式名称を今後検討していく。高速道路などにおける自動運転モード機能を有するシステムである自動パイロットなどは、今後「高速道路での自動運転(レベル3)」のような表現とする方針だ。

【参考】呼称に関する議論については「【議事録解説】第3回自動運転に係る制度整備大綱サブWGで語られたこと」も参照。

■【まとめ】統一呼称や定義の早期確立が必要

テスラのAutopilotに比べ、国内自動車メーカー各社のADASは「Toyota Safety Sense(トヨタ)」「ProPILOT(日産)」「Honda SENSING(ホンダ)」「EyeSight(スバル)」など、いずれも自動運転を想起させる呼称となっておらず、実に絶妙なネーミングとなっている。各社固有のシステム名については問題なさそうだ。

一方、自動運転やADASを論じる際、SAEに準拠した表現を用いるのが一般化しつつあるが、SAEのレベル分けではADASも「自動運転レベル1~2」と表記されるため、誤解を生む原因となっている点は否めない。

ADASと自動運転を明確に切り離せばよいのでは?……といった考えが頭をよぎるが、ADAS技術の延長線上に自動運転技術があるため、事実上ADASも自動運転技術に内包されている。

呼称のばらつきを含めこうした問題はメディアとしても歯がゆいところで、明確かつ誰もが納得の統一呼称や定義の早期確立が待たれるところだ。ASV推進検討会の取り組みに期待したい。

【参考】関連記事としては「自動運転、ゼロから分かる4万字まとめ」も参照。

記事監修:下山 哲平
(株式会社ストロボ代表取締役社長/自動運転ラボ発行人)

大手デジタルマーケティングエージェンシーのアイレップにて取締役CSO(Chief Solutions Officer)として、SEO・コンテンツマーケティング等の事業開発に従事。JV設立やM&Aによる新規事業開発をリードし、在任時、年商100億から700億規模への急拡大を果たす。2016年、大手企業におけるデジタルトランスフォーメーション支援すべく、株式会社ストロボを設立し、設立5年でグループ6社へと拡大。2018年5月、自動車産業×デジタルトランスフォーメーションの一手として、自動運転領域メディア「自動運転ラボ」を立ち上げ、業界最大級のメディアに成長させる。講演実績も多く、早くもあらゆる自動運転系の技術や企業の最新情報が最も集まる存在に。(登壇情報
【著書】
自動運転&MaaSビジネス参入ガイド
“未来予測”による研究開発テーマ創出の仕方(共著)



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