CES 2018で豊田章男社長(当時)が意気揚々と発表した自動運転モビリティサービス専用車「e-Palette(イー・パレット)」。トヨタの自動運転戦略を象徴するモデルだ。
自動運転や新たなモビリティサービスの実用化に大きな期待が寄せられているが、発表から早6年半が過ぎた現在、次第に影が薄くなってきた感がぬぐえない。海外製の他社の自動運転シャトルが国内で活躍する中、e-Paletteに関しては業界では一時「お蔵入り?」……とささやかれることもあった。
しかし、一部の工場で継続的なサービス実証が行われていることがトヨタのオウンドメディア「トヨタイズム」から明らかとなった。
公開される情報が少ないe-Paletteの現在地はどのようになっているのか。その取り組みに迫る。
記事の目次
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■e-Paletteの最新情報
トヨタ自動車九州宮田工場でさまざまな実証を展開
トヨタイムズによると、e-Paletteは社会実装に向け各所で実証実験が行われているという。その一つで、継続実証の場となっているのがトヨタ自動車九州の宮田工場(福岡県宮若市)だ。約34万坪に及ぶ広大な用地でレクサス車の生産などを行っている。
宮田工場では、同工場における働き方や過ごし方の向上とe-Palette事業展開に向けた課題の抽出を目的に、「人流」「物流」「コト流」という三つのカテゴリーのもと、6種類のサービスについて実証に取り組んでいるという。
▼開発責任者に聞いた 「e-Palette」の現在地とは?(前編)|トヨタイムズ
https://toyotatimes.jp/spotlights/1057.html
自動運転シャトルサービスやオンデマンドサービスを提供
人流関連では、2023年9月に構内を定時定路運行する「出退勤シャトル」をスタートした。自動運転時代を見据え、自動運転による定時定路での輸送の検証と課題の洗い出しを進めているという。
この自動運転による運行は1日あたり2時間弱だが、これに加えオンデマンドバスとしてもサービスを提供している。敷地が広大なため構内では15分間隔で巡回バスを運行しているが、オンデマンドサービスを実施することで、バスを逃した利用者も近くのバス停から電話でe-Paletteを呼び出すことで、目的地付近のバス停まで迅速に移動することができるという。
2024年5月からは、これまでハイエースを使用していた工場見学者の送迎もe-Paletteに代えたという。見学者にとっては、新たなモビリティを体験する良い機会となっているようだ。
出退勤シャトルは現在2台体制で運行しており、9月から12月までの累計利用者数は6,566人に及ぶという。残業時間の有無を踏まえ稼動時間を柔軟に変更することで、1日あたり150人ほどで推移しているそうだ。
また、1便当たりの乗車人数が少ないオンデマンドバスを有効活用しようと、貨客混載にも取り組んでいるという。構内では事務用品や備品が頻繁に搬送されており、備品が必要な際は構内のストアに足を運ぶかオンラインでオーダーし、オーダーを受けたストアはスタッフが業務用車でデリバリーしているという。
オンデマンドバスは1日平均80人が利用しており、貨客混載もデリバリー廃止には至らないものの搬送個数は増加しているそうだ。
移動式工具校正や移動販売も
「コト流」関連では、e-Paletteを活用したトルクレンチ校正のオンデマンド化に取り組んでいるという。クルマの組付工程で必須のレンチの使用においては、トルクが正確かどうかを定期的に計測する作業も必須という。
通常は監査課の担当者が土日を利用して各工場に出向いて回収し、校正作業を実施して工場に送り届けていたが、e-Paletteに校正に用いる機器を搭載して工場に赴き、昼休みの時間を利用して校正作業を行うことで、休日出勤の削減などに取り組んでいるという。
「コト流」では、移動販売にも取り組んでいる。広大な敷地に対し食堂は3カ所のみのため、食堂や売店から離れたエリアにe-Paletteが赴き、弁当やドリンクなどを販売して食事事情の問題解決を図っている。
こうしたマルチタスクを行う上で必要となる車内の設え、例えば移動販売では商品を陳列する棚やレジ、工具校正では大きな作業台を設置する必要があるが、仕様変更のための什器を内製し、2人のスタッフが5分以内で換装可能にすることで、e-Paletteのマルチタスク化が成立することについても検証しているという。
移動販売では、次のステップとして無人販売の実証にも取り組んでいる。有人レジの場合は会計処理に70秒ほどかかるのに対し、無人ではレジでの支払いが必要なくなり、試算では1時間あたり2.3倍の客数と売上増加を見込めるという。
また、さらなる展開として高単価商品へのシフトを目的とした「移動体験型ストア」にも取り組んでいる。事業性確保に向け、高単価商品に触れられるショールーム・ポップストアとしてe-Paletteを生かす実証だ。
このほか、従業員や地域住民が参加可能な同工場のイベント「サンクス フェスタ2024」では、e-Paletteの外部スクリーンを用いたワークショップも実施したという。
数々のサービス実証はe-Paletteならでは
自動運転関連の実証は1~2割程度で、サービス実証が大半を占めている印象だが、これはe-Paletteならではと言える。多目的なモビリティサービスの創出を前提としているためだ。
有人、無人問わず、移動可能なモビリティでどのようなサービス・ビジネスが可能か――という観点は非常に重要だ。仮に自動運転技術が確立しても、その用途が人の移動やモノの輸送に限られてはその可能性は広がっていかない。
その上で、自動運転による無人技術がどのように生きるのか、どのように生かすことができるのかを考えていくアプローチもアリだろう。
こうしたアプローチを象徴するかのように、トヨタが2023年に開催したテクニカル・ワークショップでは、運転席を備えたe-Paletteの情報も公開されたという。サービス実証を各地で円滑に行うためには運転席があったほうが良く、自動運転実証を進める上でも便利かもしれない。
運転席を備えない自動運転専用モビリティであることもウリの一つだったはずだが、社会実装を考慮する上で柔軟に路線変更したものと思われる。
本来的には、トヨタは自動運転技術の確立に邁進し、パートナー企業がこうしたサービス・ビジネスの可能性を追求していく――といった分担を行うことができるにこしたことはない。
こうした取り組みは、Woven Cityの稼働で本格化することになるのか。こうした点にも注目したい。
■e-Paletteの概要
Autono-MaaS専用EV「e-Palette」
e-Paletteは、先進テクノロジーが結集する世界最大級の見本市CES2018で豊田章男社長(当時)により初公開された。移動や物流、物販など多目的に活用できるモビリティサービス(MaaS)専用次世代EV「e-Palette Concept」のお披露目だ。
当時、豊田社長は「クルマの概念を超え、お客様にサービスを含めた新たな価値を提供できる未来のモビリティ社会の実現に向けた大きな一歩」と期待を込めていた。
箱型デザインによる広大な室内空間が特徴で、荷室ユニット数に応じて全長が異なる3サイズの車両が用意された。
トヨタが自社開発した自動運転技術に加え、車両制御インターフェースを自動運転キット開発企業に開示することで、他社製の自動運転システムを統合することも可能にしている。
当初計画では、2020年代前半に米国をはじめとしたさまざまな地域でサービス実証を行い、2020年に一部機能を搭載した車両で東京オリンピック・パラリンピックのモビリティとして大会の成功に貢献するとしていた。
e-Paletteのオリパラ仕様を発表
2019年には、東京2020オリンピック・パラリンピック仕様のe-Paletteが発表され、東京モーターショーなどで公開された。
身長に関係なく使いやすい手すりやシート、色弱者に配慮し色の明度差をつけた床・内装トリム・シートなど「Mobility for All」の体現を目指した仕様で、車椅子ユーザーもスムーズに乗降できるという。
フロントやリアのランプには、歩行者とコミュニケーションができるようアイコンタクトのように車両の状況を周囲に知らせる機能も採用している。全長5,255×全幅2,065×全高2,760ミリで、オペレーター含め20人が乗車できる。最高速度は19キロに抑えている。
独自の配車システムなどを発表
新型コロナの影響でオリンピック・パラリンピックが延期された2020年末には、進化したe-Paletteのオンライン発表会が開催された。
効率的にe-Paletteを配車するシステム「AMMS」や、運行に関わるスタッフをサポートするシステム「e-TAP」などの技術が公開された。
【参考】AMMSやe-TAPについては「トヨタの自動運転車e-Palette向けの「AMMS」「e-TAP」とは?」も参照。
オリンピック・パラリンピックの選手村で活躍も……
2021年に延期された東京オリンピック・パラリンピックでは、選手村で選手や関係者の送迎にe-Palette16台が導入された。
オペレーターが同乗する実質レベル2状態での運行だったが、運転席を備えない自動運転仕様が好評を得た様子で、一部の選手がSNSに投稿するなどし、話題になった。
一方、8月26日には、交差点で横断歩道を横断しようとした視覚障がい者の選手と接触する事案が発生した。
e-Paletteは交差点で右折する際、オペレーターが交差点周辺の状況を確認して手動で減速を開始した。道路を横断し始めた選手をセンサーが検知し自動ブレーキが作動し、オペレーターも緊急ブレーキを作動させたが、車両が完全に停止する前に接触した。
トヨタは誘導員との役割分担などに原因があったとしている。
【参考】選手村におけるe-Paletteについては「トヨタe-Palette、自動運転で五輪選手村の「足」に!SNSで世界に拡散」も参照。
東京臨海副都心エリアで実証
2022年2~3月には、東京都の事業のもと臨海副都心エリアでe-Paletteを活用した自動運転実証が行われた。Mobility Technologies(現GO)やトヨタ、ティアフォーら7社が参加し、自動運転による回遊性向上や賑わい創出などの地域課題解決可能性の検証、自動運転車両を活用した新しいモビリティサービスの事業性、受容性、有効性の検証などを進めた。
【参考】東京都内における実証については「トヨタの自動運転EV「e-Palette」が東京臨海副都心を走る!2022年2月17日から」も参照。
e-Paletteのコンビニ仕様公開
2023年6月に開催された技術説明会「Toyota Technical Workshop」では、e-Paletteの移動コンビニ仕様が紹介された。
ディスプレイ機能を備えた側面扉に「トヨタコンビニ」の文字が浮かび、車内にはドリンク類などが多数陳列されている。
ワークショップでは、運転席を備えたe-Paletteの情報も発表されたという。あえて運転席を後付けすることで、さまざまな場所でさまざまな実証を行いやすくする狙いがあるものと思われる。
【参考】e-Paletteの移動コンビニ仕様については「トヨタ、コンビニ事業参入か 自動運転シャトル活用を示唆」も参照。
豊田市でサービス実証
2024年1月には、愛知県豊田市で自治体初となるe-Paletteを活用した乗客移動サービス実証が行われた。鞍ケ池公園内を有料で往復走行する実証で、運転席を備えたe-Paletteが導入されたようだ。
【参考】豊田市における取り組みについては「トヨタe-Paletteを「手動運転」で使用!豊田市、自治体初の「乗客あり」実証」も参照。
■【まとめ】今後は表舞台の取り組みも増加?
おそらく、e-Paletteはトヨタ系列の他の工場などでも導入されており、それぞれ自動運転やサービス実証を重ねているのではないだろうか。どのくらいの規模で行われているかは不明だが、多彩なサービス案が試されている可能性が高そうだ。
今後は、2025年に第一期オープン予定のWoven City内でさまざまな実証が行われる予定だが、豊田市における取り組みのように、e-Paletteが「表」の舞台で活用される事例も増加することが予想される。
自動運転技術は、一般公道を走行してこそブラッシュアップされる。他社が先行する中、トヨタにもそろそろ本格的な表舞台での取り組みに期待したいところだ。
【参考】関連記事としては「トヨタの自動運転戦略(2024年最新版) 現状や搭載車種は?」も参照。