自動運転タクシー実現に向けた規制の在り方に関する議論が徐々に本格化し始めている。国の規制改革推進会議・地域産業活性化ワーキンググループでは、自動運転タクシーに関する規制改革ニーズの事業者ヒアリングの結果が示されたようだ。
本格版ライドシェアに関する議論に関連して資料が提出された格好だが、このライドシェアにおける議論は、後々自動運転タクシーにも影響を及ぼす可能性がある。
現行法のままでは、ライドシェア同様、自動運転タクシーも事実上、タクシー事業者による運行管理が必須となるようだ。そうなると、自動運転技術を開発するトヨタやホンダ、日産などの自動車メーカーは運行者として参入できないことになる。
どういった主旨の議論が行われているのか、その中身に迫る。
▼第10回 地域産業活性化ワーキング・グループ
https://www8.cao.go.jp/kisei-kaikaku/kisei/meeting/wg/2310_05local/240411/local10_agenda.html
▼自動運転タクシーについて(規制改革ニーズ)
https://www8.cao.go.jp/kisei-kaikaku/kisei/meeting/wg/2310_05local/240411/local_ref04.pdf
記事の目次
■地域産業活性化ワーキンググループにおける議論
運行管理業務の委託は可能か?
2024年4月11日開催の第10回地域産業活性化ワーキンググループにおいて、「移動の足不足に関する担い手の確保について」議論を進めるうえで参考資料の1つとして「自動運転タクシーについて(規制改革ニーズ)」が提出された。
本格版ライドシェアにおいては、タクシー事業者以外が運行管理を行うことができるかどうか……といった論点に焦点が当てられているが、これを含めデジタル時代の運行管理のあり方という観点からヒアリング結果が示されたようだ。
資料によると、道路運送法関連では、同法上タクシー事業者のみが自動運転タクシーを使用して有償で乗客を運送する自動運転タクシーサービスを提供可能としている。
また、メーカーなどがタクシー事業を行うことは現実的ではないため、メーカーなどは車両と遠隔監視システムをタクシー会社に提供し、タクシー会社から自動運転タクシーの運行管理業務を受託できないか――といった意見が寄せられたようだ。
これに対する回答として、現行法上はタクシー会社は運行管理を外部に委託することができないとされている。
道路交通法関連では、自動運転車であることを示すサイネージ表示義務の必要性の検討や、配車アプリ業者における国内旅行業務取扱管理者取得の必要性の検討――といった意見が寄せられたようだ。
道路運送法の運用ルールが障壁に
2024年4月にスタートした自家用車活用事業、いわゆる日本版ライドシェアにおいては、一般ドライバーはタクシー事業者の運行管理のもとサービスを提供しなければならない。事実上、タクシー事業者が一般ドライバーを交える形で実施する事業なのだ。
後段で触れるが、その背景には道路運送法上の規定があり、有償旅客運送の運行管理には一定の要件が求められるためだ。
現在議論が進められているのは、この自家用車活用事業の改善や、タクシー事業者以外が運行可能な本格ライドシェア導入の是非に関するものだ。本格ライドシェア導入には、この道路運送法の規定をクリアしなければならない。
そして、この問題は自動運転タクシー実用化の際にものしかかってくることとなる。無人運行が可能な自動運転タクシーの場合、人間のドライバーは不要となるものの、旅客運送を行う上での運行管理は変わらず必要になる。
その意味では、本格ライドシェアと自動運転タクシーは運命共同体と言える。仮に本格ライドシェアに向けた法改正が実現せず、タクシー事業者以外の運行管理を認めない状況が続けば、それは後々自動運転タクシー事業にも踏襲される可能性が高いのだ。
【参考】ライドシェアについては「ライドシェアとは?仕組みは?(2024年最新版)日本の解禁状況や参入企業は?」も参照。
委員からの意見や質問
会議では、この件に関し委員から意見や質問がいくつか出された。その中身を紹介する。
慶應義塾大学大学院経営管理研究科准教授:芦澤美智子氏
「自動運転タクシーはアメリカや中国でものすごい勢いで開発競争・実証が進んでいる。日本の自動車メーカーは非常に技術的に強いし生産面でも今強みのあるところだが、こういった開発などに向かって規制などがボトルネックになってはいけないというのも重要な観点」と前置きし、「将来を踏まえた上で自動運転タクシーの運行管理業務をメーカーなどに委託することができないことについて、今回のライドシェアの安全管理・運行管理の委託というところ、デジタル化というところを含め議論していただきたいという意味で、今どのような考えでいるのか、また重要さをどのように捉えているのか」と質問した。
国土交通省物流・自動車局長
「自動運転が早期実装されることは非常に重要。資料で『現行法上タクシー会社は運行管理を外部に委託できない』とあるがこれはちょっと事実と異なり、委託することはできる。受託する人が管理するのに適しているかどうかを国交省が審査するが、現時点では、受託する人の要件として、タクシー事業を自ら行える能力があるもの、つまりタクシー事業の許可を得ていることが要件の1つとなっている」と説明した。
その上で、「新しい自動運転の分野でどの部分をアウトソースしていくかについて、今まで想定されていない中身があると思う。目的は安全の確保なので、それに照らして受託者側の能力をちゃんと見られるのか、そういうことを検討し、法律の運用の中身を検討していく」と答えた。
また、ホンダなどに自動運転タクシー導入に向けた動きが出ていることに言及し、「ホンダに関しては経産省と国交省の共同事務局で、関係省庁も入ってタイムラインに沿っていけるよう検討を始めている。その中で、どの部分をアウトソースするのかというのは、受託の仕方によっては責任との裏腹になると思うので、実際の事業者の意向を聞きながら合理的に判断していく」とした。
株式会社日本総合研究所創発戦略センターエクスパート:井上岳一氏
「地方部においてタクシー会社がどんどんいなくなっている中、地方の会社をできるだけ存続させる、あるいは新規参入を促すという意味でも、運行管理の委託みたいなところを前向きに検討してほしい」と要望した。
国土交通省物流・自動車局長
「地方部こそ実装のニーズが高いと思う。そこに向けた取り組みもすでに始まっているので、実情に合うような形で必要な見直しがあればやっていきたい」と回答した。
運行管理委託にはタクシー事業者同等の運営能力が必要
厳密には、運行管理を外部委託することは可能だが、委託される事業者にはタクシー事業者同等の運営能力が求められるため、実質的にタクシー事業者に限定されているようだ。
また、ドライバーにかかる人件費を削減可能な自動運転タクシーは、将来的に低コスト運用が可能になる可能性が高く、公共交通の維持が困難な地方部で需要が伸びることが想定されるが、すでにタクシー事業者が撤退済みのエリアで運行する場合、現行法では運行管理に支障が出る可能性がある。
さまざまな観点から「運行管理」の在り方をしっかりと議論していく必要がありそうだ。
河野大臣は自動運転タクシーに意欲的?
なお、会議には規制改革を担当する河野太郎内閣府特命担当大臣も参加している。今回の会議においては自動運転タクシーに取り立てて言及することはなかったが、河野大臣は2023年10月に開催された規制改革推進会議において、「すでにサンフランシスコでは自動運転タクシーが数百台走り回っている。本来、我が国でそういうことができなければならなかったにもかかわらず、その技術があるにもかかわらずそれを実用化・事業化できなかったというのは規制の敗北と言わざるを得ない」とじくじたる思いを述べている。
その上で、「できればリープフロッグして世界に先駆けていろいろな技術・サービスが日本で事業化されるという状況をやらなければならない」と規制改革に意欲を示している。
【参考】河野大臣の発言については「河野太郎氏、自動運転の規制に苦言「利益が出る状況じゃない」」も参照。
■国内外の自動運転タクシーの状況
カリフォルニア州ではCPUCの許可が必要
先行する海外ではどのような体制で運行管理を行っているのだろうか。米国では、グーグル系WaymoとGM系Cruiseが自動運転タクシーを実用化しているが、両社とも特に既存タクシー事業者との提携を耳にすることはない。
各州の法律・規制に依拠するところだが、例えばWaymoはアリゾナ州フェニックスで自動運転タクシーサービスを開始する前、同エリアの公共交通局「Valley Metro」とパートナーシップを結び、Valley Metroの職員を対象にしたサービス実証などを実施している。
Valley Metroはタクシーサービスを行っていないものと思われるが、地域交通の担い手として当局との連携が求められた可能性はありそうだ。
カリフォルニア州では、同州の公共事業委員会(CPUC)の許可が必要となる。CPUCは交通をはじめ水道や電気など公共事業に対する規制権限を持つ機関だ。
自動運転による公道実証ライセンスは同州車両管理局(DMV)か発行しているが、有償サービスを行う場合は別途CPUCの許可を要するのだ。
CPUCは2022年2月、自動運転車に対して同州初となる有償サービスに関する許可「Drivered Deployment」をWaymoとCruiseに付与した。要件には、運行可能なエリアや時間帯、速度などがそれぞれ盛り込まれている。
許可の種類としては、「Drivered Pilot(運転手付き)」「Drivered Deployment(ドライバーレス導入)」「Driverless Deployment(主導型展開)」「Driverless Pilot(無人運転)」がある。現在、Drivered PilotはAurora InnovationやAutoX、Ghost Autonomy、Motionalなど、Driverless PilotはZooxも取得している。
これらの状況を見る限り、カリフォルニア州における自動運転タクシーの有償サービスには、タクシー事業者との提携などは必要ないものと思われる。
【参考】CPUCについては「世界で実用化進む自動運転タクシー、米加州も「運賃取ってOK」」も参照。
中国では一定の規制あり?
一方、中国では多くの場合タクシー事業者やサービスプラットフォーマーなどとパートナーシップを結んだうえでサービス展開している。許認可上必要な措置なのか、サービスを提供する上での純粋な協業なのかは不明だ。
WeRideは過去、Beiyun Taxi Groupと合弁WeRide Robotaxiを設立し、広州で自動運転タクシーサービスを開始した。AutoXは東風汽車傘下のモビリティサービス会社などとパートナーシップを結んでいる。多くの場合、単独ではなく他社との協業形式を採用している。
また、Pony.aiは2022年、広州市南沙で自動運転開発企業として初めてタクシーライセンスを取得したと発表している。このライセンスにより、自動運転タクシーを従来のタクシーと同様の形で運用できるようになるという。
こうしたライセンスをわざわざ取得したということは、やはり何らかの規制が敷かれているのかもしれない。
【参考】Pony.aiの動向については「トヨタ出資の中国Pony.ai、自動運転企業で初のタクシー営業証取得」も参照。
国内ではホンダが先陣を切る見込み
日本における自動運転タクシー関連の実証では、例えばZMPは日の丸交通、ティアフォーは日本交通傘下のJapanTaxi(現GO)などとともに実証を行っている。
無料でサービスを提供する限りタクシー事業者などの協力は不要だが、有料とするならば現時点ではタクシー事業者の協力が必須となる。
ホンダモビリティソリューションズは2026年の自動運転タクシー構想を発表する前の2022年4月、2020年代半ばの東京都心部における自動運転モビリティサービスの提供に向け、関連法令やサービス設計、事業者間の役割・責任分担の在り方などについて検討するため帝都自動車交通と国際自動車と提携を交わしている。
今のところ、国内で公表されている自動運転タクシーサービス事業においては、ホンダの2026年初頭が先陣となる。果たして、最終的にどのような形でサービス展開することになるのか、引き続き注目したいところだ。
【参考】ホンダの取り組みについては「自動運転タクシー、日本第1号は「米国から7年遅れ」濃厚に 最短で2026年か」も参照。
■【まとめ】国の規制改革の動向に注目
本格版ライドシェア実現に向けては、既存タクシー事業者らの猛反発もあり、すんなり解禁されるとは思えない。しかし、プラットフォーマーなどが運行管理を担える法整備が進まなければ、自動運転タクシーサービスも自由度を損なう恐れがある。
運行管理能力の新たな在り方などを含め、今後どのように議論は進んでいくのか。国の規制改革の動向に要注目だ。
※自動運転ラボの資料解説記事は「タグ:資料解説」でまとめて発信しています。
【参考】関連記事としては「ライドシェアの闇?米国「ご自由に」日本「タクシー会社だけね」」も参照。
大手デジタルマーケティングエージェンシーのアイレップにて取締役CSO(Chief Solutions Officer)として、SEO・コンテンツマーケティング等の事業開発に従事。JV設立やM&Aによる新規事業開発をリードし、在任時、年商100億から700億規模への急拡大を果たす。2016年、大手企業におけるデジタルトランスフォーメーション支援すべく、株式会社ストロボを設立し、設立5年でグループ6社へと拡大。2018年5月、自動車産業×デジタルトランスフォーメーションの一手として、自動運転領域メディア「自動運転ラボ」を立ち上げ、業界最大級のメディアに成長させる。講演実績も多く、早くもあらゆる自動運転系の技術や企業の最新情報が最も集まる存在に。(登壇情報)
【著書】
・自動運転&MaaSビジネス参入ガイド
・“未来予測”による研究開発テーマ創出の仕方(共著)