自動運転開発やEV開発を進める国内スタートアップのTURING株式会社(本社:千葉県柏市/代表取締役:山本一成)=チューリング=が、AI(人工知能)を駆使してカメラのみで信号機を識別するモデルの開発に着手したことを2022年1月17日に発表した。
自動運転開発において信号を識別する技術開発は一見当たり前のように思えるが、「カメラのみ」というところが大きなポイントだ。
「We Overtake Tesla」をミッションにかかげ、テスラを追い抜きレベル5を目指す同社はどのようなアプローチで自動運転開発を進めているのか。信号認識システムの開発過程を通じて、その一端に触れてみよう。
記事の目次
■TURINGの取り組み
レベル5に向けカメラとAIによる自動運転を実現
TURINGは、自動運転レベル5に相当する完全自動運転の実現を目指している。走行する道路環境や場所などODD(運行設計領域)に縛られることなく、いつでもどこでも自動運転が可能な領域だ。
こうした自由な自動運転を実現するには、なるべく車両外部のシステムに依存しない自動運転システムが肝要になる。例えば、路車間連携システム(V2I)を利用する場合、交通インフラが整っていない場所では自動運転が不可能になるからだ。
それ故、同社は可能な限りAIの力で自律走行を可能にするシステムの開発に注力している。センサーが把握した車両外部の状況をAIが的確に認識・判断し、車両を制御する――というシンプルなシステムだ。
センサー類も、できるだけ人間の目の能力に近づけようとLiDARを使わず、カメラを主体としている。この辺りはいわゆる同社にとっての美学なのだろう。
V2Iなどに依存しない信号認識システムの開発に着手
今回TURINGが開発に乗り出した信号機認識システムは、カメラとAIのみで正しく信号を認識し、安全な車両制御につなげていく技術だ。
AI・深層学習による信号認識技術を自動運転システムに組み込むことにより、追加のセンサー機器や道路インフラ機器などを必要としない低コストかつスケーラブルな信号機認識システムの実現を目指すとしている。
同社によると、信号認識に関する学習データの多くは米国や中国で取得されたものであり、国内の信号機とハードウェア的特性が異なるという。
また、信号機の意味理解が複雑であるため、国内で信号認識に活用可能なAI技術・深層学習モデルはほとんど開発されてこなかったとしている。
追加のセンサー機器やV2Iなども検討したが、コストを抑えつつあらゆる場所・あらゆる状況において利用可能な自動運転を実現するため、車載カメラのみによる技術開発を進めることとした。
なお、同社は開発過程を技術ブログ で公開している。以下、同ブログの中身を参照しながら信号認識技術の開発に迫る。
■TURINGによる信号認識システムの開発過程
課題をどのように克服するか
同社によると、コンテクスト(文脈)理解やカメラ特有のハードウェア事情、信号そのものの複雑性や多様性が信号認識のハードルを高めているという。
人間のドライバーであれば、経験則をもとに自分が従うべき信号を判別し、ガラスに反射した信号の光(灯)やトラックの荷台で運ばれている信号機などはしっかりと見分けることができる。
しかし、画像をベースに解析するAIにとっては、それに従うべきか無視して良いものなのかを判断するのは容易ではない。従うべき正しい信号機そのものを識別するため、多くの学習が必要となるのだ。
天候状況によっても信号の光は見え方が異なる。古い電球式に比べ現行のLED式は見やすくなっているものの、日中と夜間、逆光と順光などでやはり見え方がことなってくる。
また、LED信号機は、一見点灯しているように見えても、50Hz(東日本)の場合1秒あたり100回、60Hz(西日本)の場合同120回点滅を繰り返している。カメラのフレームレートがこれにかみ合うと、信号の光が写らなくなる。
ドライブレコーダーのようにフレームレートを変えることで動画としては認識可能になるが、それでも瞬間的に消えたまま記録される画像も発生する。信号の中には黄色点滅や赤色点滅なども存在するため、AIはこれらをしっかりと区別し、信号による指示を正確に認識しなければならない。
信号はオブジェクトとして物理的に小さい
画像全体に占める信号機の小ささも問題となるようだ。メインとなる車載カメラは広角寄りの画角となっているが、多くの場合信号機は遠く高い位置に存在する。オブジェクトの中でも非常に小さい存在となるため、検出が容易ではないのだ。
また、日本の信号機の複雑性と多様性も難易度を高める要因という。多くの信号機は横方向に配列されているが、一部地域では縦配列も存在する。感応式や時差式、矢印式などもあり、表示板に「スクランブル式」などと記載されているものもある。
さまざまな矢印の種類・意味をはじめ、あらゆるパターンに対応しなければならず、場合によっては表示板の文字も理解しなければならない。
1万5,000枚のデータをベースにモデル作製
TURINGは、この信号認識に向け2022年に取得した500時間の走行データの中から1万5,000枚を切り出し、ラベル付けを行うアノテーション作業をはじめ物体検出モデルの作製などを進めた。
AI学習の結果、推論速度も速くリアルタイム検出も可能となった一方、夜間は検出精度が落ち、高速道路上の電光掲示板を誤認識するケースなどもあったという。
また、矢印を含む信号機の画像が少なかったため、作製したモデルでは矢印を検出していない。今後、時系列データとしての処理を取り入れ、コンテクストの幅を広げより高精度な検出が可能となるよう開発を進めていく方針としている。
■TURINGの近況
2023年末までに5万時間分の走行データ取得へ
2021年設立のTURINGは、千葉県内の公道を中心に走行実証を進めているようだ。2022年10月には、北海道一周長距離走行プロジェクトを実施し、総走行距離1,480キロのうち約95%の道のりを自動運転モードで走破したという。
2022年11月からは、千葉県内で法人を対象に自動運転車両の試乗会を開始している。同社の技術を実際に体験してもらい、自動運転車両の開発・製造の協業を加速させていく狙いだ。
2022年12月からは、フェーズ2として2023年末までに国内最大規模となる5万時間分の走行データベースの構築を目指すという。2022年4〜10月のフェーズ1では500時間分のデータを蓄積したが、より大量のデータで開発を加速させていく方針だ。
2023年は、より広範に及ぶ公道実証が展開されることになりそうだ。
■【まとめ】レベル5に立ち向かう同社の開発成果に期待
レベル5を目指すには、本来有効なはずのV2Iなどの選択肢をそぎ落とし、よりシンプルなシステムで自律走行を実現しなければならないようだ。こうしたアプローチには困難がつきまとうが、それをはねのけた時に初めて手にすることができる偉業がそこにはある。
開発をいっそう加速させる同社の2023年の動向に引き続き注目したい。
【参考】関連記事としては「打倒テスラ!TURING、千葉の公道で自動運転実証スタート」も参照。